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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『再会の夜会』編
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9 それでも結局のところ幸せな光景

 ルーウェンとジオと別れて一人アリアスが歩いて行くのは庭園の奥への方向。一体ゼロはどこまで行ったのだろう。あの竜たちと話は終わったのだろうか。

 敷かれた道を歩いていること数分。きょろきょろとしながら歩き続けていたアリアスは道からはずれたところに白色を捉えた。


「ゼロ様?」


 歩幅狭く小走り気味に近づいてみるとそれはゼロの身につけている軍服の色に間違いなかったようで、戻って来るところだったような彼を見つけることができた。


「アリアス、待っててくれりゃ行ったのに。どうした?」


 近づいて向き合い立ち止まったところで問いかけられ、アリアスはまずは兄弟子の言葉を伝えなければとまずそれを伝える。


「ルー様がそろそろ大広間に、と」

「広間に? ……面倒くせえ」


 師と同じようなことを言うもので、アリアスは少し笑う。本当にその言葉通りの声をしていたのだ。

 するとゼロはそんなアリアスの手を取る。


「まだ時間はあるだろ。色々邪魔入ってやってらんねえぜ」


 特に急ぐことはない。と言われたことあり、アリアスは特に時間のことを言おうとは思わなかった。

 ただ、時間は気にしなくていいゆっくりでいいとも言われたが言うことを言うタイミングを窺って伝えようとだけ思って、にやりとした笑みについて行くことにした。

 もう少しだけちょっとでも、せっかく今夜会うことができたのだからいたかったということもある。


「そういえば、竜の方はお帰りに……?」

「ああ帰った」


 いたのは彼一人の姿だけであったので尋ねてみると、あっさりゼロは頷いた。帰ったらしい。

 何だか風のように去っていったような印象だ。

 静かな庭園。今度は再び二人となって歩くことになったアリアスはぼんやりゼロを見ながら、いつ言おうかと考える。何てことないことであるのに、何だか言おうすると難しいものだ。


「で、どうかしたのか?」

「え?」

「ルーがその伝言を俺にやるためにだけにアリアス一人で来させるなんてことねえだろうからな」


 どうせならあいつもついてくるはずだ、と続けて言ってゼロは立ち止まった。灯りは、夜空に浮かぶ月のそれだけ。けれども近くにいるから不便はなくて、彼のことはよく見える。

 ずっと見ていなければ分からないくらいに、首が傾げられる。

 察されていたのだ。大広間に、とだけ伝えるために来たのではないということを。


「……今度はきちんと言って行こうと思いまして」


 だから、アリアスはちょっと前置きしてありがたく伝えることにした。


「私はこの先も学園に通おうと思っているんです」


 簡潔にそれだけを述べて口を閉じ、ゼロの方を窺う。

 しかし、彼は特に表情動かすことなくかといって口を開くでもなく、自然と沈黙が生まれた。

 その、こちらを静かだと形容できる様子で見ている目がわずかばかりに揺れた気がしたとき、彼はふっと目を逸らした。


「あと一年半、か」


 とまず彼は呟いた。

 一年半。それは順調に行けばアリアスが学園を卒業するのにかかる歳月。間に長期の休みがいくつか挟まるとはいえ、きっと短くはない期間。


「本音言って」


 こちらに灰色の目が戻された。


「側にいれねえ。それがすげえ嫌だし、俺が側にいない間に誰かが近づくってのも嫌だ」


 間髪入れずに複数のことが言われ、そしてすぐに自身の言葉を否定するように頭を振られる。


「でもな、こればっかりは俺の勝手だから忘れてくれ」


 と。決まり悪げに首をかく彼が笑むものだから、アリアスはじっと聞いていられなくなった。


「――私も、ゼロ様と離れるのは寂しいです」


 心にすきま風吹くような感覚。

 ゼロが師や兄弟子とは違う意味で心の中を占めているのだと実感したのは、学園に行ってまもない頃。

 ――会いたいな、とぽつりと思った

 彼も会いたいと思っていてくれるだろうかと思ったものだが、そうだったと分かり嬉しくもあった。


「寂しかったんです」


 きっと今度もそう思う。当たり前のものが失われるというのはそういうことだ。

 もっと側にいたいという思いが出てきた、というのか前は当たり前に会えるような距離にいたからそれまで気がつかなかっただけなのか、今はそういう思いがある。

 でも、もうアリアスは決めたのだ。それをゼロも受け入れようとしてくれている。


「だから今度は手紙を書いてもいいですか」

「……手紙か……たぶんもっと会いたくなってしょうがなくなる」


 自嘲を込めたような笑みが形作られる。何だろう、これから一ヶ月は城にいるのにアリアスも眉を下げてしまう。


「俺はすげえどうしようもねえだろ。俺も自分がこんなにどうしようもねえとは思ってなかったけどな……離れてると会いたすぎるのが分かっちまってな」


 おそらく、一年半というものは過ぎてみればあっという間に違いないのに。


「けど、アリアスが学園に行くことを反対してるわけじゃねえ。それは絶対ない」


 ゼロは首を振って、最後にはいつものような笑みになって言う。


「だから待ってることにする」


 アリアスが卒業するのを。まるで戦のときとは逆転した立場を笑いながら、手をぎゅっと握られた。

 待ってる。その言葉を伝えるように。

 ふり切るように。

 こうして、この人も結局は背中を押してくれる。

 その言葉の全てを受け止めて、アリアスもぎゅっと手を握り返す。

 伝わればいい。――いや、自分で伝えなければ。


「ゼロ様」


 息を吸う。


「離れても、ゼロ様が好きです」


 当然のように出てこようとする羞恥を押し込め、伝える。

 離れても、気持ちは変わらないものだ。そのことを今回知った。会いたいということはそういうこと。

 顔を赤らめながらもアリアスは伝え、照れずにはいられず微笑む。

 伝えられてばかりではいられない。伝えなくては伝わらない。

 そうしたら、目線の先ではゼロが瞬き、手から力が抜けたことを感じた……のは一瞬。

 手を引かれて、身体を引き寄せられる。

 気がついたときには端正な顔が眼前にまで近づいていて、頬に手が添えられる。とっさに目を瞑ると唇に軽く触れたもの……すぐに離れてゆく。


「やべえな……好きすぎて困る」


 呟くようにしかし至近距離でしっかりと耳に届いた言葉に、アリアスはますます赤面せざるを得なくなくなる。

 目をそっと開けたものの、依然として近くにはゼロがいてこちらを見下ろしている。

 直視していられずに目を少しうろうろさせているときもずっとその手は頬にあって落ち着かない。


「なあ、アリアス」

「は、はい」

「好きだ」


 頬をなぞられ、囁かれる。

 左右に迷わせ通り過ぎようとしていた目がそうできなくなる。

 甘すぎる声。目。笑み。

 何か、突然雰囲気がそれらに変わって濃密になり心臓に悪くなる。


「独り占めしてえくらいに好きなんだ」


 その囁きを境に、真剣な顔になった。

 すっと頬から手が離れ、温もりが離れる。それだけでなく、身体も離れて……


「アリアス」

「はい、……ぜ、ゼロ様!?」


 片膝をつくではないか。

 白い正装なのに汚れないかなどという問題もあるがそこではなく。

 流れるように自然な動作であったために一瞬呆けたアリアスであったが、一気に慌てる。


「ど、どうなさったんです……」


 何事か、と当然生まれる疑問は途切れていった。

 下から灰色の目に射ぬかれてどきりとした。その目の真っ直ぐさと、奥にある熱に。

 息が一瞬止まってしまうほど。


「ゼロ、様?」

「俺は今からかなり身勝手なことを言う。アリアスが困るかもしれないことを言う。だが、全部本気だってことを言っとく」

「……? はい」


 さっきまでとはまた異なる空気。戸惑いながらもアリアスは返事をする。

 本当に「困る」ということをされたことはないのだから。


「好きだ」


 立て続けに言われている言葉はそれでも色褪せずに発される。

 彼の目と声、全てで伝えられてなぜか身体に震えが走った。鼓動が跳ねる。

 そのアリアスの前でゼロは跪いたまま真摯に続ける。


「俺の側に隣にいて欲しい。誰にも渡したくない」

「ゼロさ、」

「愛してる」


 捲し立てるような言のあとの言葉を紡ぐ丁寧さといえば、驚くほど静かなのにも関わらず、一番の熱が込められていた。

 聞いたことない言葉に、アリアスは目を見張る。理解が遅れているのも要因となるのだが、それさえをしっかり理解する前にゼロは止まらなかった。


「――俺と結婚してくれ」


 今度こそ、アリアスの呼吸は止まった。奪われた。その言葉に。


 告げられた言葉に自然と目がこれまでになく見開かれたのは、頭のどこかがその言葉を理解したから。

 けれど、アリアス自体は本当にすぐさま理解できるはずなく固まってしまって、頭の中は直後静かにパニックだ。

 ゼロはじっと彼女を見上げ、待つ。

 時が止まった、と錯覚する空気がその場に流れた。のは、ほんのしばらく。


 がさがさ、と大きく音が立った。まるで、葉と葉が擦れあったような。

 まさかそんな音がするとは思わず、びくりとしたアリアスはそちらを見てそこにいた人物を捉えた。が、すぐには理解できなかった。

 しまったという表情の兄弟子がいたのだ。


「――え? ……あ、え、る、……ルー様!?」

「え、いや違うんだこれはな、」

「――おいルー……そんなとこで何してんだ。つーかいたのか」

「ああいた、俺だってこんなことするつもりはなかった盗み聞きはマナー違反だだけどな見送っておいてあとから心配になったんだよ!」

「邪魔すんなよ」

「それは少し悪かったと思ってるすまなかったけどな、ひとつ言っておく。そもそもアリアスはまだ成人してないから結婚は無理だからな!」


 あ、とそこでアリアスは肝心なことに気がつく。驚くばかりで固まっていたが、自分はまだ十八になっていないのだということに。それは結婚できる年齢に達していないということ。


「……言われてみりゃあそうだった……忘れてたぜ」


 同じとき、膝をついたままのゼロが片手で顔を覆った。しくじったと言わんばかりだ。

 そのゼロにもはや遠慮なくずかずかと歩み寄ったルーウェンは彼を立たせる。そうした上で、詰め寄る。

 アリアスからちょっと離れてゆく。


「大体、お前は……手は出すなって言っただろ」

「何のこと――ああ。……いつ言われたやつだそれ」

「おい」

「しょうがねえだろ、全部ぶっ飛んだ!」

「開き直るなよ!」

「あ、あの、……」

「だからせめて待つだけにしろと言ったんだ」


 二人が何やら言い合いはじめたところをこれは口を挟めないと見るしかなくなっていたときに、近くで異なる声が聞こえてアリアスは今度は瞬時に隣を向く。

 すると、兄弟子がいたことから納得といえば納得か、いたのは――


「し、師匠もいたんですか!?」

「俺だけ先に戻るのは不公平だろう」

「何がですか」

「ギリギリで戻れるなら俺もそうしたい」


 そういうことか。

 音もなく現れていた師はそんな理由で来ていたらしくアリアスは脱力しそうになる。

 それにしても、突如として現れ空気を変えた二人に目を白黒させるなり戸惑うなりしているばかりだったが、師と兄弟子に見られていたかと思うと恥ずかしくてたまらない。言うまでもなく、ゼロを前にしていた恥じらいとは別の種類のものだ。


「面白いものを見た」


 いつからいたのだとか、聞けそうにない。最初からだとは思いたくないせめて。出てくる直前だと思いたい。


「人には法があるからな、年齢を忘れるとは意外と間抜けなことをする」


 師の口調が面白がっているようなのは、勘違いではないだろう。


「この国の成人はいくつだった」

「……十八ですよ」


 あなたもあなたで覚えていないではないか、とジオがこちらを見ていないことが分かっているのとさっきの今で少し見れないのとで前を見ながらアリアスは思わないでもなかった。


「俺も言わせてもらうけどな」

「何だよ、もう言ってるじゃねえか」

「俺がアリアスが来てること教えて行ったかと思えば……紅取れてるのを見て一瞬理解できなかった!」

「あー……」

「だから仕方ないだろ、送り出して心配になるのは!」

「お前こそ開き直んなよ」


 なぜか師と二人して傍観することになっている方向、少し前で向き合い言葉をぶつけ合う様子は収まる様子が見られなかった。

 互いに間置かずに声を飛ばしているものでかなりの早さで会話が為されている。二人共、かなり熱くなっている。


「ルーも故意に出たわけではなくてな、身を乗り出してしまった瞬間にな。あれにしてみれば、聞こえてきた台詞を考えると仕方なかっただろう」


 アリアスはというと、ルーウェンがどうしてあんな顔をして出てきたのかという事の顛末を聞かされる。まあそんな顔をしていた。


「が、止めておいた方が良かったか」


 ふと、そんなことを言われ聞かれた。

 つい横を見ると、いつの間にやらジオがこちらに目だけを向けていた。

 止めていたら。


 もしも、アリアスが結婚できる年齢であったならば――

 そうでなくとも、二人があのまま出てきていなかったなら、自分はどう――


「どうでしょうか」


 それは、彼が未だ兄弟子と言い合いしている限り、アリアスだけの秘密だ。

 ジオとルーウェンが出てきたのはタイミングが良かったのか悪かったのか。どのみち目の前に繰り広げられている光景はこうであるので、深くは考えない。

 隣にいるのも、前にいるのも、近くにいるのは大切な人だ。意味は違えど大事な人たち。

 師から再び目を前に戻した少女は幸せを感じずにはいられず、自然と微笑んでいた。



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