9 捜索
竜が襲われたと、連絡が入った。
ゼロはルーウェンと共にあまり人気のない通路を早足で進んでいた。足音が響く。
竜と、竜に関わる魔法師が襲われた。
闘技場へ向かう道中で、闘技場にいた騎士団の団員が駆けつけた際に怪しい者が複数人おり、魔法で逃亡した。だが一部、捕らえた者が数人いる。
しかし捕らえた者は今のところ何も話していない。何者であるのか、何をしようとしていたのか、仲間はどこにいるのか。
この内、二つはわざわざ聞かなくとも推測可能なことだった。
まず目的、狙いは。竜を狙った。これは間違いないと考えられる。
では何者なのか。魔法を使ったならず者だ。ここで正体に心当たりが一つ、最近のことから出てきた。魔法師盗賊団という存在だ。
捕らえた者が認めたわけではないので、あくまで憶測段階に過ぎないが、可能性は十分だ。
話題が出てきていたタイミングもあるが、何者だと考えると今回の場合すぐに思いついたのがそれくらいだった。魔法を使え、集団となっているならず者はそういない。
「空間移動の魔法なんて、どこから調達してきやがったんだ」
「他の国から魔法具や魔法石を盗んでいたというのなら、すでに魔法が込めてあったものだがあったと考えられるな。……が、その魔法が使える魔法師がいる可能性も考えられる」
何しろ『魔法師盗賊団』なのだ。
「狙ってたのが竜だとはな」
竜を狙っていたらしいとは分かったが、具体的に何の目的で。
確かに元々竜は狙われるものだ。
グリアフル国にしかいない竜は、この国を狙い、魔法を武器にする国にとって天敵だ。魔法を溶かす炎を持つ竜、彼らが一体ではなく複数いる。
手に入れたがる国が昔からあるとか。過去に同盟を結ぶにあたり、竜を譲渡の上、両国の守りを固めるだ何だと言ってきた国もあるらしい。もちろん、他国に竜が渡った歴史は一度として刻まれていない。
そして奪おうとしても、竜が持つ特性上盗もうとして盗めるものではなく、無理に手に入れようとすれば国ごと乗っ取るしかないほどだ。
奪うために運ぼうとしても、竜の抵抗に人がどれほど太刀打ちできるか。意識を奪おうにも刃は通さず、何かで殴りかかっても武器の方が壊れるのがおち。
身動きを取れないように拘束することなど、人数がいれば出来ないとは言えないかもしれないが、難しいだろう。
また、魔法を使ってどうにかしようにも、竜は魔法を溶かす炎を持っている。
だが、これらは全て完全に体が成長し、その特性を身につけた竜に当てはまることだ。
例外がいる。まだ未熟な竜だ。
竜は、生まれたときからその炎を出せるわけではない。体も最初からあれほどに大きいのではない。隙がある時期があるのだ。
卵のときは問題外だ。
そのため、生まれた事実は完全には隠せず噂が流れていたとしても、正式発表はある程度竜が大きくなってからだった。
竜の育成の場も、騎士団の近くにある。卵のときは厳重に警備され、生まれてからも竜が寝起きする建物への出入りは制限されている。
現在人の手で育てられている竜は先日初めて炎を出したと聞いたが、それ以来出していないとも耳にした。まだ未熟だ。
幸いにも、狙われた竜は無事だ。
何もしようとしていても、そのまま続けて竜をどうかできたのかは分からない。
大体竜を盗もうなどと、何の勝算があっての行いか。と思ったが、一部を除いて魔法で逃亡したのだ。
空間移動の魔法で、竜を移動させようとした。
「ただの盗賊だと思ってりゃ、狙うものから手段まで違うじゃねえか。……だが、盗賊が竜を奪ってどうするって考えると……」
「他国の仕業だとも考えておくべきかもな」
ならず者の風貌に引っ張られ、盗賊と決めつけるのは早いかもしれない。
タイミングから考えて盗賊か、そういったもの関係無しに他国の仕業か、もしくは盗賊を雇ってのことか。
どれでもいいわけではない。
ただの盗賊と、国が絡んでいるのとでは大きな違いがある。場合によっては、行くところまで行って、最悪戦になる可能性もある。それは避けたいことだ。
「闘技場へ行く途中で襲撃されたのは、間違いなく偶然じゃねえな」
「そうだろうな。計画された犯行だろう」
行動を知るために、城に潜り込んでいたと考えるべきか。
「その辺りは後から分かっても支障のないことだ。何より今は」
「ああ、ルー、それ頼んだ」
ゼロは最高位の魔法師の中のまとめ役でもある老人の元へ行くために、ルーウェンとは途中で別れた。
*
ゼロと別れ、ルーウェンはますます人気のない通路を行く。もはや歩くのは一人のみ。
預かった鎖のようなものを持ち、入ったのは、師の部屋だった。
この部屋に来たのには、報告のためにではない。ルーウェンがわざわざ報告せずとも、そのうちこの部屋にも人が向けられるだろう。目的は別にある。
返事があり部屋に入ると、部屋の主は椅子に座って本を読んでおり、ルーウェンの顔を見るとそれを机の上に置いた。
通常の要件ではないと察したのだろう。
ルーウェンも本題に入るべく、単刀直入に話を始める。
「師匠、つい先ほど子どもの竜が闘技場へ行く途中、襲われました」
「それで」
「竜は無事でしたが、その場からいなくなった……おそらく連れて行かれた魔法師が二人います。内一人は、アリアスです」
名前を聞いて、ジオは眉を寄せた。
ルーウェンは話を続ける。
「狙われたのは竜だと考えられ、どのような経緯で魔法師が連れて行かれたのかは分かっていません。今回の件は、魔法師盗賊団が行ったか、もしくは他国が画策したことではないかと推測されます」
「『魔法師盗賊団』とは何だ」
「魔法を使う盗賊です。どの国出身の者かはいずれも不明ですが、道を外れた魔法師が集団となり、盗賊団を組んでいるのではないかと見られています。そのため魔法師盗賊団、と呼ばれています。実は少し前から、その盗賊団がこの国に来ているという噂が流れていました」
「それが噂ではなく事実であるかもしれず、実際の正体はどうであれ竜を盗もうとして、失敗したと」
「はい」
「魔法師と予想される所以は、連れて行かれたというのは、空間移動の魔法でも使ったということか」
「はい。逃げた際にも使用していたようです。そしてこれが……」
早くも本題に差しかかり、ルーウェンは持っているものを机の上に置いた。
短い、奇妙な普通とは異なる太い鎖のような形状で、魔法石が嵌め込まれている。魔法具だと思われるものだった。
「捕らえられた者が持っていました。……どうですか」
ジオは魔法具を手に取り、じっと見る。鎖のようなものの表面に手を滑らせ、ひっくり返す。
この師は、どの魔法具職人より精密な魔法具を作り、魔法具に精通している魔法師だ。
ルーウェンがこの件の責任者ではないにも関わらず、魔法具を預り、ここに魔法具を持ち込んだのは、師が誰よりも迅速かつ的確に魔法具の解析を行えるからだ。
予想通り、師はそれほど時経たずして、口を開く。
「作りが滅茶苦茶だな。汚い。だが、雑ではない。この滅茶苦茶な構造からは想像が出来ないほどに、機能は果たしているようだ。込めてあった魔法は空間移動の魔法だ。確かに使われた形跡もあり、魔法が残っている」
黙って言葉の続きを待っていると、分解していないのに、魔法具を見ただけでその構造が分かったらしい師は続ける。
「これは一つだが、一つのみで働くように設計されたものではない。両端に繋ぐための部分がある。つまり、他にある同じものと繋ぎ、魔法力を伝達させ、複数の魔法具からの魔法を一つの大きな魔法として働かせるつもりだったのだろう」
「それは、複数人がそれぞれ魔法具を発動させてということですか」
「そうだ。どれだけ用意していたかは知らんがこんなものを作るとすれば、まあ竜を運ぶための手段だろうな」
「確かに竜をどこか人目のつかない場所まで移動させようとしたのであれば、相当の魔法量が必要だと思いますが、成功率が低すぎます」
「だが出来ないとは言い切れん」
魔法石にも、質にはよって込められる魔法の容量がある。
竜を運ぶために必要な量の魔法を複数に分けざるを得ず、魔法具で補足するのは誰だって考えそうなものだが……。
魔法師が各々が同じ魔法を使い、それを一つの大きな魔法として使用することは困難だ。同じことが魔法具であっても予想される。
少しでもタイミングがずれれば、魔法は別々のものとなり、竜を運ぶには至れないだろう。
しかし出来ないと断言はできないし、そういった試みはこの国でも、いつでもされている。非効率的とはいえ、成功すれば場合によっては有用な方法なのだ。
「結果としては成功率の低い方法が失敗したのか、何らかの邪魔が入って失敗したか。連れて行かれた者がいるのは、意図して連れて行かれたのではなければ、後者で巻き込まれたのやもしれんな。どちらにしろ、個々の魔法自体は止まらず、連れていく難度が高い竜を残し、人間のみを連れていった。変則的な例だ。この汚い魔法具の作り方のせいだろう。邪魔が入らなかったとして、実際に竜が運べたかどうかは分からんな。――それで」
魔法具について語ることは語り終え、上げられた目が、ルーウェンを見る。
「捕らえたという者から行き先は聞き出せたのか」
「いいえ、まだのようです」
そうか、と再度落とされた視線が見るのは、魔法具か。
「対の魔法具が用意されての魔法だろう。残っている魔法の先を辿ろうと思えば辿れる」
対となり繋がっている先を辿る、と造作もなげに言う。
ジオは嵌め込まれている魔法石に触れた。
「しかし救いようがないほど頭が悪くなければ、対は壊すか棄てるかしているはずだ。そうであれば、アリアスの魔法力を地道に探すくらいだな」
「……どうやってですか」
「探す範囲に魔法力を広げ、関知する。人間には出来んが、人間でなくとも普通はやらん。地道な作業だ。……だが、今腕輪を持たせていないアリアスを的確に探すには、これしかない」
近隣にいるかどうかすらわからない者を探す。
そもそも魔法力を感じ探すということ自体、城の中であっても容易に出来ることではない。
「正体が盗賊だか何だかは知らんが、どうやら連れて行く者を間違えたようだ」
紫の目は冷え冷えとして見えた。
師は、集中するように目を閉じ、人では不可能な離れ業に取りかかった。




