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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『魔法学園と戦の影』編
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8 通りすがりの生徒

予告ですが、学園生活辺りのお話はさっと行きます。さっと。もちろんいくらか掘り下げながらですが。




 国の王族であるフレデリックの元気なよく通る声での言葉に、周りの女子生徒のみならずクラス全体が改めてアリアスに目線を集中させたことは言うまでもないだろうか。

 笑って誤魔化し通路に出たアリアスはどさくさで連れ出したフレデリックと並んで歩いていた。


「元気そうだな!」

「フレッド王子もお元気そうでなによりです」

「うん。僕はいつも元気だからな……アリアスが元気そうで本当に良かった」

「フレッド王子?」


 王子が初対面ではないと一言で分かる発言をしたあとの教室の空気など気にもせず、溌剌とした笑顔だったフレデリックは一転してしんみりと少し元気さを欠けさせる。

 どうしたというのか。


「毒を、僕の代わりに飲んでしまったのだろう? 大丈夫とは聞いていたものの……本当に大事はなかったのか?」

「はい、大丈夫でしたよ」

「それならいいが、」


 青色の目がアリアスを見つめ、眉尻を下げる。


「僕が部屋にいなかったばっかりに……本当にすまなかった」

「あ、謝らないでください。……フレデリック王子がご無事だったのなら、私も平気でしたしいいんです。だからそんな顔をしないでください」


 彼には似つかわしくない顔だ。そして、それをさせているのが思い込みではなくアリアスのせいであるならば、曇らせた原因など一蹴してしまいたかった。謝らないで欲しかった。彼のせいである部分はないと思うから。

 足を止めて今にも頭を下げてしまいそうなフレデリックに少し慌てながら首を振って、歩みを進めるように促しておいた。


「それにしてもフレッド王子、いつ学園に戻られてたんですか?」

「さすがにそれほど前ではないが……」


 毒の一件があって戻ることが難しいだろうと言われていたはずだ。その実行犯は捕まり……企んでいた男は国を去った、と思われるが……。

 考えていることは分かっていたのかフレデリックは言う。


「僕が戻れるなら戻りたいと言ったのだ。こんなときにと思われるのは承知で、こんなときだからこそ……と思ってな。――そういえばアリアスはなぜ学園に編入なのだ? ジオがいるだろうに。教室にアリアスが入ってきたときには驚いた」

「その師匠が頼んでくれたのだそうです」

「そうなのか? ……そうか、考えてみるとアリアスもジオの元にずっといるわけではないのだな」

「そう、ですね」

「今どの科に入りたいかというのはあるのか?」

「いえ、まだよく分かっていないので……」

「来たばかりだったな! 僕としたことが!」


 笑ったフレデリックはいつも通りで、それゆえにアリアスが学園に来たばかりだということも忘れてしまっていたようだ。


「僕は嬉しい。アリアスと一緒に学園生活を送れるとは思ってもみなかった」

「私も思っていませんでした」


 何しろ言われたのが昨日だということも作用している。フレデリックが通っていることを思い出すとか心の準備をするとかいう暇が全くなかったのだ。

 本当に急だったな、と見知らぬ場所に今日初めて身につけた服装で立っていることに現実味がちょっと湧きにくい。目を開いて見れば見るほど現実に相違はないのだけれど。

 それは別として、アリアスはフレデリックにつられて笑顔になる。嬉しいという彼の言葉が単純に嬉しかった。


「どうせなら騎士科はどうだ? 今から剣術の授業だが、はじめは難しいが慣れると楽しくもあるぞ!」


 その言葉を皮切りに、騎士科について――というより主に剣術について――熱弁し始める王子。

 男子の制服は当然というかズボンタイプで、他にも女子とはデザインが多少異なっている部分があるようだ。

 それに、フレデリックは靴がブーツだ。身につけているタイの色は藍色。まさについ先ほど仕入れたばかりの情報とすり合わせるに、騎士科の証。だから一限は騎士科の授業が入っているアリアスの案内をしようと申し出てくれたのだと思い出す。騎士科所属の生徒はブーツなのだろうか。


「フレッド王子、騎士科なんですね」


 前回会ったときに騎士団で剣を振るっていたことも思い起こす。剣への情熱がすごくなっていたのはそうだったからだろうか。


「そうなのだ。僕が将来兄上を支えることはもちろんだが、騎士団に入ることもひとつの手ではないかと思っていてな」

「そうだったんですか」

「うん、それでどうせ学園に通うのならば騎士科にしようと思ったのだ」


 彼は驚くほど明確に将来の展望を語った。

 騎士科か……とアリアスは考えてみる。将来の展望がぼんやりとしていて、まだよく授業内容が分かっていない今だけれどおそらく一番線は薄い気がする。

 イメージとしてあるのは――ルーウェンとゼロだろうか。

 兄弟子であるルーウェンの実力は少し前の情報ではあるが知っている。鮮やかに剣を振るうこと、攻撃にしろ防御たる結界魔法にしろ魔法の力がアリアスとは比べ物にならないくらい秀でていることも。

 ゼロもその団長たる姿を見たことは数度しかないが、元団長と数分で決着をつけてきたり隣国の将軍と対峙したときの魔法の強さ等を思うとやっぱりレベルが違う。

 そういえば学園を首席で卒業したと兄弟子から聞いたことがあったか。とそこで当の学園の通路を歩いていて不思議な心地にちょっと包まれる。


「騎士科って女子は少ないんですか?」


 騎士科押しのフレデリックに、半ば答えは分かっていたが聞いてみた。


「そうだな……うん、同じ学年にはいない」

「一人も、ですか?」

「うん、騎士科の剣術の担当教師も嘆いていてな、元々女子の数は少ないのだが毎年一人はいるようでな。さすがに女子が一人もいないのはここ最近でも僕たちの学年だけなのだそうだ」

「そ、そうなんですか」


 一人もいないとは思っていなかった。そういえばさっき女子生徒たちの会話の中にちらりとそんな話が出ていたかもしれない。追いきれなかったから明確ではないけれど。

 女性の魔法師は騎士団には進みにくい、少ないとは知っていたが……。それ以外に行く傾向が強まっているのだろうか。

 今度は女性としては一度だけ会ったことのある、エミリという黄の騎士団副団長を思い出す。男性と張るほどの長身に無駄なく鍛えられていると分かる身体。彼女が剣を使ったりしているところは見たことがないが……。

 いずれにしてもアリアスが知っている彼らは団長と副団長で騎士団の実力はトップの人たちだ。参考にするのには少々偏りすぎている感じは否めない。

 でも、ひとまず今のところ騎士団にアリアスが向いているとは思えないのだった。


「私にも騎士科は難しいかもしれません……」

「授業を見てから考えると変わるかもしれないぞ!」


 この王子のここまでの騎士科押しは何なのだろう。科選択とは別に気になってきた。

 とりあえずフレデリックの学園生活が充実していることが言葉の端々から窺えた。何よりのことである。

 自分も彼のように目的ややりたいことが見つかり適切な科が選べるだろうか。

 学園長は「貴女が納得がいくまで悩み考え科を選べば自ずと道は見えてきます」と言った。多少変則的なやり方をしている生徒もごく一部ではあるがいるから、どうしてもひとつに絞りその型にはまらなければならないわけではない、という主旨のことも言った。

 学園を卒業し、特定の役割についてもそれがずっと続くわけではなく結局別の役割につく人もいるのだ。それなのにその前段階の学園で生徒にあらゆる選択の「自由」を与えないはずはない、と。


「見てから……」

「うん、見てからだ!」


 そうか、まだアリアスは何も分かっていない。

 何も知らないわけではない。魔法師の仕事場は一面だったり欠片だったりするかもしれないけれど見ている。

 でも、それを将来生業にするということをしっかり考えて身構えていたわけではない。

 ここは、それを示してくれ、学ぶことができる場だ。そのための準備をアリアスはしようとしているのだ。見てから何か見えてくるかもしれない。これまで見ていたことと繋がるかもしれない。

 そうですね、とアリアスは呟いた。そうしたら、明日には騎士科に進みたいと思っている可能性だってあるかもしれないのだ、と言われた。今日の騎士科の授業は王子押しらしい。


「あ、そうだ」


 ふとフレデリックが何かを思い出した風に言ったかと思えば、それに首を傾げたアリアスをちょいちょいと手招きする。

 わざわざ近づくということは何だろうか。とは疑問に思ったものの拒否する理由はないので立ち止まった王子にちょいと近づく。

 すると、内緒話するときのように顔を寄せられ、フレデリックは耳元で用件を話し始める。その囁きによると、


「父上の病は治ったそうだ。僕も会ってから戻ってきたからな、確かだぞ」


 という話題が急に変わった内緒話だった。

 フレデリックの父は、この国の王。そしてこの国の王はつい最近まで流行り病の類いにかかっていた。それが、治ったという。


「それは、」


 思わずアリアスは声の方、フレデリックに顔を勢いよく向ける。


「アリアスは心配してくれていたからな、もうこれで心配ないのだ」

「――はい、良かったです」

「元々父上は身体が強いからな! これで少なくともあと十年やそこらは風邪も引かないだろう」


 笑顔で頷いたフレデリックはそう言った。

あまりに自信満々に言うものでアリアスはまたつられ気味に口元を緩める。

 確かに和やかな空気がその場に漂っていた。が、二人はしきりにその話題が出ていたのにも関わらず忘れかけていたとしか言いようがない。


「王子、編入生の面倒みるのはいいと思うけど、遅れると思いまーす」


 棒読みに思える平淡な声が通りかかった。今は授業への移動時間だぞと促す言葉。


「おお? そうだった授業だ」

「忘れてるって……」


 アリアスは反応してそちらを見たフレデリックに続いて同じ方――王子ののんきな言葉にぼやいたと思わしき――同じ人物を見た。

 気がついてみるとそういえばさっきまで同じ方向に行く生徒がちらほらいたな、とか思い出すものであれは騎士科の生徒だったとだと悟る。顔がまだまだ分からないし後ろ姿で分かるはずもない。

 ここでゆっくり立ち止まったりしている場合ではなかったことも同時に理解する。で、アリアスは焦る。けれど、ある意味我が道を行く王子は焦らなかった。許される時間はあるということなのか。


「ときにランセもう少しこっちに来てくれないか」

「なんですか」

「紹介しよう、」

「悠長にしてる場合じゃないって言ってるっていうのに……」

「同じ騎士科で友人のランセだ」

「あー、どうも。ランセ=スレイです」


 で、本当に遅れると思うけど。とはあ、とため息をついたもののどこかどうでも良さげな顔になった男子生徒――否、ランセ。

 灰色の髪は前髪が長めで右に流されているが、横と後ろは比較的短髪。半分くらい瞼によって閉じかけている目の色は濃い水色の混じった灰色だ。もしかすると、系譜を辿ると王家の血が混じっているのかもしれない。

 その彼の家名は、貴族の中でも高位でよく知られたもの。

 おまけにアリアスの身近に同じ名字の人がいる。

 ランセ=スレイ、おそらく――目鼻立ち的に九割方確定だが――ゼロの弟だ。


「は、はじめまして。アリアス=コーネルです」


 とにかく慣れない口調で名字まで自己紹介したはいいが、


「知ってる、同じクラスでさっきの聞いてたから」


 素っ気ない返答を聞きながら、不意打ちすぎて目はどうにも離せなかった。


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