第16章【城への侵入】
満月が不気味に輝いている。
イナベラの城は、焼け焦げたかのように真っ黒な色をした城だった。
屋根の形や窓の形は、アナベラの城とほとんど変わらない。
風も無く、時が止まっているかのような空間だ。
エイミー達は足音を忍ばせながら城の裏側にまわった。
「なんだかスパイになったみたいね」
エイミーがクスリと笑いながら言うと、ジャックがまたもや呆れながら小声で答える。
「笑っている時では無い。
もう鐘の回数は残り2度しかないんだ。
5度目の鐘が鳴る前には鳴る前には街へ戻らなければならないというのに…想定外だ。
全く、君には危機感や緊張感というものが無いんだな。
重大なことなんだ。
作戦だって、結局最初の方しか決まっていないだろう?
少しは真面目に考えてくれ」
「そうね…。時が経つのは早いものね。
でも、ガタガタ怯えながら入って行くより気楽でいいじゃない。
何事も楽しんで取り組むのが、私のモットーよ」
キルが小さく笑いながら言った。
「…キキキ、そうだぜジャック。
少し気を抜けよ。
あとの作戦なんて行き当たりばったりでいいんだ。
その方がスリルがあって楽しいだろ」
ジャックは片目を歪めて怪訝そうにエイミーとキルを見た。
「2人して無茶を言うな。
また同じ過ちを繰り返すことになったら、それこそ収拾がつかない」
イヴとフレディは不安気にジャック達を見上げている。
ドクロが口を挟んで言った。
「ジャック達、まずは気持ちを穏やかにして落ち着くんだ。
ここは協力しあわないと。
さあ、すぐに作戦を実行しよう」
キルはそうこなくっちゃと笑うと、固そうな石を拾い上げ、ジャックの頭の上にピョンと乗った。
そして塔のとても上の方の窓を指差して言った。
「ジャック、頼むぜ。
あそこの窓だ。
俺がこの石で窓を割って中に侵入する」
「わかった」
ジャックは頷くと、翼を広げて空高く飛び上がった。
キルは嬉しそうにケラケラと笑った。
「いい眺めだ!」
エイミー達はジャックとキルを見上げていた。
窓に辿り着くと、キルはピョンとジャックの頭から窓の縁に飛び移った。
そして窓の中をそっと覗いた。
様々な武器や道具が置いてある部屋だ。
中には、キルの言っていた頑丈そうなロープもあった。
その部屋にイナベラの姿は無かった。
キルはジャックを振り返って言った。
「この部屋にイナベラがいることは少ない。
今から窓ガラスを割る。
もし、その音で気付かれたら、きっとイナベラは侵入者…つまり俺を探し始めるだろう。
俺は急いでロープを下に垂らす。
きっとその間にも俺はイナベラに見つかるだろう。
俺はすばしっこいから、全力でこの広い城を逃げ回る。
イナベラをなるべく下の階に誘導する。
ジャックは今いるその場所からイナベラにバレないようにその様子を見ていてくれ。
そして、俺とイナベラの姿がこの部屋から完全にいなくなったら、エイミー達に、ロープを登ってくるように合図を出してほしいんだ。
いいか?」
ジャックは納得したようにキルに頷いた。
「わかった。気を付けてくれよ、キル」
キルはジャックに親指を立てニヤリと笑うと、窓を石で叩き割った。
ガシャーン!!
大きな音が響く。
ガラスの破片がパラパラと下に落ちた。
途端、城の中からバタバタと騒々しい足音が聞こえてきた。
恐らく、イナベラに気づかれたのだろう。
キルは慌てて窓の縁から城の中にジャンプして入った。
ジャックはこっそりと窓の中を覗いた。
だんだんとイナベラの足音が近づいている。
キルは大きなロープを手に取ると、金具でその部屋の窓の下に固定した。
そして窓の外へと力づくで投げた。
ジャックは投げ飛ばされたロープを瞬間的によけた。
ロープは城の入り口から離れた場所に垂らされていた。
ジャックが下を見ると、エイミー達が不安気にこちらを見上げていた。
ジャックはまだ駄目だ、というように、エイミー達に翼をクロスさせてバツマークを作ってみせた。
エイミー達はその意味を理解したようで、ジャックを見上げて頷いている。
その時だった。
バターン!!
「誰だい!?」
イナベラがドアを乱暴に開けて部屋に押し入った。
キルは、なるべくロープに気付かれないようにイナベラの気を引こうと大きな声で笑った。
「キキキ…俺だよ、キルだ!
イナベラ、君の計画を暇つぶしに邪魔しにきたんだ!
邪魔されたくなかったら、俺を捕まえてみな!」
イナベラはキルを捕まえようとキルに飛びかかった。
「暇つぶしにあたしの作戦を邪魔しにきただと?
いい度胸じゃないか。おまえらしい。
容赦しないよ!
取っ捕まえて檻に入れてやる!」
キルはちょこまかとイナベラから逃げ回った。
キルは部屋中を逃げ回り、しばらくすると部屋の外に飛び出した。
作戦通り、イナベラをこの部屋から離れさせるためだ。
イナベラはキルを追いかけ部屋から消えて行った。
ジャックはしばらく様子を見た。
少しすると、キルとイナベラの足音が完全に聞こえなくなった。
キルがイナベラを誘導することに成功したのだ。
ジャックはそっと窓の中を覗いてそれを確認すると、もう大丈夫だ、ロープを登ってこいというように下にいるエイミー達に翼を広げて合図を送った。
エイミー達はそれを察したように頷くと、順番にロープを登り始めた。
……
エイミー達は苦戦していた。
先頭をエイミー、続いてドクロ、フレディ、イヴの順にロープを登っていた。
「あんなに高い窓の所まで登らならきゃならないなんて……気が遠くなるよ」
フレディはロープを登りながらも弱気になっている。
「アナベラのためよ。頑張りましょう」
エイミーはフレディを励ました。
イヴとドクロは無言になって真剣にロープを登っている。
……どれだけロープを登ったことだろう。目的の窓まで、あと少しだった。
エイミー達の腕の力は限界にきていた。
ジャックがはたはたと同じ場所を飛びながら、あともう少しだけだ、辛抱強くここまで登るんだと言いたげにこちらを見下ろしている。
窓に辿り着くと、エイミーは痺れる腕に力を入れて窓の縁を掴み、中へ入った。
続いてドクロも同じように窓を跨ぎ中へ入った。
フレディとイヴが遅れてロープを登ってきた。
エイミーは部屋の中からフレディ達に手を貸した。
「つかまって!」
フレディがエイミーの手につかまって中へ入ると、続いてイヴもエイミーにつかまって中へ入った。
無事、全員城の中へ入ることが成功したのだ。
「エイミー、アナベラが言っていた通り、もしもの時のためにこの剣を腰につけて行くんだ。
ベルトをしているからちょうどいい。
そのベルトに固定するんだ」
ドクロは部屋を見渡しながら、そう言って肩に背負っていた剣をエイミーに手渡した。
「ええ、そうするわ」
エイミーはドクロから重みのある剣を受け取ると、腰のベルトに固定した。
「さあ、急いでイナベラを説得しに行かなくちゃ。
また同じ過ちを繰り返す前に。
あの魔物が出来上がってしまう前に」
フレディがエイミー達を見上げて真剣な表情で言った。
ジャックも窓の外から部屋の中に入るとエイミー達に言った。
「かといっても、イナベラがそう簡単に説得に応じる筈が無い。
オレの予想だと、きっと戦うことになるに違い無い。
その時はエイミー、君の力が頼りだ。
オレ達も援助する。
準備はいいか?」
エイミー達は無言で深く頷き、部屋から出た。
やはり、この城の中もアナベラの住む城とほとんど同じ造りだった。
階段がどこまでも下へと続いている。
下を覗き、耳をすませると、キルとイナベラが走り回っている音が聞こえた。
エイミー達は、物音を立て無いように階段を降り始めた。
……
下の階まで階段を降りると、エイミー達は物陰に隠れて様子を伺った。
しかし、さっきまで聞こえていた足音が聞こえなくなっていた。
「……?
…キルとイナベラの走り回る音が聞こえなくなったわ」
エイミーは不安気に少し壁から顔を覗かせた。
すると、イヴがある部屋の方向に向かって小さくニャァ、と鳴いた。
ジャックがイヴの伝えたいことを悟ったように、慌てて言った。
「まさか、あのすばしっこいキルがイナベラに捕まったと言いたいのか?」
イヴは不安気にジャックを見上げてこくこくと頷いた。
エイミーはそれを聞くと、途端に物陰から飛び出そうとした。
「大変!助けに行かなくちゃ……!」
「おいエイミー!ちょっと待て……!」
ジャックがエイミーを止めようとした、その時だった。
ガチャ……!!