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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『再会の夜会』編
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3 情報元

 顔を合わせて五秒、かっさらうみたいにアリアスは持ち上げられていた。脇に両手を差し入れて、持ち上げた方がいきおいつきすぎて半回転してしまうほどだった。

 足が床につかない状態で見下ろしたのは、銀髪煌めく兄弟子。


「アリアス、どうしてここに?」

「えぇと、とりあえず、ルー様下ろしてください」

「駄目なのか?」

「駄目、というか視線が気になるといいますか……」


 アリアスは周囲をちらちらと気にする。案の定、人数はそれほど多くないが人の視線を集めてしまっているのだ。

 何よりも先に困ってしまい小声で言うと、ルーウェンも周囲を見て下ろしてくれる。

 すかさず周りでこちらを見ている人たちに笑顔を向け、同時進行でアリアスを端の方に誘導する。

 改めて向き合って、兄弟子を見上げると優しい目が返ってくる。笑顔になりそうにも、泣きそうにもなる。


「元気そうで安心した」


 それは、アリアスの方もだ。

 今は治されているのかもしれないが、怪我はしなかったのだろうか。

 聞きたいことはあったけれど、言いたいことを言う。


「お帰りなさい、ルー様」

「ただいま、やっぱりもつべきものは可愛い妹弟子だなー」


 笑って、冗談みたいに付け加えられた言葉と一緒に頭を撫でる代わりか顎と頬の間辺りを白い手袋をはめた手で撫でられる。


「それで、どうしてここに? まさかと思って近づいたら本当にアリアスだったから驚いたぞ?」


 それから学園は? といつかのように聞かれる。

 アリアスは自らの頭の中でも急展開してきたこの場への過程を思い起こし、答えやすいことから答えることにする。


「学園が夏期休暇に入りました」

「おー、そっか」

「それで、フレデリック王子が」

「一緒に帰って来たわけかー」

「そうです」


 ひとつの問いには答えられた。あとは、


「ここにいるのはですね……」


 これはどういう風に説明したものか。とアリアスが口を閉じたことと入れ替わりに通る声があった。


「可愛い妹弟子がいるよって教えてあげたんだ」

「父上、……途中で申し訳ありません」

「いいよ」


 ルーウェンが身体を横にし振り向いたことにより、向こう側から凛々しい顔つきの相応の歳を重ねた男性が来るところが見える。

 凛々しい顔つきだったのは一瞬、ぱっと一転優しげな顔立ちになる。


「アリアスちゃん、大きくなったね」


 親戚のおじさんのようなことを言った男性は、


「公爵様」

「呼んでくれるなら名前がいいな」

「……エドモンド様、お久しぶりです」


 銀髪に涼やかな色の目。王弟、エドモンド=ハッター公爵ではないか。

 声をかけられた人が稀な人であったのでアリアスは驚きながらも流されて言い直し挨拶した。

 ルーウェンの父にあたる彼にはひょんなタイミングで何度かだけ会ったことがあるのだが、そうとは思えないほど親しみのある喋り方をしてくれる。

 エドモンドが言ったことに疑問を覚えたようなルーウェンがそれを見守ってから尋ねる。


「教えたとはどういうことですか?」

「招待されている軍関係者の慰労のために親しい人を内密に呼ぼう、ということを耳に挟んだものでね」


 ちょっと、進言をしに行った。とのこと。少なくとも原因の一端はなんと公爵であったのだ。


「嬉しいだろう?」

「ええ、ですがアリアスはこういう場は……」

「そういえば、灯火の娘は社交界デビューに含まれないかな?」


 二人の会話を見守っていたアリアスは耳に入ってきた言葉にぎょっとして公爵を凝視することに。

 なぜそれを。微笑まれてもったいぶらずに明かされる。


「息子の可愛がる妹弟子のことはばっちり知っているとも」


 一瞬納得できてしまうのはなぜなのだろうか。

 それよりもなぜか、顔を向けられた流れでじー、と見られて身体を固まらせる。よく知る人、というわけでないのでただでさえ緊張せずにはいられないのに今度は何だろう。


「いやあ息子は格好いいけど可愛い娘もいいね、ふふふ」


 けれど分かっていることもある。この方はたぶん息子がすこぶる好きである。


「アリアスちゃんうちの娘にならないかい?」

「えぇと、」

「うちは息子二人だから、女の子のドレスや装飾品を一緒に選ぶなんて夢だよ。妻も次男も可愛いものが大好きだし、一緒に、ね?」

「え、あの、」

「父上、そこまでにしてください」

「私は結構本気だよ、ルーウェン」

「それでもです」


 ルーウェンがにこりと笑い、公爵も穏やかに楽しそうに笑う。

 本気か冗談かいまいち分からないので困ってしまっていたアリアスは密かに安堵する。


「ではそろそろ中に戻ろうか。アリアスちゃんも行こう」


 ふふふ、とまだ楽しそうな公爵が示したのは確かめるまでもなく大広間だろう。

 いや、それは無理だ。人がいるところが苦手なのではなく、華やかな場所に混ざるのが未知だ。それも公爵(エドモンド)騎士団団長(ルーウェン)となんて人が否応なしに集まること間違いない。無理だ。

 兄弟子には直に会えてほっとしたのでとりあえず予想はしていたが問答無用で手を引っ張られていかれそうな状況を逃れたい。

 アリアスがしり込みしていることが分かったようでルーウェンが促す公爵に言う。


「父上、後から行くので先にお戻りになってください」

「ふふふアリアスちゃんのエスコート役は任せたよ」


 凛々しい外見が台無しになる含み笑いをしながら公爵は一足先に「後で会おう」と去っていった。


「まったく……俺と父上が連れていたらどういうことになるか」


 エドモンドを見送ったルーウェンはというとひとつ呟いてアリアスを見る。


「確かに会えたから感謝していいのかどうなのか……」

「私は少しだけでもルー様に会えて良かったです」

「俺もだぞ? 会えるのはいつになるか分からないと思ってたからなー」


 青い目には特に優しげな光が宿り、兄弟子は少し屈んで子どもにするように目線を合わせてくる。


「戦は終わった」


 落ち着いた声音での唐突な言葉にアリアスは頷く。


「約束しただろう?」


 約束、とは。

 その言葉がルーウェンの口から出て、アリアスも口にしたのは何ヵ月前か。戦に彼が出る前。アリアスが学園を飛び出していった日。兄弟子が、戦場に行ってしまう前。

 ――『アリアスが悲しむことにはならない』『決して一人にすることはないから』

 彼が死ぬなんて思っていたわけではない。けれど、戦が想像できなくて不安は消えなかった。今、それが端から消えてゆく。


「ルー様、あのとき責めてしまうようなことをしてごめんなさい。私は、」

「いいんだ、あれは俺の我が儘でもあったから」


 どうして隠していたのかと、そのために学園にいれたのかと、八つ当たりのように子どものように責めてしまったこと。

 あとで思い返して他にもっと言いようがあったと後悔してやっと謝れるのも、彼がここにいるからだ。

 ルーウェンは首をゆるりと横に振った。

 そして、ゆっくりと腕が動されてアリアスは柔らかく抱き寄せられる。軽い抱擁は、長い時間に及ばず解かれる。


「だからやっぱり持つべきものは可愛い妹弟子なんだぞ?」

「何言ってるんですか」


 何がだから、なのだろう。

 思わず笑った。


「それで、その妹弟子に悪い虫をつけるわけにもいかないから……」


 何だろう、公爵も公爵であったがこの兄弟子も久しぶりでは大概だと思う。


「……そうだなここにいるのは退屈だろう。この先を行くと外に出られて庭園に繋がっているから、中より人は少ないしそこにいるか?」

「そうですね。そうしておきます」

「いやでも中の方が明るいからやっぱり……」

「ルー様心配しないでください。子どもじゃないんですから」

「子どもじゃないから出てくる心配もあるんだよなー」

「……?」


 複雑そうに言ったことの意味は分からなかったが、ルーウェンは迷う素振りを何度かしている。


「あら、そこにいらっしゃるのはルーウェン団長ですかしら?」

「レルルカ様」


 同じくこちらは治療要員の魔法師として戦場にいたと聞いたレルルカが現れた。珍しく少し遅れた到着であるように思う。

 装いは上から下へ色が明るくなっていく緑のグラデーションのドレス。手には扇。髪も結い上げ、美しく輝いていることこの上ない。


「ご一緒なのはアリアスちゃんかしら。彼女たちは見つけられたようですわね」

「もしやレルルカ様、あなたも」

「これ以上は秘密ですわ。それよりも中に戻らなくてもよろしいのですか? ルーウェン団長」

「ええもちろんすぐに」

「アリアスちゃんが心配であれば私が一緒しますわよ?」

「お気遣いなく。どうぞお先にお入りになってください」

「そうさせて頂きますわ」


 赤い唇に乗せられた綺麗な笑顔を確かに向けられ、アリアスは会釈した。

 彼女が華やかに去った途端、最終的には真剣な顔でルーウェンがこちらを見る。


「いいかアリアス、知らない人について行くのは絶対駄目だぞ。迎えに行くからな」


 妥協の末か何度も何度も念押しされてアリアスもその度に大人しく頷き、扉より向こうに戻る彼を見送った。

 どういう過程であれ、彼女たちが何時間もかけて支度してくれ確かにルーウェンに会えた。

 兄弟子は兄弟子で地位があるので戻らなければならないことは承知であるので、アリアスは人のいないところにしばらくいようと思う。

 すぐにこの格好を解いてしまうのはもったいないし――

 師はさておき、ゼロがどこにいるのか聞きそびれた。でも、あの中にいるとすれば行く勇気はない。

 一目でも、外から姿を見られればいいな、とアリアスは教えてもらった方に進み出す。


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