はじめの1歩は小さくと
「なぁ…爺さん…ここあんたの家なんだよな…」
俺は眼前の光景に唖然としながら老人に尋ねる。
「そうじゃが?どうかしたか?」
どうもこうも、外装こそ街の外れにある少し洒落た教会のような見た目であの寂れた街からは少しどころか圧倒的な浮遊感があった。
しかし、1度中に入ってしまえば、ここが老人の家だと知っていなければ教会でも屋敷でもないただの薄汚い物置としか思えないだろう。確かによく見れば所々に金などでできた装飾が施されている。絨毯もこれでもかというぐらい幻想的で美しい模様で折ってある。
だが、その装飾も絨毯の模様もどす黒い埃に覆われせっかくの美の世界が台無しになっている。
更には壁一面に大量のしかも巨大な本棚が数え切れないほど山積みになっている。本ではなく「本棚」がだ。それだけでも大量の書物の量の筈なのに、それだけではなく、机や床に無造作極まりなく積んである。長年放置されていたのか、一歩踏み出す度に埃が舞い上がる。極めつけに巨大な本棚が左右上下に積み上げられているため、一番高い窓からしか日が射し込まないというここまでくればもう何も言うことは無いレベルの惨状だった。
よくこんなところで小さな老人独りで生きて来れたものだ。
「あの…お爺さんはこんなところで独り生活されているんですか?」
二ーシェが心配そうに問いかける。
「もちろんじゃ。案外楽しいぞ?本しかないが飽きないのじゃよ。」
まぁ、これだけの本があればゲームやらがなくても運動不足になれそうなものだ。
「お主らも読んで行くか?」
老人はキラキラした目で俺と二ーシェに言ってくる。が、何せ俺達は、いや俺はここのことを何も知らない唯一の人間だ。だからまずは情報収集から始める必要があった。
「いや…俺達は…」
情報収集…?
そうだ、ここにはどんな村人Aよりも村人Bよりも役に立つ情報元が腐るほどあるじゃないか。
「すまない。そうさせてもらうよ。」
「そうか!読んで行くか!そうと決まればお茶を用意しよう!そうじゃな、あそこの椅子に座って待っておいてくれ、本は好きに読んでくれて構わんからな!」
よほど嬉しかったのか今にも飛び上がりそうな声色で走り去っていった。
「ちょっとエルク…勝手に…」
あぁ、二ーシェのことを忘れそうになっていた。二ーシェは少し眉を下げ、俺に話しかけていた。
「いいだろ?どうせ暇なんだし」
冗談交じりに言ったはずだったのだが馬鹿正直らしい赤髪の女性二ーシェは
「そりゃ、暇だけど…」
暇なのかよとツッコミそうになったがぎりぎり抑え、埃まみれの本を手に取る。開いてみるとそこには見た事もない字が一面埋め尽くされていた。
「な、これは…」
住人の言葉が通じるからと完全に忘れていた…文化の違い。恐ろしや。
「どうしたの?」
二ーシェが横から覗いてくる
「うっわ、何この本!」
お?なんだ?まさか二ーシェにもわからないのか?だったらこの本、解読のしようがないではないか。
「この国の事しか書いてないじゃない!」
「なんだとぉぉ!?」
だとしたら一番知りたい情報じゃないか!読むしかない…わからなくても、形だけでも…いや、まて…なんだ?この文字の、まるで甲骨文字のような形の字が…読める?
「あ…」
読める…俺にも文字が読める…
「待たせたの」
お盆の上に三つ湯呑みを乗せてやってきた老人は俺と二ーシェの前の椅子に腰をかける。
「どうじゃ?その本は気に入ってくれたかの?」
またもやキラキラと子供のような目で問いかけてくる。
「あぁ、勉強になるよ。ところで爺さんこの魔法ってやつはほんとに使えるのか?」
爺さんは目を限界まで見開き
「え?」
「え?」
俺も反射的に繰り返してしまう。
「のぅ、娘よお主の連れは魔法を使えないのか?」
俺が魔法を?冗談じゃない。俺は最低でも昨日まで化学しかない世界で生きてきたのだから魔法なんて知るはずも使えるはずもない。
「しらないわ。でも使ってるところはたしかに見た事無いわ…」
二ーシェも若干引いている様子だった。なんなんだ…魔法を使えるのがそんなに偉いのか!?
「はぁ…では見せてあげよう」
そうしてください。と丁寧語でお願いをして魔法とやらを見せてもらうことにした。
「では、そうじゃな…試しにあの一番高い所の本でも取りに行こうかの」
一番高い本棚と言えばビル二階は在ろう天井にとどこうとしている高さだ。俺の身長の半分程しかない爺さんでは背伸びをしても竹馬に乗っても到底とどくはずがない。
すると、爺さんは目を瞑り、胸が膨れ上がるほど大きく息を吸い込む。そして、息を吐くと同時に小さく囁くように、けれどもはっきりと
「リェターチ」
と言うと小さな身体は青く光る霧のようなものに包まれ、その瞬間ふわりと浮き上がる。そして二秒ほど地面から10cm程の高さで留まった後一気に巨大本棚が積み上げられた一番高い段まで飛び上がった。そのあとは本を選び「これでいいじゃろ」と地上から見てもわかるほど、他の本よりもより厚みがあり、何よりボロボロな本を持ってきた。爺さんの足が絨毯につくと青い霧のようなものも静かに消え、まるで何も無かったかのように本を渡す。
「すげーな、魔法って。」
正直な感想を言ったつもりだったが爺さんは又もや目を丸くし
「お主、本当に使えんのか?」
魔法なんてファンタジーで満ち満ちたものを使えるのなら恐らく1日に5回は使っているだろう。
そして爺さんから貰った書物。書店等で売ってあるような辞典より少し厚めの本はここに山ほどあるがその本よりもひと回りも厚めの書物に記載さていたのは、
「……魔物」
やはり存在していた。魔法なんてものがあって魔物がいないはずがない。そしてもう一つ。人間に危害を加える魔物への対処法だった。武器による物理攻撃も多少のダメージは与えられる。
が、魔物により致命的なダメージを与えるための手段は二つ。攻撃的魔法によるものとスキルによる攻撃らしい。
「スキル…」
その先は魔法とスキルについて記してあった。
『魔法。それは自然に宿されし神の力。大地、海、火、空、そして人間。此れ総てを司る神の力なり。それ即ち敵を圧倒せし絶対的な破壊なり。』
『スキル。それは己に宿りし全ての想い。喜、怠惰、怒、嫉妬。己に宿りし万物の感情を気に変えた力なり。それ即ち己を研ぎ澄せし時は殺傷的な攻撃なり。』
うん?これ、ただ魔法やスキルについて書いてあるだけで出し方については何一つとして書いてないじゃないか。少し、いや大きく落胆すると爺さんは声をかけてきた。
「お主、魔法やスキルが使いたいのか?」
なんとも答えが見え見えな質問をしてくる爺さんだ。そんな保育園児から小学2年生が夢見るような話を18歳の況してや社会人の俺が魔法なんて夢物語を使いたいだなんて。
答えはもうyesかヤーしかありえないだろう。
「あぁ。勿論だとも。御老人。」
だって魔法だよ!?一生使えないと諦めていた夢が今目の前で起こった。そんな現実を前にして「いえ。私は知らないお爺さんにはついて行かないと教わったので」なんて言えるわけが無いだろう。素晴らしい世界。グラエキア帝国に栄光あれ。
「何はともあれ百聞は一見に如かず。習うより慣れよじゃ。グダグダ本を読んで学ぶより実際にやってた方が早く習得出来るもんじゃぞ」
なるほど。これはこの爺さんとの関係の中で唯一勉強になったことになるだろう。これまでもこれからも。
とにかく外に出て試してみることにした。
しかし、爺さんの教え方が尊敬に値するレベルで下手だったため、できるものもできない状態だった。
「魔法はすっとなったらすぐにクワっだ!」「スキルは奥に感じるものを指先まですーとなっなら最後にずぱんだ!」
なんだそれは……俺がばかなのか?俺の感が悪いだけなのか!?お願いします。ばかな俺にもわかるよう、もっとわかりやすく説明して下さい、お願いします。
「何をやってる!はよやらんか!」
耐えられない。と、二ーシェへこれ以上ないくらい尊い目を向ける。
するとやつは有ろうことか転た寝をしている振りを俺の目の前で堂々とやってのけたのだ。やつは爺さんを騙ませればいいのか、ただ単純な俺への挑発なのか、若しくは両方か。何にせよアイツに後でなんて言ってやろうか。
「なぜわからんのだ!体内に感じぬのか!」
体内に感じると言われても、どれだけ意識を集中させようが体内に感じるのは自身の鼓動と仄かな性欲だけだった。と、思っていたが何か腹の奥に何かグツグツと煮えるようなものを感じる気がした。これは、今までに感じたことのな…
―ズドォォォォッ
思考の途中で爆発音のようなものと共に遅れて来た地響きによりバランスを崩してしまう。
「くそっなんだ…もう少しでできそうだったのに」
しかしそれ以上同じく爆発音や地響きが来る事は無かった。だが、あの腹の奥に感じるものもそれ以上現れることは無かった。
そしてなんの成果も出ないまま日が暮れ辺りは夜になっていた。
ここは街の外れにある森のため月の光が木に当たり輝き、幻想的な光景を生み出していた。この光景はどことなく夏の夜に淡く飛び散る蛍の光に似ている気がした。
「どうだ。今日は泊まって行かんか。」
すると俺は気付く。
そういや俺、今日の寝所を確保していなかった。お金は金貨のようなものが何枚かあるが使えるかわからないし聞くのも少し抵抗がある。なので…いやもう一人。一応意見を聞いておこう
「どうする」
二ーシェは人差し指を顎にあて「んー」と声を上げ考える。彼女曰く俺達は幼馴染みで一緒に旅をしていたらしい。なら二ーシェにも寝所はないはずだ。もしそうなら答えは自然と決まるはずだ。
「そうするしかないわね」
ほらね。
「すまん爺さん何から何まで」
説明力の無さを除けばとても頼りになる存在だ。
そして爺さんに案内されるままに薄汚い大きな部屋を歩き、一番奥にある扉を開けるとそこにはあの埃っぽい部屋とは別世界のように美しく整理された寝室があった…もう呆れて声も出ない静かに寝てあげよう。
「ねえエルク。明日からどうするの」
そんなもの俺が聞きたい。
「そうだな…とりあえず街へ戻ろう」
なんの用もないがなにか、せめて違う街へ行く手がかりがあるかもしれない。なんの宛もないが、なにもしないよりましな気がした。
「情報収集だ。何もしないわけには行かないだろ」
「…スヤァ」
二ーシェのやつ…寝落ち…だと!?
「…俺も寝るか」
二ーシェのやつなんの役にも立たないな。俺をばかにするだけで。だが何故か懐かしい気がした。ずっと前にもこんなことがあったような。
いや。考え過ぎか。とりあえず今は明日を生きることを考えよう。旅人というものも楽ではないな。魔物はお金を落としてくれるのだろうか、そんなことより旅人なんて職業はどうやって定期的にお金を稼ぐのか。それともそんなものはないのか。
とりあえずいまは明日だ。今日は…まぁ人の役に立たないところが明確になったのだから良しとしよう。
その日、俺は夢を見た。真っ暗な世界に放り出され、抗いもせず沈んでいきやがて闇に覆われる。一筋の光も少しずつ輝きを喪っていく。そして闇以外何もなくなる、そんな夢を。俺は…独りでなのか、
「-っ!」
勢いよく顔を上げると突然頭に激痛が走りそのままベッドを転がる。すると俺以外にもう一つドサッと転げ落ちる音がした。
「いったぁい!」
二ーシェだった。
俺は頭を抱えながら少し呆れて口調で
「何やってんだ二ーシェ…お前」
すると彼女もそうとう痛かったのか頭を抱え苦しそうに喋る
「せっかく起こそうとしたのに!」
「余計なお世話だ!」と叫びつつ俺はベッドから降りる。爺さんと会う頃には頭の痛みも大半は無くなっていた。
二ーシェもあとから駆け寄ってくる。
「お前さん今日の予定は?」
普段よりも更に帽子を深くかぶった爺さんは以外にも俺達のことを聞いてきた。また魔法やスキルの事をしつこく言われるのかと思ったのだが。
「そうだな、とりあえず街にもどって情報収集かな」
すると爺さんは「そうか」というと屋敷に姿を消してしまった。
「なんだ?」
俺が独り言のように呟くと、二ーシェが無駄に反応する。
「何か取りに行ったみたいよ」
というと爺さんが爺さんの背丈は在ろう何かを抱えもどってきた。
そして爺さんはそれを俺に差し出す。「お守り代わりじゃ。スキルを使えんお主には振り回すことしかできないじゃろうが。」
と、寝室同様美しく整備された長剣だった。
「これは昔この街の腕利きの武器屋が作った魔法剣じゃ。」
たしかに振り回すことしかできなさそうだ。そんな使えもしない術を使うために作られた剣を渡されても使い方に困るだけだ。本当に振り回すしかない。
「あ、あぁ。ありがたく受け取っとくよ」渋々ではあるがないよりましだと受け取ることにした。
爺さんから貰った長剣を腰に下げる。前より圧倒的に冒険者感が上がったな。あとはこの布の服も頼りないな。魔物がでるならもっと安定した装備が欲しいものだ。と、ふと気がつく。
「おい二ーシェ。お前は何が出来るんだ」
そうだ。昨晩も呆れていた。こいつの無能さに。大したこともしゃべらずただのうのうと俺の腹を立たせていただけだった。そんなコヤツは何が出来るのか。いやなにかやってのけろ。いややってのけてくださいお願いします。
すると彼女は少し舌を出し左目を瞑る。俺はその瞬間絶望に背中を押さた気がした。それは内緒という意味なのか!?いや内緒という意味だと信じさせてくれ頼む!
お、俺は…なぜこんな役立たずのお荷物と旅する気になったのだろうか。教えてくれエルク・ヴァリエンテよ。
だがグダグダ言っている暇はやはりなかった。爺さんが杖を持って2度もどってきたのだ。
「お主ら。街に行くならやはりわしも一緒に行って良いか」
杖に風呂敷と端からついて来る気しかないじゃないか。と心の中で叫びつつ森を抜け街にでる。いろいろと少し時間をとってしまったが、可能な限りの情報が集まり次第、次の街に出ようと決めていた。そして俺は1日静かな森で本を読み意味のわからないコツを伝授されながら魔法とスキルの練習をしていただけで忘れていた。人が多少集まり邪魔する木々もないのでメラメラと日光が射し、結構多い石製や木製の建物などで賑わっているはずだった。
「なんだ…これ」
しかしそこにあったのは廃墟や大岩そして鼻の穴に鉄の匂いが充満するには充分過ぎる量の血だった。するとひとつ心当たりを思い出す。
「昨日の爆発音か!?」
そう。昨日爺さんに意味不明な教えを説かれそれでもなお頑張ってやった魔法とスキルの練習のときに現れた爆発音と地響きだった。
「みたいじゃの」
爺さんは目を細く尖らせ辺りを見渡している。額に汗が流れる。この緊迫した状態で1人だけ口を開いた。
「気をつけて。犯人、まだ潜んでるから」
この状況で冷静だったのは二ーシェだけだった。と、近くから何かの動物と動物を足して2で割ったような不気味で奇妙な声が聞こえてきた。爺さんはザッと素早く杖を構える。
俺も自然と検柄に手を伸ばしてしまった。するとその30秒ほどたった時又もや先ほど同様の不気味な声が聞こえてきたと思うと何処からともなく現れたのは兎のような姿をした一角獣だった。だが体は大きく俺が3人分ほどだろうか。すると爺さんは叫ぶ。
「やつは、猛獣アルミラージ」
やはり魔物か…いや、あんな姿をみて魔物だと思わないやつなんていないだろう。するとアルミラージと呼ばれる魔物は体制を低くする。
「あの角に気をつけるんじゃ!当たったら心臓なんて簡単に射抜かれてしまうぞ!」
又もや爺さんが老体に鞭を打ち叫ぶ。これは逃げるしか無さそうだ。
と、魔物に背を向けようとしたとき、ふと、またあの感覚が腹の底から湧き出て来たのだ。ふつふつと何かが勢いよく煮えたぎる感覚。そして抑えきれなくなるほどの興奮。自然と息も荒くなってゆく。
この感じは…なんだ?今までに感じたことのないこの感覚は。身体全体に力が入る。すると俺は気付かぬ内に鞘から抜いた長剣を右手に持ち体制を低くし、今にも飛びかかってきそうなアルミラージの前に立っていた。
俺は今、一体何をしたいんだろう。俺は心底あの角が怖い。爺さんのいうとうり当たれば心臓と恋心が持っていかれるのは確実だろう。
だが、これは、この感じは試さずにはいられなかった。俺も体制を低くし、剣をギリギリまで肩に近づけて構える。俺にはわかる。今の俺は何でもできる気がした。剣の扱いも、そして、スキルも!
その瞬間長剣はどす黒い霧に包まれた。そしてアルミラージも赤い霧を角に宿らせる。
「おぉ……あれは剣気じゃ。やっとスキルが使えるようになりおったか。わしの教授のおかげじゃな。」
負けない。死んでたまるか。そんな気持ちで頭がいっぱいだ。アルミラージが思いっきり走り込んでくる。
だが、俺は屈しなかった。俺もアルミラージの方へ走り黒い霧を纏った長剣を思いっきり振る。数秒が立った頃俺の喉から鉄の味がしてきた。しかしアルミラージも一瞬体制を崩した。
俺はこのチャンスを見逃さなかった。もう一度、こんどは指先から足の先まで意識を集中させ、アルミラージの方へ脚を思いっきり蹴り上げる。腹がヅキヅキと痛むが、心なしか先ほどよりも黒い霧が2倍も3倍も大きくなっている気がした。
そして大きく剣を振りかぶりアルミラージへ狙いを定める
俺はいま決めた
「ゼヤァァァァァァァァァッ!!」
この世界で生きようと。