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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『婚前期間の誘拐犯』編
210/246

9 妹弟子が結婚する






 ルーウェンは騎士団の事務的な執務を行う建物の青の騎士団の団長室から出た。訓練場に行こうと歩きはじめた廊下から外を見ると、太陽は最も高い位置からは傾いた位置。昼過ぎか。

 歩きながら窓の外を見ていたルーウェンは耳に飛び込んできた声に前方に向いた。

 一室から出てきたらしき二人組。片方はゼロ、もう片方はゼロよりも背が高く見える――のは、体が大きいからそう見えるのだろう。

 白の騎士団の副団長はルーウェンやゼロより一回りも年上の屈強な男だ。


「いやしかしとうとう結婚とはな。結婚っていうのは、色々問題も起こるがいいものだ。――団長、良い休暇をな!」


 音が出るほど背中を叩いて、副団長である男は廊下の向こうに消えていった。相変わらず遠慮のないやり取りだ。


「最後までうるせえ……」


 歩き続けていたルーウェンが立ち止まっているゼロまであと少しという距離にまで来ると、そんなぼやきが聞こえた。

 反対の方向に向かうのか、ゼロが踵を返したところで目に入るのはルーウェンである。


「ルー」

「結婚のこと、周りには言ったのか?」

「ああ、さっきのか」


 ゼロは自らの騎士団の副団長が去った後ろを見た。


「直近にはな。個人的なことだから全員にわざわざ言うようなことじゃねえ。そこら辺から広まっていくだろうな」

「そうだな。まあ何も言わなくても結婚ともなればその内知ることだろうしなー」


 それから「今仕事終わりか」と尋ねれば、「一回訓練場覗くけど、実質そうだな」と肯定が返ってきた。白の騎士団は明日から少しの間団長の不在だ。

 途中まで道は同じなのでルーウェンとゼロは揃って外に出ると、暖かな気候に包まれる。


 ――妹弟子が結婚する


 相手は横にいる友人だ。二人とも休暇を合わせ、その間にゼロの実家にも挨拶に行くらしい。アリアスは今日の午後から休暇に入ることになっており、ゼロもそれに合わせていたようだった。

 ルーウェンはゼロが休暇に入る前に会っておきたかったので、ちょうど良いところで会った。


「アリアスの故郷に行くんだろう?」

「ああ」


 アリアスの故郷に行く目的。今は亡き、アリアスの両親の墓参りにいくこと。それは普通の行動のように思えて、ルーウェンにとっては感慨深くもある行動に思える。

 ルーウェンは小さく呟くように言う。


「故郷は、アリアスが家族と過ごした思い出がある場所であると同時にやっぱり根深いのは辛い記憶だ。幸せな思い出があればあるほどに、それを無くした記憶は辛くなる」


 アリアスの両親はもういない。彼女が生まれてから側にいた家族はいなくなってしまった。それだけでなくアリアスが生まれ育った場所からは誰一人いなくなった。空っぽな場所だ。

 帰ってもそこで過ごした日々も思い出されるかもしれないが、悲しさも生まれ、喪失感を思い出すだけだろう。


「それでも帰るのは、きっと報告しに帰りたいと思えたんだろうな。お前と一緒に」


 それはとても感慨深いことだ。嬉しいような気もして、自然と笑みが溢れる。

 けれど心配でもある。アリアスの魂の問題は有り続けるからだ。酷いトラウマは魂を揺さぶる。


「ゼロ、頼むぞ」

「言われなくても」


 言いたいところは分かっていたらしい。ゼロからは頼り甲斐のある声が返ってきたから、彼が共にいれば大丈夫かと思えてくる。

 自分が守る範囲はそれなりになってくるという実感のようなものが心に生じる。ゼロが側にいる。それでもこの先も妹弟子のことを見守ることに変わりはない……。


「あ」


 関連事項で思い出したことがあって、隣を見た。


「ゼロ、これは俺が口出しをするべきことじゃないとは思うんだが」


 言うかどうか少し迷ったところもあった。言おうとしている問題はゼロの個人的な深い問題に繋がることだ。しかし妹弟子が関係することだから、この辺りがどうなっているのかと正直聞きたかった。


「アリアスが緊張していたぞ」

「緊張? ああ……」


 ゼロの実家に行くにあたり、緊張を見せていた妹弟子。それに気がつかない男ではないだろうと思っていたが、やはり気づいてはいたようだ。

 だが先ほどとは違い、断言する様子が返って来ない。


「分かってんだが、どうやって安心させりゃいいのかこれに限っては全く分からねえんだ」


 と、こんな反対に様子さえ返ってくる。


「話はする。そんな不安になるようなことにはならねえし、させるつもりもねえ」

「それはアリアスに言ってやってくれ」


 結局のところルーウェンが心配してもこれこそどうにもならないことなのだろう。


「あ! 団長いらっしゃったっす!」


 後ろから声に振り向くと、白の騎士団の団員が走ってくる。ゼロを探していたようだ。


「レックス、 どうした」

「団長にご用事だとかでいらしている方がいまして……あちらの方っす。すみません!」


 団員は誰かを連れており、彼が退くと後ろから歩いてくる。ルーウェンはしたかった話は終えていたので自分は訓練場に行こうとその場を離れかけたが、現れた者がどうやら騎士団の者ではないと分かり、この区域に来るには珍しい訪問者だとふと足を止めた。


()()()()()でございます。ゼロ様」


 歩み寄ってきたのは一人の男。ゼロの前に進み出た位置で止まり、一礼する。

 口ぶりからしてゼロと会ったことがありそうだが、ゼロはというと少し訝しげな表情をしている。誰だと分かっていない様子。

 そんな様子のゼロが何らかの形で応える前に、男は服の内側から何かを取り出した。


「これを届けに参りました」


 四角い白い封筒。見たところ手紙。差し出された手紙に視線を落としたゼロは胡乱げにしつつも手紙を受け取る。

 何となくその場に留まったままのルーウェンもそこでまた珍しい光景だと感じる。通常宿舎など城の敷地内に住んでいる者への手紙を始めとした届け物は、専用の窓口というものがある。

 城や騎士団専用の宿舎に部屋を持つ団長であるルーウェンもだが、ゼロも届け物類は一度預かる形が取られ後から届けられることになっている。緊急を要する物でも団員が取り次ぎをしたり……。

 男はもちろん団員でもなければ、城の召し使いのようにも見えなかった。だが、ここまで通されてきたのであれば、団員に引き継がれる前に身元は保証されていることになる。男は、誰の使者で直接ゼロに手紙を届けに来たのだろう。


「ゼロ?」


 手紙を封筒から取り出し、紙を広げて中身に目を通していたゼロの表情が見るからに険しさを増した。そんなに時間は経っていないので、文面は短かったらしい。

 ぐしゃり、と彼の手が紙を握り潰し、上げられた視線が射ぬくは男。


「ふざけてんのか」


 苛立ちが表れた声音。僅かに、表情の変わらなかった男がたじろいだ。


「レックス、お前はいいから訓練戻れ」

「は、はい!」


 睨むに近い目付きに案内をしてきた団員が飛び上がるような返事をして、きびきびと去っていった。


「ゼロ」


 急変した空気に呼びかけてみると、ゼロは振り向く。目付きは悪いままだ。彼はにわかに手にしている紙をルーウェンに突き出した。何か問題が起こったらしい、その原因となっただろう手紙。

 読んでもいいということで、ルーウェンは紙を受け取り一度潰されたそれを広げる。

 ぐしゃぐしゃな白い紙に書かれた文字を読むことと、ゼロが言うのはほぼ同時。


「アリアスが連れて行かれた」


 空白の目立つ紙の中央。黒いインクでこう記されていた。――「アリアス=コーネルは預かった」と。

 差出人の署名は、無かった。









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