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第7章【無口な黒猫】


エイミー達が洞窟を抜けると、そこは海岸だった。

満月が砂浜と水面をゆらゆらと照らし出している。

空にはコウモリ達がバサバサと飛び回っていた。


「エイミーは、僕達のこと忘れてしまったの?」


ふと、フレディが悲しそうな表情でエイミーを覗き込んだ。

エイミーは申し訳無さそうな表情で、


「ごめんね、思い出せないの」


とフレディに答えた。


フレディの表情が沈むのが分かった。

ジャックは黙り込んで、静かに波打つ水面の輝きを眺めていた。

エイミーはそれを見て少し悲しくなったが、峠の魔女とやらが詳しいことを教えてくれるそうなので、まだ諦めてはいなかった。


「さあ、ジャック、ここは寒いわ。

峠までの道をまたナビゲートしてちょうだい」


エイミーが口を開いた、その時だった。


ニャァ、と何処からか猫のような鳴き声が聞こえた。

鳴き声のした方を見ると、砂浜の向こうから、黄色の目をした黒猫がこちらに歩いて来た。


「やあ、イヴ」


ジャックが空中から黒猫を見下ろして挨拶をした。

黒猫はまた、ニャァ、と返事をした。


「こいつは本当は口を利けるんだが、中々、無口な奴でな。あまり話をしないんだ」


エイミーは黒猫の毛並みを撫でながら、挨拶した。


「私はエイミーよ。よろしく、イヴ」


イヴはそれを聞くと、目を細めてエイミーに擦り寄った。


「イヴも、私を知っているの?」


「うん」


フレディが答えた。


「すごくエイミーを慕っていたよ」


「……そう」


エイミーは擦り寄って来るイヴを撫でながら笑った。

イヴは嬉しそうにエイミーを見つめて、ニャァ、と鳴いた。

それを横目にジャックが口を開く。


「……あそこにボートがある。

あれに乗って、この海を渡らなければならない。

海を渡ると、大きな森に辿り着く。

そこにはきっと、ドクロがいるはずだ」


「ドクロって?」


「ドクロは死神だ。あいつも君に会いたがっていることだろう」


エイミー達はボートに歩み寄った。

中々大きな、木のボートだ。

ボートの中に古びたオールが2つ、置いてあった。

これなら全員乗れるだろう。

ただ、つぎはぎが目立っており、エイミーの不安が掻き立てられた。


「これで本当に海を渡れるのかしら?」


「海を渡る方法はこれしか無いんだ。

……多分、大丈夫だろう」


ジャックは適当な返事をする。

エイミーは半ば呆れながら、まずはフレディ、続いてイヴを先に乗せてあげた。

そしてエイミーもボートの中央にゆっくりと乗った。

ジャックが空中を飛びながら翼を広げてボートを出す合図をした。

エイミー達が頷くと、ジャックは大きな翼でボートを海へと押し出した。

ボートが海へと出ると、ジャックはすぐにエイミー達を追いかけ、ボート内に着地した。


エイミーが片方のオールを漕ぎ、フレディがもう片方のオールを漕いだ。

月明かりで水面がキラキラと輝いている。

ボートで海を渡るエイミー達を、満月が優しく照らしていた。


しばらく海を進んで行くと、突然大きな岩場に遭遇した。

あちらこちらに大きな岩が立っている。ぶつかれば大変なことになるだろう。

エイミーは慌てて、岩にぶつからないようオールを切った。

しかし、横を見ると気の小さいフレディは突然の状況にパニックになっていた。

フレディが暴走し、良からぬ方向へオールを切るので、ジャックは面倒なことになったと表情を歪め、イヴは動揺し出し、エイミーは慌てて大きな声で言った。


「フレディ!危ない!そっちじゃないわ!今すぐ私にオールを貸して!」


しかし、もう遅かった。

目の前に大きな岩が接近していた。

エイミーは急いでオールを切ろうとしたが、駄目だった。

鈍い音と波が荒れる音が同時に聞こえると共に、エイミー達は海の中に放り出された。


「ジャック!フレディ!イヴ!」


エイミーは波にのまれながら叫んだ。

波が荒く、彼らの姿は見えなくなっていった。

ジャックは飛べるからともかく、フレディとイヴを助けなければ……

しかし、泳ぐのが得意で無いエイミーは波にのまれ、意識を失ってしまった。


……

……


しばらく気を失っていたらしい。

エイミーが目を開けると、そこはさっきまで乗っていたボートの上だった。

服が水浸しになっていて、気持ちが悪い。

エイミーは大きなくしゃみをした。

そして我に返ってジャック達を探した。


すると、何故か全員、ボートに乗っているではないか。

ジャック以外はやはりずぶ濡れの状態だった。


「皆 平気!?

どうやって助かったの!?」


エイミーが彼らの安否を確認していると、透き通った透明な声が聞こえて来た。


「あなた達、溺れて意識を失っていたわ。でも、もう大丈夫よ」


声のした方を見ると、そこにはオレンジ色の長い髪をした人魚が岩場に座ってこちらに向かって微笑んでいた。

エイミーは初めて見る人魚に驚き、しばらく魅入った。

そして礼を言った。


「あなたが助けてくれたのね。

ありがとう……助かったわ。

あなたがいなかったらどうなっていたことか……」


「どういたしまして。

あと少し海を進めば、森が見えてくるはずよ。あっちに向かって漕いで行きなさい」


人魚は森に辿り着くであろう方向を指差した。


「親切に、どうも」


エイミー達は人魚に一礼して、指差された方向へ再びオールを漕ぎ出した。

フレディにはもうとてもオールを任せられないので、エイミーがオールを漕ぐ役となった。

どれだけボートを漕いだことだろう。

エイミーを強い眠気が襲った。

それもそのはずだろう。

この世界に迷い込んでから、1度も寝ていないのだから。

しかし、ここで眠る訳にはいかない。

エイミーは辛抱強くボートを漕ぎ続けた。


ジャックが呟いた。


「もうすぐ、1度目の鐘が鳴る……」


エイミーは力一杯にオールを切って海を進んだ。

ずぶ濡れだった服も風当たりでほとんど乾いて来た。

しばらくすると、やっと森が見えて来た。薄暗く、薄気味悪い森だ。


森にボートが辿り着くと、エイミーはジャック達に、今とてつもなく眠いということを伝えた。

伝えた直後、耐え切れずにエイミーはボートの中で横たわって一秒足らずで寝てしまった。


「全く、風邪引いたらどうするんだよ……」


それを見たジャックは呆れてため息をつきながらエイミーの隣に寄り添った。


「幼い日のエイミーを思い出すね」


フレディも嬉しそうにエイミーの隣で横になった。


イヴは小さくニャァ、と鳴くと、寝ているエイミーの腕の中に入り込んだ。


ゴーーン……ゴーーン……


1度めの鐘が鳴った。


エイミー達はその音を耳に、寄り添いながらボートの中ですやすやと夢の中へと落ちていった。


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