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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『魔法学園と戦の影』編
75/246

23 落ちた先

 悲鳴は出なかった。

 頭が真っ白だったのかどうか判断も出来ず、二つ浮かび上がった深紅が遠ざかって見えなくなったことは認識できた。

 落とされた。

 足場がなくなり、気がつけば落ち始めていた。

 落下している、という特有の感覚だけが今アリアスの身を包み気持ち悪い。

 落ちる。落ちている。

 風が耳元を通りすぎる荒い音。空気を切っている音なのかもしれない。

 思考がまるで働かない。下は戦地だ、とかいうことは関係なく落ちるとまずい、まずい――でもどうすることもできずに落ち続けることを止められない。腕も足も身体中が、風にあおられる髪以外凍ったように動いてくれない。

 死ぬ、という本能的な身の危機は感じるが言えば次はそれだけに埋め尽くされてくる。

 視界情報も放棄しようとしていたとき、視界の先を遮り始めていた雲の合間から目が覚めるような黒の光が垣間見えた気がした。加えて、


「――――し、」


 師の後ろ姿が見えた気もしたが、そう思ったゆえんはそれきりで黒に紛れて消えた。

 さらにそのとき視界に迫った別の色彩と共にがくん、とアリアスの落下を止めるものがあった。


「――間に合った」


 身の毛もよだつ落下感が突然消え失せ、戸惑い頭が回り始めないままに呆然としている内に、腰に回った腕にますます引き寄せられて視界が紺色一辺倒になる。

 風は相変わらず吹いていて、何かで移動している。


「心臓に悪すぎんだろこれ……」


 完全に誰かと認識するのが先か、たまらずさっきまで動かなかった手が動いてぎゅうとしがみつく。心臓がまだ嫌な鼓動の打ち方をしている。

 けれど、圧倒的な安心感が今確かに身を包む。そのおかげで幾分か落ち着く。


「アリアス、怪我ねえか?」


 声を出せそうになくて無言で首を何度も振る。名前を呼ぶ声が身に染みるようだった。

 しかしそんな時間はつかの間、バチッと派手な音が遥か上から落ちて聞こえた。

 同じく上からぶわりと自然によるものとは異なる風が生まれ、波のように届く。圧迫感も押し寄せる。空気の流れが押し寄せてきた。


「始まったな」


 見上げると、受け止めてくれたゼロも空を見上げており険しい顔で呟いた。

 ぐるる、と二人を乗せて飛んでいる灰色の竜が不快げに唸る。

 やはりまだ空だ。


「濃くなったか……ヴァル、下行くぜ」


 ぐっと身体を支えてくれているゼロの腕の力が強まったと思うと、竜の進路が下に傾いたことを感じる。

 徐々に騒がしい……荒々しい音が溢れる場が近づく。

 ここは戦場だ、と間近で目にして改めて認識する。空気に混じる血のにおい。


「絶対守るから、ちょっと我慢してくれるか」

「……平気、です」


 魔族に放り込まれた場において邪魔になる理解は早く、ごめんなさいとか口をついて出そうな言葉があったが出すことはなかった。

 代わりに、


「私のことは気にせず、やってください」


 こう言った。

 飛び込まされたとはいえ、戦場に飛び込んできてしまったのはアリアス。

 緊迫する油断が微塵も許されない地はすぐそこに迫っていた。


「気にはするけどよ、ひとつだけいいか」

「何、ですか?」

「下あんま見るな。見せたくねえ」

「……はい」


 アリアスが答えるか答えないかで熱を感じる橙色が広がった。飛びながら下に吐き出されるのは竜の炎。

 ゼロが攻撃魔法をいくつも放ち、飛んできた魔法も難なく防ぐ。

 瞬く間に戦闘の最中。


「竜だ!」

「あれはゼロ団長だ!」

「竜が出てきた!」


 通りすぎ様に聞こえた喜びの声。

 竜が不定期に炎を出すのは敵を確実に狙っているからだろうか。

 そのとき、すうっと独特な魔法の気配が通りすぎる。


「ルーが結界張ったな」


 ルーウェンの結界魔法。かなり大規模だ。

 何のためというと遥か上空、雲に隠れてぶつかり合う黒い魔法が関係しているだろう。

 直後、強烈な、雲を飲み込んでしまうのではないかと錯覚するほどの漆黒が頭上で瞬く。

 余波はない。結界魔法は間一髪だったかもしれない。

 恐ろしいほどに強大で、この土地の魔法とは明らかに根本を違えた異質な魔法の力の気配は結界で防げるものではないようだ。

 しかしながら、ちらつくのはどこか慣れ親しんだそれである。

「あはははは」という楽しそうに遊んでいる子どもみたいな笑い声が響きすぎるくらい響く。間違いなくあの魔族(ゼルギウス)だ。

 それに対しているのは、アリアスの感覚が正しければジオ。


「楽しそうにしやがって……これだから」

「ゼロ様、あれ……」


 ふと目にした光景に身を固まらせて掴まったままのゼロに声をかけてしまう。

 独りでに、同じ鎧の者だけがいる範囲ですら魔法が当たっていないのにばたりばたりと倒れる兵たち。いずれもレドウィガ国の軍隊の側。

 全部というわけではないが、アリアスが目で捉えられるくらいにはそうやって倒れている。異様な光景。

 それを目にしただろうゼロは黙り、魔法をひとつ放ったあと首を巡らせる。

 横――といってもかなり距離はあるが――を茶色の竜が通過しようとする。すかさずゼロが何事か合図を送る。相手は頷いた、ように見えたがどうか。

 そうかと思うと高度的には下先にも一体。鋭い牙生える口をがぱりと開けて炎を吐く。竜は敵のすれすれを飛び、爪でもって兵を拐いもする。

 乗っている者がこのときを逃さぬとばかりの白い魔法の光が奇襲をかける。


「魔法が解けたのか、魔族の注意がそれたな」


 雲では隠しきれないくらいに発される黒い魔法は頭上で絶えることはない。

 下に目を配れば空中に敵はいないので驚異はないゼロがある方向に目をつける。


「あそこだけおかしいな、やけにやられてやがる」


 人が何人か宙を飛んだ。魔法が飛ぶ。

 ぶっ飛ばした方が倒れたが、ゆらりと起き上がる。

 何事か叫び促す声はグリアフル国の兵たち。


「どっかで見たことあると思ったら、前に会った将軍か」


 目が良すぎるゼロが呟き明かした敵の正体。


「……ちょっと耳響くから気を付けろ」


 ゼロがどこからかいつ取り出したのか短い金属製の笛を持っていて、吹く。どんな作りにすればこれほど通るのかという音が鳴り響いた。


「一回降りる」


 一言告げられ、竜が聞いてからとは思えない反応で降り始める。

 それは、先ほど敵が倒れて乱れている他所とは対照的にグリアフル国の兵を倒していた場所。

 降りたとき、その辺りには将軍が一人立っているだけだった。

 笛は降りるという味方への合図だったのか、新たにそこに近づく兵はなくむしろ通りすぎていく。


「ヴァルから離れんなよ」

「はい……わ、」


 安全のためかアリアスはゼロが降りると共に降ろされ、地を踏む。ゼロは魔法を放ちながら離れていった。

 途端に灰色の竜の意志か、それとも偶然かアリアスを覆うように翼が降りてきて視界までも覆う。一気に何だか、戦地であることを忘れそうな空間みたいに囲まれた。

 竜の鱗はかなりの強度を誇るという。どれほどなのか、ということは知らないが魔法が当たっても平気に見えることはこの短い間で見た。

 翼の鱗がない薄い部分も同様のようだ。

 見えない向こうで何か言う声。聞こえはしない。一定の距離が置かれているからだ。

 他の喧騒に紛れている。

 心配、ではある。けれどもゼロは戦場であれどもやはり臆している様子はなく敵をものともしていないほどだ。だからきっとすぐに戻ってくる。

 しかし、相手はちらとしか確認できなかったがあれは将軍の姿であった。鎧を身につけ戦装備になっていた男がだらだらと流していたのは、血ではないのだろうか。

 尋常でない量。少しの間で目を引かれたのはその足。変な方向に折れていた。


 ――『殺してきてやるよ』


 尋常でなかった最後に見た様子を超えていたのではないか。

 魔族と手を組んでいた張本人でもあるため胸騒ぎ起こり覗こうとすると、灰色の竜が首を曲げて隙間を塞ぐように真ん前に顔を持ってきていた。

 アリアスはびっくりして一歩下がった。

 まさか翼で覆ってきてくれてから、ずっとそうしていたのだろうか。他の部分が無防備すぎやしないか。

 その間にも橙の目は静かにじっと見てきていて、気圧されているとかではなく単純になぜかそれ以上進めなくなる。

 見るな、ということなのか。

 じいっと見つめあっているのかにらめっこ状態だかになることそれほど経っていない内、竜が動いた。


「ヴァル守っててくれたのかよ、さすが俺の相棒だ。それにしてもお前自体は無防備すぎねえか」


 隙間が空き、無造作に魔法をどこかに向けながらそこまで戻ってきていたのはもちろんゼロだ。

 終わった?

 早すぎやしないか。

 彼の背後に燃え上がる炎が見える。将軍は見える限りではいない。魔法で起こされたただの火……ではない、とアリアスは気がつく。何度も見たことがあったからだろうか。

 傍らの竜が、否。ゼロの顔には眼帯がなく、片目を瞑ったままで魔法を放っていた手を止め、手に持っていたらしい眼帯をつけ始める。


「ゼロ様、もしかして、」

「時間短縮だ。なまじ力あるくせにもっと厄介になってやがったからな」


 さらっとゼロは答えて、アリアスの元にまでやって来た。辺りを油断なく見回す目に加えてその声音も団長然としたものだが……。


「こんなときに気づく奴なんていねえから大丈夫だ。気づいてもその瞬間見られてねえから竜だって思うだろうしな。それより、戻るぜ」

「団長!」

「レックスか」


 馬に乗った鎧を身につけた男性が駆けつけてきて止まった。手には槍を持っている。

 ゼロの部下だろうか。

 アリアスは竜の翼の影から今度こそ覗く。


「馬上から失礼します! が、眼帯どうかされたんですか。紐ちぎれちゃったとか、」

「いいや別に」

「紐、紐の代わり……」

「こんなときに何抜かしてやがる。眼帯はちょっと取れただけだ」

「そ、そそそうっす団長! 敵がばたばた何もしてないのに倒れていったんすけど! さっきまで中々倒れてくれなかったのに」


 ゼロが会話の途中で眼帯を手早くつけ終わり、細かいことを気にした彼にもっともなことで促す。何が言いたい、と。


「やっぱり魔法だったんすか!?」

「ああそうだ。それもたぶん解けた。だから今一気にたたむチャンスだとっとと行け、俺も上に戻る」

「分かりました! 団長お気をつけ……団長、そこの女の子、」


 レックス、と呼ばれた馬上の人と目が合いそうだったそのとき、未だ燃え続ける炎の向こうから、飛び出てくる人。燃えながら、歩いてくる様子は恐ろしいものだ。しかし炎は普通の炎ではないためその身を通して来た時点でかなりのダメージを受けている。

 ふらり、向かってきていた兵が糸が切れた人形を思わせる動きをし、倒れる。それきり動かない。

 ――『僕の人形』『駒』魔族の言葉が甦る。

 さっきの将軍も。


「団長、まだいましたよ! あれそうっすよね、だって避ければいいのに避けませんでしたよ!」

「個人差があるんじゃねえのか、他は倒れてっだろ」

「夢に出そうっす……」

「いいから、行けって言ってんだろ」

「すみません!」


 栗毛の馬が敵陣の方向へ突き進んで行ってから、アリアスはゼロに抱き上げられ、竜の首元へと戻る。

 ゆっくりと竜が翼を動かし空中に戻った刹那、結界魔法の範囲外か、かなり向こうに黒い魔法が稲妻のように落ちた。敵陣。

 それから初め目にしたときとうって変わって勢い増し攻め行くグリアフル国の軍勢。


「もう終わるな」






 その戦況は一時レドウィガ国が魔族による魔法でグリアフル国を押していたが、それゆえに魔法が解かれると兵は一気に虚ろになり、苦戦していたことが嘘のようにグリアフル国が一気にその地での戦を終わらせるに至った。



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