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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『冷たい風が運ぶもの』編
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3 久しぶり


 煮詰めた薬を冷まし容器に詰め粉末状の薬も瓶詰めした後、城の医務室へも薬を詰めた瓶を運ぶ手伝いをした。


「肩凝ったー」

「今日は籠りっぱなしだったから」

「今日、これで終わりよね」

「不吉なこと言わないでえぇ、あたしもう疲れた!」


 医務室から出たばかりの帰り道。手を頭上に、マリーが伸びをして大きな声で言った。

 ヒュウとどこからか風が入ってきた。少し冷えたと感じる風だ。


「肌寒くなってきたよねー」

「そうだね」


 木々の葉の色が変わってきた、そんな季節だ。


「今度お休みいつだっけ」

「話一気に飛んだわね」

「飛んでないよ。あったかいマフラーとかあったかい新しい洋服とか、新しいアクセサリーとか……あれ? 前に買い物したのいつ?」

「そんなものよね。一年目なんて目まぐるしくていつの間にか日が過ぎてるものでしょう」

「ほんとそうだった、気づいたら季節飛んでたみたいな気分。あと思い出した、四日後休み!」


 どうやら街に行く予定を立てるつもりらしい。


「ん? ちょっとひとつ疑問なんだけど、アリアスは休みあるの?」

「休み……聞いたことなかった」

「ええ!? そこ重要でしょ! あたしなら初日に聞いてる!」

「つくづくマリーって偏って抜け目ないわよね」


 休みは、あるのだろうか。竜が生まれたと聞いたからなおさらに疑問だ。

 言われて初めて考えたアリアスは友人が喋る横で今度様子を見て聞いてみようかと思った。


 カシャンという音が先か、そんなアリアスの視界に音の正体らしきものが入る。前からやって来ていた人が通路の床に何かを落とした音のようだった。

 アリアス含め三人はその音に下を見たが持ち主が足を止め身を屈めたこともあり、自然に目は逸れた。イレーナとマリーは再び話を続けはじめる。

 しかしアリアスは目を完全に前方に戻しきる前に、また下に視線を向けることになった。

 落とし物は短剣のようであった。その短剣から、通りすぎようとした人物の物を拾おうとしている手に少しだけ視界がかかったことがきっかけだった。

 肘の下あたりまで捲りあげられた服の袖から覗く、包帯が巻かれた腕。乱雑な巻き方であることも目についたのだが、それ以上にそのあと薄汚れた白に広く滲んだ赤色にすぐに目を引き付けられた。


「あの」


 口をついて出たのは仕方のないことだ。それくらいの様子だった。

 足も止まっていて、通りすぎたばかりの人に声をかけていた。声をかけられたと分かったのだろう、その男性はすぐに止まり振り向いた。ので、アリアスは最初は思わずだったけれど言ってしまうことにする。


「それ、大丈夫ですか」

「それ? あぁ、これか? どうってことないから気にしないでくれよ」

「でも、すみません、余計なことかもしれませんけど放っておくとよくないと思うんです」


 怪我如何によっては悪化するかもしれない手当ての仕方だと一見しては思う。

 それに巻かれているのが包帯だと普通に判断したが、包帯かどうかも怪しいと今では思う。ただの裂いた布にも見えるのだ。


「医務室すぐそこなので……」


 腕に目をやってから改めて見た男はかなり汚れた旅装束をしていた。足元、ブーツはもちろん外套は使い込んだのかぼろぼろにさえ見え、中に覗く服も同じようだと察する。顔は、汚れ避けかなんなのか顎から鼻まで布で覆いをしていて目以外見えず、その目も上からも軽く被った布からわずかにはみ出ている髪がかかっていてよくは見えない。

 旅に出ていたのか、外から来たばかりであることは容易に分かる。

 服装を目にしたところで一体どういう職の人なのだろうかという疑問も生まれた。


「アリアス?」

「あ……ごめん。後で行くから、先に行ってて」


 声に右手に顔を向けると、イレーナとマリーが少し先でどうしたのかという様子で立ち止まっていた。

 その二人にアリアスはとりあえず医務室に行くか行かないかどっちにしてもと思い言った。見ようによっては城という場所のせいで不審な格好ともとれる男を前にしているからだろうか、心配そうな顔をする二人に大丈夫だと表情で示して先に行ってもらった。


「アリアス……?」

「はい?」


 それではとにかく医務室に案内するべきかと思いつつ男性に向き直ろうとしていたアリアスは、名前を呼ばれた。

 二人は行ってしまったから違う。それに後ろからだ。

 一体誰に。


「おまえ、アリアス?」


 声がした方向は向き直ろうとしていた方で、変わらず汚れた旅装の男性がいた。口許は布で覆われていて分からないが、他に人はおらず近くで聞き違えるはずもないので声を発しているのは目の前の人だ。布越しだろう若干くぐもった声であることからもそう判断できる。

 だが。アリアスの名前を妙に慣れたように呼ぶこの男性は。

 誰だ。

 当のアリアスは知り合いのように接されて少し戸惑う。知り合いか、いや、同名の人違いか。


「……あの、すみません。えぇと、どなたでしょうか……?」


 私のことですか? とアリアスが確認するべきか短い間に色々迷ってようやく形にできたのがこの問い。

 すると、男性は首を傾け、それから顔で窺える唯一の部分である目が下に動いた気がした。


「あ、これじゃ分からないか。それはそうだ」


 呟くやいなや顔の大部分を隠す布に指がかかり、アリアスの目の前で布が一気に下げられた。頭の布も頭が振られて取り去られ、髪も動いて顔が完全にあらわになる。

 目ははしばみ色だった。髪はダークブラウン、長めで伸びっぱなしの印象を受けた。


「久しぶりだけど覚えてるか? その前におまえ本当にアリアスか?」

「アリアス、です」


 隔てる布がなくなりくぐもりの抜けた声。


「……サイラス様……?」


 アリアスはその顔をただ見上げ、視線を外さなかった。外せなかった、のかもしれない。

 こぼれたみたいに出た声は小さかった。

 しかしながら、それを拾い上げたらしい。


「おまえでかくなったな!」


 ニッと彼は口角を上げ、快活に笑った。







 顔立ちは汚れを除けば全く変わっておらず、服装と知っているより長い髪がわずかに印象をずらした。けれど、アリアスがすんなり名前を口に出せなかったのはそれだけではない。

 とても久しぶりに見る人だった。

 久しぶり、とはクレアと交わした言葉のような期間ではない。

 年単位だ。


 現在、魔法師が弟子をとる例はごくわずかだ。

 そのご時世でサイラスは最高位の魔法師の一人の弟子で、アリアスが十年ほど前城に連れられてきたときに出会った。確かちょうど九か十か……どちらか忘れたがそのくらい歳が離れていたと記憶している。

 ルーウェンが「兄」のようだとすればサイラスは「近くのお兄ちゃん」のような印象であったと思う。

 出会ってからおそらく丸々一年は城にいたが、サイラスは城自体から姿を消して徐々に会わなくなり少なくとも特にここ五、六年は全く会っていなかった。

 それくらいに「久しぶり」な人。


「ガキっていうのはこんなに成長するものなんだなぁ」


 しみじみとした口調で言うのは顔の覆いを全て外したサイラスであり、彼は壁にもたれかかってアリアスに向かって腕を差し出していた。

 結果知り合いであると分かったアリアスが再度医務室へと促したが、大したことはないから行かないと言うので、そんなはずはないだろうとアリアスが医務室から薬箱だけ借りてきて手当てしているのだ。


「本当にお久しぶりですね」


 腕に巻きつけられていた布は包帯ではなかった。ただの布を裂いたかもしれないという推測は当たりだろう。

 下に現れた肌は赤く染まっていた。血は止まるには止まっているものの、肌はすっぱりと綺麗な切り傷ではなく切れ味悪い何かで裂かれたように見えた。いく筋もあるそれらはけっこう深い。

 どれほど放置していたかは不明だけれど、ろくな手当てをした形跡がないわりには膿んだりはしていなかった。


「その服、魔法師になったのか」

「はい」

「はっはぁ、時間の流れ感じるなぁ」

「それより、この傷どうしたんですか?」


 薬で消毒すればかなり染みるだろう。思ったより深かったこともあってアリアスは片手を傷のすれすれに翳して、慎重に魔法で治していく。

 サイラスの調子では、ある程度だけ治してあとは普通の手当てをしておいてもそれから放置しそうなので完全に塞がるまで。


「というより、お城にいませんでしたよね。今までどこにいらっしゃったんですか?」


 相変わらずというべきか、城では見かけなかったように思う。少なくともここ六年は完全に。どこで何をしていたのだろう。特にこの格好。

 仕上げに布で乾いてしまっている血を拭いながら尋ねる。


「どこと言うと、あちこちだな」


 漠然としすぎた答えが返ってきた。「そうですか」と言う他ない。


「……終わりました」

「あのちっさいアリアスがこんなこと出来るようになったんだな」

「一応は。あと、そんなに小さくありませんでした」


 どこまでもしみじみと言われる。

 拭い終えて離した方の腕で「ちっさい」の部分でかなり下を手で示されたものだから、アリアスは否定した。そんなには小さくなかった。


「そうだったかぁ? まぁどうにしたって成長したもんだ」

「何年も会わなければ成長もします」

「そうだろうな」


 どこにいたのか何をしていたのかは彼にも仕事があったのかもしれない。

 魔法師の弟子が一人立ちするタイミングは決まっていない。サイラスに完全に会わなくなったのは――六年くらい前。当時サイラスは二十一か二だったはずで、彼がいつ正式な魔法師となったかアリアスは知らないがその時点でなっていた可能性はかなり大きいと思われる。

 騎士団に所属しているという話は同じくサイラスを知っている兄弟子からも聞かなかったので……どうなのだろう。

 彼にどんな仕事をしているのか聞いたことはあったろうか。あったとしてもたぶん随分前のこととなるはずだ。


「サイラス様は――」

「サイラスさん!」

「……あー来た」

「こんなところに……!」


 アリアスの言葉に被さる形で声がして、サイラスがちらと見た方向。何人かの男性が足早に向かってくるところだった。先頭にいる男性がたちまちサイラスの近くまで来て険しい顔で言う。


「寄り道をしないでください」

「おまえらが気づかないから悪いんだろう?」


 対してサイラスはけろりとしたものだ。

 男性の元から寄っていた眉がさらに寄る。


「責任転嫁ですか。それより急いでください、もう時間が過ぎています」

「正直行きたくないんだけど」

「強制ですが」

「大体なぁ、オレなんて呼び戻してどうするんだよ」

「あなたがやっていたことに問題があるんです」

「面倒だなぁ」

「行きますよ。抵抗するのであれば引きずってでも連れて来るようにと言われています」

「おっかないな、はいはい行きますよ」


 もう行ってしまうようだ。穏やかではなく急かす会話に一段落ついてサイラスの顔がこちらに向く。


「ってことで、アリアスまたな」

「……サイラス様、城にはまだいらっしゃるんですか?」

「それはこれから次第だな、オレは出ていきたいけど」

「え?」


 最後にアリアスの頭を撫でるというには手荒く髪の毛をぐしゃぐしゃにして、サイラスは手をひらりと振って男性たちに囲まれ去っていった。

 また、近い内に会えるのだろうか。


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