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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『魔法師盗賊団の狙う宝とは』編
224/246

2 二人の生活





 結婚はしたが、竜の世話もあるからそれが終わってからと話していた同居の話。

 理由は竜の世話、特に夜番があると前後の生活リズムが崩れたり、医務室の方との両立は忙しない。住まいが城の外ではより不便な面があるだろうという見方だったのだが、問題が解決する事項が発覚した。

 城の外に住まいを持つ魔法師には普通許可されていないが、竜の育成に関わる魔法師限定でその日その日の宿舎利用が可能らしいのだ。

 教えてくれたのは既婚者の大先輩で、夜番の前には宿舎で仮眠を取り、食事をしてから仕事へ。仕事が終わるとどうしても眠いときやその日まだ仕事が入っているときには一度宿舎に。または竜のいる建物には仮眠のための部屋がある。

 そして後に仕事がなければ、家に帰っているのだとか。今まで知らなかったのは、アリアスが当の宿舎住まいだったから。

 そんな話題が出たのは、ゼロもいたときで。

 ふとした会話で分かったらしく、


「まだ一緒には住んでいないのかい」


 と不思議そうな問いかけをもらった。おそらく、年齢で考えるとややこしいが、ゼロの地位ではとうに家を所持していてもおかしくはない。結婚すれば一緒に住める、住んでいると思っていたのだろうか。

 対して答えると、「ああなるほど」と大先輩は納得の声をあげた。


「それなら……」


 と教えてくれたのが宿舎の限定的な使い方。

 それなら一緒にいられる日の方が多いだろうし、一緒に住んでいると合間の日に時間を合わせたりしないと会えないっていうことはなくなるよ、とまさに人生の大先輩、経験者の笑顔で教えてくれたのだ。ちなみに奥さんは王都の街で店をしている人らしい。


 その話を聞いてゼロが考え込んでいた様子であって、しばらくしてのこと。

「アリアスさえ良ければ、一緒に住んで欲しい」

 ゼロがそう言った。

 アリアスが住まいとしていた宿舎には、門限があったり外泊禁止といった学校の規律のようなものはない。しかし宿舎とてゼロの部屋とて、家族として共に暮らすために作られた空間ではない以上、二人の住まいではない。

 約束をして会った日にも、別れている時間がある。家族として住む家で、日々を共に過ごしたい。今すぐそれが許されるなら、今会えなくなっている時間が欲しいとゼロは言った。

 アリアスが頷かないはずはなかった。

 元々ゼロがアリアスを気遣ってくれての、これまでの変わらずにあった生活で、そうだなとアリアス自身思っていた。下手に生活を動かすより、落ち着いてからの方が良いのだろう。

 しかし夜番のときはこれまでと同じ生活をして、そのやむを得ない以外の時間を示し合わせずとも一緒にいられる。先と思っていた同じ家に住み、どこかの時間で別れる必要なく過ごすことは嬉しいに決まっていた。



 *



 そして実は半年ほど前から一緒に住み始めていた。

 住まいは王都の一画。家自体はゼロが前もって用意していたもので、部屋の数からして、二人で住むには大きいくらいの家だというのが第一印象だった。

 住まいが決まっても実際に暮らし始めるまで、アリアスが引っ越しする荷物が少なくとも住まいが変わるには、色々と整えなければならないものがあった。そのため提案から実際までには多少の日を要した。

 しかし当たり前に二人で相談して、住まいが整っていくその過程さえも嬉しい日々だった。


 こうして宿舎から出て、城の敷地からも出てアリアスはゼロと暮らしはじめた。

 毎日仕事に通う道のりが出来たが、仕事に向かう時間はゼロとほぼ同じ。

 アリアスは変わらず時折竜の世話の夜番があって、ゼロも仕事の都合で――ゼロもそれぞれ暮らすための部屋はもう必要無しと引き払ったが、騎士団という仕事上、仕事の都合で泊まることもあるようなので泊まることの出来る部屋があるらしい――帰れない日が稀にあり、互いにたまに家に帰れない日もある。


 けれどアリアスが宿舎でゼロが騎士団の宿舎や城の部屋にいた頃は、ほとんど夜には別れていたことを考えると、毎日一緒にいられる時間は格段に増えた。それによってまた一つ結婚の実感が増えたほど。

 ほぼ毎日仕事への道を一緒に通って、同じ家に帰る。共に食事をしたり、今日あったことを話したり。夜眠りにつき、朝、目覚める。当たり前に共にいる日々。


「……ん……」


 瞼がうっすら開いて、視界を自覚し、起きたのだとも自覚した。周り――部屋はカーテン越しの光と端から洩れた光によって薄明かるくなっている。

 朝だ。

 そう分かっていながら、一応目覚めたはずなのにアリアスは微睡みに傾きそうになる。家の中のみではなくすでに外も暖かな季節。だけれど理由はたぶん、その春の暖かさや体にかかるシーツだけではない温かさが側にあるからだ。

 温かくて、心地が良くて。

 なんとか落ちそうな瞼を押し上げて、ぱち、ぱちと緩やかに瞬くと、目の前に広がる肌の色が目に入った。まだ少し、ぼんやりする目で見ていると、それがゼロの体だと理解できてくる。

 逞しい、鍛え上げられた体。

 視界いっぱいに広がる肌の色の端に線のようなものが映り、無意識に線を辿っていくと、手のひら程度の大きさの複雑な模様があらわれる。肌に模様とはあまり馴染みにないものだが、ゼロの肌にあるこれだけはアリアスには馴染んだものだった。

 それは、かつて会った竜がゼロの魂に眠る魔族に対する荒々しいまでの竜の力を封じている証だった。一見すると刺青に見えるが、違う。文字のような、しかし読めない、綺麗な模様。魔法で刻まれた模様だ。


 その模様がこのように見えるということは、それほどまでに近いとも意味している。身を包んでいるのは抱き締められる人肌の温かさ。

 そこまで理解して、ようやく起きようと思って身を起こす。


「……」


 いや、起こそうとした。

 こういうときいつも思うはめになるのだが、どうして寝ていてこれほどしっかりと抱き締めていられるのだろうか。

 アリアスが起きるときとゼロが起きる時間は、どちらかが先に起きると大体もう片方も起きて、結局同じような時間に起きている。

 ところで今起きようとしたが、身を起こすほど身動き出来ない理由は体に回る腕である。アリアスの体を抱き寄せて離さない腕により、起き上がることが困難となっている。

 それでももう半年のこと。コツは掴んできていたので、何とかすり抜けて腕の中を抜け出そうと――


「起きてます……?」


 出来ない。びくともしないため、おかしいと思って腕の中で見上げると、寝ているように見える腕の主の顔。

 アリアスが言った数秒後に口元が弧を描いた。次いで、閉じていた目が開いて灰と橙の双眸があらわれた。ゼロとて寝起きは多少ぼんやりとした目をするのだが、全く寝起きの目ではない。


「起きてた。おはよう」

「おはようございます。……いつからですか」

「分かんねえ」


 笑ったゼロはアリアスの額に軽くキスをした。


「アリアスの寝顔見てた」

「……見ないでください」


 見ていたと言われると、そんなに見るものではないのだからと今さらに顔を隠したくなるものだ。

 すると、ゼロが微かに声を上げて笑った。直後に腕の力が込められて、もっと体がくっつく。


「何か、起きてアリアスが腕の中にいるとすげえ幸せだって思うんだよなあ」


 だからずっと見ていたくなると、甘い声音が囁いて、深く深くアリアスを抱き締める。

 一つ屋根の下、一緒に生活を始めて早半年になろうか。結婚してからは、約一年。幸せは留まるところを知らないように、毎日ふとしたときに感じ続ける。


「私も幸せです。とても」


 それは、幸せに満ちた生活。








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