5 抜け出してきた者たち
ジオが大広間から気配なく、つまりはこっそり出たときそこには先客がいた。
長い銀髪は銀色のリングでひとつにまとめられ流れるままにしており、後ろからでそれしか見えない深い青の重そうな上衣には、銀の刺繍が肩口から背にかけて施されている、全てが最高の腕を持つ者により作られ完成したことを物語る服装の男。
庭園を進んだ場所、石畳の先を辿ると設けられている四阿の中に、椅子に座っている。その男の顔が横を向き暗い中、服装長い髪ほとんどが黒で紛れそうになっているジオを見つける。
「最高位の魔法師がこんなところで何をしているのか」
「それを言うのなら、王であるお前こそこんなところで何をしている」
「お互い様というわけだな」
そう言って笑う男の目は深い青。しわがそこそこに刻まれた彼こそは、グリアフル国の王。
「どうせそなたは戻らないのだろう。どうだ私に付き合わないか?」
「お前は戻らないのか」
「私がいない方がよいというときもあるだろう」
こだわりなかったようなジオは仕方ない様子で歩いて行き、さっさと笑みをたたえる王に促された椅子に腰掛ける。
大広間から少し離れてひっそりとした場所は周りを、可愛らしい小さな花をたくさん咲かせた植木で囲まれている。おまけにまるで茶会のようなセッティングされた石の卓とワゴンがある。
側仕えが何人か。護衛と見られる軍服を着ている者が見えるところには三人。
すかさずジオの前に茶が置かれる。受け皿に置かれたカップがぶつかる音、テーブルに置かれる音は全く立てられない。
「そなたとこうして二人で会うのは何年ぶりになるか」
「さあな」
「そなたは変わらないな」
「人とは違うから当たり前だろう」
「そうであったか。ふむ、度々忘れるな」
両方の目は合っておらず、両方共が静かで空気も落ち着いた視線を庭に向けている。
しかし彼らの間に漂うのはぎすぎすした空気では全くなく、どこか穏やかささえ感じる雰囲気。聞きやすい低音でゆったりとした話し方をする王ゆえかもしれない。
その王が、茶を一口飲んで手元を見ずに受け皿に戻してからゆっくり口を開く。
「此度の戦のこと、ご苦労だった」
「俺が言われる筋合いはない」
「はっはっは、そう言わず素直に受け取ってくれ」
生真面目な顔をして言われたそれをジオは感情ない声で突っ返す。
途端に王の豪快な笑い声が響く。そしてその笑いを遮る者はいるはずなく、しばらく続いたあと王はしみじみと言う。
「先の戦でもそなたに世話になったというのだから救われてばかりだなあ」
「どうだかな」
「此度は特に魔族が関わっていたということだったな。そなたがいなければ戦は長引き死人はより出ていたかもしれない」
「お前たちには竜がいるだろう」
「それでも此度苦戦の元凶を払ったのはジオ、そなたであるぞ?」
青の目は向かいに向けられたが、魔族たるが邪気ない紫の目をした男は庭に視線を寄越したままだった。
行儀悪く肘をついている横顔は無表情であるものの、王の言葉に呆れているのやもしれない。言葉を返すことは、止められた。
満足げにその反応にちょっと笑った王は少し真面目な顔になる。
「して、問題の境目についてのことを一任されているようだが進捗はどうか」
「……向こうの反応次第だ」
「向こう、とは」
「無論、人以外魔族以外に境目を塞ぐ術を持つ者……今となってはあれらがそうすべきことだ」
「なるほど」
王は短く頷いた。
指された存在を正確に理解したのだ。
「しかし動いてくれるものなのか。私は一度会ったことあると言っても、言わばそれだけでその存在をよくは知らないものだからな」
「俺が言って動くかどうかは確証はないが、時流れ永い間に頭が凝り固まっていなければ動くだろう。やがて困るのは人だけでなくあれらもだ」
時の感覚ゆえに悠長に事を構えなければな、とジオは最後に言い置く。
「まったく、こと人との時間の流れの違いを感じることだ」
「永い生は退屈を生む。そうなりたいか」
「ふむ、それは考えものだな。しかしそなたとこうして話せるのならばそれも良いかもしれないな」
「……お前こそ大概変わらないな――物好きだ」
「物好きか、私がそうであるならば魔族の身で私と茶を飲むそなたはどうなるのか。あっはっはっ」
今度こそ本当にジオは呆れた目をした。そして紫の目をようやく王に向けると、王は豪快な笑いの余韻で口で大きく弧を描いていた。
「部屋に戻る」
「なぜだ、十分も経っていないのだぞ?」
「寝る」
「せめてあと十分は付き合ってはくれないか?」
「一人でやれ」
端から見る者によれば無礼にも、素っ気なく言いながら立ち上がろうとしたジオは空をちらと目が通り過ぎ、戻した。立ち上がる動作を止め、空をじっと見る。
「……」
「何か見えるか? 今宵の月は満月ではないが、美しいな」
「ギルバート、来たぞ」
「うん?」
真ん丸に近い、白銀の月。人よりもよほど目の良い男はその中に紛れそうな色をする――しかしそれよりも存在感あるものを捉えた。
それから、彼から心底大儀そうな息が分からないくらいに吐かれた。




