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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
179/246

21 その地、再び




 眼下に遠ざかっていった闘技場はおろか、城も王都までもが見えなくなっていった。

 上空を飛ぶ竜に相変わらず掴まれ、万が一手を離されようものなら地上にまっ逆さまな危険をうっすら感じつつも、しっかりと掴まれて安定感があるので落とされるという恐れはそれほどなかった。

 それにしても、どれほどの時間が経過したか。


 今降りようとすることは自殺行為そのもの。

 同じ体勢で、地上の景色がゆっくりと直近の景色は素早く過ぎ去って行くだけの環境では、意外と混乱は収まってくれるものらしい。

 地面が遠ざかるにつれ慌てふためき状況を何とかしようとする行動は止め、アリアスは足が宙に浮いた無防備な状態で景色を眺めていた。

 絶景と表現しようと思えば可能な景色。でも少しばかり落ち着いたとは言えど、楽しむ余裕はない。

 それに、寒い。

 竜が前へ前へと進む速さにより吹き付ける風は強く、冷たい。予想外の展開は最早二の次。寒さによってどこでもいいから早く止まって欲しいという願いが強い。


 遥か下に見える地上が雲に遮られ、ろくに何も見えなくなった。

 この竜は、ゼロの元へ向かうはずだとセウランが言っていたことを思い出した。王都を出て、国で一番栄え、建物がたくさん立ち並び密集している場所は過ぎた。王都の近くには栄えた大きな街があるが、そこも越え、どうも見るからに自然の割合が高くなってきた。


 そして、とうとう見えてきたのは地の色ばかりで家どころか人も、植物も何もない土地。緩やかに竜は降下を始め、翼の羽ばたきもゆっくり……地上に降りた。


「どこ……? ここ」


 寒いのは、空を飛んでいた名残ではない。

 王都と比べると、極端に気温が低い。春がすぐそこにまで見えてきている季節なのに、まだ冬みたいだ。吐いた息が白くて、驚く。

 連れて来られるがままで、竜が降りて自由になった場所を見渡してみてもさっぱりどこか分からない。

 灰色の竜を見上げると、竜は一時休憩をするために降りたとは言い難い様子で、飛ぼうとする様子は無し。


「ヴァリアールが降りたっていうことは、ここに、ゼロ様がいるの……?」

「いらっしゃいますです」


 遅れて竜の上から落ちるように滑り降りてきたセウランがアリアスの元まで来て、前方を指差す。


「この向こう?」


 指された方は、崖になっているように見える。背後には広い土地が続くが、前方は崖っぷち。そこそこに高いらしく、崖の下は立っている位置からは窺えない。何にしても、もっと向こうに見える土地に微かな緑しか望めないようでは、下に広がるのは殺風景な地面だろう。

 まさかと思いつつ、一歩足を前に出した。


 地の震え、空気の震えを同時に感じた。近くの竜が歩いたことゆえの揺れ……では、ない。

 嫌な予感。胸騒ぎ。闘技場で抱いていた感覚が一気に戻ってきた直後、アリアスは走り、妙に強い向かい風のせいでよろめきつつも、見たよりも遠かった崖の先端にまでたどり着く。

 下に広がっているのは、予想通り、殺風景な土地。

 この土地を知っているとアリアスは感じた。この、身が重くなるような空気と、戦が染み付いた風を知っている。


 ――『荒れ果てた地』

 グリアフル国の最北端に位置する土地。

 隣国と国境を接する位置にもあたるため、二年以上前、隣国との戦地となった地。

 春が近づいても冬並みに寒い土地は、世に広まった通称通りに荒れ果てた土地だ。いかな豪雪に見舞われても雪は積もらず、冬並みの寒さを越して申し訳程度に暖かくなっても植物の緑は芽生えない。

 呪われた土地とも言われていた。


「どうしてここに、来たです……ここには境目があるです」


 古き世、『こちら』と『あちら』を無理矢理に隔てた際の名残にして、出入口とも呼べる境目。

 数年前に、空にあった空間が切り裂かれたような奇妙な線は閉じられ、見えない。


「ここは魔族がいる空間の影響が最も色濃く出ている場所なのに、です」

「他に、場所がなかったのかもしれない」


 これほどまでに広く周りを気にせず戦える。戦いに適した土地は他にない。

 崖の先にまできて、見下ろした途端に風が巻き起こった。しかし冷えた風がアリアスに触れるより先に、肌を刺す圧迫感。

 改めて目を開き、目にして、さっきまでこんなにも息が詰まる空気だったかと胸を押さえた。


 戦っている。

 王都、闘技場から遥か遠き地。ともすれば地を二分してしまうのではないかと感じさせる力がぶつかり合っていた。

 何もない大地に立つは、二つの人影。互いに放つは魔法の矛。二人の間で双方からの魔法が衝突する度に大気が悲鳴を上げ、地面が軋む。

 相手を貫くことは叶わなかった魔法が、周囲に至らせる余波も凄まじい。闘技場のときの距離とは倍に遠く、上から見ているアリアスの元にまで自然ではない強風が吹き乱れ、倒れそうになる。よろめき方向を違えば下に落ちる。


 闘技場で見た光景はあれで温かったのだ。

 これがあの場でされていたら闘技場は費え、周りの植物は根ごと地から剥ぎ取られていた。

 だからゼロは場所を変えた。


 ――人間では敵わない次元。騎士団の総力が敵わなかったのも頷ける。人の力と、それ以外との差は大きすぎる。

 人間は後から魔法を身につけたに過ぎないのだ。


「完全に、封じが解けてしまっていますです」


 風をものともせずに立ち、大きな瞳で戦いを見たセウランは、ルーウェンが拾ってアリアスから手に渡った眼帯を握り締めていた。


眼帯(これ)自体には何の効力もありませんが、封じが効いている印であり、蓋のようなものにしていたです。魔族に対抗する力を眠らせた封じそのものは魔法で身体に刻まれて染みついているです」

「……それなら、眼帯を自分で取ればどうなるの?」


 アリアスは、竜の炎を出したゼロを見たことがある。あれは。


「封じていたのはすべての力ではなかったので、残りの竜の力が出せるようになりますです。目は、とても重要です。ぼくたちには体の隅々、髪の先までもちろん目にも魔法力が満ちていますです。もしも核とも呼べる力の源を封じていても、それらが表に出ている限り魔法力は完全には封じられないです。

 ゼロさまは、器は人でもその目を持っていますです。目が竜の力を外に出すか留めるか、その役目を担っていたです。危険な部分の力以外でも、人には大きすぎる力です。それに、人と同じように本人が出そうとしなければ出ない魔法力なのです」


 魔族に反応する力は危険を伴う力なので封じ、他にあたる力も目を隠すことにより力は外には出ない。完全な竜ではないから、そんな風になっていた。


「眼帯を取っても、封じは直接身体に刻まれているので問題はなかったです。しかし、眼帯が独りでに取れるということは、力が封じを破って溢れ出したことを示すです」


 闘技場でゼロが消える前、眼帯は取れた。あれは衝撃でということではなかった。

 そんな意味を示すなんて。


「……封じは長の手によりされ、人が生きる年数はゆうに過ごせるものでしたです」


 本能を刺激し、力を目覚めさせる存在が現れなければ。否、現れるはずがなかったのに。


 ここに来るまで、何十分。その前の、二人が消えたあと闘技場にいた時間を考えるともっと。その間も戦い続けていたことは間違いない。

 ずっと戦い、相手を倒そうとし、続くこれは終わるのか。終わりは、きっとある。魔法そのもののような存在であっても、魔法力を使い続ければ底は見えてくるはず。けれどそのとき、この地はこのままでいられるだろうか。


 どの歴史書の初めに記された、国の始まりにまつわる話。

 太古、人が今よりもっと密接な関わりをもっていた竜と共に暮らしていたこの地には、悪しき力を持ったものもいた。人と竜は手を取り合い、害である邪悪なものを地から追い払った。

 『悪いもの』を退治したと子どもにも寝物語として聞かせ、知らない者はいない伝承。

 だが当時、『悪いもの』とぼかされ伝えられる『魔族』を相手にした戦いは壮絶だったろう。今実際に見ている戦いが、激し過ぎる。これは当時の一端になるものだと考えると、想像を絶する。

 『悪いもの』を追い払った後、竜と別れ、人は人で国を作ったとまるでのどかな話の裏にこの地はおそらく一度まっさらになった。


「……セウラン」


 これはどうなるのかと聞いても、セウランが戦いの結末を知る由もない。戦っている本人たちですら、その時が来るまで分からないだろう。サイラスの様子は大丈夫かと聞いても。


「ゼロ様は、このままいって、大丈夫なの……?」


 サイラスの魔法力にも驚く。でも、それはゼロにだって同じ。

 極端に言って、山なんて容易に砕けそうな力を発揮しているのは当然見たことがないし、師がしていたのであれば違和感は全くないけれど、違和感と懸念が大きく育っていく。

 恐る恐る尋ねると、セウランは首を横に一度振った。


「ゼロさまは、人です。魂が紛うことなき竜だとしても、器は人です。いかに優れ、大きな器を持つ身があったとしても、竜の魔法力を受けきることは出来ませんです。限界があり、さらにあの力には……体が壊れてしまいますです」


 大きな力は、魂に宿る。

 器は人、魂は竜。適した形ではない。魂が魔族であるサイラスも、同じ。

 どちらが勝っても、武術大会のような勝ちではない。戦いの末にくる決着は生死を分ける。

 ゼロに、サイラスを気遣っている余裕はない。サイラスはとうに飲み込まれている。

 ゼロが生きるか、サイラスが死ぬか。ゼロが死ぬか、サイラスが生きるか。もしくは――どちらともが人の身に限界が来て、終わるか。


 闘技場にいても、この場に来てもアリアスに出来ることはない。より残酷なのは、現場に来てやれることがないことだ。


 耳が痛いくらいの啼き声が後ろから吠えた。


「――ヴァリアール、駄目!」


 灰色の竜が翼広げ、飛ぼうとしている様に咄嗟に制止の言葉を叫んだ。触発されているような竜が、どこに飛ぶか直感で分かった。

 アリアスも見ていた戦いに、加勢するつもりだ。もしかすると隙を突くこともあるかもしれないけど、闘技場で翼を傷つけられ落とされて、鱗も貫かれた様子が頭に過る。ゼロはそれを望まない。


「ヴァリアール、また傷つくから!」


 獣よりも深く唸る竜は、アリアスの言葉を無視して翼を大きく動かす。飛ぶ気だ。


「ええっと、結界魔法で、閉じ込めますです!」


 竜の足が地面から離れる、というとき竜を鳥籠のように光が取り囲んだ。それにより竜は白い光より上へ行けず、重い音を立てて地面に降り、出ようと炎を吐いたりしているが出られない。


「触発されて、魂が荒ぶっていますです」


 間に合ったと一息ついたセウランは、悲しそうに灰色の竜を見上げた。灰色の竜は不服そうにセウランを見下ろす。

 良かったと胸を撫で下ろしたアリアスは怪訝に思う。


「どうして、ヴァリアールが荒ぶるの?」

「人の元にいる竜たちは、全て昔魔族と戦った竜たちだからです」


 近づき、魔法で区切られた中にいる竜の前で止まったセウランは、アリアスを振り返る。


「アリアスさま、お願いがあるです」

「何?」

「この竜の傷を治してあげてほしいです」


 翼の怪我を治した直後に飛んできたから、胴体の傷が残っている。それを治してほしいというお願いを、アリアスは一も二もなく受けた。

 竜を出られなくしている結界魔法は、外から入る分には拒まれないようでそっと入ると、様子を窺った竜は暴れようとはしなかった。

 胴体の傷は、先輩が治していた途中で残っている箇所の傷は修復はされかけていたが、先輩が大声で言っていた通り治っていない。アリアスは傷の横の鱗に触れるようにして手を翳す。


「傷を治す際に、大人しくなるように念じるです」

「念じる?」

「そうすると、大人しくなりますです」

「それだけで?」

「……おそらく、です」


 魔法力を注ぎ込む前に言われ、半信半疑ながら魔法力と一緒に注ぎ込むように念じる。思う。

 荒ぶったヴァリアールの魂が落ち着いてくれるように、無茶はしないように――もう、そんなことをしなくてもいいのだと最後に撫でると、手に伝わったのはつるりとした感触。

 手を退けると傷は治り、元通り。鱗までもが、治っていた。


 ヴァリアールを見上げてみると、竜は身を委ねるように目を伏せ、アリアスが見ていることに気がつくとゆっくりと瞬いた。


「これで、いいの?」

「はい」


 声の代わりに直接伝わったとでも言うのだろうか。灰色の竜は不服そうに上を仰ぐ動作も止め、代わりに荒い炎が静まった橙の瞳で静かに前方を見やった。


 気がかりなのは、誰も変わらない。どうにかならないものか。

 待っているだけというのは――前から吹き付けるばかりであった風が、一瞬、後ろから起こった。










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