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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『春の宴』編
18/246

18 代理人を立てた者たち


「師匠、まだいらっしゃいましたか。良かったです」


 塔のジオの部屋に訪れたのは、夜中にも関わらずまだ軍服をきっちり着込んだルーウェンだった。ノック音に生返事をしたジオは入ってきたのが彼だと分かって、机の椅子にだらりと腰かけたまま顔を後ろに向ける。その服装は部屋内定番の白シャツとズボンというもので、上着が椅子の背もたれに雑にかけてある。きっと酷いしわが出来るだろう。

 部屋には灯りは一つだけ。ぽつりと小さな火のみ。ジオの前の机をぼんやりと照らしているだけだった。


「お、ルー」

「師匠、今夜の魔法具の探索なんですが……」


 そこで灯りが一気に増える。ジオが部屋を十分に照らせるように配置された、他のろうそくにも魔法で同時に火を灯したのだ。ぱっと部屋の中が明るくなる。ルーウェンは本が数冊だけちらほらと散らばっているそんな室内を慣れたように歩き、師の元へと行く。

 そんな彼がこの部屋を訪れた理由はといえば、なぜかジオに魔法具探しに徴集されたのだが、とある事情で行けなくなってしまうことを少し時間が出来たので言いにきたからだ。代理に一応ゼロを立てたが、彼が部屋に来てみると師はまだそこにいた。動こうとしている気配もないことを感じ取って、ルーウェンは頭の端の方では疑問に思いながらも用件を話し始める。


「代わりにゼロに頼んだのですが、いいですか?」

「ゼロにか。あいつは今拷問担当しているんじゃないのか」


 今回の件で城の内部の警戒に当たっている白の騎士団が不審者を捕らえた。出奔し何を企んでいるのか分からない、指名手配されている元白の騎士団団長の協力者と思われるその男。現在、男は城の外からしか入ることが出来ない地下の牢に入れられている。

 しかし、事情聴取に口をすぐには開こうとしない男。だが、それを悠長に待っている暇はない。人の出入りが激しくなるパーティー、『春の宴』が近づく中、一刻も早く不安要素は取り除かなければならないからだ。そこで拷問を請け負ったのはゼロだった。捕らえられた男が元々白の騎士団所属であったのにも関わらず、異論は出なかった。

 団長であるという立場の他に影響している点がある。二年前の騒動において、まだ団長ではなかったゼロは当時団長が裏切ったこともあって疑い溢れる騎士団所属だったのに、出奔した裏切り者たちを狩りに狩って潔白を表し済みの人物でもあったことが大きく影響しているのだ。容赦することはないだろう、と。


「それがですね、あいつが少しやりすぎてしまって……」


 師の傍らに立ったルーウェンの歯切れが少しだけ悪い。





『ゼロ、せっかく捕まえた協力者だ。無駄にするなよ』と彼が言ったのは昨日。上手く運べば事態が一気に進んでくれるだろう。それから、よくも妹弟子を巻き込んでくれたという感情は仕事である以上、言葉の裏に込めての言葉だった。

そしてそれに、『ああ、任せとけよ。絶対ぜってえ吐かせてやるよ』とゼロが応じたのももちろん昨日。ごきり、と同じく彼は手の指を鳴らし、事を報告した会議のあとすぐに牢の方向へと向かっていた。

 ルーウェンは妙に行動が早いなとは思っていたが、『春の宴』が近いのに、事がまだ解決していない気がかりを彼もまた感じているのだろうと考えていた。

 ところが、だ。

 忘れていたのだ、ルーウェンは。というよりは、自らの中の、アリアスを巻き込まれたことへの憤りが、表面には出さないが頭の中の大部分にそのときあったがために追いやっていた。


 話は多少ずれるが、拷問専用の魔法ではないかと見ることが出来る魔法がある。

 魔法を他人に使う際には、力を外に出して相手に放つやり方と、直接触れる・触れるほどにまで近づくやり方がある。治療のための魔法は特に後者のやり方で行われる。

 今回の拷問にあたって使われた魔法もその方法でのもので、皮膚の下を刺しているような痛みを与える効果のあるものだ。直接触れることによって対象に向かって断続的に魔法を放っていくよりも間隔が短く……というより、一瞬も間を空けることなく苦痛を与えることが出来る。継続的に。それこそ口を割りたくなるまで……。そのためにやっている。相手を拘束している上なので拷問としては普通に使われる。


 話を戻す。ところが、だ。

 ルーウェンが今日の夕方頃様子を見に行ったとき、牢ではなくただ石の壁に囲まれた閉塞的な小さな空間には派手に血が散っていた。鉄で作られた椅子に拘束されている、捕らえられたばかりの男は全身血まみれだった。首ががくりと前に倒れており、ぴくりとも動かない。どうしたことか。

 男のそばでは治療専門の魔法師が治療にあたっているようだった。その、背後。ゼロが壁に背を預けて立っていた。心なしかやっちまったという顔をしている気がする。『ゼロ、どうなってる。まさか殺したのか?』そんなミスをするか、と思いながらも三歩程度で彼の元へと歩み寄ったルーウェンは思わず尋ねたのだ。

 それに対してゼロはといえば、何とも言えない顔をした。珍しい表情にルーウェンは違和感を覚える。そんな彼の前でゼロは口を開いた。『なんていうか、普通にしてたんだけどよ。奴の計画とか居場所とかには口開かなくてな、で、質問変えてあの魔法具のこと聞いてたんだが……』歯切れが悪い。

 けれども、ルーウェンが言葉の続きを無言で促すと、仕方なさそうに続ける。『その下りでこいつがアリアスに魔法ぶつけたところ思い出して力加減間違えた』全身に、魔法で皮膚の下を刺激する痛みを与えていたために力加減で実際皮膚がところどころ裂けたのだという。

 さすがに殺してねえよ、という言葉を耳に入れながらもルーウェンは頭を抱えたくなった。

 衝撃の場面はどこへやら、忠告したことがよかったのかあれから『ぶっ飛んだ』言動は見ていないし聞いていない。国内……王都にまで元白の騎士団副団長が浸入しておりその捜索もあって、だから忘れていた。

 こいつはアリアスに告白どころか求婚までしたのだったと。

 『ゼロ、交代だ。交代。今夜俺は師匠と魔法具を探すことになっているが、そっちにお前行け。休憩がてらに頭冷やしてこい』こうして、ルーウェンは役割交代を要求した。一日ここに籠っていたから手元が狂ったと思いたいが……。こんなところに弊害が出るとは。『ぶっ飛んだ』行動を制限したからか、どうなのか。





 そんな何時間か前の出来事をルーウェンは思い出して、曖昧に笑ってぼかして答えるしかない。言えるかこんなこと、と。

 ちなみに軍服にまで血が飛んでいたゼロは上着を取り去りながら、えらく不服そうに出ていった。しかしもちろん彼だって非は心得ているので、確かに一度頭を冷やすべきかもそれないと素直に下がったのだ。

 肝心の男は衝撃で気を失っていただけで、迅速な治療のかいあってすぐに回復した。拷問はほどなくして継続。白の騎士団所属だった男はそこまでされるとは思っていなかったのか、怯えた様子が垣間見えた。


「細かい作業苦手そうだからな」

「まあそうですね」


 やり過ぎ、を何をやり過ぎたのかは正確に受け取ったジオではあるが理由は分かるはずもない。ゼロとアリアスのことについてルーウェンは何も言わなかったし、アリアスが言うはずもなかったからだ。ルーウェンは雑に師の言葉に合わせた。

 しかし、次にジオがぽつりと一人言気味に放った言葉に聞き返すこととなる。


「そういえばアリアスはゼロに会ったことがあったんだったか。ないならアリアスは分かるかどうかだな……ま、この時間にあんな場所にいる奴はいないか」

「師匠、それどういうことですか?」


 聞き流すことはなく、しっかりと耳に引っ掛かることとなったそれ。なぜここでアリアスが出てくるのだ。この師でもさすがに考えていることが読めるはずがない。


「ああ、今夜の魔法具探し、アリアスに行ってもらった」

「こんな時間にですか……!? じゃなくて、なぜアリアスに」

「お前が帰ってきたわりにはアリアスと会ってないんじゃないかと思ってな」


 そういえばゼロが様子を見に行ったから、そのときにアリアスと顔は合わせているか。と、昨日の会議に戻って来たゼロの報告で、アリアスと捕まった男とのことは聞いていたことを思い出したのかジオは呑気に自分で納得している。彼は元々アリアスに魔法具捜しに行かせるつもりだったのか。

 だがそのただの気遣いか気まぐれか不明ではあるが、本当は嬉しいはずの言葉にルーウェンは動揺が隠せない。なぜならば、集合の場所に行ったのは自分ではなくゼロなのだ。

 ルーウェンはそう思うと同時にようやく理解する。どうりでジオはまだここにいるはずだ。とっくに決められていた時間は過ぎていたが、会議に遅れて登場することだってある師なので全くそこは疑問に思っていなかったのだ。


「それはお気遣いどうもありがとうございます……」

「ま、結果こうなってるがな」

「様子を見に行ってきます」

「どこに。アリアスのか、何のためにお前は代理を立てたんだルー」

「それはそれですよ、俺はあいつが一回頭を冷やせば……いえ、それよりもアリアスと二人きりなのが、」

「何の心配だ。どうせ行ってもすれ違いになるくらいだと思うぞ。一時間くらいで切り上げて来いと言ったからな。ゼロも、会議で後日魔法具捜索に人手を割くっていうことが決まっていたから分かっているだろう。時間があるなら待っていればいい、アリアスはここに一度戻ってくるからな」


 もしかするとゼロがアリアスを困らせるようなことをするかもしれない。何しろ、二人きりで会ったのはおそらく聞く限りでは二回目であるだろうから。それも、初対面を抜くと初。

 実は昨日、アリアスが今回の件に巻き込まれたと言ってもいい騒動の前に彼らが二人だったことをルーウェンは知らない。そのとき、ゼロがそのことに途中で気がつきながらも『普通』を保っていたことも。

 だから、念のためすぐさま踵を返そうとしたのだが、ジオにそう言われて彼は足を止めるしかなくなる。


「それよりな、ルー」

「……何でしょうか」


 ルーウェンは口を開く前に声をかけられて、椅子に背もたれをかなり滑り落ちている状態で腰かけている師に身体を改めて向ける。

 ジオは、現在進行形で拷問中の男から没収した魔法具を指二本で持って眺めている。机に立てられたろうそくの赤みを帯びた火が、魔法具に埋め込まれている石にめらりと映る。その石に紫の輝きの目を離して、ジオは椅子に多少きちんと座り直した。ずりすぎて腰が痛くなってきていたのかもしれない。そうすると同時に、本棚に囲まれた部屋の片隅にあった椅子がふわりと浮いてやって来る。机の近く、ジオの椅子の横線上に落ち着く。軽く魔法を使って動かしたのはもちろん彼。座れ、ということだろう。

 ルーウェンは黙って腰を下ろす。

 ここにアリアスがいたならば、そんな些細なことに魔法を使うなんて、と見慣れてきてもなお白けた目を向けた可能性がある。けれどもそんな少女はおらず、師弟といえども外見年齢が同じほどの男が二人。


「こんなものばらまいてどうするつもりだったと思う」


 ジオは机に肘をつき、頬に手をついて弟子の方に顔を向ける。手にある魔法具を玩具を手にしているように振ってみせる。


「結界を揺らすためでしょう。ですが、師匠が思ってらっしゃる問題はそこではないですよね」

「ああ、こんな大量にそれも同時に発動できるようなたいしたことのない魔法具、たしかに結界は揺れる。だが揺らしてどうする。元々城に張ってある結界なんてそうたいしたものではない」

「誘導でしょうか」

「そうではないかと思うんだがな。数を用意すれば人手が割かれる。よくないものが混ざっていれば事だからな。あっちは全面を上げて当たることができないことが分かっているだろうし」

「では、乗じてもうすでに城に入っているかもしれないということですね? 狙いは『春の宴』のときだと思わせておいて」

「そうなるな」


 魔法具が机の上に置かれて重そうな音を立てた。


「お前ならどこに隠れる」

「俺なら、魔法具がばらまかれているところに近すぎず離れすぎていないところに。それからもちろん人気がない場所に……そうですね、例えば城の地下……」


 ノック音。激しいノック音が響いた。

 ドアを数度叩く音にルーウェンが口を閉じ、部屋の主であるジオが雑に返事をする。すると、飛び込むくらいに勢いよく入ってきたのは軍服姿の者だった。ルーウェンが少しの間だけ『その場』を任せてきた者であった。


「ルーウェン団長はいらっしゃいますか!」

「どうした? 拷問中に何かあったか?」

「吐きました!」

「どれを」

「魔法具の使い道と元白の騎士団団長の居場所です!!」


 それにしては、嫌に焦った顔には汗がいくつも流れていた。


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