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第8章【おしゃべりな死神】


エイミーは夢を見ていた。

幼い頃の夢だ。

まだ、9歳ぐらいの頃だろうか。

まだ物心もつかない頃、両親を亡くしたエイミーは、幼い頃から祖母と暮らしていた。

夢の中の幼いエイミーに、お婆ちゃんが絵本の読み聞かせをしていた。

絵本の内容がチラリと見えた。

油絵の、カラフルな絵本だ。

冒頭にはマンホールの絵が描かれていた。

お婆ちゃんが皺の寄った指でページをめくると、次にマンホールの下の世界が描かれていた。

ワニだ。ワニがいる。

エイミーは夢の中で、この世界に来る前のことを思い出した。

あの幼い女の子が言っていた絵本ではないか。


今見ている夢は、私の記憶……?


その時だ。

エイミーの瞼を眩しい光が包んだ。


「おや、人間の子じゃないか!

ジャック、どこから連れて来たんだい?

んん?どこかで見た子だな」


エイミーは夢うつつに目を擦り、そっと開けた。

真上から、黒いフードを被った気味の悪いガイコツがランプを掲げて間近でエイミーを覗き込んでいた。

2メートルほどの長身で、肩には大きな鋭い斧をぶら下げている。

ぎゃっ、とエイミーは思わず悲鳴をあげた。


ガイコツは大口を開けて不気味にカカカカカッと笑い、陽気な声でエイミーに言った。


「やあやあ、驚かせてすまないね。

君、人間界の子だろう?

私はドクロ。ハロウィン界の住人の寿命を知らせる仕事をしている、死神だ。

君の名前は?」


「ああ、びっくりした……。

私の名前はエイミーよ。手違いでこの世界に迷い込んでしまったの。

やっぱり、あなたも私のことを知っているのかしら?」


するとドクロはポッカリと空いた真っ暗な目を見開いて、エイミーを再び間近で覗き込んだ。


「エイミーが、帰ってきた……?

本当にあの時のエイミーなのか?」


あの時の、と言われても記憶の無いエイミーには答えようが無い。

エイミーはしばし黙り込んだ。

エイミーの様子を見兼ねたジャックは、代わりにドクロに答えた。


「ああ、この娘は間違い無く……あの時のエイミーだ」


ドクロはそれを聞くと、また嬉しそうにカカカカカッと大口で笑った。


「再びようこそ我がハロウィン界へ!

君にまた出会えるなんて考えてもみなかったよ!

君達が目指している先は勿論、峠の城の魔女……アナベラの所だろう?」


「アナベラ?」


エイミーがボートから降りながら問うと、ドクロは目を三日月のような形にして答えた。


「峠の古びた城に一人で住んでいる魔女、彼女の名前がアナベラだ。

私達の中でも一番君に思い入れがあるのがアナベラだろう。

勿論、君はもう全て忘れてしまったのだろうけどな。

この世界に迷い込んだ記憶を、人間界に持って帰ることは許されないのだから仕方の無い話だ」


エイミーはまだ少し湿った服の裾を力一杯絞った。

そして首を捻った。


「私はどうやら、幼い頃にも一度この世界に迷い込んだことがあるらしいの。

でも、全く思い出せないのよ。記憶が無いの。

記憶を元の世界に持って帰ることが許されないのは一体何故なの?」


「この世界の“掟”だからだ」


「掟?」


「誰が決めたのでも無い、昔から受け継がれて来たこの世界の掟なんだ。

何故かって、ここに迷い込んだ時の情報を人間界に戻って話されると、いろいろと困ることがあるんだよ。

例えば、情報を耳にした人間によってハロウィン界が荒らされるとか、悪用されるとかね。

皆が皆清らかな人間では無いから、この世界の掟はこの世界の住人を守るためにあるんだ。仕方の無いことさ」


「そう……」


エイミーは残念そうに小さく答えた。

過去の記憶が無いのも頷ける話だ。

エイミーは今体験していることが夢では無いことに気付き始めていた。

第一、こんなに長くよく出来た夢など無いし、さっき茂みを掻き分けた時も、イヴの毛並みを撫でた時も、確かな手触りだったからだ。

ロンが修理している時計が元に戻り、五度目の鐘が鳴れば、幼い頃と同じようにこの不可思議な体験も愉快で可笑しな住人達のことも忘れてしまうのだろう。

エイミーは複雑な気分になった。


イヴが励ますかのように、黙り込んだエイミーの足元に擦り寄った。


フレディが悲しそうにエイミーを見上げて言った。


「あの時と同じように、時計の針が戻ればエイミーはまた僕たちのことやここで体験したことは忘れてしまうんだね……」


ジャックは表情を変えずに言った。


「気が早いぞフレディ。

……それでもエイミー、君は人間界に戻らなければいけない。

帰るべき場所があるんだろう?

ここは君のいるべき場所では無いんだ」


ドクロは陽気に笑って言った。


「その代わり、ハロウィン界の住人は君のことを忘れることは無いからね。」


エイミーはドクロの言葉を聞き、つられて笑顔を見せた。

そして腕を捲って歩き出した。


「さあ、気を取り直して出発しましょう!ジャック、ナビゲートを続けて。

次はどっちに進めばいいの?」


ジャックはやれやれというように翼を広げて先頭を飛び出した。


「こっちだ」


ジャックは暗い森の奥に消えて行った。

エイミーとフレディとイヴは、ドクロの掲げているランプの灯りを頼りにジャックが飛んで行った方向へと歩き出した。


迷路のような森だった。

1人きりで迷子にでもなったら、きっと出られ無いであろう。

しかしエイミーはジャックを追いかけどんどん森の中を進んだ。


フレディがふと立ち止まって、エイミーに何かを差し出した。


「見て、見てエイミー。綺麗なきのこが生えていたよ」


エイミーはドクロの持っているランプを借りて、それを照らした。

赤と白のドット柄の、童話にでも出て来そうな綺麗なきのこだった。

しかし、きっと毒があるだろうとエイミーは思った。


「フレディ、このきのこ、きっと毒きのこだから食べたら駄目よ」


そう言ってエイミーはランプをドクロに返した。


フレディは食べられないの?と残念そうに俯いた。

ドクロがそれを見て、ケタケタと笑った。


イヴがニャァ、と何か伝えたそうにエイミーを見上げて鳴いた。

仕草を見るに、どうやら地面を見ろと言いたいらしい。

ドクロがランプを地面に近づけると、そこにはカラフルなきのこたちが沢山生えていた。

先を見ると、きのこはどうやら森の奥まで続いているらしい。


エイミー達が遅いので、ジャックが痺れを切らして戻って来た。


「何をやっているんだ。もたもたしていると……」


エイミーはジャックの言葉を遮り、好奇心に満ちた目で言った。


「きのこをたどって歩いて行ったらどこに辿り着くのか、やってみましょうよ」


フレディ達も興味があるようだ。

エイミー達はきのこをたどって森の奥に進むことにした。

ジャックはまたもや呆れた表情で、やれやれこの小娘は、と片目を歪めながら、きのこをたどって楽しそうに森の奥へと進むエイミー達を後ろから眺めた。


「昔からそうなんだよな、君は」


呟くと、ジャックは翼を広げてエイミー達の背中を追いかけた。



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