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第9章【ドラキュラの館】


ゴロゴロゴロ…ピシャーン!

突然の雷が鳴り出した。

そして最初はパタ、パタ、と降り始めた雨も、段々と本降りになり始めた。

フレディがひゃっと甲高い悲鳴を上げ、その場で姿を消した。

イヴは少し不安げにエイミーの足元に擦り寄った。

それでもきのこを辿って歩き続けることをやめないエイミーに、ジャックは呆れた表情を崩さない。


「おいエイミー、雷が鳴り出したぞ。

それを辿って行ってもどこへ辿り着くかも分からない。

きっと何も無いに決まっている。

第一目指しているのは峠の城なんだ。

さあ行こう、5度目の鐘が鳴る前に。

好奇心が沸くのは分かるが時間の無駄だ」


それを聞いたエイミーが不機嫌そうになって振り返る。


「もう、ジャックは夢が無いのね。

まだ一度目の鐘しか鳴って無いのよ。

少しぐらい遊んで行ったっていいじゃない。ねえ?ドクロ」


エイミーがドクロに同意を求めると、ドクロは陽気にカカカと笑って言った。


「まあいいじゃないか、ジャック。

せっかく再び出会えたんだ。

そんなに焦ることは無い。

エイミーについてゆこう。」


それを聞くと、エイミーはドクロを見上げて嬉しそうに笑顔を見せた。

そしてジャックに向き直り、自慢気な表情を見せた。

ジャックは雨に濡れながら怪訝そうに溜息を吐いて言った。


「…分かった。ただし手短にしてくれ。

君が思っている程時間は無い。

5度目の鐘が鳴るのなんてすぐだ。

時というのはとてもあっけないものなんだ」


「ええ!分かってるわ!」


エイミーは元気に返事をした。


いいや、君は何も分かって無い、と言いかけてジャックは口を噤んだ。

ドクロが説得するように、再び出会えたのは奇跡に違いない。

せっかくだから、この娘に任せよう。


しばらくきのこを辿って行くと、突然イヴが先頭に立って、立ち止まった。

フレディも姿を見せ、何かを見上げている。

エイミーはドクロの持つランプを頼りに、その方向を見上げた。

ピカッと大きな雷が何処かに落ちた。

その光で、「それ」の正体が分かった。

雷雨の鳴る薄暗い森の中、きのこを辿って辿り着いたのは、大きな大きな赤紫色の館だった。


「こんな館…初めて見たよ。

このハロウィン界にこんな場所があったなんて僕、今知った」


フレディがポカンと口を開けて言った。

イヴは黄色い目を丸くして、ニャァ、と鳴いた。

どうやらイヴも初めてこの場所に来たようだ。

ジャックがドクロに問う。


「…オレもこの場所まで来たのは初めてだ。ドクロ、何か知ってるな?

君はこの森に住んでいるんだから」


するとドクロは大口を開けて笑った。


「ああ、ごめんごめん。

エイミーがあんまり夢中だから、言ってはいけないと思ってね。

ここにはアレクが住んでいる。

アレクはドラキュラで、この森に住む私の唯一の親友だ。

きのこはこの迷いやすい森の中、私がアレクの家をすぐに見つけられるようにと、アレクが道しるべに」


エイミーはなーんだと笑いながらドクロに言った。


「それでもとても興味があるわ。

中に入って挨拶でもしたいんだけれど、駄目かしら?

そのアレクも、やっぱり私のことを知っているの?」


するとドクロは珍しく悩ましい表情を見せた。


「いいや、アレクは君のことを知らない。

…それと、アレクは人間界の者に対して強いトラウマがあるから、簡単に心を開いてくれるかどうか…。

簡単に言ってしまうと過去、アレクは一時だけ人間界に住んでいて、ドラキュラ狩りにあったことがあるんだ。

それはそれは辛い思いをしたんだろう。

峠の魔女、アナベラも魔女狩りにあったことがある。

やっぱり異世界の者が人間界に住むのは難しい。

それもあって、私達ハロウィン界の住人は人間界に出ることをやめたんだ」


「…そうだったのね。

…それじゃあ仕方がないわ。

再出発しましょう。目的の峠の城まで」


エイミーが残念そうに呟いたその時だった。

館の入り口がキイイと嫌な音を立ててゆっくりと開いたのだ。

中からドスの効いた声が聞こえてきた。


「ドクロ、遊びに来たのか?

早く入ったらどうだ」


ドクロは慎重にアレクに説明をした。


「ああ、私だよ。

でも今日は何人かお客を連れて来たんだ。

それでも良ければ中に入ろうと思う」


するとアレクは警戒したような声になって言った。


「客?

まさか、人間界の者じゃあるまいな。

…さっきから人間の匂いがするんだが…」


「ああ、でも君の思い描いている人間では無いよ。

前に私が話しただろう?

君が丁度人間界に住んでいる時、このハロウィン界を救った1人の少女がいると。

人間界の客はその少女だけだ。

あとは全員、ハロウィン界の者だ」


ドクロが続けて説得すると、アレクはまだ警戒しながらも館の奥から言った。


「…よかろう。入るがいい。」


エイミー達が入り口からそっと中を覗くと、黒い大きな影が館の奥へと消えていくのが見えた。

エイミーは雨に濡れた服と髪を絞り、ドクロ達に続きゆっくりと館の中に入った。

館の中に入ると、エイミーは音を立てないようにそっと扉を閉めた。

床は冷えきったタイルで出来ており、かなり広い部屋だ。

奥に進むと、またもや広い部屋にたどり着いた。

赤紫色の絨毯が敷いてあり、入り口とは違い暖かい。

天井まで続く背の高い本棚が部屋の中を一周囲っており、その本棚には端から端まで見るからに難しそうな書籍が並んでいる。

ふと、本棚の端を見ると、大きな大きな瓶がいくつも置いてある。

中には赤い液体がたっぷりと入っていた。

エイミーはそれを見て息を呑んだ。

ドラキュラだからやはり、アレクは生き物の血を吸うのだろうか。

部屋の真ん中には古びた大きな机と椅子があり、その机の上にも書籍が広がっていた。

隅を見ると、小さな暖炉があり、薪と共に赤い炎がメラメラと燃えている。

しかし、アレクの姿が無い。

確かにアレクの影はこの部屋に消えたはずだ。

エイミーが首を傾げていると、ドクロが口を開いた。


「ここから入るんだよ、ここから。

アレクはこの先にいる」


ドクロは入る時は静かにね、と伝えるように人差し指を口元に当てて、エイミー達を見た。

エイミー達が無言で頷くと、ドクロは本棚の一部分を手で押した。

すると本棚が扉のように動き出した。

エイミーは、物語の中のようだと目を輝かせた。

フレディもすごい!と興奮気味にぴょんと飛び跳ねた。

イヴもそわそわと少し興味があるようだ。

ジャックは相変わらず無言でそれを見ている。

ドクロがその隠し扉を開け終えると、エイミー達は静かに中に入った。

天井は高く、床は入り口と同じように冷たいタイルで出来ており、1つだけ縦長の窓があるばかりだった。

その窓の外を大きな黒い影が眺めているのが分かった。


ドクロがその影に向かって言った。


「アレク、連れて来たよ。

順番に、ジャック、フレディ、イヴ…そしてこの娘が人間界の者、エイミーだ」


黒い影がゆっくりと振り向いた。


「…ようこそ、我が家へ」


しかし、逆光でアレクの顔は見えない。


ドクロはアレクに続ける。


「エイミーが私の親友の君に挨拶をしたいと。

それで中に入らせてもらった。

でも大丈夫、君が人間界の者にトラウマを持つことも手短に説明して置いたから。

さあ、エイミー、挨拶を済ませたらここを出るよ」


エイミーはドクロにええ、と頷くと、アレクの方に向き直り一礼して言った。


「初めまして。私はエイミー。

手違いでこの世界に迷い込んでしまったの。

でも、どうやら私は幼い頃にも一度だけこの世界に迷い込んだことがあるらしいの。

私には記憶が無いのだけどね。

あなたの親友のドクロも私のことを知っているらしいの。

そしてこの館にたどり着いた…

だからあなたにも一言挨拶をと。」


するとアレクはドスの効いた声でエイミーに答えた。


「…俺はアレク。ドラキュラだ。

だが人間界から帰省してからもう生き血を吸う気力も無い。

さっきの部屋で赤い瓶を見たか?

あの瓶は本当に食事に困った時のための血だ。

普段は普通の食事をしている。

……君の話はドクロから聞いている。

幼い少女がこの世界を救った話を。

俺はその時ここには居なかった……。

会えて光栄だよ。人間は嫌いだがな」


「…救った?私がこの世界を?

さっきもドクロがそんなようなことを言っていたわね。どういう意味なの?」


「…峠の魔女に聞くがいい。

俺はその場に居なかったんだ。

証人にはなれない」


アレクは低い声でそう答えた。


「…そう。私も会えて光栄だったわ。

中に入れてくれてありがとう。

それじゃ」


エイミーはそう言うと再びアレクに一礼し、ジャックとフレディとイヴ、そしてドクロと共に部屋を出ようとした。

最後までアレクの姿が逆光で見えなかったのを、少し残念に思いながら。

ドクロが再び隠し扉に手をかけると、背後からアレクの声がした。


「…おい」


雨の音が次第に大きくなる。

エイミーはアレクを振り返った。

その時、窓の外で大きな雷が落ちるのが見えた。

ピシャッと大きな音が聞こえると共に、逆光で見えなかったアレクの姿が雷の光で照らし出された。

アレクは黒いシルクハットを被り、赤いネクタイの付いた白いシャツを着てその上にマントを羽織っていた。

鋭い牙に鋭い目、そしてどこか哀しそうな表情をしていた。


アレクは少し間を空けてから、ゆっくりとエイミーに言った。


「…人間界の者よ。

…少し俺の話を聞いていかないか?」


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