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人形師とお菓子を分かつ  作者: 沽雨ぴえろ
2/2

どうしようもなく、恋

久々の更新です……


リメイクとかはやってるんですけどね…


楽しんで(?)下さい٩(*´︶`*)۶




私の家は侯爵家。父、母、二人の兄に私。

跡継ぎは長兄であるナディム兄様となる。次男であるスタンリー兄様と私は父いわく自由に生きろとの事。初めはナディム兄様にも言っていたが、兄様は自分で跡を継ぐ事を決意。なので、父は何も言わなくなった。

我が家はできれば恋愛結婚という趣旨だった。しかし近頃ルアナン国王の崩御が近いとされ、貴族はそわそわしている。恋愛結婚はもしかしたら無理かもしれないと、先月に父から言われた。

もし私が何も勉強のしていない、もしくは溺愛されすぎた令嬢であれば、そんなのは我慢ができないと大いに反発しただろう。しかし、私は家族に恵まれていた。学びたいことは心ゆくまで学べたし、愛されていると感じるが貴族としての勤めを忘れたことは一度たりともない。

私は『侯爵令嬢』なのだ。それ相応の覚悟など出来ている。

…が、やはり一人の女としては結婚は愛する人と共に迎えたい。なので、ギリギリまでは粘ろうと決めた。その時ダメなのであれば、もうこの恋は諦めようとも。


私はツリンカのファウストに恋をしている。


これは紛れもない事実であり、変えようのない出来事だ。

いつ好きになったのかなど覚えていない。

恋とはするものではなく落ちるものだ。まさにこれだった、いつかは覚えていないが。

目を閉じるとすぐに浮かんでくる彼の姿。鎖骨の下あたりまでの柔らかそうな銀髪は三つ編みにして右肩に垂らしている。翡翠の瞳は常に笑っていて、三日月形。実はタレ目ではないことを知っているのは少ないのではないだろうか。いつも目元が笑っているからそう見られがちだが、実のところ彼の目は切れ長で涼やかなのだ。度の入っていない眼鏡はただの雰囲気作り。大きな丸眼鏡は雰囲気も相まって彼の顔をひょうきんに見せる。身長はそこそこで、スタンリー兄様と同じくらい。百八十は無いと思われる。人形師であるためか、顔に似合わず指は太い。であるのにその指が作り出す彼の娘たちは美しい。人を馬鹿にしたような声音も、菓子を食べる時の甘い笑顔も、どれも私の心を揺さぶる。

とにかく、とっても、物凄く恋しているのだ。

険悪な仲は今や茶飲み友達。今の現状でもまあまあに満足はしている。だがしかし。これからを考えるとその思いは吹き飛ぶのだ。

恋愛結婚をしたい。両親のように仲睦まじく、愛を語らいたい。私は自分の赤い髪も相まって自分の顔がきついことを理解している。なのでそのようなことを思っているなど誰も思いはしないのだろう。

とくに、この男は。


「いやぁ~本当に本当に美しいでしょう?私が手塩にかけて作り出したこの娘たちは!見てください侯爵様。この子は腕に黒子をつけたんです。可愛らしいでしょう?あの子は髪の毛を思い切って短くして、男装を意識しました!あぁ、この子を忘れていましたよ、ほおら、この前完成した脚なんです!なだらかで、素晴らしい曲線でしょう?」

「そうね」

「侯爵様これを見てくださいよお!」


いつまでも続く人形の話。いや、けして嫌な訳では無いのだ。はじめはこれがメイン出来ていたのだから。

しかしまあ、この男の情熱は娘にあるのだ。一向に他のものに向く気配がない。少しは私に向けてほしいとは思うが、生憎私たちは恋人では無いのだ。

申し訳ないが陛下には生きることを頑張ってほしいと思う。どうか私に恋愛結婚をさせて欲しい。

私はファウストの素晴らしい話を聴きながら菓子を口に運ぶ。

今回はケーキタルトとは違い、ヌガーを持ってきた。チョコレートヌガーにハニーヌガー、ナッツの入ったヌガーにドライフルーツのヌガー。様々な味と食感のヌガーを詰めた小箱を持ってきたのだ。それのお供に選ばれたのは苦いコーヒー。香ばしい豆の香りが心地好い。甘いヌガーにはぴったりなのかもしれない。

ファウストは一通り話したことに満足したのか、手に持っていた人形を元の位置に戻し、こちらも同様にヌガーを口に運んだ。


「んんんん、ヌガーは美味しいですけど、やっぱりねっちょりしてますねぇ」

「もっと上品には言えないのかしら?」

「ぬっとり、とか?」

「……歯にくっつく、よ」

「面白みもありませんねぇ」


時折怪しげな発言をしてくるが、それもまた素敵と思う私はなんなんだろうか。一体どこを間違えたのか。己のことながら気になるものだ。

私は焦げ茶色のヌガーを手に取り、ファウストへと伸ばした。


「……え?」

「ほら、これ、美味しかったわよ、食べてみなさいよ。歯にくっつかなかったし気に入るんじゃないかしら?」

「はぁ…」

「……?何で口開けてるの?」

「えっ」


ぽかんとした後、私とヌガーを交互に見つめたファウストは暫し固まり、そしてぱかっと口を開いた。

どうにもそれが理解出来なかった。何をしているのだろうこの男は。欠伸なのだろうか。私は自分でもわかるくらいに困惑と不思議そうな顔を混ぜた顔をして、テーブルの上に置かれたファウストの手をひっくり返し、ぽとりとヌガーを落とした。

それにさらにぽかんとした彼は、暫く不思議そうに手元のヌガーを見つめていた。


「…?ファウスト?」

「……いやぁ…これにはびっくりしましたねぇ。私、侯爵様にあーんされたのかと思いましたよ!違ったんですねぇ」

「…はあ?あーん…?あーんてなに?」


名前を呼べば、そんな返事が返ってくる。

しかし私にはそれが分からない。なんだあーんとやらは。何かの魔法の呪文なのだろうか。それであればどちらにしたって使えないではないか。

そのことを伝えると、心底馬鹿にした顔をして鼻を鳴らされた。

腹が立ったのでヌガーを投げてやった。しかしそのヌガーはパクリとファウストに食べられ、投げた意味はなくなった。


「意地汚いわね、本当にお菓子が好きね」

「お菓子美味しいではないですか。それと、侯爵様」

「なによ?」

「今のがあーんですよ。些か強烈かつ暴力的でしたがねぇ」


今度は私がぽかんとする番だった。今のどこにあーん要素があったのか。どの部分があーんだったのか。

意味がわからなかったので、とりあえず頷いておいた。


「なるほど。あーんとは奥が深いのね!」

「…侯爵様なだけありますねぇ」

「何か言ったかしら?」

「侯爵様、コーヒーのお代わりいりますかあ?」

「遠慮しておくわ。やっぱり私には苦いもの」


誤魔化された感は否めないが、ここで追求をしても苦しくなるのは私のような気がするので、ここは乗っておこう。

そうですか、と彼が言うとそこからはまた人形の話になる。

あの子は美しい金髪を波打たせた。その子はそばかすが愛らしい。この子は唇をふっくらと。そっちの子はしなやかな四肢に。あっちの子は美しい微笑みを。

彼の人形に対する愛はとめどなく溢れる。会話の中でさえ感じるその愛は、けして狂気的ではない。純粋な愛。

彼は目をきらきらさせて、シミ一つない頬をうっすらと桃色に染め、愛おしげに娘を撫でる。

──もし、もしも。そこにあるのが私であったなら。

彼の翡翠は私を見つめ、繊細な人形を生み出す太い指は私の頬を撫で、形の良い薄い唇は私に愛を囁く。

それは至上の幸福を得るのだろう。

しかしそれは有り得ない。私の気持ちを知らないから。言う気もない、この気持ちは、彼に伝わるのは有り得るのだろうか。

私は彼と結婚したい。共に想い合いながらの結婚をしたい。しかし私は想いを口に出せない。彼の気持ちが読めないからだ。

自分がどれだけ都合の良い展開を望んでいるかなど、誰よりも私自身が理解している。

想いは口に出したくない、けれども両想いになって結婚をしたい。

『侯爵家』である私がそうなるのは、極めて低い。例え恋愛結婚を許されているとしても、両想いとはどれだけの確率なのか。

私は目の前で人形への愛を語るファウストから目を背け、目の前にあるコーヒーに視線を落とす。

苦いのが苦手な私は、紅茶でさえもミルクをたっぷり。コーヒーなんてもちろんのこと。

カップの中の濁った液体は私のきつい顔を写す。

赤い髪、濃紺の瞳、上へとはねる目尻。どこを見ても可愛くない。


「…なんで、こんな顔なのかしら」

「え?なんか言いました侯爵様?」

「いいえ、別に。私はその金髪の、マリアンヌと言ったかしら?その子が好きよって言ったわ」

「あぁ、この子ですか。この子は特別美しい宝石から瞳を作っているんですが、この子ですか?なんか意外ですねぇ」


侯爵様なら、あの茶色い髪をした娘かと思いました、と私の後ろを指さす。

くるりと振り向けば、壁際にある椅子に優雅に腰掛けてある人形があった。

波打つ茶髪は腰にまで届き、愛らしい瞳は空のよう。唇はつやりと輝き、優しげな笑みを浮かべている。

少し幼げな表情をする彼女は、まるでおとぎ話に出てくる天使のような、もしくは物語に出てくるお姫様のようなその要望。

私は暫しその人形を見つめ、そして視線をヌガーに移した。


「そうね、その子、とっても可愛い。愛らしいわ」

「そうでしょうそうでしょう!こんなことは言いたくはありませんがね、この子は私の最高傑作ですよお!!」


私は左手でヌガーを手に取りながら彼の話を聞く。

どうやら、ファウストが私に勧めてきた人形は彼の最高傑作らしい。ということは、彼の理想を詰め込んだということか。

ファウストは先程よりも目をキラキラと輝かせ、頬を赤く染めて捲し立てるように言葉を紡ぐ。


「この子の名前はアンジェリーナといいまして!知り合いの行商人に聞いたのですが、どうやらアンジェリーナとはリトルエンジェルという意味があるようでしてねぇ、どうですまさに名を体現しているでしょう!!綿菓子のようなふわふわの髪、宝石のごとく輝く瞳、甘そうな唇に柔らかそうな頬!!この子のためにアンジェリーナという名前はあると言っても過言ではないでしょう!!」


ヌガーとコーヒーを置き、スキップでもしそうな足取りでアンジェリーナに近づくファウスト。そっと横に膝を下ろし、愛おしそうに髪に触れる。


──あぁ。


「…でも、意外ですねぇ」

「……なにかしら?」

「私は、侯爵様もアンジェリーナを好むと思っていたんですよぉ。あ、別に責めているわけじゃございませんよお?人の好みがございますからねぇ!」

「別に嫌いとはいっていないじゃないの。むしろ好きよ?」


そう、好きではあるのだ。

アンジェリーナを作り上げるその全てが、私自身わたしじしん理想りそうだから。

宝石のように輝く瞳も、甘そうで柔らかそうな唇と頬も、優しげに微笑む笑みも、全て私にはできないものだし持っていないものだ。

一方のマリアンヌは、やや私に似ていた。私に似ている、だなんて、ファウストには言えないし彼にも彼の娘にも失礼なんだろうけれど。マリアンヌは彼の作品には珍しく、ややつった目をしていて、いたずらっ子な笑みを浮かべている。私には無い愛らしさだが、それでも、私のつり上がった目と親近感を覚えてしまった。

私は天使にはなれないのだ。


「…侯爵様ぁ?大丈夫ですか?」

「……ええ、ちょっと考え事をしていたのよ。ところで紅茶のお代わりはないの?」

「図々しいですねぇ。仕方がないので私が自ら入れてあげますよぉ」


ファウストはそっと立ち上がり、私に向かって「食べ尽くさないで下さいよぉ!」と声を張り上げて視界から消えていった。

私が大食いだと言いたいわけ?なんなのかしら?私は苦笑して、カップの中のほんの少し残った紅茶を飲み干す。

ファウストが戻ってくるまで、私はいつくるかも分からぬタイムリミットを考えた。自然と瞼は下がり、己の思考に沈み込む。

陛下が崩御されれば私の自由は終わる。新しい国王陛下を選ぶ際に、婚約すらしていない私は権力の底上げに丁度良いのだ。それは私が侯爵家だから。我が家は元は商家であったと聞く。数代前に偶然王弟殿下をお救いしたことから侯爵という爵位を賜ったらしい。伝統ある貴族という訳では無いので、そこまで権力があるとも言えない。しかし貴族界では爵位を重視する。もちろん伝統も必要だが、爵位が高いものが常に強いのだ。

伝統などない侯爵家であっても、侯爵家と言うだけでそれは大きな力となる。

陛下が崩御されたとき、私は貴族として、侯爵家の娘として我が家の利益となる家へと嫁ぐこととなる。

それでも、私は、やはりファウストを諦めきれない。まだタイムリミットではない。しかし、焦りは常にあるのだ。家族や領民には悪いとは思うが、私はやはりファウストにどうしようもないほど恋している。

はぁ、と溜息をつき、カップを落とさないように静かにテーブルへと身を伏せる。視界が私の赤毛で遮られ、一つの世界が出来上がる。とても小さな、私に相応しい世界だ。侯爵家と言う上に立つ立場にありながら、庶民の男に懸想する私に相応しい。諦めきれない、私の愚かしさに。

私のこの世界を開くのは、一体誰なのだろう。


「侯爵様ぁ?」

「っ!!」


ふわりと、風が私の頬を撫でた。ファウストの声。私はかっと目を見開き、カップが落ちないことを祈って身を起こそうとしたが、それは出来なかった。

彼の娘を引き連れて、ファウストはこの部屋に戻っていた。

だが、彼は席についているわけではなく、目の前にいた。文字通り、目の前に。


「ちょ、ち、ちかっ…」

「……」

「な、によ?ちょっと、本当に近いわ、早く紅茶を煎れなさいな」


この瞬間だけは、私の世界を開いたのはファウストだった。そっと感じか風は私の髪がかき分けられたもので、彼は私が狼狽えても表情一つ変えなかった。なんとも言えない顔をして、彼は私を見つめる。

私だって恋するひとりの乙女なのだ、そんなに見つめられては照れるに決まっている。照れ隠しのつもりで紅茶を促す。

ファウストは私の言葉にやっと表情を変えて、眉毛をはね上げながら言葉を紡いだ。


「おやおや、すいませんねぇ?珍しく寝てしまったのかと思いましたぁ!」

「寝るわけないじゃないの。今度の紅茶は何?」

「さーっぱりとミントティですよ~知り合いからもらいました!!」

「あなた知り合いいたのね…」

「どういう意味です?」

「別に、そのままよ?」

「涎拭いてくださいねぇ」

「だから寝てないわよ!!!」


彼のそばにいるのは心地よい。この会話も、なにもかも。

あぁ、何かアクションがあれば良いのに。

そう思った私が悪いのだろうか。

アクションが起こった。私にとっては、悪い方の──






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