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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『竜の異変と怪しい影』編
36/246

9 昔馴染みの王子様

 何の緊急の知らせだったのか、あの日『巣』の魔法師の内、最高位の二人と団長の二人が急遽城に戻ることとなった。ついでにアリアスも。

 それから数日、ジオが真っ黒な、ほかに何の色も混じっていない石、つるり、とした灯りに当たっても何も映し出さない大きめの石を眺めている様子を何回か見ることがあった。完全なる漆黒。

 あれは魔法石なのだろうか。

 師は黒の混じった紫の魔法石をいくつか知らないが所有している。しかし、黒っぽい魔法石は彼以外がそれを持っているところを見たことがない。ましてや、漆黒など。

 まるで、彼の髪の色と同じ。そう考えると訝しさは減るが、当のジオは何が気になるのか見ていた。彼のものではないのだろうか。

 どことなく険しげな横顔に見えて、アリアスはそう思ったことがあった。


「会議ですか?」

「そうだ」


 加えて、連日ジオが部屋から出ていくことが続いていた。

 師はいつもとあまり変わらない様子で面倒そうに服に腕を通しているが、どことなく不穏な様子がする。師の様子ではなく、あの日からということがそうさせる。

 一定期間に一度、ジオの部屋――現在は城にある部屋――を掃除することにあたっていたアリアスは棚から埃を拭っている布を持つ手を一旦止めていた。

 頭を過ったのは竜のこと。

 現在――といってもこれを聞いたのは数日前、急遽城に戻る師たちと一緒に城に戻った日であるが――『巣』には竜の育成に関わる治療専門の魔法師五人の他、こんな状況では人の出入りを渋っている場合ではないとまた最低限ながら人手を増やした、騎士団の竜に選ばれた者――団長を除き――がいるらしい。

 元々、黄の騎士団が団長ではなく副団長のエミリが赴いていたのは団長を一人でも残すためであったというだけの話であったようだ。

 あれから竜たちの回復は順調、体調は良好とのことは教えてもらった。

 関係はあるのだろうか。と思ってもやはり聞くわけにはいかないし聞こうとはあまり思わない。

 師の地位上、アリアスが知ることのない情報などいつでも飛び交っているのだ。

 そうこうしている内に、上着を羽織ったジオは長い後ろ髪を緩慢な動きで外に出して、それから光が足元から発せられ、一瞬後には彼の姿はどこにもなかった。


「師匠、魔法……遅いかぁ」


 だからここは城であるというのに。

 という言葉はもちろん届くはずもない。

 師の姿の消えた場所から、拭き取った埃がうっすらとついている布に目を落とす。

 そうして数秒。


「今の内だ」


 ぎゅっとそれを握りしめてアリアスは顔を上げた。

 本棚に背を向けて、ドアに向かう。

 無論、掃除をするためである。


 師がいないのであれば、と本格的に掃除するべくアリアスは掃除道具一式を取りにいった。前にしたときは師がいて隅々というわけにはいかなかったのだ。

 頭に手順を浮かべてなぞりながら取りに行ったわけで、上から埃を落とし掃き取るまでは自分ながらに中々手際よく出来たものだろう。

 あとは水拭きだ。

 としていると、これがみるみる内に雑巾とバケツの中の水が汚れていく。

 どうもジオの部屋には隅をつつくと予想していた以上の汚れが詰まっているものだと判明。

 今日は必ずこの部屋の掃除を完璧にしようと決心しながらアリアスは水を変えに行くべくバケツの取っ手を握った。


 その、帰り道。

 大きめでしかも水の詰まっているバケツを両手で持ち、走ることは出来ないものの城の中の中庭を近道として通っていたアリアスは、


「アリアスだ」


 左手の方から頻繁には聞くことはない声に名前を呼ばれた。

 アリアスは足を止め、ふ、とそちらを向く。すると、そこには曇り空の下で中庭にも光がさんさんとは降り注がないながら、短めでツンツンとした髪型の輝く銀髪に青の目をした十代半ばほどの青年がいた。

 その色彩をしている者は、この国では限られている。

 その人物もまた、足を止めて通路からではあるがこちらを見ていた。


「こんにちは、フレデリック王子」


 王族も王族、王の第二子が彼であった。

 それにしても、一人か。と違和感を覚えたアリアスはその正体が王子という身分その人がたった一人で歩いていることだと探り当て、王子の左右を確認する。

 それらしき人はいない。


「お一人ですか?」

「気がついたら一人だった」

「そんなはずないでしょう」

「うん、ちょっと撒いてきた」

「……何をしてらっしゃるんですか」


 けろり、と言うその姿は何とも悪びれないもの。確か同じ年ほどだったはずのフレデリックの背は、アリアスよりも少し高い。

 周りを見ながら近寄ってきた、少しだけ高い顔を見る。


「アリアスは何をしているのだ?」

「掃除の途中です」

「それか?」


 手に持っている雑巾をかけたバケツを示すと、フレデリックはそこで初めてそれに気がついたかのようだった。本当に気がついていなかったのだろうと思われる。

 バケツの中の変えてきたばかりの水は澄みきり、地面につかず宙吊りの状態でゆらゆらと揺れている。

 とりあえず、まだ話は続く気配がしたので両手で持っていたバケツをに置く。


「城の掃除の手伝いというところだな、さては」

「はい、まぁ正確に言うと、師匠の部屋です」

「ジオのか。そういえば何年前の話か、部屋が酷く散らかっていた記憶がなくもないな。あいつは外に出ているのか?」

「会議には行かれてますよ。魔法で、ですけど」

「なんだと。確か城は魔法は極力禁止ではないのか。でも、そういえば塔からだとすればいいのか。しかし――まぁさすがは黒の魔法師というところか」


 しまいには納得たように実に楽しそうに笑っている。結論の仕方が雑かったような気もする。

 そんな王子であるフレデリックが、正式な魔法師のジオだけでなくアリアスのことまで知って、さらにはこんなに親しげな様子であるのには理由がある。

 大した理由ではない。ただ単に、勉強をサボっていたフレデリックと廊下を歩いていたアリアスがばったり会ったのだ。フレデリックとしては、城には同じ歳の者などいないくらいの歳の頃であった。特に、魔法師の類いでその場所にいる者はめずらしい。フレデリックはアリアスに興味を示し、度々遊ぶようになった。

 それが許されたのも、アリアスがジオの弟子で信用するに当たったからである。

 けれどそれはもう今と比べれば幼かった頃の話。

 今はフレデリックは剣術にせいを出し、もちろん魔法の方も、王都の『魔法学園』に通っている。そういう点からも、以前ほどアリアスに会うことはなくなっていた。


「それよりもアリアス、僕のことをフレデリックと呼ぶな。正直こう、気持ち悪い間違えた、あれだ、そう、むず痒い」

「気持ち悪いとは失礼ですね。それに間違っていないはずですが」

「そうは言うが、予想外の呼び方をされたときの気持ちが分かるか? 何と言うか、こう……」

「分かりません」

「アリアス、……それに言葉遣いだってもうちょっと砕けていなかったか?」

「私だって学びます」

「僕が通っている学園にはとても気持ちの良い友人がいるのだぞ?」

「参考までにお聞きします。例えば」

「うん、例えばだな……そうだな、僕はよくそいつと勝負をするのだがな、今のところ負け越しでその度に『王子だからって容赦しないならな』と鼻でよく笑ってくるのだ」


 どこの誰だ。

 フレデリックはあいつはいい友だと頷いてかなりの真剣顔だが、いかがなものか。きっと本当にそう思っていることだろう。そういう方なのである。

 それよりも、何をどうとれば『いい友』になるのか。それとも単に婉曲されて自分の脳に届いているのか。少なくとも、しょっちゅう鼻で笑うのはいい友の見本とはならないような。

 正直、アリアスはそう感想を持った。


「つまりはな……こう」


 その前では、『いい友』の一人を例として出したと思われたフレデリックが話を戻し、なんとか自分の思っていることを表現しようと手を曲げたりしている。

 その様子に、アリアスは思わず笑う。


「フレッド王子って変わりませんね」

「笑うなばーか」

「子どもですか」

「アリアスだって変わっていないからな」

「中身が成長すればいいんです」

「ふふん、中身であるなら僕――」


「フレデリック王子ー! フレデリック王子どこですかー?」


「あ、まずい。隠れるぞアリアス」

「な、何で私まで。あ、バケツ!」

「置いておけばいい」

「えぇ!」


 突如、どこからか響くのは目の前のフレデリックを呼ぶ声。

 そういえば撒いてきたと言っていた。お付きの人が探しにきたのだろう。

 それなのに、当の王子様は明らかに近づいてくるその声に、共にいたアリアス共々隠れようとする。

 とっさに流されてしまったアリアスはバケツに手を伸ばそうとするが、それよりも先にフレデリックにその手を取られる。

 そのまま引っ張られたのは、聞こえてきた声とは正反対……から微妙にずれた方面の通路に戻る。柱にその身を隠す。


「ちょっ、私は、」

「しー」


 フレデリックに手を引かれたアリアスも、柱の影に隠れることとなる。


「……フレッド王子、どうせ戻るんですから大人しく出ていったらどうですか」

「それだと面白くないだろう?」


 柱の影で仕方なくこそこそと小さな声で話しかけたのだが、柱の向こうを窺っている王子からはそんな答えが返って来て思わず沈黙する。

 探しに来ている人が可哀想だ。

 だからと言って今出ていくと、何だか自分が悪いみたいではないか、と思ったアリアスはひとまずは大人しく静かにすることにする。

 そもそもなぜ自分を引き込む。ため息は堪える。


「王子ー! どこにいるんですか?」


 その間にも、それほど離れていない距離に来た様子の声はフレデリックを探し続けている。

 そして、


「王子! どこに……バケツ? なぜこんなところに?」


 ぽつん、と地面に置かれたバケツに目を留めた言葉。

 それはそうだろう、不自然だ。

 建物の掃除をしているように建物の側に置いてあるでもなし。むしろ掃除というより剪定が必要な植物の近く。だからと言って持ち主の姿が見えるわけでもなし。

 中庭の真ん中にぽつんとひとつだけバケツだ。

 アリアスは途端に遠い目をする。

 同時にそれくらいの位置にいることも無駄に知る。

 その隣で同じ言葉を聞いたフレデリックは拳を握って言う。


「やっぱりバケツは溶け込めなかったか……!」

「いやすごく惜しい、みたいな言い方してますけど分かってましたよね」

「うん、シュールな絵面が見たかったのだ」


 芝居がかかっている言動からの悪気と反省の色が見られない笑顔。ただ見たかったのだろう。

 軽く苛立ちを覚えたのは自分のせいではないはずだ、とアリアスは思う。何だか普段はそうでもないのに、同じ歳――行動は年齢を半分にしたほどのことをしているのだけれど――の彼といるとどうも。

 目の前にはいたずらっ子めいた笑顔の、色彩と相まって麗しい王子。

 少し離れた場所では今はバケツを不審がっているが王子を探しにきている人。

 アリアスは静かに心を決めた。


「――すみませーん、王子ここにいますよー」

「え、あ、アリアス!?」

「どうですかフレッド王子、私は成長しましたよ」

「そこなのか!?」


 掴まれたままの手を失礼ながら逆に取って挙げながら柱の影から出る。

 そう、昔は一緒にかくれんぼ感覚で隠れていたが今はそうではない。というよりも、さっきのことで心変わりしてしまった。

 アリアスは笑って、予想もしていなかったのか一転してあわあわとし始めるフレデリックの手をこれまた失礼ながら逃がさないように握る。

 小さな子どもならまだしも、互いにもういい歳なのだから、普通はこんな行い許されない。が、状況を盾に取れば許容範囲だ。


「フレッド王子、また会えるといいですね」

「いい感じに別れようとするのを止めろ! ……うわ来た」

「王子! 見つけましたよ!」

「掃除の途中でバケツの水を変えにきたのですが、置いて忘れ物を取りに行って戻ってきたところで今、王子を見つけました」


 自分のことをフォローすることはもちろん忘れない。

 柱の影から出て来て再び中庭に出ると、バケツの前にいたのは金髪混じりの薄い茶の髪を顎の辺りにまで伸ばし、全体的に後ろに撫で付けている男性だった。

 確かに何とも言えない光景であっただろう。


「それはそれは助かりました。王子、どこにいらっしゃったのですか、探しました」

「まぁ、あれだ。フィップの足が遅いからな」

「それ以前の問題でしょうが! 私が振り向いたときにはもう姿をくらませてらっしゃいましたよねえ!」

「フィップ、落ち着け。落ち着かなければその内血管が切れるかもしれない」

「誰のせいですかああ!?」


 にこやかにお礼を言われ、状況が状況だったためにアリアス微妙な心持ちで会釈した、知的な第一印象だったその人の印象はものの数秒で崩れていった。

 フレデリックはあれで言うことは基本真面目な根から来ていて、悪気は――その行動以外は――ないのだ。現在も、その行動はどうあれ、言に関してはけろりとしている。

 その言葉に金髪に近い茶の髪の男性が掴みかからんばかりにずい、と寄っている。何だかフレデリックの人柄が影響しているのか軽めの関係になっている。フィップ、と呼ばれた方はおそらく侍従かどうかは不明だがそれに近い位置だろうに。

 そんな第二王子に流されている一人であるアリアスはその様子を傍観している。彼ら二人の間のバケツをちらりと見て、いつ離れようかともタイミングを窺ってもいる。


「すみません、私はそろそろ戻りますね」

「……ろと言われても――何を言う、アリアス。久しぶりだと言うのにもう少しいいではないか」

「そう言われても……」


 バケツを見て、フレデリックにお説教を述べていた男性を見上げる。


「別に構いませんよ。……王子が大人しくして頂けるのであれば何でも」


 予想外にも良い方向の返答。しかし、そのあとに若干聞こえた呟きが本音と思うのは気のせいか。


「帰って来たのはいいが、学園に戻るわけにもいかなく暇でな!」

「本来なら学園の授業自体は休みでも課題をなされている日でしょうし、勉強なされば暇ではありませんけどね」

「聞こえない聞こえないぞ僕には」


 暇潰しなのか。

 耳をぱたぱたと手のひらで振動させるフレデリックと男性のぽんぽん飛ぶ会話を聞きながら、アリアスはあることに気がついた。

 今の会話。そうだ。

 学園は全員『寮』にて生活を送るはずで、その関係でフレデリックは単に姿を見ないだけではなく普段城にいない。


「学校は今日はないんですか?」

「今日は休みだ。うん、寮暮らしだから普通は城に戻ってくるのも長期休暇くらいだ。実はな、僕が今こうしてここにいるのには理由があるのだ」


 会話が途切れた頃に何気なく学校の有無だけ問うと、フレデリックが腕を組んで何やら真面目な顔で語り始める。

 やはり城に帰って来ていたのには理由があるらしい。忘れ物とかいう話ではないことは予測できる。

 その前に、男性が彼を制する。それまでとは異なった少し険しめの表情になっている。


「王子」

「何だ?」

「くれぐれも広めないようにと言われたでしょう」

「それもそうだが、構わないのではないか? アリアスはジオの弟子だ。それに広めるようなことはしないだろう。それは僕が保証する」


 何だ何だ。話の流れで聞いてはいけない一端に触れたことをアリアスは知る。

 けれども、制する男性に対してフレデリックは首を傾けて純粋に、いいのでは? と返している。何が何かは分からないが、口の固さを保証されていることは何となく分かる。

 それはそうと、アリアスには何だか良い予感はしなかった。こういう空気の変化は分かるもので、すぐに話を撤回もしくは変更しようと口を開く。

 理由はあるのだろうな、とは予想していたがそこまで重要なことかどうかは予想していなかったというかまず考えていなかった。と、ほぼ同時に話をつけたフレデリックが再びこちらを向いた。


「ここから話すことは他言無用で頼む」

「いえ、そこまでのことであるなら、私は……」


 そんな重大なことを聞きたくはないような。加えて、他言無用とはかなりの重量を感じさせる。

 アリアスは慌てて手を横に振りながら遠慮する。


「実は父上が倒れられたのだ」

「え!?」


 だが、アリアスの断りの最中に、フレデリックが自分のペースで話を続けてしまった。

 その、内容。

 フレデリックは王子だ。ではその父親はといえば、言わずもがなこの国の王。

 その、陛下が倒れられたという。衝撃の情報にアリアスは言いかけた言葉もどこへやら、驚きフレデリックを凝視する。

 しかし、肝心の息子にあたる彼はといえばそんなに真剣な顔つきではあるが、深刻そうな顔はしておらずそのまま自らがここ――庭にいる理由を明かし始める。


「それで僕は授業のある日だとちょっと目立つので今日の休みに見舞いに帰って来たのだが、いざ帰ってみると面会は控えて欲しい状況だそうでな」

「そんなに……?」

「いやいや、そうではなくてな、どうも流行り病の類らしく移ってはいけないからと言われたというわけだ。だから、そこまで悪いというわけではないようだ」


 流行り病、とアリアスは口を動かし復唱したが声は出なかった。


「そういうわけで、僕は学園から駆けつけたのだが早々に暇になってしまったのだ」

「そう、なんですか」

「どうしたんだ? あ、父上のことを心配してくれているのだな。心配しなくてもいいぞ、父上の身体は十年近く風邪さえ引かなかったほどに丈夫だからな。すぐに治るだろう。僕もこうして駆けつけては来たが、思えば心配する点が見当たらない」

「そうですか……」


 アリアスはぎこちなく相づちを打った。

 目の前の王子はそれはもう自分で自分の言葉に頷いている。

 どうも身内からすると心配することではないようだ。風邪さえ引かぬ身体で倒れたとの知らせで舞い戻ってきたのか。


「そうなのだ。だからどうだろう、今から僕と……そうだなかくれんぼでもするか」

「何歳ですか、あなたは」

「何歳になってもいいものだぞあれは。成長してやってみると新たな発見もあるものだ。それに訓練にもなるぞ!」


 不審者を見つける訓練とでも言うつもりだろうか。

 アリアスは嬉々として語られるかくれんぼの話に耳を傾けてはいるものの、途中で一度バケツに目線をやった。失礼ながら、掃除した方が時間が有効活用できるかもしれない、と。


「あ!」

「な、なんですか?」

「今日は日課の素振りをしていない」

「日課?」

「うん。よし、思い出したときにするべきだな。フィップ! 僕の剣を!」

「えっ? あ、はい持って参ります。ここから動かないで下さいね! お願いしますよ」


 話の展開の早い王子である。

 すぐさま傍らで静かに流れを見守っていた男性に命じ、男性は条件反射か見事に返事をして何度も念を押しながらではあるがどこかに去っていった。

 その背を見送ってはいるものの急な状況変化についていけていない――ついていくことを諦めたアリアス。

 フレデリックは満足そうだ。

 かと思っていても、数分しない内に彼は呟く。


「しかし、どうせなら城でしか出来ないことをやるべきではないか?」

「……一応聞きますけど、今度は何ですか?」

「うん、やはりいつも通りに素振りをするのも有りではあるが、どうせ帰って来ているのなら……」


 王子が顔を上げた。気配がして、背中が消えた方向からアリアスは目を移す。


「騎士団に行くぞアリアス!」


 それから、聞かなければ良かったとアリアスは思った。

 涼やかな色で彩られる顔の何と爽やかな笑顔か。


「何で私が!? というか、せめてさっきの方が戻られるまで待ってください!」

「固いことを言うな言うな」


 何が固いことだ。


「騎士団に行けば剣も借りられるだろう。行こう!」

「ちょっだから私を――」


 巻き込まないでください。

 結論から述べるに、思い出すと子どものときから色んな意味で真っ直ぐすぎるフレデリックには反論は聞こえなかったらしい。

 二度目、アリアスはフレデリックに手を引かれて、全速力で庭を飛び出す彼について走りだすことになった。

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