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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
171/246

13 弟がいたら







 ゼロに会いに行くにはどのタイミングで行けばいいだろうか、とアリアスは考えた。

 元々は武術大会中に会う予定はなかった。けれど竜の少年はゼロに会いに来ているのだから……。

 武術大会が終わるまで待った方がいいのか、どうか。今のうちに行っておけば、一回戦での白の騎士団の試合は終わったばかりで次の試合までは時間があるから会えるには会えると思う。

 試合に出場する団員はそれ以外の時間は一階にある騎士団専用の待合室や、訓練が出来る広い部屋もあるのでそこにいたり、観覧席で人と会ったりしている団員もいる。

 団長席には個人戦までは団長が揃っていたが、今は試合の合間にも戻らなければならない強制力はないので席は空。

 ゼロに会うには一階に行き、探せば可能――。


「え、ゼロ様に会いに来たんじゃないの?」

「はい」


 手を繋いで一緒に歩く竜の少年――セウランはすんなり肯定する。

 ゼロとセウランを引き合わせる段取りを組み立てていたアリアスは思考が絡まる。ゼロに会いに来たと前提から思っていて、会えるかと聞かれたから完全にそう思っていただけに「ここにきた用事を忘れていたのです」と少年が溢して立ち止まりかける。

 そうではなかったのであれば、なぜここに?と。


「そういえば言っていませんでしたです」


 「あ」と今気がついた様子。


「ええっと、長には言ってはならないと言われているのです……ええっと、です。そう、です!」


 試合に高揚していたときとは一転してためらいがちに、視線を下げながら見るからに言おうかどうか迷っているようだ。

 お使いだろうか。言ってはいけないのであれば言わなくてもいいよと言う前に、セウランが視線を上げる。


「あの魔族と会わなければなりませんです」

「……あの、魔族……」


 呟きつつ、アリアスは辺りを見る。

 見ても、やはりこちらに注意を向けている人なんていないので杞憂に終わるし、魔族と言ってもその存在は広くは知られていない存在だ。

 反射的に周りを見たアリアスは気を取り直して、『魔族』の言葉に身近にある存在は一人なので、これもまた確認する。


「会いに来たのは……黒い髪に紫の目をしたひと?」

「ご存知です?」

「うん、私の師匠だから」

「魔族が、お師匠さまなのです?」

「そうなるね」


 魔族というのは後から入ってきた情報なのでそこまで意識はしていないが。

 師に――魔族であるジオに、竜が会いに来た。前もどうやら、和やかならざるとはいえ竜も話していた師だ。何かアリアスの知らない関係がある模様。


「でも師匠は今留守にしているんだけど……」

「そうなのです?」


 つい最近城を出ていってしまった事実を伝えると、少年は難しい顔をした。「それは予想外なのです……」とか何とか呟いている。


「すぐに戻るです?」

「それは分からなくて。ごめん」

「いえ、アリアスさまがお謝りになることではないのです!」


 音がしそうなくらい何度も何度も首を振ったセウランは、「いないのであれば仕方のないことなのです」と前向きな言葉を言い放った。


「ではゼロさまにお会いしてから一旦帰るのです!」

「……それでいいの?」

「いいのです! また来るので、問題はありませんです」


 本当にいいのだろうかと思っても、師の帰還予定が全く分からないからどうにもしようがなくて申し訳なくなる。

 竜の住んでいる場所がどこであれ、手間だろうに。


「あ、アリアスいたいたー!」

「……マリー?」


 聞き覚えのある大きな声がした。

 多くの人がいる中声がした方かなという方向へ目をやると、大きく手を振った友人の姿が近づいてくる。

 後で合流すると約束していたのだった。マリーと別れてから思考が全部持っていかれることがあって今の今まで忘れてしまっていた。


「アリアス中々来ないから探しに来ちゃった!」

「ごめん、ありがとう。それにしてもよく見つけたね」

「奇跡だね、奇跡!」


 普通に合流しようとしていても、この人の数ではこれだけ早く合流出来ていたかどうか。

 そんなマリーはアリアスの横の少年を見つける。


「あれ? 誰、その子?」


 マリーと別れる前は連れていなかった子であり、当然初対面である。

 唐突にマリーと再会したために説明文言を考えていなかったアリアスはどう言うべきかとっさに思いつかない。迷子……は親を一緒に探してあげると言い出してくれそうだから無し。知り合いの子ども……。

 アリアスが頑張って思考を働かせていることには欠片も気がつかず、その隣を注視しているマリーは「可愛い!」と一言。アリアスを見る。


「すごく好かれてるじゃん、アリアス」

「え? あー……周りは知らない人ばかりだから?」


 とはいえこれまでと比べると大人しい。てっきりマリーと同じように元気に挨拶でもするかと思いきや、セウランはアリアスの手をきゅうと握って隠れ気味だ。笑顔もない。

 ……まさか人見知りなのだろうか。


「大丈夫だよ、セウラン。マリーは私の友達」

「……アリアスさまのご友人なのです?」

「うん」


 安心させるべく伝えると、セウランは前に立つマリーを見上げた。


「こんにちは、です」

「こんにちは。あたしマリー、アリアスと一緒のところで働いてて、友達。えっとお名前聞いてもいい?」

「ぼくは、セウランと言いますです」

「セウランはいくつ?」

「ええっと、ぼくは……」


 指折りしながら思い出そうとしているようだ。

 この少年は一見すると十歳前後に見える子ども。しかし果たして実際もそうなのだろうか。騎士団の竜と自然の竜の違いは分からなくとも、少なくとも騎士団の竜は人間より遥かに長生き。百年、百五十年はゆうに越えて生きる。

 それを竜には見えないこの少年にも当てはめるとして、いくら人と同じ姿をしているとはいえ同じ速さで外見も歳を取るはずがない……のではないだろうか。


 その辺りは全く分からないのだが、ちらりと見たセウランの指折りが明らかに十を越えてまだ進んでいる。十は今で二回繰り返された。

 年上だったのかと発覚したことがあり、何歳なのかアリアスも気になってきた。しかしながら、これはすごく正直に答えようとしているのでは。


「たぶんあたしの弟と同じくらいなんだよね」

「ま、マリーの弟はいくつなの?」

「この子と同じくらいの弟は、ちょうど十才!」

「じゃ、じゃあセウランと一緒だね」

「――え?」

「やっぱり! 背がね、同じくらいだからそのくらいだと思ったんだよねぇ」

「いつかマリーの弟も見てみたいな」

「あたしの弟も可愛いから、アリアスびっくりするよ! ちょっとだけやんちゃだけど」


 途中下から聞こえてきた戸惑いの声は今だけは聞こえなかったふりをして、会話をこのまま流してしまう。


「もしかしてさっき言ってた知り合いってこの子のことだったんだ?」

「う、うん」

「でもセウランくんの親は? 一人? 迷子にでもなってたの?」

「迷子ではないのです」

「?」

「預かってるの。ご、ご両親が忙しくて……」


 懸命に喋るアリアスの頭は白紙である。どうすればいいのか、今日一番のピンチ。

 ひとまず子どもが一人でここに来ているのだけはあり得ない。


「あーなるほどね、保護者がいなくちゃこの人の数の中だから子どもは迷子になっちゃうかもだし。良かったね、アリアスがいて」


 会話の整合性と所々つっかえたこと、笑顔が不自然になっていないかもう色々心配だった。

 しかしマリーはアリアスが子どもを連れている事情を不自然さを感じている様子なく信じたようで、胸を撫で下ろす。

 セウランが不思議そうにしていたので、色々と偽造してしまったことを含め心の中で謝り、曖昧な笑顔を向けた。


「それより次青の騎士団の試合だから早く戻ろ!」

「え、あ、そうだ」


 マリーが舞台を気にしながら急かす。

 青の騎士団といえば、ルーウェンだ。見たい。


「セウラン、もう少しだけいい?」

「もちろんなのです。次の試合にはアリアスさまのお知り合いの方が出られるのです?」

「うん。私の兄弟子にあたる人。……セウラン、魔法はずっとかけ続けていて魔法力は大丈夫?」

「これくらい問題ないのです」


 これくらいとは時間と魔法を使い続ける集中力を思うと、魔法師では普通にはできない。ゼロの出ていた試合を見ていたときもあれだけ興奮していたのに、おそらく誰一人として気にする目は向けていなかったのだから。

 竜の魔法能力は、後から魔法を身に宿したとされる人間より遥かに優れているのだろうか。師のように。


「アリアス、早くー!」

「今行く! この後にゼロ様に会えるか行ってみようか」

「いいのです?」

「うん」


 セウランは嬉しそうにするから、この短時間で一緒にいて弟がいればこんな感じだろうとすっかり打ち解けたアリアスは微笑ましくてならなかった。

 頭を優しく撫でたくなる気持ちで手を伸ばしかけたが、さすがに我慢した。









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