第13章【峠の魔女、アナベラ】
どれだけ走ったことだろう。
オオカミ男が歩みを止めた。
そこには、オレンジ色の月が紫色の大きな城を照らし出していた。
「さあ…降りるんだ」
エイミー達はオオカミ男の背中からゆっくりと降りた。
そしてその城を見上げた。
峠の魔女の城にようやく辿り着いたのだ。
入り口まで小道が続いており、小道の両脇には大量のカボチャが並んでいた。
人間の手のような形の気味の悪い枝を生やした木々たちがザワリ、と揺れる。
コウモリ達がバサバサと空を飛んでいた。
尖ったいくつもの屋根が特徴的な城だ。
丸、三角、四角……様々な形の窓がついている。
エイミー達がふと振り返ると、オオカミ男が道を引き返そうとしているところだった。
視線に気付いたオオカミ男は、エイミー達を横目に振り返り言った。
「俺の役目はここまでだ……。
幸運を祈る」
エイミーはオオカミ男に手を振りながら大きな声で礼を言った。
「ありがとう!本当に助かったわ!」
ジャックとフレディ、そしてイヴとドクロもオオカミ男に深々と頭を下げた。
オオカミ男は微笑すると、また歩き出した。
その姿が暗闇の先に見えなくなるまで、エイミー達はオオカミ男の背中を見つめていた。
ジャックが溜め息を吐きながらエイミーを振り返る。
「ようやく辿り着いた……。
エイミー、前にもドクロが言ったように、君に1番思い入れがあるのがこの城の魔女、アナベラなんだ。
アナベラの話を聞けば、君ももしかしたら過去を思い出すかもしれない。
さあ、城の中に入ろう」
エイミーは目を輝かせながらジャックに答えた。
「ええ!楽しみだわ!」
エイミーの胸はようやく城に辿り着いた達成感と、これから起こる出来事への期待に満ち溢れていた。
「相変わらずだな、エイミー」
フレディとイヴとドクロはそんなエイミーを見てクスクスと笑った。
エイミー達は城の入り口まで歩いた。
そして扉をコン、コン、とノックした。
しかし、反応が無い。
エイミーは扉をゆっくりと開けた。
キイ、キイィ……
ジャックが先に中に入り、あたりを見渡しながらアナベラに聞こえるように少し声を大きくして言った。
「アナベラ、いるか?
君にとって嬉しい知らせがある。
エイミーが再びこの世界に迷い込んだんだ。
彼女も君の話が聞きたいと言っている。
是非このハロウィン界の過去をエイミーに教えてやってくれ」
……
またもや反応が無い。
フレディとイヴは首を傾げた。
ドクロがエイミーの背中を押した。
「きっと、1番上の階にいて聞こえ無いんだ。
さあ、あの階段を登ってアナベラに会いに行こう」
見ると、部屋の真ん中に階段があった。
階段には赤いカーペットが敷かれており、そのカーペットの縁はラメのついたゴールドのラインで彩られていた。
そしてどこまでも渦を巻いて上へ上へと続いている。
これを登るのには結構な体力が必要だろう。
エイミーは腕を捲り上げた。
「ジャック達、上へ行きましょう」
……
半分以上は登ったであろう。
イヴは階段を登りながらも眠たそうに目を擦っている。
フレディは息切れして泣き言を言い出した。
「ちょっと待って、皆早すぎるって。
休憩しようよ……」
ドクロとジャックが口を揃えてフレディに言った。
「時間が無いんだ。
事を終えたら時計屋までまた元らなきゃならない。
疲れるのは充分分かるが、辛抱強く最後の階まで登るんだ、フレディ」
その時だった。
エイミー達の耳になにやら気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
キキキ……ケラケラ……キキキキキ……
エイミーは耳をすませた。
「アナベラかしら…?」
なにやら、笑い声は城の1番上の階のあたりから聞こえる。
ジャックがエイミーに笑い声の正体を教えた。
「この笑い声はアナベラでは無い。
アナベラのペットのキルだ」
「キル?初めて聞く名前だわ」
「キルは悪魔だ。
気分屋で小さくてすばしっこい。
アナベラといつも一緒にいるから、きっとキルも1番上の階にいるんだろう」
エイミーは頷くと、再び階段を登り出した。
……
やっと、最後の階まで辿り着いた。
1つの扉がエイミー達の目の前にある。
その扉の中から、またキルの笑い声が聞こえた。
キルは扉の向こうからこちらに向かって言った。
「キキキ…気配がする…お客か?
今、アナベラは疲れて寝ている。
静かに入れよ。
それとついでに俺をここから出してくれ」
「?」
エイミーは扉をゆっくりと開けた。
天井が低く、狭い部屋だ。
淡いオレンジ色の灯りが点いていた。
紅色の絨毯が敷き詰められている。
部屋の端には大きなふかふかのベッドがあり、おそらく峠の魔女のアナベラであろう人物がイビキをかいて寝ていた。
姿はまだよく見えない。
ベッドの横の台に魔女の帽子が置いてある。
壁には大きなほうきが立て掛けてあった。
その横に目をやると、鳥かごのようなかごが壁からぶら下がっており、その中から小さな悪魔がこちらを見ていた。
「キキキ……ジャック達か。
その娘は誰だい?
まずは、ここから出してくれないか。
ちょっとイタズラをしただけで、アナベラに閉じ込められてしまったんだよ。
困ったもんだ。
ケラケラ、キキキ……。
アナベラはもう少し寝かしておいてやってくれ、疲れているみたいなんだ」
ドクロがキルに問う。
「全く、イタズラなんかするからだよ。
鍵はどこだい?」
「鍵はアナベラの寝ている枕の下だ。
アナベラが俺の手が届かないように考えたんだ。
起こさないように取ってくれよ。
また雷を喰らっちまう」
「枕の下?
起こさずに取れるかどうか……」
不安がるドクロにキルは笑う。
「キキキ!
ゲームみたいな感覚で取ればいいじゃないか。
スリルがなければ楽しくない」
ジャックは無茶を言うな、とキルに呆れながらドクロに言った。
「どっちみち、アナベラには起きてもらうんだ。
起こしてしまったらそれはそれでいいだろう」
ドクロは納得したように頷くと、枕の下の鍵に手を伸ばした。
チャリン……!
小さな音が鳴った。
その途端、驚いたアナベラがガバッとベッドから飛び起きた。
キルは残念そうに舌打ちをした。
アナベラは寝言を言いながらドクロを見た。
「イナベラ……!!
……ん?
ドクロかい、びっくりさせないでおくれよ」
アナベラはまだ夢うつつに目を擦り、大きなあくびをしながらベッドから起き上がった。
真っ白な髪をゴムでまとめている。
そしてゆっくりと帽子をかぶり、こちらに目を向け、目を丸くして言った。
「ジャックにフレディにイヴ……。
それとその娘は……どこかで見た……。
もしかして……エイミーかい?」
ジャックがエイミーの前に出てアナベラに説明した。
「ああ、あのエイミーだ。
間違い無い。
偶然か運命か、またこの世界に迷い込んでしまったらしい。」
それを聞くと、アナベラは飛び上がるほどの勢いでエイミーに駆け寄り、両手を合わせて喜んだ。
「ああ……何年ぶりなんだろうね!
こんなに大きくなって……。
あたしゃ、2度と顔を合わすことは無いと思っていたよ。
エイミー、エイミー!」
ジャックの言葉を聞いたキルもかごの中から驚いたように言った。
「エイミーだったのか!
キキキキ……。
大きくなったから分からなかったよ」
エイミーはキルに微笑んだ。
「そうよ、エイミーよ。
キルも私を知っているのね」
そしてアナベラに向き直り、満面の笑顔で握手を交わした。
「会えて光栄だわ、アナベラ。
私、あなたの話を聞きたくて、ここに迷い込んでからずっと楽しみにしていたの」
アナベラは握手をした手をなかなか離さない。
アナベラは年老いた手をしていた。
その手を見てエイミーの脳裏に、ふとお婆ちゃんのことが浮かぶ。
ずっと、心配しているに違いない。
警察にでも届けを出していたらどうしたことだろう……。
ジャックがアナベラに口を開く。
「当然エイミーにあの時の記憶はもう無い。
……教えてやってくれ、ハロウィン界の過去を」
アナベラは頷くとベッドに腰掛け、エイミー達にも後ろのソファに座るように言った。
エイミー達がソファに座ると、アナベラはエイミーを懐かしむように見て、ゆっくりとした口調で話し出した。
「全て話すよ。
この世界の過去……エイミーの過去を」