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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『魔法学園と戦の影』編
64/246

12 遅れてきた二つの情報

 アリアスが最近一緒にいるようになった女子生徒がいる。

 あの昼下がり、ルーウェンからの手紙を読んでいたアリアスに声をかけたイレーナだ。行動がなにかと思うままな感じのイレーナとはあの日からよく話すようになっていたのだ。

 というより、なぜか、彼女の方からよく話しかけてきてくれるようになったから、ということが大きな理由に上げられることは間違いない。

 それから、もうアリアスは科選択を終え医療科を選んでいた。リボンも緑になった。

 フレデリックには残念そうな顔をされたものだが、それはどうも一緒に授業を受ける機会が減るということにのようだった。

 だからすぐに例の輝くような笑顔になって、「同じクラスだから悲観するほどでもないな!」と言っていたけれど、それがまさに当の教室(クラス)でだったからちょっと注目を集めた。フレデリックの影響力がすごい。

 ランセが呆れた顔でそれでも騎士科の授業のため王子を引きずっていった (「王子の好きな剣術の授業ですねー。早く行きましょうかー」棒読みである)。あの二人は仲がいいようである。

 広い学舎にもそこそこに慣れ、おそらく授業だけの移動なら一人で行けるはずだ。


「本当アリアスって成績は前から通ってたって言われても信じれるわ」

「そうかな? ……いや、それは言いすぎじゃ……」


 医療科の午前中最後の授業が自習となり、課題を片付けていたアリアスは隣の席に顔を上げた。それでちょっと考えて首を振る。

 一緒に課題をしているイレーナがペンを持っている側の手を頬についていた。結われている髪がリボンの先から揺れる。

 普段品のある仕草をするだけに、何も気にせず階段に座ったり頬杖をついたり何だか俗な仕草が混じるのはどうしたことか。


「いいえ、そう。科を決めたばかりでいきなり抜き打ちテストだったときだってわたしと遜色ない点数だったわ。範囲の授業は出てなかったはずなのに」

「たまたま教えてもらったことがあることが出ただけで、いきなりのテストにはびっくりしたよ……」

「お師匠さま?」

「ううん、別の人」


 クレアだ。ジオには治療関係のことや魔法は教わったことがない。もっぱら城に行ってから親切にしてくれた魔法師たち、もしくは本によって少しずつであるだろう。

 イレーナは遜色ないと言ったが、それはそのときだけで医療科で優秀であると判明したイレーナには及ばない。

 それに、いずれジオの弟子、ルーウェンの妹弟子として恥ずかしくない魔法師としていられるようにしなくてはならないと思う。

 負担ではない。緊張がないかと言われればまだ先のことなのに、ある。同じ魔法師の卵たちの中に来たからだと思う。

 頑張らなければならないなと強く思うのだ。


「頑張ろ……」

「頑張りすぎはよくないわ。それに頑張りすぎないようにって一昨日きた手紙にも書いてあったでしょう?」

「うんそうだけどまだその内に入らな……」


 ん? と首を捻る。

 ルーウェンからの手紙は定期的に来る。分厚さは相変わらずだ。もちろん返事も出しているのに、心配の内容は減らないのはどういうことだろうか。

 それが、一昨日来た。来て、今イレーナが言ったようなことが書いてあった。

 なぜ、知っているのだろう。


「イレーナ、まさか見て、」

「ごめんね、あまりにも分厚いからどんなことが書いてあるのか気になっちゃってとうとう我慢出来なくてアリアスが読んでるときに後ろから見たの。でも、そこだけよ」


 ごめんなさいとこれにはさすがに真面目な顔で謝られたアリアスは、


「……いいよ」


 謝罪を受け入れることにした。

 確かに背後から見られていたのか気が付かなかった云々と書いてあった心配事の羅列が頭を駆け巡った。それ以上にあの量。アリアスだって一般的な手紙の量くらい知っている。兄弟子のあれが半年一年離れているならまだしも、数日おきにしては多すぎることも。


「将来アリアスの兄弟子さんに会える日が来るかしら?」


 ちなみに学園でトップクラスの成績ということは国の中の魔法師の卵の中でも実力があるということ。そうでなくとも学園の卒業生は全員と言ってもいいくらいに城に勤務するそうだ。


「どうだろう、ね」


 きっと会う日は来るだろうが、うふふと笑顔のイレーナの中での現在の兄弟子の印象はどうなっているのだろうか。

 ちょっとそれはアリアスにははかれなかったが、たぶん青の騎士団の団長をしているイメージはついていないに違いない。


「あれ? どこに行くんだろう」


 自習中で自由な教室。額に手の甲をつけて悩みっぽいものを抱えてしまったアリアスの視界にぱたぱたと連れだって出ていく女子生徒が数人。

 アリアスたちも課題が片付けば教室を出ようという話をしていたわけで、それ自体はおかしくないが時間は早い。自習開始十分だ。

 同い年だが学園生活ではかなり先輩のイレーナには心当たりあったらしく答えてくれる。


「騎士科の実技の授業見に行くのじゃないかしら。そういう機会って特別なときじゃないとないもの」

「特別なときって?」

「騎士科は年に何度か模擬戦をするの。二つの組に分かれて、戦闘訓練のようなものね」

「そういうのがあるんだ」

「目当てはきっとランセくんよ」

「目当て?」

「単に騎士科の授業中々見られないから後学のために見ておきたいわ、じゃないの。残念ながら」


 ペン先をくるくると回すイレーナによると、魔法師の卵だって恋愛をする。

 その人気株がランセらしい。フレデリックは入らないのか、と聞いてみると王子様は取っつきやすくて人気自体はあるけれど格が高すぎるのだとか。


「競争率、高いわ。他の科からだけではなくて他の学年の女子からも狙われているから」

「そ、そうなんだ」

「スレイ侯爵の次男で、ご長男が団長になったとかで次期侯爵様っていうことが大きいわね。でもだからといって魔法師同士なら自由恋愛もあると思うけれど、彼、未来の侯爵よ?」


 可能性的に魔法師ではない貴族の女の子とでも結婚するでしょうに、と冷めた様子でペンの動きを止めた。どことなく物憂げ。


「ランセくんなんて呼べるのって学園内にいる今だけ。王子もこんなに近くで見られて話せるのも今だけよアリアス」

「何でそこで私に振るの」

「え? 王子なんてチャンスでしょアリアス」

「イレーナには何がどう見えてるの」


 この間違いだけは訂正しておきたい。

 課題のための本のページがぺらと捲れてしまい、それを元に戻そうとしていたアリアスはびっくりして再度顔を上げることに。

 それに魔法師同士なら、と言ったのはイレーナではないか。フレデリックは確かに騎士団入団を検討していたが王子である。

 もちろん、そういう理由だけではないことは言えないのだった。

 ああ、そういえばルーウェンの手紙にイレーナのことは書いただろうか。友達が出来た、と。







 その頃からか、生徒たちの顔に不安げな表情が目立ち始めた。

 国内一の魔法学園の名にふさわしく難解な試験が迫っているわけではない。

 昼休み、より少し前に教室を後にして食堂に行ったわけなのだが、イレーナと昼食をとっているアリアスはとうとう感じている異変が正しいのかどうか尋ねる。

 会話の声が小さいのは混む時間帯ではなく人数が少な目であるからではなく、全体的にひそひそとしているからであるとも気がついたのだ。


「最近何か皆様子が、」


 暗くない? と最後は周りに合わせるみたいに小さく小さくなってしまった。

 スープを音を立てずに少しずつ上品に飲んでいるイレーナが目をぱちりと瞬いて、周りを見渡した。


「アリアス知らない?」

「何か知ってるの?」

「戦争、だっていう話」


 パンをちぎっていた手が止まるばかりか、吸った息を止めた。


「何て?」

「戦争」

「戦争?」


 こくり、と話題だけに笑うことはなく頷かれる。

 肯定されたアリアスはせんそう、と口の中で言葉を転がす。意味を思い出す。戦争、という言葉の。

 非日常的なそれを。


「大っぴらに話す子なんていないけど確かに広まってきてるのね、それが。だから妙な空気なの。もうすぐ話題がそれでいっぱいになるわ」

「戦争って、いつ」

「開戦? 分からないわ。わたしが気になるのは、それ」


 イレーナが柳眉を寄せる。


「暗くて大きな声で言いたくない内容にしても情報が入ってくるのが何だか遅いわ。というより、内容が内容だけ大きなことでしょう? すぐ入ってきそうなのに、それに実はけっこう前からの情報らしいの。もしかすると、開戦した後に知ることになっていたかもしれないわ。あり得ないわよね。けれど、今だって詳しい状況は入ってきていないのよ」


 それはつい先日やそこらの情報ではないらしい。そして、そんなに遅れて情報が入ってくることは普通ではないようだ。


「学園だって人の行き来は少ないけれど、情報は街と遜色なく入ってくるわ。入るようにされているのよ。でも今は――ここだけ情報の流れが鈍ってるみたい。嫌ね」


 前の席のイレーナはほんの短い時間顔を歪めて戻した。でも、可憐な顔に似合わぬ寄せられた眉はそのまま。


「流行り病が……すごい……」

「……国境……でしょ?」


 アリアスの後ろを通った生徒の話の断片がどうにか届くくらいで聞こえた。不安げな声。

 それを向かいの彼女は耳ざとく拾った。


「今の話、本当かしら。流行り病まで来てるって。もう、情報が遅くて嫌になっちゃう。手紙で教えてくれてもいいのに、混乱するかもしれないからって控えているのか学園だから情報が入ると思っているのかしら」


 ふいに周りの音が遠ざかってきていて、イレーナの声しか聞こえなくなる。

 食事の手はとうに止まって動かす気にはなれなかった。


「それにしてもこのタイミングでって、運が悪いわよね。戦に影響はないのかしら」

「そう、だね。……大丈夫かな」


 自分の声を境に、アリアスからはついにイレーナの声も遠ざかる。

 戦争、流行り病。

 あまり耳にしたくない言葉ばかりだ。

 いつからなのだろう。いつからにしろ、情報がいち早く入るのは城で高い地位の人から――

 高い、地位の。

 はっと気がつく。なぜこのタイミングでと。

 馬鹿みたいだ、なぜ気がつかなかった。否、起こるかもしれないとどこかでは考えていた出来事自体には気がついていたのに。繋げようと考えなかった。

 今、学園の外では何が起こっているのか。城では――


「……もしかして、だから、」

「ねえ、アリアス……アリアスどうしたの? 顔色悪いわよ」

「イレーナ……どうしよう」

「何が? それより大丈夫? 寮に忘れ物でもしちゃった?」

「会わなくちゃ……」

「アリアス、まず落ち着いて。どうしたの」


 そっと肩に添えられた手があり、大きな緑の瞳が覗き込んでくる。

 頭の中が二つの情報だけ、されど大きな情報でいっぱいになってしまって途切れ途切れに呟くアリアスに言ってみて、と促してくれる。

 そのおかげで落ち着きが戻ってくる。深呼吸を一度。

 アリアスはしなければならないと直感したことを実行するためにどうしても必要で、しかしどうすれば分からないことを彼女に答えを仰ぐことにする。


「……教えてくれる?」

「わたしが答えられることならどうぞ」

「学園から出るには、どうしたらいいのか」

「学園から? そうね……外出許可証がいるわ」

「それ、誰に言えば」

「クラスの担当教師。でも、今は難しいと思うの。迎えが来ているのならまだしも、生徒を無闇に外出させる空気じゃないと思うわ」


 戦争が近づいてきているのなら。

 それなら。

 一人、頭に浮かんだ人物。

 あの人なら、何か知っているかも。きっと知っている。学園から出ることが出来なくても会える。


「イレーナ、ありがとう」

「何もしていないわ。行くの?」

「うん」

「学園外になるなら気をつけて」

「それは分からないけど、ありがとう」

「だから、いいわよ」


 アリアスは初日の記憶を辿って走り出した。



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