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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『婚前期間の誘拐犯』編
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14 それが最善かのように





 ランセとした話は彼の父親とは反対に学園を卒業した後のことを始めとした近況が主となった。その途中で、もしかしてランセは去年の武術大会――去年と言っても年は越えたばかりなので少し前のことだ――に来ていたのだろうか、と気がついたけれどアリアスは深くは尋ねなかった。

 時折学園の話をすると、ランセの後ろで従者がにこにこと嬉しそうにした。


「そういえば、来るとしてももう少し先だって聞いていた気がするんだが。それに、あの人は……」


 今さらの質問であると言えば、今さらだ。

 突然だったという事実が示す通り、本来の予定としてはもう少し先の予定だった。ゼロが送っていたという手紙にもそう記されていたはずだ。

 しかし実に突然だったので、一度現実を受け止められたかと思うと、細かい点を思い出すのに遅れを要したのだろう。一緒に来るであろうゼロの姿が初めからない、ということも。


「えぇと……」


 アリアスはどう話したものかと少し思案して、今日のことをまた思い出す。

 改めて思い返すと、たった少し前のことなのに起こって行き着いた場所により、再び不思議な心地になる。ここが、スレイ侯爵家なのだと。

 それはさておきアリアスは簡単に、自分が本日ここに来た経緯、なぜゼロがいないかも分かるように話す。イレーナとマリーと街に出かけていたときに声をかけられ、馬車まで行くとクレイグがおり、ここに来ることになったこと。馬車の中では話をしてその内容は言わなかったにしろ、流れとしてはほぼそのまま。


「何をしているんだ、父上は……」


 ランセは呆れを混ぜたげんなりした反応をした。


「父がすまなかった」

「ううん。びっくりはしたけど、話すことが出来て嬉しかった」


 謝られて、とんでもない。

 どのような人か分かって、兄弟子の言うとおり『話してみると取っつき難さもない良い人』だった。

 するとランセは「それなら良いけど」と言いつつも父親に何の疑いを持っているのか少々本当か?というような目をした。侯爵は普段、どのような人なのだろうか。アリアスも若干お茶目な部分を覗いた気がしたが……。

 部屋の中にはランセの従者以外にもこの席を用意した人たち、お茶のワゴンの側に控えている人もいるが、全員いないも同然のように物音一つ立てず、基本的に動かない。

 そんな中、テーブルの側に近づいて来た人が目に入り見ると、部屋の中にはいなかったと思われる男性が一礼する。音もなく扉が開き、閉まっていたらしい。

 ランセに用事なのだろう、とアリアスは思って眺めていた。しかし部屋に来た男性は予想に反してランセにもアリアスにも関係のあることを言いに来ていた。その言葉は、この場の終わりの合図となる。


「ゼロ様がお帰りになられました」


 男性とランセを両方視界に収めていたアリアスは、ランセがピクリと反応したことを捉えた。心なしか空気に緊張が混じる。

 表情豊かなわけではないけれど、よく笑みは浮かべる方のランセから表情が無くなった。――違う。よく見れば、彼が緊張したのだと感じた。表情は無くなったのではなく、おそらく名前を聞いた瞬時の緊張で強張った。


「ここに?」

「おそらくは」

「分かった」


 頷くや、ランセが席を立った。口が挟めないアリアスは、立って随分上となった彼の顔を見上げる。


「おれは部屋に戻る。アリアスはこのままいればいい」


 言い残してランセは言葉通りにテーブルから離れていくから、アリアスは我に返って立ち上がる。


「――ランセくん」


 呼んで何を言おうとしたのか全く分からなかった。どうして出ていこうとするのか、か。でもその理由はこれまで知ったことから分かりきったことのようなもので。

 ゼロが来たらしい。アリアスがここにいると、クレイグが知らせたのだろうか。そしてゼロがこの部屋に来るかもしれないことを聞き、その前に出ていこうとしている。ゼロと会うのを避けようとしているのだ。

 ランセは、足を止め振り返った。


「いいんだ」


 彼はアリアスが口に出来ないことを予想していたのか、ランセが滲ませた笑みは、悲しいものだった。彼にはそんなつもりはないのだとしても、アリアスにはそう思わせる表情。

 いつもは誰かに似ている不敵さを醸し出す笑みをするランセは、特定の話題に近づくと分かりやすくなる。それも、悪い方に。


「きっとおれと会っても困る」


 そんなことない、と言えないのは決して同意しているからではない。ただ、彼ら兄弟の関係は容易に横から入り込むことのできないものだ。

 また、ゼロがランセをどう思っているのか。彼が距離を作った理由も分かっているが、今、どう捉えているのか。


「中途半端に悪いな」

「それは、いいんだけど……」


 アリアスは、扉に歩いていくランセを止めることは出来なかった。灰色の髪の後ろ姿を見て、立ち尽くす。

 ランセの従者もアリアスに一礼し主のために開いた扉から、ランセは去っていった。



 その僅か一二分後、扉が開いて、まさにランセと入れ違いに入ってきたのはゼロと彼の父。

 ゼロはすぐに椅子に座り直したアリアスを見つけ、しかし部屋の中を見渡して怪訝そうになる。いると思った人がいない、という反応。


「ランセはどうした?」


 部屋にいる使用人に問いかけたのはクレイグだった。


「ランセ様はつい先ほど部屋にお戻りになりました」

「部屋に?」


 部屋にいない次男の行方を聞いたクレイグは、ちらりとゼロに目を向けた。


「……そうもなるか」


 ゼロの呟きが辛うじて聞こえたが、何を思った言葉かはアリアスには読み取れなかった。


「アリアス、父親が悪かったな」

「いえ。良くしていただいてしまいました」


 立ち上がったアリアスはテーブルの上のお茶とお菓子を少し見た。これだけでなく、クレイグのみならず周りの人にも扱いからして慣れない扱いをしてもらってしまった。


「良くも何も、誘拐紛いのことしでかした時点で最悪だけどな」

「言い方が悪いな」


 ゼロの横に並んだクレイグは息子に睨まれて心外そうにする。何だか並んでいるところを見ると、ますますゼロの顔立ちは父親からの遺伝だと分かるが、今浮かべているような表情や反応は似ていない。

 両方共を視界に入れていたアリアスは、あることに気がついた。ゼロにとっては実家でも、アリアスにとっては慣れない場所を背景として見ていたので気がつくのに遅れた。ゼロが軍服のままだ。


「ゼロ様、お仕事は大丈夫ですか?」

「ああ、終わった」

「そこをきちんと見計らって私はアリアスを誘い、知らせも怠らなかったわけだからな」

「……知らせって言っても相当ふざけた文面でな。誤解される気満々だっただろ」


 ふざけた文面?

 ゼロと彼の父親との間では通じている話のようだが、何か含みが感じられた。アリアスが首を傾げると、軍服のままのゼロがポケットから何か取り出してそれを広げた上でアリアスに見せてくれる。


「これだ」


 ぐしゃぐしゃで一度握り潰したのかなと思う紙をじっと見ると、一文。――アリアス=コーネルは預かった。


「…………」

「たちが悪いのは内容だけじゃねえよ。差出人の名前が無いってこともだ」


 言われて目を走らせても、一文以外にはどこにも付け加えられた文も、手紙を書いたであろう人物の署名もない。

 もはや文面だけでは誘拐そのものだ。ゼロが誘拐とは物騒な言い方をしたのにも頷けてしまう。

 アリアスは苦笑いするべきかどうか迷った。


「でもこれだけでどうやって分かったんですか?」

「筆跡」


 さも当然かのように言われた。

 筆跡とは、昔家で共に過ごしていたときに見た記憶か、それともクレイグが「今は度々手紙を送りつけているが、返事が来ることはほとんど無い」と言っていた手紙に目を通しているという証拠かどちらだろうか。

 アリアスが手紙から上げた視線をゼロに向け続けていたら、無言だったからか「アリアス、どうした?」と聞かれてしまった。


「いいえ、何でもありません」

「ならいいが……今日は本当に悪かった」


 ゼロは責任を感じているようで、すまなさそうな顔をして手でアリアスの頬をすっと撫でていった。結果的にゼロの父親だったから良いのに、とアリアスは思う。


「何か変なこと聞かれたりされたりしてねえか」

「い、いいえそんなこと」

「ゼロ、父をどんな扱いをしてくれている」

「普通にそこら辺は信用ならねえからだ」

「ちょっとお義父様と呼んでもらいたかったり、馴れ初めを聞いたくらいだろう」

「だからそれだろ。……それに何でさっきからそんなに笑ってんだよ」

「いやこんな日が来るとはなあと思ってな。仲が良いようで何よりだ」


 クレイグがにやにやして見ていたのは、もちろんゼロとアリアスだ。先ほど触れられていたところも見られていた事実を自覚したアリアスが少し恥ずかしくなって赤くなるのに対し、ゼロは堂々とアリアスを引き寄せる。


「とりあえず今日は帰るからな」

「もう少しゆっくりしていけばいいだろうお前の乗ってきた馬も先に帰してあげたところだ」

「勝手に何してんだ」

「馬車を用意するから、それまで屋敷を案内してあげればいいだろう。ほら、例えばお前の部屋とか。そのままだ」

「いや俺の部屋なんて興味ねえだろ」

「そうか?」


 ゼロの父親の前でくっついていることで、視線を伏せ気味だったアリアスは頭上で交わされる会話にふと顔をあげた。

 ゼロとクレイグの会話は思ったよりも普通だった。表情も声も、何も普段と変わらない。てっきり、会う機会が全く無いわけでもなさそうな父親であっても多少のぎこちなさがあると思ってしまっていたのだろうか。

 彼はこのようにして父親と言葉を交わすのだ。

 そうやって普通の父と息子だと見ていたからこそ、変化した空気があまりに張り積めたものに感じたのかもしれない。もしくはどうあっても「あまりに張り詰めている」空気だったのかもしれない。


「奥様がいらっしゃいました」


 背後からの言葉に最初に反応を見せたのは、ゼロだった。最初と言えど彼の父親は大して表情は変わらず、アリアスはとっさに何か反応できるほどではなく、――ゼロだけが違ったと言うべきか。

 彼が振り向いたときには、一人の女性が室内に現れていた。その方向を見たゼロの顔はアリアスにはよく見えず、代わりに女性の顔は見えた。

 その、灰色の瞳が上げられる。


 部屋に新たな人が現れて数秒。直感的に感じただけでも、空気は言い表し難く変容していた。










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