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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『再会の夜会』編
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7 集う者たちの正体

 アリアスやゼロがいた場所とは離れた場所には小さな花を一面に咲かせた植木が並ぶ場所が出てきた。囲まれている向こうには青色の丸い屋根と白い柱が見え、しばらく進んでいくと四阿の全貌が現れた。


「いらっしゃったのです!」


 粘りに粘り続けてアリアスたちを連れてきた少年はぱっと小走りで先に行ってしまった。


「あれ、師匠……」


 散歩感覚で一緒に来たアリアスは四阿の中にはじめに師の姿を見つけた。やはりというか、少しは予想していたというか全身黒の正装の彼はここで何をしているのか。

 しかし声をかけることは叶わなかった。行った先には剣呑な雰囲気漂う場があったのだ。


「人には塞げん。竜が塞ぐべきものだろうあれは。俺が今のまま塞いでも構わんが、効力は保証せん」

「少し前、あの地の境目を塞いだはずの力をどこかの魔族がうやむやにしてしまったのやもしれぬしな」

「分かりきったことを混ぜ返すのはいい加減にしろ」


 師が誰かと言い争って――声音はあまり変わらないが――いる。

 その誰か、は後ろ姿しか明らかでないがその後ろ姿は全てが白かった。


「まあよく考えりゃああんな空気にもなるか」


 思わず足を止めてしまったアリアスの隣に、ゼロは全く動じた戸惑った等の様子なく呟き、また足を止めた。


「長ー!」

「――セウラン、おまえはどこにおったのか」

「長がいらっしゃる方向は分かっていたのですが道が分からず……そうなのです! ヴィー……あわわゼロさまとお会いしたのです!」


 白くまっすぐな髪は透き通りまでしているような清らかさを持ち、とても長くて地面にまで垂れていた。しかし、地にはついておらずすれすれで浮いているよう。衣服は純白、少年と同じようにゆったりとした作りで地面にまで至る。それらを波のように揺らしながら振り向いたのはおそらく男性、と思うがそれにしては美しすぎる男性。

 少年のあとでは驚かなかったが、澄みきった橙の目を持っていた。

 少年はあの男性を探していたのだ。


「ほう、まことのことよ。しかしセウラン、あまり大きくここで言うてはならぬことぞ」

「あ、申し訳ありませんのです……」


 どうでもいいことかもしれないが、かなりの長身だ。元よりアリアスからも小さいと思った少年が、よほど小さい印象を受ける。


「お話はおつきになったのです?」

「いいやまだだ」

「お前が話を進めようとしないからだろう」

「あ、ま、魔族なのです!」


 少年が男性にしがみついた。

 彼らより奥側にいる師と目が合った。後ろの……卓にかもたれかかって立っているあたり大儀そうだとさっきから思っていたのとは別に物言いたげな感じ。たぶんなぜここにいるのかと言いたいのかもしれない。


「すまぬが魔族よ、我が息子を怯えさせてくれるな」


 その目も、離される。


「最近の竜は魔族に怯えるのか」

「愉快なことを言う。セウランも来たことだ、望み通り話を進めようぞ」

「それだけの理由で無駄話に付き合わせるな」

「無駄とな。その無駄な話に付き合うくらい話が分かる魔族であるかどうか今一度確かめただけのこと」


 ジオがもういいというような仕草をした。

 肌までも真っ白で、色があるのは目だけであるような男性が少年の背を撫でにこやかな笑顔を浮かべたことが、少しばかりしか見えなくとも分かった。

 纏う色彩も、であるが表情もまさにジオとは正反対。


「改めて、我らが認識しておる境目は北の地のもの。それに相違はあるまい?」

「そうだ」

「綻んだ時分は把握しておるのか」

「いいや」

「ふむ……あちらからこちらに来た魔族はおったのか」

「いたが押し戻した上で塞いでいる」

「ほう」


 短いやり取り。少し途切れ、静けさが押し寄せる。が、長く続くことなく涼やかだがけして軽くはない、響きの良い声があっさりと承諾の言葉を紡ぐ。


「相分かった。よかろう、綻びは我らが直す。元々我らの役目。我は我らの友である人のため契約をまっとうしようぞ」


 ――「生きる場所を離れようと、永久に竜と人は友である」謳い、囁くようにその存在は不思議な心地よさを持つ声で言った。


 師に、というより別の誰かに向かってその言葉は向けられたと思える。


「して魔族、現在境目を塞いでおるという魔法を解く時分は」

「そっちが決めろ。そうすれば俺は決められた時に解く」

「ふむ、ならば明日夜明け時にでも解いてもらおう」


 ジオが短く頷いた。


「……長、もしかしてお話が終わられたのです?」

「うむ、今」

「それならばさっさと去れ、来るにしろ場を考えられないのか」

「すまぬが場は承知の上よ。ここに来た本題は別にあるがゆえ」


 白い人が、さらりと衣を揺らして振り返った。どこまでも優しい柔らかな笑みがはっきりと見える。


「我が息子に会いに来たのよ」


 先ほど少年の肩に手を添えて言われていたはずのそれは、男性の傍にそれこそ子どものように付いている少年に向けられていない。目が、向いているのは。

 じっと何やらやり取りを見守っていたアリアスが視線をたどって傍らのゼロを見上げると、彼はとても真剣な顔をしていた。でも、聡くそのことに気がつき向けられた顔は和らぎ少し笑み、また顔を上げた。

 さらさらと小川のせせらぎを思わせる音が近づくのは、男性が滑るように近づいて来ているから。

 相手に言っているようで小さなぼやきが、ゼロにから明らかにその存在に向けられる。


「あんたと会う日はもう来ないはずだったんだけどなあ」

「寂しいことを言う。会いに来られる用事がこのように作られることは嬉しいこと。少し話そう、我が息子」

「その呼び方は止めてくれ」

「なぜ? すべての竜は、魂巡っている間と言えど我の子。無論、その魂を持つおまえも」


 ゼロが自分より少し背の高い白い男性を見て、仕方なさそうにため息をついた。

 そして、アリアスを見る。


「悪い、行ってくる。ちょっと待っててくれるか?」

「はい、私のことはお気になさらず」

「長ー、あのですねこのお方は――」

「お前もうここで口開くな」

「うぐぐ」

「これこれ、セウランの息が止まってしまう」

「あっちに行ったら離す。――アリアス後で」


 ずるずると少年を引きずりながらすっと一瞬頬を撫でられ、アリアスはどう反応すればいいのやら苦笑気味になったかもしれない。

 次いで、ゼロのあとに続く男性ににこりと微笑まれて目を瞬いている内に不思議な存在もアリアスの前を通りすぎた。

 ゼロも白い正装であるため全体的に白の塊の中で、不思議なくらい彼の灰色の髪は目立った。

 それも、庭園の奥に消える。


「アリアス、来い」

「師匠……」


 目の前に現れ去っていった少年と男性――不思議な雰囲気の彼らに飲まれていたような、見いられていたようだったアリアスは振り向く。

 師が言葉だけでアリアスを呼び、来るように言っていた。終わった終わったとばかりに身体を預けていた卓から動きはじめた彼に呼ばれるまま近寄ろうとしたアリアスはん? と目を凝らすことになる。

 一人、もう一人ジオの他に四阿の中に誰かいる。誰だろう。師と一緒にいた、ということだから――


「えっ」


 随分と奥に座っている人物。ジオや白い男性で分からなかったが、長い銀髪を優雅に流した男性。

 目を凝らして見てしまってからその正体に気がつき、アリアスは驚きのあまり目を見開いた。

 その間に手招きをされる。

 当の、奥に座している人に。


「さっさと来い」


 今夜の師はどうも気が短い。機嫌が良くないようにも感じられる。それは、さっきここに来てからずっとであるが。そういえば、よく考えると師は「魔族」であって去ったあの存在は「竜」である。中々に考えてみるとあり得ない組み合わせだったのかもしれない――

 それで、この師にも会うのは久しぶりなのだが、それよりも奥にいる人物に目が釘付けでさらには予想外すぎて頭がパニックになっている。


「えぇとあの、陛下、」


 挨拶挨拶。

 再度呼ばれたもので、遅くない程度にしかし慎重に四阿に近づいて入ったアリアスはちょっと困る。ちょっとではない、かなり困る。

 同じ空間内、とも言える場所に足を入れ、顔もはっきりと見えた奥にいる人はこの国の王なのである。

 稀にしか会わないとかいうレベルではなく最高位の魔法師やそれに類する地位の方が会うのならまだしも、アリアスが会うはずがない、人物。


「堅苦しい挨拶はよい。そなたはアリアスだろう、大きくなったな」


 それなのに、王本人はゆったりとそう声をかけてくる。おそらく、アリアスの記憶の限りではフレデリックに引っ張られ遊んでいた幼い頃に偶然会ったとき以来。

 どういうことかというと、つまりはとても恐れ多すぎる。


「はい、」


 病が治ったとは聞いていたが本当に病の影はない姿。

 王、という国で一番貴い方なのに色んな意味でおおらかだな、とか思ったことは感想に過ぎず、こんなときの受け答えなんて習っているはずないアリアスは固まる。言葉が続かない。

 なんでこんな事態に、と現実逃避さえしてきてしまう。


「そんなところに立っていないで座るといい」


 とっさに視線をさっと向け助けを求めたのは、もちろん師。

 その師はとうに王の真向かいに腰を下ろしていて、アリアスには隣にでも座れという目線をよこしてくる。

 この人はこの人で……。

 アリアスはその時点で早くも諦めた。それから師がいるならば何とかなるだろうと考えて自分を納得させて、大人しく無言で椅子に腰を下ろす。ごねていても仕方がない。

 座って物珍しい四阿ということもあり周りを目だけが届く範囲で見渡す。

 その過程でひとつの不自然さに気がつく。周りに人はいない。一人として。ここに、この国で一番守らなければならない王がいるというのに。護衛はなぜいないのだろうか。

 だからこそ、このお方がいるとは思いもよらなかったのだと思う。


「アリアス、なぜここにいる」

「その言葉、師匠にも多少返したいんですけど……」


 王様にも。

 腰掛けるなりまず問われて、浮かせていた視線を師に定めて言い返す。

 それでもここに来た流れを簡単に説明する。こっそり招こう計画からルーウェンには少し会ったこと、それからゼロに会ってしばらくして小さな竜の少年が現れ……


「それでついて来ることになってですね……え、あ、陛下お気遣いなく!」


 根負けしたこと。を話していると奥の王が手ずから茶を入れてアリアスの前に置くものだから慌てる。動作が慣れているように見えたのは、気のせいか。


「これくらい良い良い」

「す、すみません、ありがとうございます……あの、思ったんですけど護衛の方とかいらっしゃらないのですか?」

「うん? ああ、心配しなくともいくら私が大広間をこっそり出てきたとはいえ一人で出てくるはずも出てこられるはずもないから護衛はもちろんいたとも。

 今いないのは、さきほどジオの勧めで人払いをしたのだ。竜が近づいてくることをいち早く察知してくれたのでな、確かに人の姿といえどどのような受け取り方をするかは人それぞれ分からない。ジオがいたのでごねずに済んだぞ、はっはっはっ」


 豪快な笑い声が響き、それを聞きながら妙に納得させられたアリアスは師をちらと窺う。

 紫の目がすぐに気がついて向けられる。


「言っておくが、俺とて顔は出した後だ」

「そうですか」


 何も言っていないのだが、そう言われた。抜け出してきたことに間違いはないようだ。

 この師()と言うべきか。

 ああ、それより、忘れていた。


「師匠」


 師を改めて見上げて、アリアスは身体ごと向き直る。

 ジオにも怪我はない。と、いうよりもこの師が怪我をしたところなどアリアスは見たところがないのだけれど。

 とにかく、アリアスは久しぶりの師の姿を見て、微笑んだ。そして、言う。


「お帰りなさい」

「何だ急に」

「言おうと思っていただけです。気にしないでください」


 さっと身体の向きを直してお茶をありがたく飲む。おいしい。

 どこでこの技術を身につけたのだろう、王が。


「……何というか……」


 少し前まで花を前にゼロと話していたはずが、白い少年が現れてその正体に驚きさらについていって来たここでは――

 一回頭を空っぽにしたいくらい場面が変化したような。気のせいではないはずだ。

 今も、師はともかく王と卓を囲んでいることが他人事みたいに感じられる。

 あれ? 何しに来たのだったのだろう。という考えが浮かんでもしょうがないだろう。それほどの状況だ。

 でも、ジオに会えたことにより目的は達成できたのではないだろうか。

 そのとき、アリアスは身の内にあった全ての不安がふっと消え去った気がした。

 それでもいつの間にかの出来事、今も目の前にいる王から声をかけられ久方ぶりの師は当たり前というか変わらない様子で会話の匙を投げており、アリアスは少なからず頭がついていかないもので、ぼんやりお茶をまた一口飲んだ。



 *



 不機嫌そうな様子を隠しもせず、庭園の奥に進んだゼロはようやく掴んでいた少年から手を離す。大きく息をついた少年は放っておいて、ゼロは人の姿をする竜に向き直る。


「元気にしておったか」

「人並みには」

「起きたという戦には出ておったのか」

「職が職なんで」

「かの地にて、大事はなかったか」

「特には」


 一通りの問答を経て、最低限の返事にも満足した様子で竜はうなずき、目元をより和ませる。


「実に成長したことよ」


 橙の目は人が持たない。人ではないことを示し、その長く流れる白い髪も同様だ。

 竜はその身で夜の闇に満ちる周りを照らすがごとき色彩と雰囲気を纏わせ、ごくごく静かに穏やかにゼロを見る。

 竜の魂が巡り、人に紛れこんでしまったがゆえに複雑な身の上の彼を。


「かつて、おまえは自らに戸惑い、その目をもって魂をもって我らの元にやって来た。そして自らのことを知った上で人として生きることを選び我らに背を向け元の道を戻り始めた。だがその時、目は確かに揺れておったというに――」


 柔らかな声で懐かしそうに、語るように、言う。


「髪を切ったようだな愛しき息子よ」

「ああ」

「もう、一片の揺れもないということか」

「俺はここで生きていく」

「迷いなく、そう思わせるほどのものが見つかったと思ってもよいのだな」

「別に昔も今も迷ってたわけじゃねえよ」


 これが笑い声かというほど涼やかすぎる笑い声が響いた。


「よく言うことだ」


 袖で口許を押さえてはいるが肩も震わせ笑っているもので、ゼロが正面で苦い顔をした。思うところあるのだろうか。


「あんた結局何しに来たんだ。境目の話ならもう済んだだろ、帰れよ」

「魔族のようなことを言うてくれるな……いやしかしよきことよ」


 笑い声は溶けるように消えてゆき、竜はしみじみと言う。


「来て良かったというものだ。まこと満足したゆえ仕方ない、帰るとしよう。……しかしその前に封じだけは確認させておくれ」


 竜がその抜けるように白い手をゼロにかざす。目をしかと――特に眼帯で覆われているはずの左目に――合わせ、語りかける。


「忘れてくれるな、おまえはどこに居ろうとどの道を行こうと、我が息子であるのだと。おまえがここで生きられるように、我は願おう」


 まさしく親のごとき声音で眼差しで竜は言い、そして、「彼の名前」を呼んだ。

 ゼロはそっと目を伏せるのみして応える形をとった。


「問題ないようだ。しかし限度を越える無理はしてはならぬ」

「分かってる」

「それならよかろう」

「どうも」

「――して最後に聞きたいがあの娘とは深き仲か?」

「……は?」

「そうなのですよ長! あのお方はなんとゼロさまの大切なお方なのです! あの仲睦まじいご様子をお見せしたかったのです」

「ほう、それは中々に興味深い」

「さっさと帰れ」


 これでやっと開きかと思った矢先に始まりかけた話をゼロは一刀両断した。これ以上長くなるのはごめんだったのだ。


「仕方あるまいな、セウラン参るぞ」

「帰るのですか?」

「元より魔族の力が漏れ染みた地に行ったかもしれぬ息子の封印を見に来ることがひとつの理由であった。それに人と住む場所を別った我らがここに長居するわけにはいかぬ」

「そうだったのです…………それでは……さようならなのですゼロさま。またお会いする日まで」

「ねえよ」

「冷たいことだ。――愛しき息子よ、健やかに生きよ」


 一度涼やかな笑い声を響かせた竜のその身が真っ白な光に包まれた。次いで、傍の少年姿の竜もまた。

 光は上へ上へと向かい、竜の谷へ、その前に北部の地へ行くために竜はその姿を変え去っていった。

 残ったゼロは彼の視界でそれが月に紛れてしまう前に踵を返し、道を戻る。短い灰色の髪が、起こった風に揺られた。


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