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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『地の記憶』編
197/246

14 来る別れ

都合上、今日(10/25)、明日、明後日と更新していきます。






 『春の宴』に近づくにつれ、再び城の空気が浮わついていく。

 武術大会は騎士団主体であるもので、話題は専ら誰が優勝するかどの騎士団が勝つかという話が多かったが、『春の宴』はまさに全体、全員が各々楽しむものだ。この時期はどうも恋人が増えるらしく、恋人同士で過ごす人は少なくなく、今度の話題は自然とそれらで満ちる。


 当日になると、朝から仕事どころではなくなってくるというものか。少なくとも騎士団の医務室は業務が終われば、祝い一色。今夜のことに思いを馳せた大勢がにこにこと笑顔で仕事をしているので、良い職場そのものである。

 アリアスは夕方からの竜の世話の夜番に向けて仮眠をとるために早めに医務室を後にし、宿舎で仮眠を取って起きるとちょうど夕刻に。

 早くも賑やかになってきている宿舎を一人出て向かうのは――城。


「師匠?」


 向かう部屋は他にない。師の部屋。

 ノックをしても返事がなかったが、念のため室内に入ると、灯りもつけられていなくて暗い。机につく姿無し。次に確かめた定位置であるソファーにも姿は無い。

 これは、珍しく大人しく会場へ行ったのか。『春の宴』への参加をせずに部屋に籠っているのではなかろうかと心配してきたアリアスは、早々に部屋を出ようとする。

 杞憂だった……。


「……違う。行っては、ない?」


 出る前に暗い中で偶然見つけたのは、ソファーにかけてある衣服。違和感を覚えて近づいてみると、本日の衣装らしき意匠を凝らした代物である。皺、大丈夫か。

 皺の心配から服を丁寧にかけなおし、それからアリアスは今一度部屋にぐるりと視線を巡らせる。いない。

 けれども塔の部屋を確かめに行くには早い。ここには確かめるべき部屋がまだある。

 アリアスは、隣に繋がる扉を見た。物音一つしない扉の方へ近づき、ドアノブを掴み、捻る。

 鍵がかかっている。つまり人があちらにいる。


「……いる」


 師があちら側にいる。

 確信したアリアスは、まず、呼び掛けてみる。反応無し。想定内だ。師をこのままにしておく道はない。

 こういうときにどうすればいいか、アリアスは知っている。これも初めてではない。当に弟子生活十年越えで経験済みのこと。


「師匠!」


 ひたすらうるさくするのである。呼びかけ、扉を叩き、起きるように促す。

 幸いこの部屋の周りには誰かが使っているような部屋はなく、人の通りも少ない。迷惑にはならないことを良いことに、アリアスは繰り返す。


「師匠、そろそろ起き――」


 幾度目になろうか。ガチャリと開かずの扉が内側から開いて、アリアスは声を途切らせた。

 中から現れたのは、言うまでもなくジオ。


「……煩いぞ」

「うるさくしてますから」


 寝起きの師は鍵と扉を開けたのに、どうも騒音を止めるために応じただけで、部屋の外には出ようとせずに部屋の中に戻って奥にあるベッドに寝転んだ。

 いつもはソファーで寝ているくせに、今日は隠れるみたいに隣の部屋のベッドで寝ていたようだ。

 普通なら具合が悪いのかと聞くところ。だがそれは普通なら、の話だ。師においてこの動作は眠いだけに過ぎない。

 アリアスも追って中に入り、ベッドの側まで行く。


「師匠、何寝てるんですか。『春の宴』出るんですよね。どうして完全に寝に入ってるんですか。この部屋に来て鍵までかけたということは、確信犯ですよ」

「……俺は出ない」

「それはたぶん師匠の独断ですよね」

「悪いか」

「悪いですよ」


 即答すると、寝転んで目を閉じていた師が目を開いた。かと思うと、閉じる。


「まだ時間はあるだろう」

「時間はあっても、師匠に出る気がないなら時間が過ぎてもずっと寝ているつもりでしょう」

「……」


 だから起こすだけ起こしておきたいのだ。


「……俺はそろそろこの地位を返上して、隠居でもするか」

「まだしてませんよね。起きてください」


 ここからさらに時間を経て、師を起こすことに成功したアリアスは一仕事終えたその足で竜の元へと向かった。

 そのあとジオが『春の宴』の場に出たかは、別の話。



 *






 夜も更けてくると城には続々と招待者が集まり、『春の宴』の会場からは談笑の声と光が溢れる。

 それとは反対にひっそりとした空気が流れるのは、普段通りの仕事をしている少数の人々の元――


「キュイキュイ」


 子どもの竜は何やら元気いっぱいだった。

 今日が人々が騒ぎ、祝う日だと知っているとでも思えそうな、いつにも増した元気の良さ。

 寝ていても良い時刻なのに……部屋の中を動き回っている。ちなみに先日おもちゃをあげたところ、木製のおもちゃは一分も経たずに強靭な顎で砕かれた。そういう遊び方をするおもちゃではなかったのだけれど、仕方ない。反対に柔らかいぬいぐるみをあげたとしても、悲惨な結果が見えるようだ。

 アリアスは魔法石を持つと、寝床の側に行ってしゃがみ、竜に向かって声をかける。


「ファーレル、こっちにおいで」


 翼をぱたぱたさせて落ち着きのない竜はぴたりと止まり、声の方、アリアスに注目する。

 橙の目が手招きするアリアスをじぃっと見つめること数秒、ドタドタと一直線に走ってくる。


「おーさすが母親だ」

「母親じゃないです」


 相変わらず突進してくる竜を下がって避けて、ぶつかれなくて「……キュ」と不服そうな竜の頭を撫でると、途端に機嫌が良くなる。


「キュウキュウ」

「ちょっと魔法石変えるからね」


 首に下がった魔法石を鎖ごと交換するので、座ってくれている竜の後ろから鎖を外して、新しい方を前から回してつける。ここで暴れない辺り、分かっているのだろうと思う。基本的には良い子なのだ。


「大きくなったね……」


 何となく呟くと、これは分かっているのかどうか定かではないが、褒められたと思ったのか竜は後ろにいるアリアスに頭をこすりつける。頬に当たる鱗が固い。


「じゃあそろそろ寝ようね」


 変え終え、座っている内にとついでに眠りに誘導してしまおうと撫でると、機嫌の良い竜は気持ち良さそうに目を閉じる。

 そうしているうちに、頭を下げて前肢に頭を乗せた。寝るときのような動作。


「今頃、ファーレルが生まれたって発表されている頃かもしれないな」

「そうですね」


 生まれてから、正式には公表されずに育てられてきた竜。とうとう『春の宴』で誕生が正式に発表される。

 『春の宴』には会場の灯りを全て消し、灯火をつけるという儀式のような場面がある。

 前半にあるそれは魔法の火の灯った蝋燭持った通称『灯火の娘』と、広間の上と周りに一斉に魔法の火を灯す魔法師によって行われるのだが、今年はエリーゼがその魔法師の役をした後、竜の発表に及ぶと聞いた。

 喜びに湧くだろうなと考えながらもずっと撫で続けていたら、いつの間にか竜は眠っていた。

 アリアスは起こさないようにとそうっと立ち上がって、出来るだけ物音を立てないように一歩ずつ後ろへ下がる。

 音がした。はじめは何かものが落ちたのだろうと思った。だが眠る竜の向こうに倒れている先輩を見つけて、足が止まる。


「……え?」


 静かであるのは、夜の時刻の常。

 しかし静かすぎた。話し声はあったはずが、一度物音がしたっきり、動く者がなくなった空間から音が消えた。

 妙な予感がして、恐る恐る周りを見ると他にいた先輩も倒れていた。何だ。眠気に負けて眠ったにしては、不自然。

 この短時間で明らかなの空間の変貌に、うっすら不気味だと感じてしまえば、まだ寒さが残るような春の夜の空気に肌が粟立つ。


「……違う違う、大丈夫大丈夫」


 落ち着かねばと、凍りついていた呼吸を行う。とりあえず、様子を確かめないことには。

 視界の端で出入口が開いて、ビクリと体が小さく跳ねた。弾かれたように顔を向ける。


「おや」


 光が現れたかのような錯覚に陥った。

 入ってきたのは、全身白の姿。強張っていたアリアスの表情が、緊張から解放される。


「……シーヴァー様」


 ほっと声にした名前、堂々と入ってきた竜が柔らかな笑顔を浮かべる。


「もしかしてこの状態は、シーヴァー様が……?」

「勿論、我がしたこと。驚かせてしまったようだ、すまぬな」

「いえ」


 大事ないと分かって安心した。

 それよりも、と。思いがけず会うことができた存在にアリアスは心よりの言葉を洩らす。


「シーヴァー様、もうお会いできないかと思っていました」


 いつの間にかどこにもいなくなり、見送り損ねたと思っていた。師に聞いても知らないと言われ、ゼロに聞くと帰ったのではないかと言われた。

 お礼は言ったけれど、これから会えるかどうかを考えるときちんと別れを言いたかったのに。アリアスは残念に思って、早一ヶ月。


「おお、この機会に人の元におる竜と会おうと思うてな、少々行っておったのよ」


 一ヶ月は、竜にしてみれば人で言うどのくらいの感覚なのだろうか。現れたシーヴァーは、思い立ってちょっとだけ行っていたというような口調だ。


「そして今日は人の王に誘われ、祝いの席に少し加わらせてもらっておった。――良い火を見た」


 どのような形かで『春の宴』の場にいたらしい竜は、染々と光景を振り返るような眼差しをする。

 火という語で、今行われている『春の宴』はあの儀式のような場面は終わった頃なのだと分かった。真っ暗な中に浮かび上がる火は竜にはどのように映ったのだろう。

 アリアスもきっかけがあってここ数年で知ったことだが、灯火の娘もしくは灯火の息子が捧げ持つ特別な蝋燭に灯された火は、竜の炎を表したものだそうだ。

 今に生きる人々でそれさえも知る人はどれだけいるか分からない。

 遠い昔、『悪しきもの』を追い払った竜の炎を型取る。文献に数行で記された行為は、長く時が経ち、昔々の詳細が伝わらなくなっても儀式としてだけでも残すためのものに違いない。


「我らも、時期は僅かにずれるが似たようなことをする。守り戦ってくれたことと今があることへの感謝は、全員が巡り来るまで続く。人もそうしたことを続けておることは、何やら感慨深い」


 今なら、数行でまとめられた行為の背景が分かる。戦いがあり、戦ってくれた竜の姿と事実を記憶から消してはならない。どんな形ででも、残すべきなのだと命短い人間なりに考えた結果の光景だ。

 シーヴァーは膝を折り、眠る竜の鱗に触れる。愛おしむ感情が伝わってくる。


「おまえと次に会うのは、我らの元に戻ってきたときやもしれぬな」


 今は人にファーレルと呼ばれる竜に、語りかけた。


「お帰りになるんですね」

「実に名残惜しいことではあるが、そうだ」


 心に寂しさが生まれる。

 姿が見えなくなって、帰ったのではないかと思われたときにも感じたが、こう改めてそのときが来ると思うと寂しい。誰かとの別れは、いつだって寂しさが付き物だ。

 学園でせっかく出会った人の内、一部は卒業と共に別れることになった。彼らとは一年半の付き合いがあった。

 この竜と話すなどしたのは、数日。それなのに、とても別れ難い。


「これこれ、そのような顔をするでない。これから全く会わぬ可能性ばかりではないのだ。会えぬ距離でもなく、ふと我が来るときもあるやもしれぬぞ。何しろ、我が子を見守っておかねばならぬからな」

「見守っていて、くださるんですか」

「言うたであろう。いつまでも、見守っておるよ」


 健やかに過ごすが良い、とシーヴァーは同じ手つきでアリアスを撫でた。


「時には魂を揺さぶる事も起きよう。だがそのときにも何時いつにおいても心を強く持ち生きよ」

「はい」


 かの竜の瞳は、人の元にいる竜がしない目をする。優しい灯火のような光を宿す橙の瞳。全てが我が子だと言った通り、アリアスを親の眼差しで見るこの瞳をこの先忘れないだろう。


「ゼロ様には、お会いに?」

いや、あの子は明日にでも会い、それから帰ろうと思っておる」


 彼は『春の宴』の会場にいるはずで、こんな風にするわけにはいかないからだろう。

 明日か。必ず見送りはしたい。

 そういえばシーヴァー一人であることで、他の竜はすでに帰ってしまったのだろうか。


「セウランは帰ってしまいましたか?」

「セウランはついて来ると言ったのでな、共に来ているとも」


 いや来ている、とシーヴァーはなぜか後ろを見た。誰もいないのに、そこにセウランがいるから呼ぼうとしたみたいに。


「これセウラン……」


 案の定と言うべきか、シーヴァーの声は最後まで続けられなかった。

 振り向いた視線が部屋の中に順に向き、顔ごとアリアスに戻って、向き直る。


「はぐれてしまったようだ」


 何ということか、と聞こえそうでありながら深刻さが頭さえ覗かないのんびりした調子。

 それはどの段階での話か、誰かに見つかってくれておいた方がいいのか、見つかっていないことを願う方がいいのか。

 一刻も早く、迷子の少年を探さなければならない。









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