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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
183/246

25 運命とは





 大地を染め上げた目映い光と共に他とを隔てていた魔法の壁も何もかも、魔法の光が消え失せた。

 最後に光が吸い込まれるようにして消えた場所には、倒れる者が二名。サイラスとアリアス。

 数分まで地を破壊しかねない戦いがあったとは思えない澄んだ風が吹き、静寂が訪れていた。

 戦っていた者からすれば理解するには説明が不可欠で、ゼロは憑き物が取れたようにはっきりとした意識と裏腹に、頭の中は珍しく収められない混乱の渦中にある。

 魔族と化した男はぴくりとも動かず、脅威も感じない。衝動も起きない。

 そして、同じように近くに倒れたアリアスもまた動かない。怪我は見えない。血も見えない。


 何があった。焼けつく衝動に身を突き動かされていたときの記憶は曖昧なゼロは、忽然と、アリアスが現れて大丈夫だと笑って離れていったことははっきりと覚えている。

 何が大丈夫なのか。その先には――。

 届かなかった手と、見えなくなった姿を最後に、次に見えたのがこれだから堪ったものではない。倒れている彼女が動かないことに、以前血塗れで倒れていた嫌な記憶が被さってきた。


 最初に動いたのはアリアスの姿に呆然としたゼロではなく、いつからいたのか黒髪の男。瞳の色が――おそらく赤から――紫に落ち着いたところだった。

 アリアスの元に膝を折り、彼女の乱れた髪を避け、何かを確認した男の横顔は今までに見たことがないほどに眉をきつく寄せた。


「余計な入れ知恵をしてくれたな」


 そう聞こえた。

 この状況を理解していると聞こえたが、ゼロは言葉の意味を汲み取れず問おうとジオに歩み寄る。ジオがゼロの方に――否、ゼロの横に現れた存在に鋭く目をやる。

 ゼロも横に誰かが現れたことを感じ、見ると、この地にいつ来たのか全く知らなかった存在がもう一つ。


「セウラン、お前何でここにいる」


 少年の姿をした竜は、ゼロの問いに「それは人の元にいる竜に連れてきてもらったのですが……」としきりに何かを気にしながらしどろもどろだ。


「お前か」


 普段聞いている無感情な声ではなかった。しかしゼロには僅かに滲んだ感情がどんなものかと読み取れるほどジオを知らない。また、表情を見ても分からない。

 ジオは現れたセウランを見て、確かにセウランに向かって話していた。


()()がどれほど危険なことか、分からなかったはずではないだろう」

「も、もちろん分かっていたです。ぼくはその関係で来ましたです。ですが、……この方が()()望まれましたです」

「望――これだから竜は」


 だから何を話しているのか。「これ」も「そう」も示すものがゼロには分からないので、状況も相まって苛立ちが生まれる。


「完全に、解放されたな」


 一体何の話をしている。それにこの状況は何だと問い詰めようとしていたゼロは、半ば諦めたように話を切ったジオが再び視線を落とした方を追って、問うことを忘れた。

 意識なく横たわるアリアスが身につけている耳飾り。この状況で気にするものではないように思える。


 それがこんな風になっていなければ。


 ジオが指先で触れたのは砕け散った耳飾りの飾り部分――と見えた露になった真珠のような石の欠片。その石から徐々に色が薄れ、抜けてゆく。


「それは」


 ゼロはそのとき初めて、彼女が身につけていたそれがただの石ではないことを知る。

 まさかつけているとは思わないから気がつかなかったのか。いや、気がつかないようにされていたと、記憶の限りで元は石を覆っていた砕けた銀色の紋様を描いていた金属に察する。中に隠されていた。

 まさかという思いは今、まさにある。

 小さな、小指の先ほどの大きさしかない石は覆いが外れてしまえば何物か一目で分かる。人間の有する土地にはない、稀少な魔法石。それもさっきまで白に染まっていたことを思うと、魔法力が――。


「何のために、つけて」


 アリアスの師であるジオがなぜか持っていたところを見たことがあったので、そのせいかと考えが及ぶ。

 しかし、なぜ。


「ここまで来て分からんか」


 ジオが、ゼロを見ていた。


「まあ身の上を思えば無理もないか……」


 ジオはゼロの姿を見極めるように目を細める。


「なるほどな。お前の竜としての魂、先ほどの様子を見るに嘗て魔族に対抗するために攻撃に特化した竜、その筆頭か。……道理でこれの魂が巡ってくるわけだ」


 勝手に納得するだけ納得したジオは言葉の最後で目を覚ます気配のないアリアスを見下ろした。

 ゼロが日常見かけてもせいぜい会議の場でのみ。アリアスと共にいるところを中々見かけたことのない男は、乱れた茶の髪を顔から一筋残らず除けていく。その手つきに、普段どのように接しているのかが垣間見えるようだ。


「お前は、どこまで知っている」


 ゼロが、とっさにアリアスから視線をずらしても紫の目がこちらに向けられていることはなかった。ゼロの反応を見ようとも気にしてもいないジオは、動作もそのまま。


「この状況の意味が分からんだろうな」

「……そうですね。出来れば教えてもらいたいところなんですが」

「何が聞きたい。根本から話すには、伝聞も含まれるぞ。何しろ、俺は『あちら』へ行ったあとの『こちら』のことを直接知らん」

「そんな昔のことはいいので、今、何が起こったのか。どうしてアリアスは倒れ、サイラス=アイゼンも倒れ、あんたがセウランと何を話し…………何よりアリアスの状態は、無事なのか」


 つい先ほどまで互いを消そうと戦っていたとは、自分でも信じられないほどに急な幕切れだった。それも、想像もしていなかった決着。

 自分がやられるか、相手をやるか。もう、おそらくどちらかだった。歯止めを効かせる理性はとうに飛ばされていた。何らかの決着が着くまで止まれないはずでもあった。


 だが、急だ。この場には争いの爪痕が残ろうと、戦いの熱は失せ、鎮められた静かな空気が流れる。

 さらにゼロは負っていた怪我の痕跡は、服にのみになり、肉体そのものからはなくなっていることにも気がついていた。


 意識がなさそうだが息がありそうなサイラス=アイゼンは、どうやって鎮めた。タイミングとしては、いつからいたのか分からないジオの手によるものと考えられなくもないが、それより直前の記憶のアリアスの姿が色濃く残っている。彼女が起こした事象にしても、どうやって。

 アリアスに息はある。生きていることは間違いないが、自分の前から魔法と思われた隔たりの向こう――サイラスがいる方へ行った彼女に何があったというのか。倒れているのは、何らかの攻撃を受けたからではないのか。

 傷がなくなった手に爪が食い込む。自分がここにおり、何をしていたというのか。


「無事とは何を持って無事と定めるか、個人によって異なる」


 恋人の――ゼロが一応は信用はしている――師はこんなときにややこしいことを言ってきた。

 アリアスの身に何があったのか分かっているのであれば、それを言えばいいのではないか。


「命はある。怪我はない。そういう意味では無事であり、アリアスが無事かという問いにはこれ以上は何とも言えん」

「他に何の問題があるんですか」

「魔族となった者を『こちら』に留めようとして在り方を変えるために大きな力を使い、魂が不安定になっている。これがお前の、今ここで何が起こったのかとの問いへの答えだ」


 そろそろ落ち着いて思い出してみろ、と落ち着きすぎているように思える声が言う。


「全てを鎮めたのは俺ではない。俺があの餓鬼を連れて行く前に、アリアスがした。お前を止め、『こちら』で魔族が生きられるようにした。当然、それほどの力は純粋な人は持てない」


 ああ、そうだ。自分とサイラス=アイゼンとの間を隔てた魔法は、人ではまず不可能だ。

 あれはセウランがしたのではないのか。だが、彼女はそれが彼女自身の魔法であるようにその向こうへ通っていった。

 落ち着いてきていたと自覚していた頭が少々混乱の淵へかかる。


「ヴィーグレオさま、いえ、ぜ、ゼロさま」

「……何だよ」


 子どもの声に聞き返したのは半ば無意識。意識は思考へ。

 そしてやはり、耳飾りが引っ掛かる。

 竜の長が緊急時用に魔法力をそこへ移動出来るようと同じものをくれたとき、「こんなものがそんなに魔法力を込められるのか」と怪訝にしていた自分に言った。「これはもうこの谷だけにしかない、貴重な魔法石なのだよ」と。

 それが『あちら』にはないものだと示す言であると思ったから、以前に竜がジオと話していた光景と結びつけて竜から渡ったものだと思った。改めて考えてみると妙だ。

 希少な魔法石を根は魔族である男に渡す理由は。何の繋がりがある。


 ジオの言葉と繋がりかけた。


「お前と同じだ」


 隣で竜が「あっ」と言った。変わらず、ジオはゼロを見ていなかった。


「アリアスの魂は竜の魂だ。人に紛れ、人を器として生まれた」


 顔にかかっている髪を払い終えた男は声も喋る速さも変わらない。じっと彼女を見下ろす眼差しも変わらなかった。


「但しお前の魂とは少し事情が違う。――本来、竜だけでなく人とは異なる時の長さを過ごす俺達の魂とは、百年二百年はざらに長い時を経て巡るとされる。普通に巡り迷い込んだのであれば良かっただろう。だがこれの魂は違う、たった数十年で巡ってきてしまった」


 ゼロが何も言わないことで、話は続く。


「未熟な魂は不安定だ。竜の性を表に出してはならないようだったための、この魔法石だ。これ自身は知りもせず、自覚もない。そのまま生きさせるはずだった」


 ジオはアリアスの頭を撫でたことを最後に、手を引いた。


「……こうなっては俺が下手に触るわけにはいかんな。おいそこの竜、お前達の長を呼べ」


 立ち上がり、ジオが言うとセウランはよく分からない声で返事した。気がかりそうな目をアリアスに向ける。


「早くしろ。ここに呼ぶな、城に呼べ」

「は、はいっ」

「ゼロ、お前がアリアスを運べ。俺はあの命拾いした餓鬼を連れて行く」


 名指しされ、ゼロは我に返る。

 アリアスを見続けていた視線をあげると、ジオは――サイラス=アイゼンを拾い上げていた。担ぎ上げたところで、ようやく目が合う。


「俺はお前とアリアスが並び立っている光景を見た時、――『運命』とは馬鹿に出来ない言葉だとだけ思っていた。その本当の意味と理由が今日ようやく分かった」


 荒れた地にいるのは、完全には人ならざる者たちのみ。















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