3 偶然やら必然やら
アリアスの魂が竜のものであると知っていたらしい。
昨日『荒れ果てた地』から戻り、塔に運び込まれたアリアスのことをルーウェンが見たのは武術大会の場が解決した後。その場でようやく事の顛末を知り、彼自身の師に目を覚ますのかと問いかけた。竜が来てからでなければ何とも言えないとの答えに、ぐっと堪えるような表情をし、今日のことでまだ終わらない仕事に戻った。ゼロも同じく。
数時間後、静かになった夜の時分。朝から昼間にかけてかかっていた雲はどこかへ行き、夜空には星が見えていた。
ようやくこんな会話を交わした。
「……だから、俺の目を見たときにそんなに驚かなかったのか?」
前置きも何もなかった始まりでも、ルーウェンは何のことかをすぐに理解を示してみせた。
「驚いていただろう? でもそうだな、左目を見て、もしかしてと思うのに時間はかからなかった」
驚いてはいたが、言われてみると仰天という反応には至っていなかった。思えば、飲み込むのが早すぎた。今となって、分かること。
「単なる偶然なのか、何なのかと思ったよ。少しでも何かが違えば、アリアスとお前は出会わなくてもおかしくなかった。会わなければ別の場所に生まれ、生きる、単に同じ時代に巡ってきた偶然だ。それなのにいつの間にか、同じ場所どころかすぐ側の距離になっているんだからな」
同じようなことを、この友人の師も言っていた。
そして今日、竜が来た。竜の長に会い、封じが解けていたゼロはこれから手が離せなくなるから先に封じをと言われて断った。どうせ脅威と判断する存在はいない。先に力を尽くすべきは自分の方ではない。
ベッドの上を見ると、アリアスは変わらず目を閉じている。
「心配せずとも良い。今から魂を落ち着けていく」
「……そうか」
――ジオ=グランデの竜との繋がりは、アリアスによるものだった。ゼロが疑問に思ってきた、ジオと竜との関係性はアリアスがいてこそあった。
アリアスの魂は竜のもので、どうやら聞く限りでは不規則な巡り方をしてしまったがために、不安定極まりないものらしい。
それは竜の長が来た今心配はいらないはずだ。
「ルー……銀色の髪した奴来たか?」
「おお来たとも。彼はこの子の家族のようだね」
嬉しいことだ、とアリアスの額と胸の辺りに手を当てている長は囁くように言った。
家族だと、どのようにして分かったのだろうか。ルーウェンの心配のしようで、兄妹弟子との先入観がないことで単に判断したのか。それとも例えか。
どちらにしろ、ルーウェンはここに来てこの竜に会った後。多少は安心しただろうか。
「以前にこの地で会ったときにおまえたちが隣り合いいたことも、とても嬉しいことであった。――おまえは、この子のことは知らなかっただろう」
「ああ。全然、分からなかった」
素直に認めると、壁際に立っている女性の竜が同意する。
「当然のことです。わたくしや他の者も、力が表れこんなにも身に満ちている状態でなければ分からなかったでしょう」
竜の記憶も、魂が巡る毎に新しく始まる。
しかし名前だけは魂に刻まれ、生まれたときから名前が決まっているという。
そして大抵力あった者は力そのままに生まれるというから、ますます不思議だ。まるで同じ者が生まれ変わっているだけのように思えるが、記憶は無ければ、性格や場合によっては性別も違う。周りも名前は認識していても異なる者という見方で、ただ互いに慣れ親しんだ力を感じて懐かしさを覚えるらしい。
ゼロは竜の谷に行ったときにこの世にこんな場所があるのかと、見たこともないはずの景色が広がったのに、どこか息をつきたくなるような懐かしさを覚えた。あれと似たようなものなのか。
魂は竜として力も持っているとはいえ、ゼロには理解出来なさそうな形だ。
「それにも関わらず、お二方がこのように近くにいるとは、ただならぬ運命を感じますわ」
運命。似た内容をここ数日で立て続けに言われる。偶然ではなかったのではないかと。
「運命、なあ」
初めて、ゼロはその言葉を自分で声に出した。意味を図るような口調。
運命。単なる予測出来ない未来の結果を踏まえた所謂結果論での意味か、生き物全ての意志を越えた力によって与えられた必然の巡り合わせのことか。
それが巡り会うべくして会ったということであるのなら。
「『運命』だったら、もっと早く会ってただろ」
何年も両方とも城にいたのに、すれ違っていたかもしれないのに決定的な瞬間は数年前のこと。
会うべくして会わせられるというのなら、もっと早くに会っているだろうと思う。
「そんなもんで片付けんな」
互いの魂が巡ってきたタイミングに繋がりと意味があっても、出会いその先を決めたのは互いだ。
そんなものも何もかも、関係ない。
「アリアスの封じは、どうなってたんだ。耳飾りに魔法石がついてたが……」
話を変えた。
竜の力を抑えるためのものだと思われる魔法石。しかし、単に魔法石のみを身につけているというよりは、魔法具だったと壊れていた耳飾りを思い出して考える。
だが竜は魔法石を保持していても、魔法具を使わない。使う必要がない。
「あれは封じと言うよりは、魔法力を移動させていたのだ。あの魔族の……『魔法具』と言うもので対を作り、片方をこの子に身につけさせ、片方は谷の『泉』へ。そうすることによりどれほど離れていても人の身には大きすぎる魔法力を最低限に保つため、絶えず移すことが可能であった。おまえと違い外に出る色彩は持って生まれてはいなかったため直接封じても良かったのだが……おまえのように体に紋様が浮かび上がってしまうゆえ、本人には知らせぬ上でとなると、中々難しいことであったこと。それから懸念が残る他の問題もあったことで、魔族の方法に乗ったのだ」
「ジオ様の……」
「あの魔族はこの子に決して害となることはせぬ。それが分かっていたからこそのこと。しかし竜の魔法力を制限した状態にすれば、人間の方の魔法力に恵まれていなければ、魔法を使うことはそれほど叶わないものだが、幸いにもおまえと同じように人の魔法力も持っていたようだ。不思議なことよの、力は魂に宿りその魂は竜のもののはずが……これは我にも分からぬ。竜の魔法力と人間の魔法力は元を詰めれば同じもの、ということだろうか」
ジオ=グランデと竜の間にはまだ知らない関係があるようだ。けれどゼロは今はそれ以上深く問おうとはしなかった。
「色々聞きてえことがあるんだが……全部終わってから聞いてもいいか」
「今でも構わぬよ」
「俺が構う」
こちらに手を裂かせては、その分時間がかかるかもしれない。まずはアリアスが目覚めてくれること。
この竜が心配しなくてもいいと言うのなら大丈夫だと理解出来ても、安心出来るかどうかは別だった。
「なれば今からしばらく我は黙り、集中することにしようぞ」
「……頼む」
自分の身を省みずに無茶をした彼女に言いたいことが山ほどあり、――抱き締めたくて、仕方なかった。
どうか、一刻も早く目が覚めてくれるように。
ゼロが見つめた先、まだ彼女は目覚めない。




