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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『竜の異変と怪しい影』編
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25 不穏な足音


 夕暮れ時、城にあるジオの部屋には部屋の主とその弟子がいた。片方は机につきペンを持ち何やら書いており、片方はソファに座っている。


「師匠、差し出がましいようですがアリアスにはおっしゃらないのですか」

「アリアスと話したのか」

「はい、今日」

「そうか。ま、知れたときは知れたときでいいとは思っていたんだが、一度に情報を与えすぎても困るだろう。元気がなかったからな」

「あー、そっちの方は問題なくなるかと」

「何だ、それは解決の目処が立っているのか」

「はい、ゼロ次第でしょうか」


 友人を魔法で飛ばしてきたばかりのルーウェンは少しはっきりとはしない笑みを表す。


「ゼロといえば」


 机に向かったままペンを置き長方形の紙を見下ろすジオ。視線の下では途端に紙がひとりでに折られていく。それをつまみ上げて立ち上がる。


「ゼロのことはお前は知っていたのか」

「ええ、まあ」

「俺は気がつかなかった」

「いえ、俺も知っていたと言っても偶然でしたから」

「竜の魂は何百年とかけて巡り、次の生へと向かう。その過程で人の元へ紛れ込んだ、か……。――まあ上手く封じてあるな」


 気がつかなかった、とジオはもう一度同じ事を呟いた。そのときジオがいたのは窓の前で、大きな窓を開くと一羽の猛禽類がたちまち窓辺に止まる。その猛禽類に紙を携えさせ、飛び立たせる。「面倒な方法だな」というぼやきがなされたか。

 そして窓を閉じて布を引き、机を経由したときにさらに「今夜会議かもしかして」と眉を若干寄せる。

 それからようやくルーウェンの向かいのソファに腰を下ろした。


「今夜どころか日に何度も開かれることになるか、今後」

「そうなりますね」

「それにしても、まさか人間と手を組んでいたとはな。考えられるはずがない」

「師匠、なぜあの魔族は手を貸したのでしょうか。人に宿を借りているといっても過ごし難いはずです。そうまでした理由は」

「今回に関しては深く考えても無駄だ」


 ジオの手には一連の事を掻き回した魔法石があった。

 けれどもジオの言葉と共にパキン、と真っ黒の石は元の形を微塵も残すことなく砕ける。しかしその欠片はジオの衣服やソファ、床に落ちることなく、砕けたときのまま宙に浮いている。そこだけ見ると、時が止まった印象さえ受ける。


「魔族の本質は『魔法』と『争い』だ。今も追放されたなどとは思わず気にもせず『あちら』で戦い続けているくらいにそれは変わらん。だが、どんなものにも例外はある。俺がここにいるようにな」


 ジオの手がひらりと握り込むように動くと黒の欠片たちが密集し帯となってその手のひらに滑り込む。小さな光が中から洩れ一秒後、彼が開いた手の内にはひとつの黒の粒さえ残っていなかった。


「先日現れた魔法族はただの争い好きで新しいもの好きだ。争いに飽きていたところで区切られ封じられたはずの空間、その『繋ぎ目』の綻びを見つけてしまったのだろう。あいつでなければおそらく見向きもしなかったはずだ、運が悪かったとしか言いようがない」

「あの魔族を知っていらっしゃるのですか?」


 ルーウェンの問いはもっともであったと言える。ジオの口ぶりは()()を示すそれだったのだから。

 案の定、ジオは静かに頷き頬杖をついて話を続ける。


「あれの名はゼルギウス。顔くらいは覚えがある。俺などに毎回毎回つきまとってくる変わり者だった」


 その様子には全く普段と異なるところはない。


「今回の行動を考えるに、人の戦に興味を持ったのだろう。将軍であるという人間の目的など容易に想像がつく。その人間と奴の間に何かしらの取引はあったはずだ。無償で過ごし辛さがより増す王都にまで来て手を貸すことは変わり者と言ってもそれはない」


 ただ、淡々とした声音にも表れるもの。


「これ以上厄介なことにならなければいいとは思うが、そうはいかんだろう」

「戦争に」

「ああ」


 他国の人間が竜を害し王族を害そうとしたことから導けることとは、そのひとつ。二年前、レドウィガ国はグリアフル国と他の国を戦わせることを画策していた。しかし、それは頓挫した。

 今回、将軍たる男がこうも大胆に直々に来たことから察することが出来ることがある。レドウィガ国が今度は自ら戦にうって出る気であるということ。

 その不穏な足音はまだ聞こえない。




 ジオはすっと目を閉じる。



『やあ、ジオネイルやっぱり君だった。久しぶりだね』


『あの子が身に付けてたあれ辿ってここに来たんだ? じゃないと場所って概念のないここで端的に居場所見つけられるはずないしね。それにタイミングもばっちり。さすがだねって言いたいところだけどさ、君、何してんの。こんなところで君に会うとは思ってなかったよ』


『え、僕? 僕が好きなことなんて君、よく知ってるじゃん』


『でも、君ほんとに僕の知ってる君かい? どうしたの、その先の丸くなった魔法は――まるで人間みたいな。それにどうして君の目はそんなに腑抜けた目になってるの。誰って言いたいくらいだよ?』


『君がそっちにいるのかあ。ここで戦うのもいいけど、せっかくなら盤上の駒で戦い合うかい?』



 奇妙な空間、けらけらとした子どものような笑い声と、笑っていない深紅の目は彼が初めて耳にし目にしたものではない。


「目をつけられていなければいい――」


 彼の瞼で隠された目は、邪悪さなど微塵もない紫。




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