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人形師とお菓子を分かつ  作者: 沽雨ぴえろ
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私の賭け



右に絹糸が有名なアスル国、左に漁業のピュシリア国と接する国、ルアナン国。大陸の北部にあり、海に面して入るが高い山に囲まれた農業には向かない国だ。山の殆どは鉱山であり、二つの国からの輸入と鉱物とで我が国はそこそこに豊かだった。

私はその国のハウバウル侯爵家に生まれた。兄が二人居る。母も父も健在だし、何一つ不満は無い。我が家は元々は商家だったのだが、代が二つほど前に何らかの功績を上げ王族から爵位を頂いたと聞く。けして豊かな商家では無かったためか、浪費家では無い。不満が無いのはそれも理由の一つなのだろう。

爵位を賜った際に、我が家は信仰を始めた。

私たちは神を信じる。それは我が侯爵家のみにあらず、この国の国民は殆どが信仰しているのではなかろうか。度合いは人それぞれだが。しかし権力を持つものほど盲目的に神を信じている。

神の言葉にすれば、物事は緩やかに動くからだ。もちろん国の政策に「神のお言葉だから」なんてのは教国、教会くらいしかまともに受け止められないが、もっと小さなまとまりの中であればそれは効力を発揮する。例えば、一つの家族。一つの村。

権力を有するものが有さないものに圧力をかける。傲慢で一方的な考えを通すために、堕落するために、稀に双方のために。

あまりに盲目的に神を崇拝し絶対の存在として仰ぐものを見ると、思わず同情をしてしまう。生き辛くはないのかと。生憎と我が家は熱心な教徒ではないのだ。

まあそんなことはどうでもいいか。とりあえず我が家を知ってほしい。勿論私のことも。

我が家は鉱山から採れる鉱物で生計を立てている。それは今も昔も変わらない。そして、私が視察に行くことが好きなのも変わらない。毎回頭が痛いと頭を抱えられるが、マイナスな事はしていないと思うので許してほしいと思う。

我が侯爵家の領地は国自体が北部にあるのだが、その中でもさらに北部にある。かといって極寒の地という国でもないので、冬は毎日大雪という事は無い。夏は暑く冬は寒く。しかし天災は少ない領地だ。

侯爵家ということもあり、なかなかの広さの領地を持つ。その中でもあまり観光地とは向かない街があるのだが、これは私がそこで出会った青年との物語である。

今思い出しても、なんとも奇妙で奇怪、非常に不愉快かつ腹立たしい男であった。

とりあえずは、読み進めてほしいと願う。




















ルアナン国北部、ハウバウル侯爵領の中でも観光地には向かない街ツリンカ。鉱山の麓にある街で、主に鉱物の採掘をしている。大抵が加工もしているのだろうと思っているが、ここでは採掘のみ。たいした特色もなく、街特有の名物というのも好き嫌いの分かれる変わった味の飲み物だけ。観光に向くはずもなく、賑わってはいるがやはり観光者では無かった。

そんなツリンカであるが、その街にはとある馬車がよく来る。所有者は領主であるハウバウル侯爵家であり、お忍び用として使っている。

と言っても私がよく使うものだから、分かる人には分かっているのかも知れない。

毎度毎度私がこの地に視察に来るのには理由がある。兄を押し退けてでも来たいわけがある。家族はそれを知っているため、頭を抱えはするが禁止にはしない。それを認めるだけの満足のいく報告書を提出している事、そして視察と言っても我が家と近い土地であるため泊りがけせずに帰るため、財政に打撃を与えないことが理由として挙げられる。もちろん身内の可愛さゆえもあるだろうが。

私は月に二度ある視察の内、二度目は視察を終えてから足を運ぶ場所がある。そこは酷く不気味で悪趣味な場所ではあるが、こうして手土産を持ち通ってしまうほどの魅力はある。

馬車に揺られて一時間すれば我が家からツリンカには来れる。午前中に家を出て視察を五時間こなす。無論この中に報告書を書く時間も入っているし、移動する時間もかかっている。一箇所だけを見る訳では無いのだから。そこから馬車で三十分揺られれば目当ての場所だ。今はその目当ての場所へと向かうさなかであり、後十分もすれば着くだろう。

私はガタガタとゆすられる中、つい、と外に向けていた視線を自分の膝に落とす。

白い箱が乗っている。この中にはとある人物に渡す手土産が入っている。甘いものに目がなく、会いに行く度に菓子を持っていっている。相手は貴族ではない。そのため菓子にそこまでの金はかけない。気に入った時に手に入らなかったら酷く落ち込むから。

今日に菓子は林檎と檸檬のタルトだ。分厚く切った林檎と解して蜂蜜に漬け込んだ檸檬を散りばめたタルト。林檎は食感を楽しむために新鮮なものと煮たものを使用したと聞いた。購入した際の香りを思い出し、今から会う人物も気に入るだろうとニンマリと笑ってしまう。


がたん


「─お嬢様、着きました」


「…あら本当。……ありがとう。それじゃあ、時間になったら来てちょうだいね」


一瞬大きく揺れたあと、一拍置いて御者に声を掛けられた。掛けられたカーテンから外を覗くと、街の一角にある木とレンガで造られた一軒家が目に入った。それを確認すると御者がドアを開けたため、礼を言いつつ降りる。そしていつもの如くのセリフを言い残し、一人でその家へと向かったのだった。


木とレンガで造られた一軒家は奇妙だった。とある所は蔦がへばりつき、またある所は枯れかけた木が寄り掛かっている。もしこの家が町外れや郊外にあるならいざ知らず、ここはまさかの街中なのだ。初めて見た時は我が目を疑った。

とはいえど、オンボロではない。私は木の木目の出た、しかし赤く色の付いたなかなかに愛らしい扉へと近付く。ど真ん中にはノッカーがあるのだが、このノッカー、なんと形が人形の手の形をしている。手を掴み人形の手でドアを鳴らすのだ。悪趣味極まりない。はじめて見た時は思わず声が出た。まあ今となってはどうってことないのだが。なれとは怖いものだ。

だがまあ、実のところこのノッカーを鳴らしはしないのだが。鳴らしたとしても中の住人は出てこない。それなのにわざわざ鳴らす必要はあるのか、いいや無い。必要性を感じない。

私は五センチ程のヒールを鳴らし、勢いよく扉を開け放った。

瞬間目に飛び込んでくるのは天井から垂れ下がった作りかけや完成品の人形達。扉で声を上げて、落ち着いて中に入ればすぐに心臓が激しくなるこの使用。本当にやめてほしい。まあ今となっては慣れたが。本当に慣れとは恐ろしいものだ。

垂れ下がる人形なんて何のその。廊下に並ぶ人形も何のその。私はまっすぐ家の真ん中へと突き進む。この家のど真ん中には天井はなく、かわりに日光が差し込むようにガラスが嵌めてある。丁度日光が差し掛かる場所にはテーブルと椅子。日光が当たらない絶妙な場所にはところ狭しと色んな状態の人形。

落ち着ける…わけが無い。まあこれも慣れたのだが。

私はテーブルの横に立ち、あたりを見回しつつ声を張り上げた。


「ファウスト!来たわよ!」


数拍置いて、隣の部屋へと通じる扉をとっぱらったところからひょこりと銀髪が覗いた。


「おやおやぁ?これはこれは!侯爵様じゃぁないですかぁ!どうされたんです?また私の人形が見たくなったんですかあ?」


ただ雰囲気作りのためだけに掛けられた丸眼鏡。その奥で三日月に曲がる目が私を見つめた。

私は肩眉を上げつつ、その瞳を見返した。


「そうね、見に来てやったわよ?ほら、タルト持ってきたんだから紅茶を用意しなさいよ」


私は彼を鼻で笑って、近くにある人形のパーツで出来た机の上に林檎と檸檬のタルトを置いた。本当に本当に悪趣味だと思うが、これも慣れた。彼は途端に翡翠の瞳を輝かせ、いそいそと席に着いた。手元には作り掛けの人形のパーツ。恐らくあれは脚だ。そんなことをわかってしまう自分が怖い。


「紅茶」

「分かってますよ、せっかちさんですねぇ。ほぉら、可愛いい娘、用意をしておくれ」


彼はにこにこしながら左手を振る。するとカタリと音を立てながら一体の人形が動いた。魔法だ。私の目には見えないが、同じ魔法を使えるものには見えるらしい。彼の指の先からは魔力の意図が出ているらしいのだが、如何せん才能のない私には分からないものだった。


「本当便利よね、それ」

「え?魔法ですかあ?そうですねぇ、娘達を動かせるのは楽しいですねぇ……わあ、これはこれは、林檎と檸檬のタルトですねえ!」


ファウストはにんまりと笑いながら、箱を開ける。

私たちは神を信じる。それは、この魔法という存在もあるのだ。魔を使えるのは神のおかげ。神が我々人間に力を与えてくださったのだと。近頃は様々な研究の元、魔法というのは体内の器官が関係するらしいのだが、神を信じるものがその事実を信じるわけもなく。研究者たちを労わりたいと思う。

ファウストは人形師だ。だから家中に人形がある。さらに魔法も使える彼は自らが制作した人形を『娘』と呼び、魔法で操り人々を楽しませる仕事もしている。それを利用して日常のこともやらせているらしいが……それは自分でやった方が楽なのではと毎度のことながら思う。

以前そう問うたことがある。


「はあ?何を言ってるんです侯爵様。私は娘が動くのを見たいんですよ。分かっていませんねぇホント」


というのが彼の言い分だ。非常に腹が立った。その時は無言で髪飾りを投げた記憶がある。後悔はしていない。

そんなことを考えていれば、カタカタと音を鳴らしながら彼の人形──娘が帰ってきた。

お盆の上にはティーカップ、ポット、ソーサーにミルク、檸檬、ティースプーンにナイフにフォーク。ふんわりと香るのは、恐らくアールグレイ。


「いい香りね」

「そうでしょうそうでしょう。これ、とっておきなんですよお」


私が一言呟けば、ファウストは嬉しそうに目元をさらに緩めて、机の上に置かれたポットを手に取った。毎回紅茶を注ぐ時は自分の手でしている。こだわりどころの分からない男だと思う。

とととと、と紅茶がカップに注がれる。先程より強く香るアールグレイに、口元がほころぶのがわかった。


「さて、いつもと同じ、砂糖を入れずにミルクたっぷりですかぁ?」

「ええ、そうよ。じゃぁ、タルトは私が切ってあげるわ。大きさは?」

「四分の一」

「……もう一度」

「四分の一でお願いしまぁす」


結局、四分の一切り分けた。私はその半分のサイズ。あっつあつで持ってきたので、まだ生地はボロボロになってはいないようだ。本当は冷やした方が美味しいんだろうが、如何せんこの男、ケーキのサイズが小さいと文句垂れるのだ。女子なのか。

どうやら林檎と檸檬の下にはカスタードクリームが敷いてあったらしく、とろりと垂れてしまった。


「美味しそうですねぇ」


にこにことした笑みを浮かべ、子供のようにはしゃぐ。私は箱の上で切り分けたタルトをファウスト側に動かす。皿は使わない。ソーサーがあるのに皿を使うと邪魔になるからだ。

フォークを構えて、さて一口。

ファウストは目をとろりとさせ、口元に手をやった。


「カスタードにお酒が入っていますねぇ。なかなか大人な味です」

「…あら、本当ね。美味しいわ」


ティーカップをそっと持ち上げ、ミルクで濁った紅茶を嚥下する。ミルクたっぷりであるのに、紅茶の味は損なわれてはいなかった。なるほど、確かにこれはとっておきだ。

ふと目を上げると、ファウストはこちらを見ていた。


「……何よ?」

「いえ、別に。いつものことながら、侯爵様は面白いですねぇ」


たまにこうして見つめてきては、けたけたと笑うことがある。

ファウストは私のことを『侯爵様』と呼ぶ。けして名前で呼びはしない。以前、まだこうして菓子を食べあう仲ではないとき、聞いたことがあった。何故名前ではないのか、と。


『変なことをおっしゃいますねぇ、侯爵様。貴女、私が貴女と同列だと思ってるんです?それに、そんな仲でもない無いでしょうに』


明らかな拒絶だった。私と彼の間には壁があった。それは貴族と平民だから、というだけではないように感じた。

それほどの拒絶だった。

今でこそこうした紅茶を飲み合い菓子を分ける仲になったが、それでも彼は侯爵様と呼ぶ。私はもう、あんな顔で、あんな目で、あんな声色で、拒絶をされたくなかった。

怖くて、もう聞けない。この『友人』という居場所は、手放せない。


「侯爵様?」


はっとした。どうやら思考に浸りすぎたらしい。ファウストに目線を移すと、不思議そうにしながらもタルトを頬張っていた。

その食い意地を貼った様子に、思わず吹き出す。

ファウストはさらに不思議そうにしながらも、紅茶を挟みまたタルトを口に運んだ。


「気に入ったかしら?このタルト」

「ええ、なかなか。林檎は二つの食感があって楽しめますし、檸檬は蜂蜜に漬け込んだんでしょうか?それでも酸味はきちんと残っていますし…なかなかですよぉ」


上機嫌にフォークを振りながら感想を伝えてくる。やはり彼も気に入ったか。

私もだんだん分かってきたな、と思いつつフォークを再び手にする、と。


「いやぁ、しかし前回のお菓子はあれでしたね!」

「……ん?」

「ほらぁ、アレですよぉ、前回の…シフォンケーキ!チョコレートの筈が何だか苦すぎましたし…焦げを誤魔化してます感溢れてましたよぉ。あれ、どこのお店ですかぁ?」

「え…」

「あぁ、そう言えば貴女は用事があるとかなんとか言ってましたね…食べてませんでしたっけ?いやぁ、あれは一度は食べてみるべきですよぉ、ある意味いい経験になりました!」

「……」


こちらの様子に気付かず、溜息をつきながら前回のお菓子についてペラペラと話す。

前回の、お菓子。シフォンケーキ。チョコレート。焦げ。

ああ、なんという事か。そう言えば忘れていた。前回は、試しに手作りの菓子をと──。


「あ…そ、うなの?ん…どこだったかしら、覚えてないわ」

「そうなんですかぁ?珍しいですねえ…」


私は買った場所は忘れない。だからこそ、今彼に怪しまれている気がする。

手作りなんて、言えるわけないではないか。

ファウストは翡翠の瞳をキラリと輝かせ、こちらを伺っている。

……これは分かっているのではないか、これは。

背中にひやりとしたものが伝った気がした。


「…あぁ、分かりました!」

「えっ」


やはりか、分かっていたのか、いや分かったのか。とりあえずそんなキラキラした目で追い詰めないでほしい。私は心が折れそうだ。

しかしそんなことなどいざ知らず、彼はむっとした顔でフォークをこちらに向けた。やめなさい行儀の悪い。


「貴女、知り合いの作ったものを回したでしょう!全く、自分が食べられないからって、酷いですねぇ。もう持ってこないでくださいよ?」


酷いのはお前だと言いたい。なんだ、知り合いの手作りを回したって。なんだ、もう持ってくるなとは。何一つ私のものだとは気づいていないのは救いだが、だからといってそれは無いだろう。といってもここで何か言っては私だとわかってしまうので何も言わないが。


「そ、そうよね、不味かったわよね!悪かったわねえそんなもの食べさせて!」

「ん?なにか怒ってますかぁ?」

「いいえ別に。ほら、タルト食べなさいよ」

「そうですかぁ?」


そこからは全てファウストのターン。私の話は終わり。彼の指の人形への愛を聞く時間だ。それが目的でもあるのだから。

私は彼の人形に魅せられた。彼の人形は我が領で採れる鉱物を一部に使用しており、彼の腕もあるだろうがひどく美しい人形だった。…建前であるのは、最近からなので気にしないでほしい。

そうして暫く時間がたち、家の外から馬の鳴き声が聞こえた。


「おやぁ?もうそんな時間ですかぁ?」

「そう見たいね…じゃあ、そろそろ帰るわ」

「私の娘たちの愛をまだ全然語ってませんが…仕方ありませんね、またにしましょう」

「…ええ、また、今度」


玄関まで私をエスコートしてくれるファウスト。玄関に向かいながらまた『次』の約束をする。その事に私はささやかながらも嬉しさを感じるのだった。

馬車に乗る寸前、私はファウストを振り返る。

ファウストはにんまりとした笑みを浮かべ、手を後ろで組んでいた。私は口角を上げ、一言言葉に出す。


「──それでは、失礼いたします。ファウスト」

「……えぇ、それでは、また。侯爵様」


毎回、私は最後に『侯爵様』を演じる。外聞って大事よね。男と二人であってる令嬢の言うことではないけれども。

けれども私は、あえてファウストのいう『侯爵様』を演じるのだ。

私にとって、ファウストと会うのは『賭け』だ。私の、タイムリミットまでの。

だって私は、『公爵令嬢』なのだから。











「……」


私は彼の『友人』という括りにしか入っていないであろうカテゴリーを『恋人』ないしは『婚約者』に変えようと、賭けに出ている。

さて、私は賭けに勝つのか、負けるのか。タイムリミットが来るのか、来ないのか。

私は馬車の中で静かに目を閉じた。






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