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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『閑話』
222/246

今の話 白の騎士団極秘任務


騎士団側の反応を入れるところが見当たらなかったので閑話として作ることにしました。


とある白の騎士団団員視点。

団長であるゼロの結婚を受け、白の騎士団のごくごく一部の団員によるセルフ『任務』。

団長の結婚相手を明らかにせよ!







 白の騎士団第一隊所属魔法師、レックス=ホルムは騎士団の執務を行うための建物の廊下を歩いていた。

 歩いていたら、前方に現れた後ろ姿に「あ」と声を出した。あれは、団長だ。

 レックスの学園の先輩でもあり、現在は所属騎士団の団長は少し前から休暇に入っていた。ここしばらくの間白の騎士団は団長不在であったのだが……その団長が休暇から戻ったのである。


「だんちょ――」


 学園の頃から畏怖する部分もありながら憧れ続けているレックスは嬉々として背中に呼びかけようとした。

 しかし、声が途切れた。意識が別のものに集中させられ、他のことがおろそかになったのだ。

 きらりと、光ったもの。

 それは団長の手、と言うか指にあり、彼の身にあるということによりあまりに見慣れないものと化していた。


 そもそも騎士団所属魔法師という職柄、魔法具であれば別の話だが、単に身を飾る装飾品を身につける者は極少数。ピアスだったり、シンプルな首飾りだったり。

 しかしながらあの団長は無駄なものは一切身につけない。魔法具だって装飾めいたものは進んで好むような人ではなく、実用面のみを考えているような人だ。

 その人だからこそ。指に、指輪をつけているなんて、そう、あり得ない。あり得ないのに、見える限りで『それ』がある位置はまさか――


「ぶ、ぶぶぶぶぶブレア隊長」


 荷物を持たされているレックスは、同じ騎士団所属で一緒に歩いている先輩を上手く動かない口で呼んだ。


「人の名前は正しく呼べよ」


 歩きながら書類に目を通している隊長は、レックスの動揺をよそに紙を一枚ぺらりと捲る。

 レックスは自分の見たものを他人と確認しなければと、両手が塞がっているなりに隊長に少しでも早くと訴えかける。


「団長、団長の、団長が、」

「団長? お、本当だ。今日休暇明けか」


 何をのんきな。隊長はやっと顔を上げて前方に団長を見つけたが、それだけだ。あれが見えないのか。この位置関係で自分が見つけたのがおかしいのか。

 使い物になる言葉が出てこず、けれど言わない選択肢はなくレックスは懸命に続ける。


「ゆ、ゆゆ指輪が」

「指輪?」


 これさえ分かってもらえれば、同じような反応になるはず。……だったのに、隊長は「本当だ。指輪してらぁ」と僅かに驚いたような反応は見せたものの、ほんのわずか。

 どうしてこんなに反応が薄いのか、と信じられない思いで見ていると、隊長はそんなレックスに気がついて、首を傾げる。


「何だよ。――あ、もしかしてお前知らなかったのか」

「な、何がっすか」

「ゼロ結婚するんだよ。いや、指輪してるってことはもうしたのか」

「結婚!?」


 調子外れな声が出た。

 指輪の位置の意味するところは知っていた。ただその位置が見間違いではないかと確かめたかったのであって……結婚!?

 恋人がいることはうっすら知っていたが、いやそれもにわかには信じ難くあった事なのに結婚!


「本当っすか……!?」

「気持ちは分かるが、先輩の言葉を疑うな」

「す、すみません」

「それにしても本当に知らなかったのか」

「どうして教えてくれなかったんすか!」

「お前がうるさいからじゃないか?」


 そんな理由で?

 気持ち詰め寄ったら、そんな薄情なことを言われた。両手が塞がっていなければ両肩を掴んでいただろう。うるさくなんて無いと言いたいが、動揺していることは確かだ。

 知らなかった。団長が結婚。レックスは、めでたいと喜ぶべき感情と度を越えた驚きとでわけの分からない感情になりつつあった。


「何騒いでんだ」


 呆然としかけていたら、近くにいる隊長の声ではない声が前方から。

 これは――団長の声だ。


「ゼロ、じゃない、団長」


 仕事中ということもあり、団長の先輩となる隊長ではあるが、現在の立場関係上呼び直す。

 途中から跳ね上がった会話の音量により、騒がしいと感じたらしい。前方にいたはずの団長がこちらにやって来ていた。

 その姿を見たレックスは先ほどまでの会話内容「結婚」によっての第一声が。


「せ、先輩おめでとうございます!!」


 これになった。


「いきなり何だ」


 若干引かれた。


「結婚の話だよ。レックスに話してなかったらしいじゃないか」

「ああ……どっかから耳に入ると思ってたんだが」

「入ってないっす!」


 隊長のこちらまで丸聞こえな耳打ちに、なんだそれかといった顔をした団長は、レックスの抗議に「そんなに知りたいことかよ」という反応をする。分かっていない。

 恐ろしい武勇伝の類いなら未だしも、尊敬している先輩の人生のめでたいことを知りたくないと思う後輩がいようか。


「じゃあ、まだ広くは知られてねえだろうからその前に。結婚した。以上」

「おめでとうございます!」


 全力で祝福の言葉を発すると、少し面倒そうに簡潔に述べていた団長は「そんな大きい声で言わなくても聞こえる」と言いつつも笑った。

 その笑みがいつもより柔らかく感じたのは、実際に笑い方が異なったのか。それとも雰囲気がそうだったのか。レックスはびっくりした。この先輩の、そんな顔を見たことがなかった。

 その間に隊長が団長に再び近づく。


「嫁さんに会わせろよ」

「会わせねえよ」


 完全に仕事時間外の会話である。そして絡み方のガラが悪い。


「確か、医務室の魔法師なんだよな」

「なんで知ってんだ」

「武術大会のとき、連れて行っただろ」


 却下されてもめげない隊長はにやにやとしている。

 武術大会のとき、と聞いたことにレックスは思い出す。一時期団長に恋人がいると明確な噂となって話題となったきっかけ。レックス自身もその場にいたきっかけとは、武術大会の際、騎士団団員の控え室周辺にいた医務室所属の制服を着た魔法師の女性に自分が声をかけたことが目撃の始まりだったのだ。団長がその女性を連れて行った。

 あのときの女性が相手なのか。しかしどんな人だったろうかと思い出そうとしても、見覚えのある服装以外のことは思い出せない。

 レックスが首を捻り記憶を探っていると、団長が隊長の名前を呼んだ。その声は普通の声であったが、思わず視線を上げた。

 すると、団長は笑顔なく、かといって怒っているかというとそうではなさそう。総じて普通の様子。たださっきまでと異なり真剣になった。


「余計なことは一切するな」

「――了解、団長」


 隊長も同じことを感じ取ったのか、神妙に返事していた。

 休暇明けの団長は今日はほぼ執務で、後から訓練場に行くと言ってその場を去った。


「結婚って人変えるのか」


 後ろ姿を見送っていると聞こえた小さな呟き。レックスが横を見た、とほとんど同時。横から腕が伸び、レックスの首を捕まえる。「うぐっ」と喉が圧迫された音が出た。

 首を捕まえられたあとの力自体はそうでもないのだが、如何せん捕まえるときの動作が雑で乱暴で気をつけてほしい。


「レックス、探すぞ」


 隊長は、団長の手前一旦は引っ込めたにやにやとした笑みを浮かべていた。嫌なことを企んでいる顔だ。


「探すって何をっすか?」

「察しが悪いなお前は。ゼロの嫁だ嫁」

「えっ」

「ゼロが惚れた女だぞ。見なくてどうする」

「でも団長がさっき」

「余計なことをしなければいいんだろ? 見るのは余計なことに入るか?」


 人によっては。と言うと、「俺の余計なことの範囲には入らない」と言いそうなので飲み込み、違うことを言う。


「武術大会のとき見たんじゃないっすか」

「じゃあレックスお前覚えてるのか、どんなだったか」


 言われて、ちょうどついさっき思い出せていなかったレックスは答えられなくなる。

 思い出せるだけ出したなりに、あのときは単に医務室の人に話しかけたというだけであり、前もって分かっていればそんなこともなかったと思う。分かったときには団長で見えなくなったのだ。


「……団長がすぐに連れて行ったのであまり覚えてないっす」

「そうだろ?」


 興味をくすぐられない奴が白の騎士団にいるはずがない、と隊長は一層にやりと笑う。 


「ってことで探すぞ。手がかりは十分だ。医務室所属の魔法師。武術大会のときに制服を着てたってことは、おそらく騎士団専属だ」

「それ、十分って言うんすか」


 それ以上の情報、年齢だったり容姿が分からなければ探すのは非常に困難だろう。


「うるさい。とりあえず今は仕事だ」


 仕事のことを思い出してくれて良かった。

 団長がこの場を去って二分後。白の騎士団の団員二人はその場を後にした。


 探っていくと、意外と明らかになるのは早かった。まあ騎士団専属の医務室の魔法師縛りで、かなり近い場所にいるはずなのだ。自然にしていても、その内気がついていたかもしれない。

 実は相手は誰だと探しはじめたのは二人のみではなかった。

 騎士団の宿舎の一室。言い出したブレアの部屋に集まる団員はもちろん白の騎士団の団員。

 レックスもおり、隊長が集めたのか勝手に集まったのか分からない顔ぶれはレックスにしてみれば近い先輩が多く、同期もいた。

 団長の個人的なことに首を突っ込むには、年上の大先輩方は「大人」な対応でそんなことはしないだろうし、反対に年下になるにつれ恐れ多さで同じくそんなことはしない。また、団長個人が学園時代から関わりの多かった知った顔が並ぶのは当然のことだろう。

 何にしろ怖いもの知らずだ。


「判明した可能性がある」


 探しはじめてまだ――この事項に対してまだと使うべきなのかは基準がないから分からない――二日。発言したのは、言い出した隊長である。


「判明したってまさか、誰かということか」

「そうだ。同じ時期に休暇を取り、結婚して帰ってきた魔法師がいるらしい。名前はアリアス=コーネル。……が、確証がないのはゼロは医務室に行かず、医務室の魔法師が騎士団の施設に直接来ることはない。つまり同時に目撃されることがなく、ゼロが帰ってきて二日で結婚がまだ騎士団全体に広がるか広がらないかの今、周りの気がつきがまだ無い」


 隊長が医務室勤務の恋人に聞いた結果らしい。

 話題はもっと軽いはずなのに、重要任務内容を話すがごとき口調だ。

 それにしても、とうとう明らかになった。団長自身が指輪をしていること以外に結婚相手の具体像も明らかになってきた。本当なのだな、という空気が部屋の中に流れた。


「しかし、いつからだったんだろうな。恋人がいること自体、知ったのが去年の武術大会のときだ」


 椅子の前脚を浮かせ、後ろに傾いた隊長がそう溢した。口調は一転して、普段のもの。

 何気ない言葉は部屋の中に落ち、なぜか少し静かになる。そのうち、一人が「そういえば……」と話しはじめた。


「団長宛の手紙が一時期定期的に届いていたときがあったとか」

「親父さんからじゃなくてか?」

「そこは分からないですけど、一年前程度までのことだったと思います。……団長の方もまめに手紙出してたとか何とか」


 一つ出ると、もう一つ「そういえば」が違う人から出てくる。


「二年前か三年前の『春の宴』のとき、ゼロが誰かを連れて消えたとか」

「それ言うなら、前に戦があったとき慰労の夜会があったじゃないか。あのときゼロが女といたところを見た奴がいたような気が……そのとき見間違いだろって流したけど」

「……そう言われると、この前の『春の宴』、途中からいなかったっすよね」


 ………………あれ?


「……俺たちの目は節穴か。これだけ予兆があってどうして気がつかなかったんだ」

「まさかそうだとは思わなかったからじゃないか?」


 冷静に考えると、勝手な言われようだ。

 だが、まさか団長が結婚するとは予想もしていなかったのはレックスとて事実である。

 女性の影がなかった、と思い込んでいたのだろうか。なぜかと考えると――もてないとは決して思わないが、学園時代から現在までを通してその姿を見てきたからだろうか。男らしいと一口に言えど、何と言うか、女性にまめになれる性格ではなさそうというか。


「まあいいか! 結婚したのは事実! そして俺たちはその相手を突き止めた!」

「突き止めたぞ!」

「ゼロおめでとう!」

「おめでとうございます!」

「酒飲もうぜ酒! 我らが団長の結婚に乾杯!」


 任務達成とばかりに拳が突き上げられた。

 おめでとうと言っても本人はいないし、酒を飲むこじつけにしかしていないし、明日も仕事だ。

 レックスは酒盛りに巻き込まれながら、分かったとは言ってもまだ確定ではなくて、一体どんな女性なのだろうかとやはり考えた。


 そして翌日。


「じゃ、代表して確かめてくる」

「何をっすか」

「ゼロの結婚相手だよ」

「えっ」

「今から医務室行ってくるわ」

「今仕事中っすよ!」

「仕事中じゃないと探せないだろ。安心しろレックス。医務室に行く理由はある」


 隊長はすっと人差し指を上げた。指が何だというのか、意図が分からない。


「さっき紙で切った」

「それくらい自分で手当てしてください!」


 言われてみて、見えるか見えないかくらいに入った傷に叫ぶが、隊長は聞く耳を持たない。


「五分で戻る。休憩の範囲内だ」

「いや、ブレア隊長の自己責任でやるならもう強くは止めないっすけど……どうやって探すんすか」


 レックスとて興味はあるのだ。

 問うと、ブレア隊長がにやにやと笑ったから、レックスはついて行かずにはいられなかった。


 騎士団の医務室。団長はここに来ることがめったにないので、遭遇するかどうかは気にしなくていいのに、こんなときだから周りを気にしてしまう。

 騎士団の医務室の役割を果たす建物に入ると、やはりすれ違うのは医務室の制服を身につけた魔法師。

 さて、ここからどうするのか。


「すみません。ちょっといいですか?」


 入ったばかりのところで突如、隊長が二人組の魔法師の女性に丁寧に話しかけた。

 二人とも二十歳になっているかどうかという年頃か。声をかけられて止まった二人の内、髪を二つに結った女性が「何のご用ですか?」と尋ねを返した。

 レックスもレックスで何のために呼び止めたのか、と隊長の様子を窺う。


「アリアス=コーネルさんって人いますか?」


 率直にもほどがある。


「な、」


 ――何してんすかブレア隊長!

 驚いて隊長を凝視したが、隊長はどこ吹く風だ。

 道を尋ねるのではないのだから、と思った反面、確かに一番確実な方法だとも思ってしまう。どうりで自信のある表情をしていた。

 聞いてしまったものは見守らなければ仕方ない。不審に感じられないように、すんでのところで口を閉じたレックスは、期待もしつつ答えを待つ。

 しかし、聞かれた側の様子がおかしい。顔を見合せ、戸惑っているようにもなる。どうしたのか。


「同名の人でなければ、この前名字は変わったのですが私だと思います……」


 口を開いたのは、何の用かと尋ね返してきた方ではなく、隣にいた女性。

 そこで初めて気がついた。その女性の手に指輪があること。 

 アリアス=コーネルという人はいるかとの問いに、自分だと言った彼女がつまり探していたアリアス=コーネルという女性。しかしこの前名字が変わったという言葉で、そうだったと気がつくはめになる。団長と結婚したのであれば、その女性は団長の名字に変わっているはず。

 とにかく、この人が――団長の結婚相手。

 見にきたくせに、不意打ちで目の前に表れたものだから、びっくりを通り越して固まってしまった。それは隊長も同じのようで、そのせいで相手を戸惑わせてしまった。

 こっそり見て戻るはずだったが、話しかけた相手が何と本人だったため、その後誤魔化しに苦慮した。

 医務室を出て戻る道、隊長が言う。


「……意外って思う一方で、じゃあどんな人を想像してたのかと言われると分からないんだよな」

「同感っす」

「だから何か、勝手にしっくりきた面もあるっていう気分だ。でも何となく――年上を想像していた自分がいる」

「同感っす」

「だがしっくりくる部分もあるのに、あの子がゼロの嫁だっていうのは想像出来ないっていうか、ゼロが一緒にいるところが想像出来ない」

「分かる気がするっす」

「……と言うより、元々恋人とか結婚からして想像がついてなかった時点で全部予想外になる運命だよな」

「……そうかもしれないっす」


 可愛い女性であったのだ。しかし団長の結婚相手とすると、()()()()()

 そもそもやはり団長が結婚したことが想像もしていなかったことで、関連することが全部想像がつかなかったから、そこから先のことについて何を知ろうが全部予想外になる。

 そんな結論を出して、会話をして戻った。とりあえずこれで本当に『任務』は完了されたのである。

 ――と思った矢先。


「お、ゼロだ」


 騎士団の建物から出てくる団長と遭遇した。ここまでは良い。


「ゼロ、お前の嫁さん可愛いな。意外だった、俺は何となく可愛い系ではなく綺麗系を想像し――」

「ブレア隊長!」


 出会い様の軽口日常会話はよくあることだが、内容!


「な、何でもないっす! 団長の奥さんなら可愛いだろうなっていう話を――」


 直後のことで口が緩んだ隊長の発言を打ち消さんとするレックスの言葉は意味がなかったと言える。あの団長に一度言われたことを誤魔化せるはずはなかったのである。


「見てきたように言うな」


 今度はレックスが言葉を遮られる番だった。

 団長は隊長の言葉の意味するところを正確に読み取っていた。眼帯に覆われていない方の目が鋭く向けられ、睨む。


「お前ら、今までどこ行ってた」


 昼休憩、呼び出しがかかった。洗いざらい話すことになり、普通に怒られた。

 団長室で机の前に立ち、レックスとブレアの前にいる団長の眉間には皺が生まれている。


「よりによって直接声かけたって」

「それは本当に偶然です」

「どっちだっていい。あと、ここで話しておいて何だが、私的なことだから敬語無しで普通に話していい」

「じゃあ遠慮なくそうさせてもらうが……計画では突き止めて、遠目から見て確認するだけに留めるつもりだったんだが、探すために声をかけた一人目がお前の嫁さんだったんだよ。本当に悪かったと思っている」


 元から本人に直接声をかけて団長の奥さんですかなど聞こうとするはずがない。それは迷惑行為だ。


「今後絶対今回みたいなことはするなよ」


 それが分かったのだろう。すでに怒っていたあととあって、団長の話は終わりという証だった。

 興味本意で声をかけるような、そんな真似をするな。例えばこちらはあちらを一方的に知っていたって、彼女の方はこちらを知らなければ戸惑うことになる。

 団長の怒りはもっともで、計画自体はさておき、最後までその点には気をつけてするべきだったのだ。レックスは反省した。


「でもゼロ、はっきり言って俺たちですらお前に恋人がいたことに驚いたし、結婚って聞いたときはもっと驚いた。一体相手は誰だって思った。これから広がると、お前の嫁さん誰だって誰もが思うぞ」

「だから言っておいた方がいいってか? 言っておいたとしても結局誰だってなるだろ」


 騎士団の団長なら広く誰もが知るが、団長の結婚相手は地位のある立場でもないようだった。だから誰も分からなかった。名前を聞いて分かる人がどれほどいるか。関心の的となり、好奇の眼差しを向けられる可能性もある。


「徐々に広まるならその方がいい」


 なるほど、と隊長は独りごちた。


「まあもしも夫婦だって一目で分かるものを身につける文化がなかったら言ってただろうけどな」

「え?」

「そりゃそうだろ。相手が誰だって言っとかねえと、証がない以上誰かにちょっかいかけられるかもしれねえだろ? その点指輪さえあれば結婚してることも分かって、相手が俺だとも分かったとすればお前らみたいに軽はずみに近づく奴がいるか?」


 いません。とすぐに思ったが、実際に何と返せばいいか、レックスだけでなくさしもの隊長も分からなかっただろう。

 団長の知らない面を知ってしまった気分だった。不敵に笑った団長はこういうことをさらっと言う人だったらしい。

 結婚は人を変える。実際には結婚が変えたのではなく、その前段階で変わっていたのかもしれないが、全然そんな素振りは見えなかったわけで。

 団長は女性にまめになれる性格であった可能性が高いことが、発言に見え隠れしていた気がする。


「新婚だから仕方ない。いやあお熱いようで何よりだ」


 見物をしに来たのだろう。部屋の隅にいた、妻帯者の一人でもある副団長の染々とした声が部屋に響いた。

 副団長が余計なことを言ったせいか、変な計画を実行していたためかその日の訓練は特別厳しかった。


「いや、本当に悪かったよ……」


 訓練後になってやっと口を開いた隊長が言ったのはそんなことで、たぶんどう反応すべきか判断がつかなかった言葉を聞いて尚更そう思ったのだろうと思われる。偶然とはいえ軽はずみに声かけて悪かったよ、と。


 その後、彼らはひょんなことから団長の結婚相手が最高位の魔法師の弟子であり、青の騎士団団長の妹弟子だという事実を知って別の驚きを体験することとなる。


 徐々に団長の結婚話と相手が誰だという話が騎士団や医務室に広まったのはレックスたちのせいではなかった。極少数人は、事実に多くが気がつく前に気がついたというだけだったのだから。

 そして騎士団の団員たちは決して興味本意に近づこうとはせず、話題にするだけに留めたという。


 結果、『任務』は成功したが最後の詰めが甘く、さらにばれて怒られた。





 

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