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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『再会の夜会』編
81/246

4 帰って、きた

 外、大広間を通ることなく出てきた隣接する庭園のひとつは風は温かく、静けさに包まれていた。

 この庭は普段アリアスが来ることない場所で、いざ足を踏み入れると胸が踊りそうになる。

 咲いている花は、黄が強く少しだけ橙が混じっているような色合い。まだ満開、というわけではなさそうだが綺麗に咲いている景色がすぐに目に飛び込んでくる。吹く微風により花びらが若干動いている。

 そちらに近づく前にちょい、と斜め前右手の様子を窺うと大きな窓、ガラス張りの向こうは夜会の様子がある。

 中は光で満たされていて、その灯りが外にまで漏れているためアリアスが行こうとする先も十分に足元が照らされているのだ。

 大広間は人がいっぱいでこの中から特定の人を見つけるのは難しそうだ。そもそも余程こちらに近い場所にいなければ姿も見えないだろう。

 少しばかり残念からの息を吐いたアリアスは目を離そうとして、直前に壁際に花が飾られていることに目を止める。

 惜しげもなく花開いた真っ白な花。今の季節には中々咲いてくれない花なので温室かそれとも魔法で咲かせたのかもしれない。清らかな白は壁に等間隔に飾られているようだ。

 戦争は終わった。

 アリアスの大切な人たちは帰って来た。

 気長に待とう。


「その内、会えるよね」


 眩しすぎるほどの大広間、誰もが笑顔の場所から今度こそ目を離したアリアスは先に大きな円形の柱があるのでそこまで歩いていく。明かりから影になる方に立ち止まり、柱に背を向ける。右手には同じ柱が並んでいる。足元もぎりぎり、大広間を出たばかりの場所に敷かれている光を照り返すつるつるの石の地面。

 すると、人の手によっての灯りではない光がそれでもアリアスを照らす。

 月は出たばかりではなくそれよりも高い位置にあった。空はもう真っ暗。星も輝いている。

 もう少し暗いところに行けばもっと輝いて見えるだろうか。

 幸い時間はあるし、この機会だと空を見上げたまま足をふらりと前に何歩か進む。あと一歩で庭に出る。

 足元には石のひとつも転がっていないほど手入れされているから大丈夫だろう、と夜空を見上げたまま。


「どこ行くつもりだ?」


 どき、として足を止めた。右足は土の地面を踏んだ。しゃら、と止まった少しの反動で首にかかっている首飾りが宙を踊り、落ち着く。

 後ろからかけられた声は誰のものか。

 見える限りで、外には誰もいなかったときにかけられたことはもちろん、静かなところで足音が聞こえなかったからこそ硬直した。

 でも、この感じははじめてのことではないのだ。

 その間に、後ろから伸びてきたものにより重心が後ろに下がり、背中に重みを感じる。触れたのは、布と金属の冷たい感触。


「ルーに聞いて来た。探したぜ」


 後ろから素早く腰に回された腕に、より引き寄せられる。

 甘い響きの低音にこの人だと見て確かめる前にまたひとつ、安堵を覚える。姿が見えないからこそ、久しぶりに聞く声はとても耳に響く。

 それから身を捩るようにして振りかえると思い浮かべた人がいて、アリアスは口許を綻ばせる。


「ゼロ様……お帰りなさい」

「――ただいま」


 まず言うと、合った目が見開かれてから、そう返事がなされる。

 ゼロの顔をしっかりと認めたアリアスは微笑む。ああ彼だ。

 すると、和らいだ灰色の瞳が一度揺れた。

 頬に白い手袋をした片方の手が伸びてきて流されている横髪を耳にかけた延長で頬を撫でられる。

 くすぐったいような感覚に気を取られた数秒で、灰色の色彩はすぐそこに近づいてきていて甘い熱が宿った。

 触れるだけのそれが唇に降ってきて、離れる。

 離れて、その感触が妙に生々しく思い出されることでそういえば、一度されたことがあるのだと頭のどこかで思い出す。

 理解しているのかしていないのかぼうっとしている内、顎を掴まれて上げられ、今度はさっきとは比べものにならないほど深い口づけをされる。

 深く、深く。むさぼるような行為にアリアスは止めてしまっていた息をしようとも、全てが飲み込まれているみたいな感覚に陥ってわけが分からなくなってくる。


「待っ、てくださ」

「待てねえ」


 熱が離れた、というときに息を吸って空気を入れながらも慌てて言うも、息がかかる距離で低く返され熱っぽい目で射ぬかれてはどうしようもない。

 息を思わず詰めたタイミングで、またも唇を塞がれる。

 ぎゅっと目を閉じると、何だか余計に感覚が研ぎ澄まされてますます熱い。

 彼の存在を強く感じる、ような気がする。

 段々思考が鈍る中、そんなことを思った。





 頭がくらくらする。

 自覚したときに最初に訪れた感覚。身体にまるで力が入っておらず、けれど気を失っていたとかではなくて単にぼうっとしていただけだったようだ。

 アリアスは知らない内にゼロと向き合う形になっていて、彼にもたれかかっていた。


「悪い。我慢できなかった……」


 すぐ近くでの囁き。

 ぎゅうと支えてくれている腕に力がこもったことと、吐かれた息が首筋にかかったことを感じる。

 頬に首に当たっているのは髪だろうか、じゃあ横にあるのは彼の頭。そういう状態みたいだ。


「ジオ様とっとと連れ帰っちまったし」


 そりゃああんな場所いてほしくなかったけどよ、と言われ最後に会ったのは戦地の忙しない中でだったことを思い出す。

 ぼんやり、とあまり何も考えることなく身体を預けていること何分か。静かな時間がそのままで過ぎる。

 しかしながら、アリアスが徐々に状況を把握しはじめて瞬きを何度かし、じわりと遅れてやってくる感覚があった。

 それによりこの距離も今さらながらにそろそろ……と動いたとき。

 髪、と認識していた感触が離れる。横にあった頭が上がったのだ。

 密着していた身体と身体の間に隙間が出来る。

 だが、アリアスはとっさに俯く。防衛本能……ではないが似たようなものが働いた。


「アリアス?」

「お願いします。しばらくこっち見ないでください……」


 絶対今かなり顔が熱いことからして真っ赤だ。絶対。

 それを見られたくなくて、下を向いた。なのに、


「何で」


 何でと言われると。

 キスされた。ことが作用している。

 頭がはっきりし出して明確に思い出して隠れたいくらい照れと恥ずかしさがじわじわと増してきているのだ。

 ゼロの顔を見ることも絶対不可能だ。照れも増幅してどうすればいいか分からなくなりそうだ。

 そこで、両手で顔を覆ってしまう。


「顔見たい」


 つくづく思うが、何で兄弟子が言うのと彼が言うのはこんなにも違うのだろうか。似たようなことは兄弟子に言われることがあるのに。慣れの問題ではない気がする。

 平素の身長差から考えて耳のすぐ側で聞こえることなんてあり得ないのに、言葉が声が直に入れ込まれてくる。

 身を屈めてわざとしているのだろうか。

 耳も絶対真っ赤になっている。しかしながら、優先は顔で、もちろんそう言われても顔は露に出来ない。


「アリアス」

「……無理です」

「顔見たい」

「む、無理です。それと耳元で言うのやめてください……っ」


 許してくれとお願いしたくなる。


「何で」


 ここまで来ると面白がっている可能性あり。


「からかってますかゼロ様」

「いいや? 顔見てえから」


 真面目な声で言われてしまい、アリアスはぐっと言葉が詰まり覚悟みたいなものを決めることになる。

 それからもしばらく時間が過ぎて、そろっと手を外すとゼロがこちらを見ていた。目が合い、笑まれる。


「何で隠すんだよ」

「それは、あの……」


 恥ずかしいからだ。

 視線をどこに定めればいいか分からず迷わせる。

 その前でゼロは首をわずかばかりに傾いで、辺りを見たような動きを数秒。


「あの脚の怪我、治ったのか?」

「治りました」


 将軍の魔法よって負った脚の傷はもう治っていた。ふいの問いにアリアスはこくんと頷き答える。痕もないくらいだ。


「そっか」


 けれどゼロが屈んだかと思うと、なぜか膝裏に腕を差し入れられ抱き上げられた。

 視界が転回する。


「え、あの、治りましたよ?」

「知ってる」


 驚いてもう一度言うも、正確に聞き取れてはいるよう。

 ならばなぜに。

 下ろす気が全く感じられない反応のゼロは迷いなく重さを感じさせずにどこかへ歩きはじめる。

 そうだ、あの場所は柱の影だったのだ。大広間から漏れる光に照らされて、場所を思い出した。

 先ほどまで影で良かったとしか言いようがない。誰かに見られていたらそれこそ恥ずかしくてどうにかなる。

 しかし、今ゼロが堂々と歩いているのは柱が並ぶ方に平行。つまりは壁一枚ガラス一枚隔てているとしても、大広間の横。

 アリアスは何か照れやら何やらで思いつきを口走る。


「ぜ、ゼロ様中に戻らなくていいんですか?」

「目的のひとつに慰労があるならいいだろ」


 これもまたするりと答えが返ってきた。

 そうこうしているうちに横に広がるガラス張りの空間を抜け、眩しいほどの灯りがなくなり二人の周りは暗くなる。

 それからもゼロが歩くことしばらく、ひとつ白いベンチが見えてきて腰を下ろした。で、アリアスといえば自然な流れで膝の上に乗せられる。

 とっさに降りようとしたが、身体を囲う腕に押し留められる。


「せめて、せめて膝からはおろしてください……」

「無理」


 腕の主に切実に申し出た結果、即答で無理。

 ことごとく却下されているのは気のせいではないはずだ。でもよくよく考えてみると前からもこうだったような……しかし今日は段違いだ。

 繋ぐ言葉を見つけられずにいると、間近で同じほどの目線になっている彼がいつ手袋を外したのかその手で頬に触れられる。温かい。


「会えなかった分すげえ触れてたい」


 これは会うことが久しぶり、だからなのかゼロから醸し出される空気が、彼の目がとんでもなく甘い。

 心臓がどきどきとするのが止まらない。顔が熱い。

 上手く力を抜けない。

 彼から目を離すこともできずに声を出すこともなくとらわれる。

 左目を覆う眼帯は変わらず整った顔の中である種異質さを出しているが、それが彼の一部のようだ。戦前に切られていた灰色の髪は見たところはっきりしないが、ちょっと伸びただろうか。夜会仕様か、髪型が少し異なっているから艶めいてさえ見える。

 ルーウェンと同じくその顔にも傷は一筋もない。おそらく他の部分もないだろう、と思うが。


「どうした?」

「――え、あ、ごめんなさい」


 無意識に吸い込まれるように顔に手を伸ばしていて、触れる直前で引っ込める。


「怪我はされていなかったのか治されたのかと思って……」

「俺がすると思うか?」


 強気ではぐらかしているのか事実なのかは分からなくて、困る。

 しなかった、とは思えないのが本音。だって戦争だった。

 無事に帰って来てくれた。こうして触れんばかりに近くにいて、実感する。

 だからこそ、気になる。王都にこのひとが帰ってくるまでどんな風だったか分からないから。

 ゼロはこちらの心配ばかりするけれど、アリアスだって心配しているのだ。

 思って両手を膝の上で握り合わせようとしていると、すくいとられて指に口づけられる。


「何でそんな顔するんだ?」

「……私だって、心配してるんですよ」


 子どもみたいだろうか。

 こうして身だしなみを綺麗に整えてもらっても中身は変わらない。どこまでもいつも彼は余裕で、今もぼかして真相は分からない。

 確かにそれを言ったとして何にもならないとは理解しているから、アリアスはそれだけを伝えた。

 そうすると、なぜかそこで一段と目に熱が籠った。


「男は格好つけたいだろ」

「……それ、理由ですか」

「悪い。あったとしてもかすり傷だけだったからもう治ってる」

「そうですか……それなら良かったです」


 明かされた事実にほっと胸を撫で下ろす。

 けれども今度気になったのは近い距離でこちらをじっと見つめる視線であって、おそらくずっと離されていない。

 気がついてしまい、小さく身動ぎする。


「ゼロ様、あの、もうこの体勢止めにしませんか?」

「嫌か?」

「嫌ではありません……けど」


 その目で見られて誰が嫌だと言えようか。


「恥ずかしいと言いますか……」

「赤くなってんな」


 触れられたままの指を撫でられる。


「……あまりこっち見ないでください」

「見てたいから」

「……」

「これ、つけててくれたんだな」


 言うこと早くもなくしたアリアスの首にある首飾りがすくわれ、唇が落とされそっと戻される。その間視線は逸らされることなく、熱い。


「キスしていいか?」

「そ、そういうこと聞かないでください」


 途端にゼロを直視できなくなって目をうろうろさせる。先ほどのことを思い出したのだ。照れずにはいられない。

 だいたい、さっきは何も言わなかったのに。


「さっきは我慢できなかった」


 心を読んだかのような言葉が挟まれるも、言われていることだけに容易に視線を向けることなどできない。まして、顔を見るなんて。


「勝手にしていいってことか?」


 そういうことでもなくて、どう言えば伝わるのかと頭を悩ませたとき。

 掠めとるように一瞬。

 アリアスは目を丸くして目も含め動きを止めた。そのすぐ前で、彼が笑う。

 だから赤くなることは避けられないものの、その笑顔をみていたら温かいような気持ちが出てきてアリアスも気がついたら自然と微笑んでいた。


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