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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
182/246

24 掬う




 気がつけば見ていた場所に立っていた。


 空間移動の魔法は高等魔法。アリアスは習ったことがなければ使ったこともないけれど、今ばかりは疑問を抱かなかった。

 ふと気づいた瞬間には宙におり、地に足がついたのに、現実感が薄い。空気は冷たい。肌に触れるものも肺に満ちるものも。景色は荒れて酷い、その場所に違いはないのに――例えるなら、現実に極限まで近づいた夢の中にいるみたい。決定的に、何か欠けている。

 だがそれらの感覚のことは些細な事。


 目の前に見えた人越しに、白い壁が見えた。空に突き刺さるがごとくそびえ立った壁は、双方の魔法を隔てる壁。向こうに、サイラスがいる。

 まずは、と少し距離がある人の元へ歩いていくと、荒々しい風が力を孕んで吹きつける。歩いて、空気の波が未だあったことに気がついた。遠くから見ているだけでもよろめきそうだった身体は、不思議と吹き飛ばない自信がある。

 気がついた拍子に少しだけよろめいて最短の道を逸れつつ、すぐそこにまできた人は、壁の向こうに隠れた存在を消し去ることだけを使命とした荒んだ目をしていた。


 飲み込まれている、ということに納得する。

 彼の魂は昔々魔族は殲滅するべきものであると魔族と戦うためだけに無理矢理刻み込んだ、竜の魂。おそらく、元々は魔族と正反対に戦いを好まない彼らが自衛のために覚悟をもって身につけるしかなかった、本当に好んで望んだものではない力。根本には適合しないものだ。

 そして根が争いを好まず傷つけることを好まないからこそ、邪魔になる理性を飛ばし、目の前から魔族がいなくなるまで働き続ける。


 でも今は止まって欲しい。

 拳を作っている手にそっと触れる。


「ゼロ様」


 無理矢理が生んだ荒さを宥めるように、アリアスは魔法を使う。癒すのだとセウランが言ったように、まるで傷を治すように魔法力を注ぎ込む。


「ゼロ様」


 戻ってくると言った彼だから、心配はしていなかった。

 力の入っていた手から少しずつ余計な力が抜け、もう一度アリアスが呼ぶと前しか向いていなかった顔が、下に向く。


「…………アリアス……?」


 そこで完全に、ゼロが荒い動きを止めた。

 名前に反応してくれたことに安堵したアリアスは口元を綻ばせる。

 ゼロはよく状況が飲み込めていない様子であるものの、アリアスがどこにいるかは理解したのだろう。


「ここで、何してんだ」

「ごめんなさい、ゼロ様。諦められなくて、出来ることがあるならしておきたかったんです」


 誰も失いたくなかったのだと言えば彼はどんな反応をするだろうか。ゼロも、師も、サイラスも。このままではどの道でも誰かが欠けることを認められなかったのだ。

 だから――次はサイラスだ。

 ゼロから手を離して、壁に向かう。


「アリアス待て――」

「大丈夫です。大丈夫」


 何だか立場が反対になった心地。

 ゼロはいつも前にいて、アリアスでは敵わない何もかもに臆せず立ち向かうから、咄嗟に止めようとして伸ばした手が届かなくなるのは、アリアスの方だった。

 状況が読めていないはずなのに即座に伸ばされた手が届く前に、アリアスは壁に飛び込んだ。


 壁にはぶつかることはなく、瞬間的に移動したようにすぐに向こう側に通り抜ける。二人の間を隔てて止めてくれていたのは、無意識にセウランかと思っていた。でも、この壁を作っていたのは自分だったのかと通ってみて分かり、自分でも自分の状態がよく分からない。

 そのような状態でも一つだけ分かることがある。今だけは何もかも、この場にあるものは掬い上げられる、ということ。今ならかつて目にした消えかけ、水のように指の間をすり抜けていくはずの命すらも掬いあげられるだろう。それだけ分かれば他は気にしなかった。

 力はアリアスの手にあった。

 平静であればどこからやって来るのかと思う力が溢れ、油断すれば手にもて余してしまう。


 地を実際に歩いている実感が湧かない足取りで向かった先には、光に閉じ込められたサイラスがいた。

 正面から見る彼は、赤い瞳が鮮やかで似合っていた。似合ってしまっていた。


 ――サイラスは望んでいるだろうか


 周りをゆっくり見渡していたサイラスは、現れたアリアスに赤い目を定め、嗤う。その様子は魔族。かつて見た魔族の姿が脳裏に甦る。


 違う。サイラスは一緒じゃない。抗いたくて、苦しんでいる。それはサイラスの腕にある傷が示し、残している。


 近づく獲物に、彼は嗤い、手を伸ばせば届く距離に来たときに光の檻を壊した。檻を壊した手は鋭くアリアスに伸び、アリアスは避けることはせずにその手を反対に捕まえた。

 ほどかれないように、力を入れる。

 魔法力を伝わせると、血を流す腕の傷がみるみるうちに治っていく。


「サイラス様」


 大丈夫。アリアスは、サイラスを知っている。

 快活に笑い、乱暴にアリアスの頭を撫で、気ままに庭で昼寝する。六年前より以前の姿であっても関係ない。

 サイラスの本質はアリアスが覚えているその姿。今の姿は魔族の本質に圧倒されているだけの、魔族の本当であってもサイラスの本当ではない。

 奥に隠されてしまったサイラスの本質は消えていないし、それを柱にすれば、サイラスにその気があるのなら出来るはずだ。


「もう一度だけ、戻ってきてください」


 そうすれば必ず。サイラスが望めば、必ず出来る。


 強い願いは魔法力で、魔法という形になる。

 後から魔法を身につけ竜に魔法を教わった人間が、竜は持たない魔法を得たときはおそらく魔族と戦ったときだ。竜だけに任せてばかりではいけないと、魔族から守るために力を望んだのではないだろうか。

 願いを、形に。人間が、自分たちも守りたいものが守れるように魔族に対抗できる魔法を手にいれたように。


 サイラスは『こちら』で生きられるようになり、この場も収まる。全てを諦めないこと。今まで諦めざるを得なかったこともあるそれを、アリアスは手放さない覚悟を決め、強く願う。


 指の隙間から、漆黒を弾き飛ばす目映いほどの白い光が溢れ出て、願いを形にしようとしていた。


 











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