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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『地の記憶』編
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12 心配と安心と





「ゼロさま、こちらなのです!」


 少年の姿の竜の声がして――現れたのはゼロだった。

 ちょうど建物から出ようとしていて歩みを止めたアリアスをその目で捉え、足を止めずに近づいてきたゼロは、腕を伸ばしてアリアスをその腕の中に閉じ込めた。

 アリアスが気がつくと、ゼロとの間の距離は無くなり、苦しいくらいに抱き締められている。


「……ゼ、ロ様、ちょっと、苦しいです」

「ああ、悪い」


 とは言えど、腕の力は弱まらない。

 息がし辛くて思わず声を上げたアリアスは、ゼロがそれきり何も言わずに抱き締めるから、辛うじて見上げても顔が見えない彼に身を寄せた。



「……アリアス」


 ようやく声を出したのは、幾ばく経った頃か。アリアスは閉じていた目を開いて「はい」と返事をする。


「無茶ばっかりすんなよ」

「……先に無茶をしたのは、ゼロ様ですよ」


 でもごめんなさい、と謝った。


「大丈夫だって、全然大丈夫じゃなかっただろ」

「そう、でしょうか」

「五日だぜ? 目は覚めるって信じてたにしても、さすがに気が滅入る。竜の『すぐ』なんて時間感覚ずれてるから分かんねえしな」


 そうだ、大丈夫だと言い残してゼロの元を離れたのだった。

 あのときは『代償』の本当の意味を知らずにだったけれど、大丈夫だという根拠もない自信があった。そう言うと、こうしていられる今、彼は何と言うだろう。


「ゼロ様」

「何だ?」

「私はとてもわがままになってしまったんです」

「どこが」

「必ず何かを失わなければならないと分かったときに、私は一つも失いたくありませんでした」


 何一つ。師の言う通り傲慢で、我が儘だと言えることなのだろう。


「……そりゃあ、確かに我が儘だ」


 頭上から、静かな同意が落ちる。


「いつもは我が儘言わねえくせに、やっと出てきた我が儘があれだと笑えねえ」


 言葉とは反対に、感じた息遣いが微かに笑い、空気を震わせる。身体を抱き締める腕がもっとアリアスを引き寄せて、ゼロは髪に顔を埋めた。


「アリアスは、単に守られといてくれねえよな」

「……?」

「危険な場所にも行くし逃げねえし、来ちまうし、結構臆さねえし。正直、そんなに危険な目に合ってほしくねえな」


 頭の上で苦笑めいた声が「あー……言いたいことはもっとあったはずなんだけどな」と、言う。


「何にしても、もうちょっと自分の身を大事にしてくれとか……いやもうそれに尽きるか」

「それは、あの、すみません」

「心臓に悪いぜ」


 けど、と彼は続ける。


「俺にはサイラス=アイゼンを穏便に収める方法はなかった。俺にもルーにも、ジオ様にもな。あの場でも、どこでもあいつを本当に救おうとしたのはアリアスだけだ。アリアスだけが、諦めてなかったってことだ。――それにアリアスが代償を払っちまうこと自体には妬けるが……こんなこと言えるのも、アリアスがここにいるからだ」


 季節柄、まだ冷ための空気が二人の間に流れ込む。ゼロがそっと腕の力を弱めて、身体を離した。ようやく顔が見えたゼロは、アリアスの頬に手を添えて顔を上げさせる。


「――やっと安心できた」


 目を合わせて、丁寧に頬をなぞり、吐息と共に呟いたゼロは緊張が解けたように笑む。

 彼にもまた心配をかけてしまった、とアリアスは頬にあるゼロの手に自らの手を重ねた。


「ゼロ様、心配をかけてしまってすみません」


 もう一度、きちんと謝った。行ったことを後悔していないことと、心配をかけてしまったことは別だ。するとゼロは手の動きを止め、ゆっくり瞬きをして「ああ」と謝罪を受けた。


「もう暫く抱き締めさせてくれるなら、許す」


 言うと、ゼロはアリアスを引き寄せて、その腕でしっかりと抱き締めた。


「……あの、ゼロ様は大丈夫ですか?」


 腕の中で身を委ねかけていたアリアスははっとして顔を上げた。

 朧気な中に、収まった記憶はある。今も抱き締められて安心ばかりが生まれていたが、念のために確認の意味で尋ねると、ゼロは苦い笑いのようなそれを口元に滲ませた。


「そういうとこだよな」

「え」

「すぐに自分のことはどっかに退けるところだ。俺が大丈夫じゃねえように見えるか? 言ったそばから、頼むぜ」


 口を塞ぐように、軽いキスが降りてきた。






 いつの間にか、近くにいたはずの竜達は見える場所にはいなかった。外に出てみると、限りなく赤に近い夕暮れの世界になりつつある場に長い影が伸びていた。「もう少しゆっくりしていても良かったのだぞ」と言われて揃って微笑まれるものだから、アリアスは少し頬を赤くした。

 一方、アリアスの腰に手を回すゼロは平然と応じる。


「その内時間があるときに心置きなくゆっくりする。それより、アリアスは目が覚めたばっかなんだろ? 竜見に来たってのは分かるが、万全じゃねえのに外に出て今度は風邪でも引いたらどうすんだよ」

「引きませんよ……?」

「その辺り限定であんまり信用しねえからな」

「えっ、どうしてですか」

「説得力ねえから」


 信用しない発言をされて、今までにないことにアリアスは驚く。さらに即答されてしまうではないか。


「いや、別にアリアスのこと信用しねえとかじゃなくて、そこら辺鵜呑みにしても体調面はアリアスの意識だけでどうにかなるもんでもねえだろ。――あのな、アリアス」

「はい」

「俺だって学ぶ」


 真面目な顔で、説得力無しの理由が明かされる。


「熱出して倒れたこと、忘れてねえからな」


 アリアスの推測が正しければ、秋と冬の合間の頃の流行り病のときのことである。国の南部から王都に戻り、ゼロに会う前に熱を出してそのまま医務室送りになった。


「あれは、疲労によるも――」

「今も万全じゃねえことは確かだ」


 アリアスの言葉は封じ込められてしまって、何も言えなくなっていると、涼やかな笑い声が聞こえた。


「良い光景だ」


 見ると、シーヴァーが瞳を柔らかく細めて隣に並ぶアリアスとゼロを見守っていた。


「実に、良きことよ」


 何気なくアリアスがゼロを見上げると、ゼロが聡く気がつく。そして、口元が深く弧を描く。


「塔に戻るか」




 ――二日後、アリアスは問題無しとされ実に一週間振りの仕事復帰をし、騎士団の医務室でも竜の育成の方でも心配されていたので前にもあったような状況であったことは言うまでもない。

 それぞれの真実は知る者のみが知り、裏で起きていた本当のことは知らされぬ表の日常に、アリアスは何事もなかったかのように戻った。









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