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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
176/246

18 限界







 光という光を塗り潰してしまう漆黒が薄れた後に広がったのは、ルーウェンが膝をつき、ゼロが辛うじて立っている光景。

 青白い光の残滓が失せたところを見るに、倒れていないのは結界魔法でどうにか防いだ結果か。


「魔法が……」


 黒い。

 この状況を愉しむように唇を上向きに歪める存在は目の錯覚ではない黒を纏い、見た目、様子から発する空気まで魔族。

 魔族に対抗できる竜、その魂を持つ人。人間の中でただ一つ魔族に効く魔法、王族の血統に受け継がれる結界魔法を持つ人。

 二人が圧倒されるとなっては――。


「魔族の魔法を受けてしまうことは悪いものをもたらすです。特に純粋に人たる方は身体に魔法力は巡っていても、ぼくたちほど魔法力は染み込んでいませんです。当たるとまずいです」


 ルーウェンが立ち上がる。一時的に膝をついていたのは単に押されただけで、怪我をしていないだろうか。セウランが言う「まずい」とは、具体的にどうなるのか聞き返すのが怖い。

 今すぐ二人共に離れて欲しいと叫びたくなる口に力を入れて堪える。


「……止めるべきです、でも魔族はこの地にあるべきではないです。魔族に対抗するにはヴィーグレオさまが一番です。ですが……どうすればいいか、分からないのです……。再び魔族が現れるとは思わなかったのです……」


 屈さぬ姿勢を貫く二人に対し、邪悪で魔性な人間味が薄れていく一方のサイラスが魔法を向ける。ゼロがルーウェンが呼吸の合ったタイミングで同時に魔法を放つ。

 その一つがすり抜け、サイラスの方へ向かっていった……だが、虫を払うが如く容易く消される。

 そして空気が重く圧をも感じる強大な力がサイラスを中心に渦巻き、息を苦しくするのは圧倒されているからだろうか。力に秘められた破壊を感じとり、周りの者全てに本能的な恐怖を与える。


 また一度生まれた黒い魔法が白い魔法と青白い魔法を撃ち破り、襲いかかる。薄く結界魔法の光が見えたが――漆黒しか見えなくなり直後には凄まじい音が響き渡った音に、アリアスは目を瞑ってしまう。

 振動が伝わってくるということは、前より近い場所で……。

 確かめることが怖い起こった光景を目にする前に、魔法と衝撃の影響で巻き起こった風が土煙と共に吹きつけてきて目の前を腕で庇う。




 そうして、魔法の光がない土煙も薄れた場所を目の当たりにした。

 たった一人、歪んだ笑みを浮かべた人が立ち、見る方向。その先に立つ者はいなかった。


「――――」


 悲鳴は声にならないのに、アリアスは口を手で覆った。

 壁にもたれかかった姿が二つ。意識があるのかどうかぐったりと力なく項垂れた頭に。投げ出された腕、足。

 新たに増えた壁の亀裂は、酷くなっていた。亀裂の数が増え、崩壊の範囲が広く、壁の一部であった大きな塊が地に落ちる。砕けてできた小石が動かない身体に落ち、転がる。

 意識を失っていてもおかしくはない出来事――ピクリと指先が動き、先に立ち上がろうとしたのは兄弟子の方。揺れ、ゆっくりともたげられた頭。痛みを堪えるように険しい表情が歪む。

 足を地につけ立ち上がったルーウェンと、遅れたと言ってもすぐに動きを見せたゼロに狙いを定めた赤い瞳があった。


「団長!」

「今だ!!」


 怒鳴り声がかけた号令で目映いほどの無数の魔法が四方――出入口や窓――から、脅威をもたらす標的に向けられた。

 武術大会のために集まっていた魔法師騎士団の面々は状況を見守っていただけではなかった。団長二人が対応しているが、もしものときのために備えていた。

 発揮された備えは真っ直ぐにサイラスただ一人に集まり、――彼が只人であれば動きを止められるどころか死に至っていたであろう。


 けれど彼はもう只人ではなく、純粋なる邪気のない人ではなくなっていた。


 騎士団の総力が結集された攻撃魔法の塊は圧殺され、団員達を壁ごと払おうとした魔法は――セウランが張っていた魔法により防がれた。


「セウラン」

「だ、大丈夫なのです。通さないです」


 魔法師騎士団の魔法攻撃は一度、二度、無数に続けど意味を成さない。騎士団の攻撃を消し、威力衰えずに魔法を放った者を害するべく襲いかかるサイラスの攻撃は、魔法の壁に阻まれる。


 一方、ルーウェンはゼロの元へ行っていた。ゼロが動き、意識があるのに立ち上がらないのは、二度目で立ち上がれないほどの怪我を負ってしまった可能性は高い。ルーウェンの姿でよく見えないが、身体を折り曲げているように見える。

 怪我をしているのなら、次こそ癒さなければ。


「もうそろそろ本当に危ないかもしれないです。……行きますです」

「うん」


 急かす言葉にアリアスはここに来たときと同じで通路を通り、二人の背後の通路を目指し出す。

 黒い魔法が壁の向こうにまで到達していないために誤魔化されているが、黒い魔法の一方的な展開。守る魔法の壁がなくなればそのときには本当に絶望しか見えなくなるだろう。

 守りはいつまでも持つわけでない。……反撃をしないことにはこの災厄そのものの状況は終わらないどころか、おそらく、広がり悪くなる。

 でも他に何か方法は無いのか。こんな方法じゃなくて――――何か取り落としている事がある気がしてならない。


「何か……」


 走り、急ぎながら考えを巡らせるアリアスの耳がとある音を拾った。表現すると、鳥が翼で風を切る音と比べるとずっと重苦しい音。

 この音を知っている。聞き慣れてしまった音だ。


 窓の外を仰ぎ、少しだけ覗いた空。


「――え」


 翼をもった灰色の巨体が急降下してくるところだった。

 あっと思ったときには、明らかに威嚇する鳴き声を出した鋭い歯が並ぶ口から吐き出された炎が黒い魔法を溶かし、サイラスを飲んだ。


 地面に一直線で来た竜は墜落を避けるために、すれすれで上へ方向転換。一度空の方を目指す。

 灰色の竜を追って見た空はかの竜のような色の空模様。唐突に現れた竜の他に、竜が現れそうな雰囲気はない。

 曇り空を背景に闘技場の上を小さく一回りした灰色の竜は、空から再び下へ戻ってくる。

 下では、サイラスを燃やしているように見えた炎は消えていた。彼の赤い瞳が次に定めた獲物は、向かってくる竜。

 サイラスが見上げ竜を視界に収めた途端、灰色の竜は激しく啼いた。複数の声が合わさったように複雑な、竜の啼く声は鼓膜を打つ。


 手立てが失われかけていたときに現れ、立ち向かう存在。力強い味方のように思えた。


「まさか、魔族の力を感じ取って来てしまったです……?」


 しかしセウランは思わしくない声色だ。


「あの竜が来ることも、何かまずいの……?」

「彼らには()()魔族と戦う力があるのでこの状況では助かりますが、その後、収まってくれるかどうかが……過去を思うに余計に暴れまわってしまうかもしれませんです。もちろん今の危機的状況が先なのですが、人を傷つけ、地を荒らしてしまうことはあってはならないことです。方法は、あるにはありますですが……」


 一度解決したはずの魔族という存在。『こちら』にいるはずではない存在が今一度現れて、予測不能の状況に立ち向かう手段があっても、竜は問題を抱えているようだ。


 昔、この地にあった光景は如何なものだったのか。どのように魔族に対抗したのか、ここにある光景が一端を表しているのではないだろうか。


「ゼロ、返事しろ! 一体どうしたんだ!」


 サイラスの方を気にしつつもゼロに呼びかけるルーウェンの声が微かに聞こえた。もうすぐ。


 悲鳴を連想させる竜の耳につんざく声に驚き、そちらに視線を戻すと、炎で黒い魔法と張り合っていた灰色の竜が落ちる様子がゆっくりと目に映った。


「ヴァリアール!」


 ゆっくりに見えたわりに、瞬きをしたときには轟音を立てて墜落していた。

 翼が飛ぼうと持ち上がるけれど、片方の動きが鈍い。頑丈なはずの竜の身体の一部、翼が傷つけられた。

 地に落ちた竜はそれでも炎を吐いて相手を滅しようとする。橙の炎にぶつけられるは、やはり黒い魔法。その魔法が炎を押し退け、竜の身体に直撃した。

 魔法が溶けなかった。炎の力に、黒い魔法が勝った証。


「竜の炎でも、駄目なんて……」


 希望がまた一つ失われたような心地に陥った時分に、変わらずゼロの近くに膝をついているルーウェンの元に着いた。


「ルー様」

「――アリアス」


 ゼロから視線を上げたルーウェンは大層驚いた顔をした。ここに来たことへの咎める言葉が言われるより早く、アリアスの方が訊ねる。


「ゼロ様、酷い怪我なんですか」


 ルーウェンも無傷ではないだろうが、ゼロが立ち上がらないことがより問題だ。


「怪我は立てないほどじゃないはずなんだ」

「原因は怪我ではないです。まずいのです、魔族の影響で……」


 ヴァリアールが一際大きく啼く。

 あの竜はいつまで持ってくれるか。翼は鱗で覆われていない分弱いとして、最大の防御である鱗まで貫いてしまうなどということはないだろうか。

 竜の一声に、動いた人がいた。


「ゼロ?」

「……おう、ルー」

「何だ、やっと答えたな。動けるか」

「動ける」


 ゼロが反応を示した。

 気がかりな目が向けられる中で俯いたまま立ち上がる動作には、酷い怪我をしているぎこちなさは見受けられなくてそこだけにはほっとする。

 けれどゼロからはらりと落ちたものがあった。


「ルー、まだ結界魔法使えるか」

「使う」

「気合いかよ。いいぜ、信じる。無茶言うが、念のため周りの結界魔法重ねてやっといてくれ」

「周りのか?」

「ああ」

「やるのはいいが、ゼロ、大丈夫なのか」

「俺がやらなくて誰がやる。セウラン、いいところに来たな。お前も気合い入れろ」

「ヴィーグレオさま、あの、」

「指示が聞けるのか聞けねえのかだけ言え」

「し、しますです。ですが、」

「俺の役目だ。違うか、セウラン」


 眼帯が落ちたと指摘する空気は流れていなかった。露になった灰と橙の目には激情に嵐が宿り、炎が宿っていた。


 封じがされているとセウランが言った。

 ――魔族は殲滅するべきと刻み込んだ魂は、魔族を前にして呼び起こされる。歯止めをかける理性を飲み込む激しいもの。

 セウランが恐れていた事態。今まさにその際、起ころうとしている。溢れ出す力を感じていた。

 目が合って、アリアスの心が、身体がざわつく。


「ゼロ様」

「ん?」


 にわかにアリアスに歩み寄った彼が、いつもの反応だから一瞬状況を忘れかける。


「何をするつもりですか」

「反撃」

「私が聞いているのは――」


 いきなり、ゼロが触れるだけのキスをした。


「反撃だって」


 呆気にとられるアリアスから唇を離したゼロは、アリアスの目をしっかり見て言う。


「戻ってくる。戻って来られる。俺は、必要以上に他の何も傷つけねえ」


 彼自身に言い聞かせるように、誓うように。


「けど、あれはもう駄目だ」


 声音が変わった。


「これは先に言う。こっちに余裕が無い以上、サイラス=アイゼンの生死の保証は出来ない。頷かなくていい」


 すまなさそうに早口な言葉が言い切られると共に目が逸れた。


「あいつの気持ちも今は少しは分かる。理性が飛ぶ。あれを殲滅しろと魂が叫ぶ、『こっち』にはいてはいけないものだ。やらなかったらやられる。失う」


 壁際から離れたゼロは、気がついたときには手の届かない距離におり、


「――限界だ」


 アリアスに背を向ける彼の目もまた、獲物を定めた。


 定められた存在はそうとは知らず、一方的に痛めつける竜に致命傷を与えようと魔法を放った。

 それに匹敵する――否、上回る強大な魔法が竜の後ろから竜を飛び越え、黒き魔法を真正面から消滅させ、獲物を穿った。

 その衝撃たるや結界魔法があるにも関わらず闘技場全体が揺れ、結界魔法がなければ完全に壊滅していたのではないかというほど。


 しかしそれよりも驚愕したのは、防御無しで受けることになったその者が、魔法の光も何もなくなり姿が見えるようになったときに壁際に立っていたこと。


 背が見えていたゼロの姿が消え、一瞬後にはサイラスの近くに姿は現れ、何とその服を掴んだ。

 次なる衝撃に備えようと、誰もが思った次の瞬間二人の姿は、消えた。



 消えて――何秒立とうと出て来なかった。



「ここでは危険と判断して場所を、移動したです……」


 ゼロとサイラスはどこに行ったというのか。

 セウランの言葉で危機がこの場から無くなったことを示されても、突然の終幕にアリアスは呆然として、何の反応も出来なかった。そして闘技場も、起こったことを許容できずにしんと静まり返っていた。











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