4 召喚
円卓が中央に据えられている部屋。
備えられた八つある席の内、奥の方にあたる椅子がひとつ空いている。
ジオが座るはずの席だ。他は魔法師の最高位、魔法師騎士団の団長、全員揃っていることから寝ているのかどうなのかはさておき「サボり」であることには間違いない。
それにしても本日、その円卓には奇妙に空けられた場所があった。椅子が通常より間隔を近く、扉に一番近いところがぽっかりあとひとつ椅子が置けそうなくらい空いている。しかしながら、椅子が置かれているというわけではなく空いているだけ。
会議が終えられているにしては誰も席を立たないという時過ぎる中、閉めきられた扉を叩く音が届く。
「連れて参りました」
「ご苦労じゃったな」
入ってきたのは同じ服装をした男が五人と彼らに囲われるようにされた一人服装の異なる男――サイラス。
労いの声をかけた人物は部屋の最奥、扉から一番遠い席に座る髭を多く蓄えた老人であった。五人の男たちは一礼し、サイラスを置いて部屋を出ていく。
扉が音もなく完全に閉められたのち、「さて」と最も歳を重ねている老人――アーノルドが言い扉の前、老人にしてみれば正面あたる位置に立つ男に目を定める。
「サイラス、久しぶりに顔を見るのお」
「どうも」
「それにしてもひどく汚れておるな」
「長旅をしていたもので」
好好爺を体現したように人良さそうに笑うのは代表し話すアーノルド。
「元気そうなのは良いことじゃ」
「ジイさん方も意外とお元気そうですね」
「サイラス、言葉遣いを改めろ」
一方で厳しい声を放ったのはアーノルドの片方の横の席に座る、声を映したがごとく皺の刻まれた顔険しい男性である。
「立場が分かっているのか」
「おージジイ久しぶりだなぁ、たぶん。変わってないからそんな感じしないけど」
「勝手に出ていったかと思えばあろうことか――」
「その本題に入るかの」
六年振りに城に戻ったサイラスの態度に椅子から立ち上がりそうになったのは、サイラスの師である。弟子に早くも声を荒げかける様子を察したアーノルドが口を挟んだことで、浮かせかけた腰を落ち着け口を閉じた。
その様子を見て頷いたアーノルドは静かになった場に声を響かせる。
「六年近くになろうかの。おぬしが城より姿を消し消息を絶ち、最近では目撃情報がある度に人を向けたが撒いてしまってから」
「そんなにもなりますか」
「その間、おぬしがしておったことはわしらが見逃すわけにはいかんことだったと聞く」
「例えば?」
「傭兵紛いのことをしておったとか耳に挟んだのじゃがな」
あくまでも自然に口にされたことに、場にいる者の数名がぴくりと表情を動かした。しかし、当の本人は表情を動かすことなく笑みが滲んでいるようにも見える顔のままで答える。
「否定はしません」
「――否定はしないだと!? それがどういうことか分かっているのか!」
「ジジイ、落ち着けよ。血管切れても知らないぞ」
「何だと」
「べネット落ち着かんか」
師が弟子に――率直に言うとキレたことで場は一気に紛糾する。
通常であれば厳めしい顔はまだしもこうして感情を露にすることはない最高位の魔法師は、今度こそ立ち上がり、連れ戻された自らの弟子に詰め寄らんばかりだ。
正確に彼ら師弟がどれくらい振りの再会となるかは分からない他の者たちがいれど、相当会っていないことは明らか。まるで溜めに溜めていたものが噴出したがごとくその魔法師は怒濤の勢いで言葉を叩きつけているのだから。
すっかり外野となってしまった他の魔法師たちの内、部屋に響く声に紛れかけつつ話す者たちがあった。
「それにしてももう戻ってこないかと思っていたけどなー、俺は」
「それは連れ戻し任務の指揮押しつけられた俺の腕疑ってたってことかよ」
「そういうことじゃないが、あの人の腕を考えると並では無理だろう?」
「まあな。今回が駄目だったら俺が行こうかと思ってた。次にはどんな行動されるか分からなかったことは最初からだが、ちょうど正確な位置が掴めてたところでもあったし……なによりそろそろ我慢の期限切れも迫ってたしな」
いつもより席が近めとなっているルーウェンとゼロがちらりと視線をやったのは、円卓の向こう側のまだまだ言うこと止まらなさそうな最高位の魔法師だ。
最も歳をとった老人は横の席の背にもたれかかり止めようとする様子はなくなり、しばらく様子をみるようだ。勢いを考えれば妥当であろう。
「情報もあちこち飛ぶもんだから、アーノルド様には時間がかかってもいいって言われてたが、さすがに半年っていうのも俺にだってプライドもある」
「それまでが数年だ。半年は早いだろう」
「その『それまで』は王都外に派遣されている魔法師に任せてた形だったからだろ。捕まえられるはずねえ」
「それもそうだな。……それにしても」
「何だって『そんな』ことしてたんだか、ってか?」
「そう、それが分からない。その辺りは?」
「知らねえよ。渡された資料と来た情報の中にもなかった。それもあったから『処分』じゃなくて呼び戻したんだろ」
「していたことの詳細が――この国の害になることであったとしたら、『道を外れた魔法師』だ」
そこでルーウェンの目線が今一度サイラスに向き、逸れる。
「そう思いたくはないけどなー」
「そんなに交流あったのか?」
「べネット様のお弟子だからそれこそ六年前以前は城にいたわけだ。会いもした」
「ああ、そうか」
「元々奔放な人だという印象はあっただけに城から姿を消したとき、最初の内はそのうち戻って来るだろうなんていう見方をされていたがまさか――」
「答えろサイラス!」
一際大きく厳しい声に、時間をもて余して怒鳴り声に近い声に紛れる形で話していた二人は再び同じ方向を見る。
声を荒げるのはさっきから同じ人物。その人物が厳しい目を向ける方向もまた、少しも変わってはいない。
「我が不肖の弟子よ――我が国の魔法師であったお前が傭兵だとは……他国に力を貸していたという情報は事実か!」
最も力の籠った声による問いかけを境に、他の声もなくなった部屋にはしん……と静けさが落ちた。
否応なしにすべての視線は問いを投げ掛けられた方へ。
「事実だ」
何ら表情も声も変えることなくサイラスは言った。
事前に情報は入っていたのにも関わらず、空気に固さが加わった。
「……が、少し訂正だ。たぶんオレがしていたこととあんた方が想像していることはちょっとずれてると思う。
事実だとは言いはしたが、傭兵っていう言い方がな……傭兵っていうのは金をもらって戦うだろう。オレは別に雇われて戦っていたわけじゃない、そういう意味ではどこの国を応援したわけではないから力を貸していたっていうのも厳密には違うんじゃないか?」
「細かいことなど今はいい! 問題はどこぞの戦いにお前が関わりどちらかの敵を葬っていたことが問題だ! ……まさか二年前の戦で相手方に混じってやいまいな」
「二年前? ああ、レドウィガの無謀極まりなかった戦か。中々すごかったなぁ」
「サイラス!」
「戦場にはいたが、見てただけだよジジイ」
「見ていただと」
「そこにも突っかかるのか、面倒だなぁ……」
「一体何が目的でお前はそんなことをしていた!」
「成り行きで」
「成り行きだと!」
「だいたい戦戦ってそこばっかり言っているけどな、国内回りつつ盗賊の討伐とかやってたしむしろそっちが多くてそっちでオレは稼いでたっていうか……」
「そもそもふらふらと国内を回る必要がないというのにお前は!」
「べネット」
ようやく、そのとき止めに入る声が通った。言わずもがな、アーノルド。
「一旦落ち着かんか」
再度爆発しそうで、加えて弟子の方が悪びれていない言い様で収集つかない事態になりそうだったので見かねたのだろう。
それ以上のことを許さない老人の声は激昂していた者を沈め、渋々ながら席に座らせた。
「何よりもまず、ゼロ、ご苦労じゃったな」
「いえ、半年かけてしまいました」
「上出来じゃ」
突然振られた労いの言葉にゼロが座ったまま答えた。
そのやり取りに食いついたのはこの場の空気の大きな原因、サイラス。
立っている場所から軽く身を前に、背もたれの長い椅子に座る――特に入り口側の方の席の者を見る。
「一つ疑問だったんだが、面子変わったよな、騎士団。六年経ったからってそんなに引退甚だしいか? それともそれこそ二年前の戦争ででもくたばったのか?」
「変わらぬ物言いじゃのお、おぬしは。名誉のために言っておくが、前青の騎士団団長バルトは引退じゃ。今はのんびり庭師をやっておる」
「ブルーノ団長は?」
「それを話すには時間がかかるものでな」
「ははぁ何かやらかしたんだな、いいさ興味ない。に、しても若いな」
「四年前より団長は竜と契約した者に限っておる」
「なんでまたそんな人数限定されるようなことを」
「人が人を見込む際には間違いがおころうものじゃろうが、竜が見込む者にはその危険性はあるまい。それに実に竜はよく見ておる。全員実力は秀でておる者ばかりじゃからな」
「そうきたか」
「へぇ」と自分のペースを崩さないサイラスの目が品定めするように動いた。
咳払い。
サイラスの筋を外した話に付き合っていたアーノルドの埋まっている方の横から。物言いたげなものであった。
「おおそうじゃったな、肝心の話をせねば」
本当に促されて気がついたかのように振る舞ったアーノルドが改めてサイラスを見たことにより、サイラスも仕方なさそうに向き直る。
「おぬしを連れ戻すにあたって、聞こえてくる情報が増えてきたここ二年の行動は耳に入る限り酷いものじゃ」
「悪い噂の方が広まりやすいみたいですよ」
「そうかもしれぬな。じゃが、悪い噂が生まれるということはおぬしがそうなる原因を少なからず作っておったということではないか?」
「……」
「善なる国民に危害を加えたということは幸い聞いておらんが、自らがしたことの釈明はあるかの?」
少し時間をおいて、「たとえば賊退治のことだが」とサイラスが口を開いた。
「最近魔法使える賊がいるの知っていますか? 普通の賊より厄介なんだよあれ」
「残念ながら魔法師の正しい道から外れた者たちの行いは度々聞くが?」
「教育機関はもうちょっと教育厳しくした方がいいんじゃないかねぇ」
「それもまた事実。しかし退治ご苦労と言いたいのは山々じゃがそれはおぬしの仕事ではないじゃろう、サイラス」
サイラスは肩をすくめてみせた。
「今一度聞いておく。二年前の戦、まことにおぬしは介入はしておらんな」
「していません」
アーノルドの確認に同じ意味の言葉を返したサイラスはうっすら笑みを表す。
「していたら、あんなものでは終わらなかったと思いませんか?」
「おぬし一人で何を言っておる、まったく大した自信じゃ。しかし、それが一番重要なことであるわけじゃからな、ひとまずその言葉を信じることにしようかの」
「それはどうも」
「さて、そうは言っても処分は必要じゃが……」
「このような者は牢屋にでも入れておけばいいでしょう」
「オレ一応あんたの弟子なんだが、牢屋って酷くないか?」
「お前のような者、誰が弟子だ!」
「べネット、もう黙っておれ。――我が国が関わっておらん他の戦に参入していたことの詳細等はこれから明らかにするとしよう。しかし、それに関しても他国への直接の利益を生んではいないということじゃ」
「分かってもらえたようで安心しました」
老人は微笑み、続ける。
「まず、魔法力は封印」
「まず?」
「事の詳細により何らかの罰は受けてもらうことになる。それ如何では封印は解くことになろうから大人しく沙汰を待っておれ」
「大人しく来たっていうのにそれはないだろう」
「それまで何年かかっておる。次はこの国に貢献せんか、もちろん平和的な事柄でな」
「何をしろと」
「お前の才能は大したものじゃ、いくらでも仕事はあるわい。そろそろ落ち着いてもよい頃合いじゃろう?」
「オレにここに落ち着けと?」
「そう言っておる」
有無を言わせぬ老人と比べるとまだまだ若造が無言で答えるしかなくなり、会議は閉じられた。




