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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『婚前期間の誘拐犯』編
202/246

1 未来の話







 春も深み。城の庭には色とりどりに花が咲き、蝶が飛ぶ光景はとても綺麗なものだ。そのように庭師が整えた見事な庭がある場所からは外れるが、同じ敷地内。

 時刻は夜で、よく晴れた夜空には星が輝き細い月がぽつんと浮かび、暖かな気候となった頃なので空を見上げるには良い季節。

 月明かりだけでは少し暗い地上を、月と星を頭上に二人、並んで歩く姿があった。


 アリアスはゼロと、宿舎がある方へ歩いているところだった。アリアスが宿舎住まいなので、ゼロの部屋で過ごしたあとは送ってくれることが常となっているからだ。

 歩く間の距離は近くて、ふと手が触れあったことをきっかけに、アリアスの手はゼロに絡めとられていた。宿舎へ行く道とあって少し慌てたものの、今まで周りにはゼロのことは言っていなかったけれどもう結婚するからいいのだとくすぐったい気持ちを抱え、見られたら見られたで恥ずかしいながらアリアスは微笑みが溢れた。

 と、ゼロが前を向かずにじっと見ていることに気がついて、アリアスは首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「可愛いなって思って」

「――」

「照れてるところは割り増しでいいよな」


 そういうことを言われると、未だにどう反応していいか分からない。繋がれた手も一気に意識したアリアスの頬は薄く色づく。

 好きな人に言われて嬉しくないはずはないけれど、それこそますます照れて何も言えなくなるから、そろそろどうにかしたい。


「あと、アリアスのこと嫁にもらえるのかって思った」


 ゼロの声はどこか感慨が含まれていた。頬を赤く染めていたアリアスが改めて見ると、彼は笑う。


「来週挨拶したら、だな」


 来週。アリアスは頷いた。


 ――『春の宴』の夜、ゼロの求婚を受けたアリアスは並んで歩くゼロと所謂婚約者同士という関係にある。

 そう、まだ結婚はしていない。結婚すれば夫の姓となるところ、アリアスの姓も変わらずのまま。未だ婚約者という形となっているのには訳がある。互いに、結婚する前に挨拶をしておきたいという考えがあったためだ。

 アリアスが挨拶しておきたいのは、もちろんゼロの家族。

 一度も会ったことはないが、ゼロの両親とはどのような人なのだろうか。彼の実家は侯爵家だ。ゼロは魔法師――魔法師は身分も何も関係なく自由結婚をする傾向にあるとはいえ、貴族出身の魔法師の中には実家から縁談を勧められることもあるという。ゼロのそういった事情は聞いたことはないけれど、両親の考えとしてはどうなのだろうか。


 色々考えるところはさておき、日にちを経て、とうとう挨拶をしに行ける日ができた。長期の休暇を取り、来週挨拶に行く。

 ゼロの家族と、それからアリアスの両親に。「俺の実家に行くとしても、その前にアリアスの両親の墓参りに行こう」と言ってくれたのはゼロだった。


「……やっぱり、ゼロ様のご両親を先にしませんか?」


 やはりそちらの方が良い気がしてならなくて言うと、ゼロは首を横に振る。


「俺の家なんてしばらくは王都にいるから来週を逃しても行けるが、アリアスの故郷にはこういうときじゃないと行けないだろ。万が一日が足りないなんてことになったら、洒落にならねえ」


 「だからもうそれ言うの無しだぜ」とアリアスの頭を撫でた。

 アリアスの故郷は王都から近いとは言えない、南部の方にある。師に結婚する報告も済ませ、何から何までアリアスの方を優先してくれるゼロには感謝が絶えない。

 同時に、ああこの人と結婚するのだなと頭を撫でられる心地よさに浸りながら、実感に近いそれはじわりと胸に広がった。


 来週に迫る話をしている内にいつも別れる場所に来てしまうと、ゼロがアリアスと正面から向き合う形になる。繋がれる手が滑り、アリアスの手はゼロの手のひらの上に重なる。


「アリアス」

「はい」

「結婚したら」


 結婚とようやく耳に慣れてきた、遠くはない未来の話。


「竜の世話の夜番もあるから先の話になるとは思うんだが、俺と一緒に住むこと考えといてくれねえか」


 ゼロの口から言われたことに、そういうことにもなるのかと不思議で、未知な心地になった。


 魔法師騎士団は地位・出世共に貴族平民関係無しである。元々魔法師騎士団に限らず騎士団は城の敷地内に騎士団用の宿舎があるので、ほとんどの者は宿舎住まいだ。

 しかし王都に屋敷を持つ貴族の子息だったりは、城外の家から通ったりしている。貴族ほど城の近くに屋敷を構えているからだ。

 そういう意味ではゼロやルーウェンのように家柄が良く、王都の良い立地に家を持つ身分出身で城にいるのは珍しい例だ。また、自力で得た地位上でも家は得られるはずなので、重ねてこの点でもいくら移動の手間がないとはいえ、わざわざ部屋の限られる城住まいをしているのは珍しいと言える。


「俺はそっちを使う利点がなかっただけで、一緒に住めるならそっちの方がいい」


 今よりも、会える時間と過ごす時間が増える。今はこうして、夜には別れなければならないから。


「けどルーやジオ様と会う機会が減るかもしれねえから、考えるだけ考えておいて欲しい」


 そうゼロは付け加えた。

 アリアスは故郷を出て、王都に連れられてきてからは城でずっと過ごしてきた。ここが第二の家のようで、思い返すと故郷で暮らしていた歳月を越えている。

 兄弟子と師の名前が出されたのは、ゼロの気遣いだ。故郷を出てからの長い付き合い。ほぼ毎日のように会って、それが当たり前だった。師と兄弟子であり、家族に限りなく近いような存在。彼らとの距離を開かせてしまうことを気にしている。

 けれどもアリアスは誰かと生活を共にするということは家族を意味することと思うから。胸が温かくなる。そういう在り方をしたいと思われていることが嬉しかった。

 アリアスは笑いかけた。


「ゼロ様、確かに師匠やルー様と会う機会が減るかもしれないことは寂しいことかもしれません」


 今も前より会う機会は減っている方だ。城の外に出てしまえば、会う機会や時間はまた減るのかもしれない。寂しいことだと思う。


「でも会える距離にいます。何より、私がこれから側にいて時間を共有したいのはゼロ様ですよ」


 当たり前のように側にいた人たちは、離れてしまっても縁は消えない。長い時間と、過ごした記憶は繋がれ続ける。

 だからこれからは共にいたいと思い、家族となる人と当たり前のように側に。それこそ師や兄弟子と過ごした年数を越えるくらいに。

 微笑み見上げて言うと、ゼロは僅かに目を見開いたのち、顔を手で覆った。


「あー……あんまり可愛いこと言われると、すぐにでも実行したくなる」


 手のひら越しに聞こえる声は一人言のそれで呟き、「俺幸せすぎてどうにかなっちまうんじゃねえかな本気で……」となぜにか項垂れるように俯いてしまった。


「……ゼロ様……?」

「ああ何でもねえ」


 顔を上げた彼は「ただ、嬉しい」と笑み、アリアスに伸ばした手で頭を撫で、軽く髪をよけた。


「先のことはまたゆっくり話していこう」

「はい」

「おやすみ」


 軽く身を屈めたゼロの唇が額に触れ、アリアスも「おやすみなさい」と返した。









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