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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
166/246

8 今日も気さくな王子様




 騎士団の医務室は武術大会当日治療係を請け負うので、武術大会がすぐそこまで近づくとこちらもまた準備がはじまる。

 と言っても、会場となる円形闘技場には毎年武術大会が行われることから最低限の専用の施設、設備、備品は揃っている。前日に、普段は使用されないことからベッドの取り払われたシーツを整え、薬品や包帯等の確認や取り替え、追加が行われる。

 あとは配置や役割といった前もって決めておかなければならないことは医務室の上の方で決められ、全体に通達される。

 よって医務室にとっての準備の本腰は前日。

 それまでは使うと予想される薬品類を多めに揃えたりはしておけど、業務は通常通り。


「シーツはこれで揃ったみたい」

「タオルはもう少しね」


 シーツとタオルを畳み、武術大会のために準備されたものを集めている部屋に運び、積み重ねた数にもうそろそろとそれぞれ数えてみた。


「薬品と他の小さなものはすでに揃っているから、あとはタオルと包帯くらいかしら。わたしたちが忙しいのは当日ね」

「そうだね。どのくらいの怪我人が出るかは分からないけど……」


 学園とはわけが違うはず。

 騎士団の中の実力者のみが参加する戦いは壮絶。未熟ゆえの怪我はない代わりに、両方が熟練者であるからこその怪我は不可避な面はある。


 運びついでに数を数え終え、アリアスとイレーナは準備作業に戻るために部屋の扉へ向かう。


「団長同士の魔法戦も見てみたいものだけれど、団体戦で魔法を解禁すればそれは本物の緊張感ある魔法戦の光景で観客は圧倒される分、怪我人はとんでもないことになりそうだわ」


 団体戦でも魔法師騎士団同士に限って魔法を解禁すれば、個人戦とは比べ物にならない迫力となることは間違いない。

 しかし団体戦で魔法使用可にされた場合、目が届き難くなる分危険になる。この先も大規模訓練ではない限り、催事で解禁されることはないだろう。

 イレーナは見たい思いより、治療人員として見たときの大変さの方が強そうな話し振りだ。アリアスもその面から考えると、確かに……と気がつく。


「怪我人は少ない方がいいよね」

「それに、考えてみると個人戦の隊長同士の魔法戦も緊張感の面では十分だわ」

「うん。それ以上になると、子どものときは光景を目で追いかけるのが精一杯だったけど、今ははらはらしてしゃうかもしれないかな」

「性格の問題ね。マリーなんかは盛り上がることは間違い無し――」


 今まさにドアノブに手をかけようとしていた扉の激しい開閉音に、正面から聴覚を打たれて、アリアスとイレーナは揃って驚きに身体を震わせた。同時に足も止まる。


「マリー」


 良いタイミングと言うべきか、たった今軽く一例として名前を挙げられた同僚が現れていた。


「二人共いた!」

「そんな勢いで、どうしたの」

「王子!」

「王子……?」

「うん!」


 放たれた単語に何を言わんとしているのか全体像を掴みかねていると、現れたときからきらきらとしたマリーの目がずいとアリアスの眼前にやってくる。


「フレデリック王子が帰ってきてる!」


 マリーのこれは大きな知らせだと全身で表しての言葉に、アリアスは三日前のことを思い出した。

 そうだった、と。





 急いで残りの仕事をやっつけ――やっつけたのである――騎士団の訓練場の一つに行くと、出入口と思しき場所に小集団が。武術大会の頃になると見物人も珍しくはない……が、注意して見ると見知った顔の同期が混ざっている。中には入らずこそこそしているのは、遠慮なのか単にこそこそしているのか。


「マリー戻って――あ、二人とも」


 アリアスも言えた義理ではないが、仕事は。

 急げ急げとマリーに連れられイレーナと一緒に同期の輪の中に加わると、元からいた面々に中が見えるような位置に流される。


「ほら、あそこ」


 指はささずに示された方向に目を凝らすと、青の騎士団の団員達が剣を交わせるのに紛れて軍服ではない服装の人物が一名。

 銀髪を輝かせた第二王子が剣を手に、学園で習ってきたことを遺憾なく発揮した剣捌きを見せていた。

 ここにいるのは学園在学中にもしていたように、城に戻ってきたら剣の修練のために時折騎士団の訓練に飛び込みするというあれだろう。


「いつ帰って来てらっしゃったのかしら」

「三日前には昨日帰ってきたところだって仰ってたから、四日前くらいだと思う」

「アリアス、会ったの?」

「うん。偶々お城の中を歩いていたら会って……こっそり帰って来て驚かしたかったんだって」

「フレデリック王子らしいわね」


 探したフレデリックを見つめていたアリアスは、奥にいるルーウェンの姿も見つけた。

 兄弟子は当然軍服を身につけ、訓練中のため真剣な顔をしている。その場にいることが相応しい彼は、銀髪に青い目。フレデリックと同じ色彩を持つ。


 ルーウェンは、王の血を引いている。

 フレデリックは公が知っている通り『王の第二子』、第二王子。

 本当は半分血を分けているフレデリックや第一王子のことをルーウェンはどう見て、どんな思いを抱いているのだろうか。

 遠目なので視界に同時に入るルーウェンとフレデリックを見て、唐突に思った。


 彼らのような関係を異母兄弟と言い、兄弟という形は成立する。

 その事実は他に気にするべき諸々の事があって聞いたばかりのときはルーウェンと深くは話すことはなかったが、果たして彼はどう受け止めているのか。

 ルーウェンは立場的には王の隠し子という受け止め方ができ、真実は秘匿され、決して広くはない範囲に広がる情報。

 フレデリックは、知らないだろうと思われる。


 彼らが共にいることはほぼなくて、今まで聞いたことで頭では分かっていたつもりになっていたことを目にして、よく分からない気持ちが心の片隅に生じてきた。

 ルーウェンはいつもと変わらない様子なのに。

 切ない、悲しい、悔しい、どれも違う。近くもない。けれど負の方向の感情には間違いなくて、どこかやりきれない。

 でもこの事についてアリアスがとやかく言えることは無い。アリアスがあの日部屋の外に立っていなければ兄弟子は自分に話しただろうかと、思うから。

 ルーウェンとフレデリックとの姿を見てそれまでに何の違和感も感じず、エドモンド=ハッター公爵とのやり取りも同様。

 今見ており、今までも見てきた光景が答えなのかもしれない。

 ルーウェンの様子は変わらない。アリアスが一つの真実を知って見ても、彼の態度には違和感は一つも存在しないのだ。

 同じように、血筋がどうであろうとアリアスにとってのルーウェンは変わりようがない。


「フレデリック王子がここにいるって本当か?」


 新たな声が聞こえ、アリアスが止まっていた身体の動きを取り戻すと、他の騎士団所属の同期二人が加わっていた。


「訓練は?」

「小休憩の間に抜けてきた。でもバレるとまずい」

「まずいって、そうまでして抜けて来なくても……」

「つい」

「それ、大丈夫なの?」


 つい来てしまったと述べた彼らは、大丈夫大丈夫と言いながら、ことさらこっそり隅から中を覗く。


「王子のあの姿見るだけで、学園思い出すわ。懐かしいー」

「訓練厳しいからって現実逃避は止めとけ」

「げ、現実逃避してねーし。ウィルの方こそさっき――」

「それよりさ、フレデリック王子の格好、学園の制服姿見慣れてたから何か新鮮だよね!」


 視線を集めるフレデリックは、普段着の軽い服装だ。軽いと言っても、王族に相応しい装いは守られている。

 服装一つで、人の印象は変わる。制服姿ばかりを近くで見ていた面々が受けた印象は。


「新鮮っていうより、本当はあれが正しいんだよな」

「心なしかキラキラして見える!」

「キラキラしていたのは、前からじゃねーの? 髪の毛キラキラしてるし」

「悪口にならないようにしなさいよ」

「わ、悪口じゃねーよ。誰かに誤解されたら堪ったもんじゃねーから止めろよイレーナ」


 会話が途切れ、中から溢れる声や剣のぶつかる音、弾かれる音、擦れ合う音だけになる。


「フレデリック王子、顔つき変わった?」

「遊学してらっしゃったから多少なりとも影響は受けるのじゃない?」

「成長か……」

「おまえは親か」

「何かさ、寂しいな」

「なんだよ急に」

「だってさ、学園では同じ制服来て同じご飯食べて同じ寮にいたし、喋ったんだぞ。でも学園じゃないからな、あんなに話せる機会ってもうないんだろうな」

「やっぱりそうだよねぇ……」

「当たり前だろ、マリー。だって王子だぞ。学園にいたときの近さが異例っていうか……」


 話の流れが一部妙にしんみりしてきて、他の面々が「何そんなにしんみりしてるんだ、元から分かってただろ。気持ちは分かるけど、王子って王子だったんだなってなるけど」という感じになってきた頃。

 フレデリックの慕われ具合が分かる光景だなとアリアスが思っていたとき。


「あれ、よく見たら相手してるのゼノンじゃん」


 ゼノンとは、青の騎士団所属となった同期である。

 名前を出された人物の姿を探すと、容易に見つかった。今フレデリックと剣を打ち合っている。どうやら今年入った面々はフレデリックとは同級生に当たるので、相手に抜擢されたらしい。

 この距離と他の音がある環境で当のゼノンがこちらの声が聞こえたわけではないだろうが、皆が彼を見つけたとほぼ同時に明らかにこちらに気がついた。

 そして何やらフレデリックに近寄り、話している。


 フレデリックの顔が、こちらに向く。


「お! 本当だ、そこにいるのは皆ではないか!」


 おーいと手を振りこちらに走ってくる王子の姿に、今までの会話と空気上、学園では当たり前だったことが時が経ち場所も違うので各々たじろぐ。

 同級生でもなかった他の見物人はもっとたじろぎ、驚く。

 フレデリックの後ろからは侍従が「フレデリック王子!」と王子のぶれない気安さに慌てているが、止まらないフレデリックに止めることをやめて仕方なさそうな様子になった。


「皆元気だったか!」


 端っこを通って瞬く間に来たフレデリックは輝く笑顔を浮かべていた。さっきこちら側の人間が顔つきが変わったのではないかと言っていた凛々しいそれはどこへやら。

 見紛うことなく見慣れたフレデリックその人。


「……フレデリック王子、おれたちが言うのも何だけど、それでいいのかいやいいんですか? いやいやすこぶる嬉しいし安心するんですけど」

「何がだ?」


 口々にお帰りなさいと口にする面々の気持ちはアリアスにはよく分かる。

 失礼ながら時間が開いたゆえの錯覚か思い込みか。フレデリックはフレデリック。その場の同期の心が変なところで一致した。

 フレデリック本人は何かよく分かっていない感じで首を傾げていた。


「成長とは……」

「おい」


 呟いた一人は、さすがに隣の同期に肘を打ち込まれていた。忘れてはいけない。フレデリックはもう同級生ではなく、そもそも元から王子だ。


「皆元気そうで何よりだ!」

「王子も変わら……お元気そうで何よりです」

「だが少し剣は鈍ってしまってな。疎かにしていた証拠だ。やはり剣の鍛練は毎日するに限る!」

「王子だ」


 今度は「王子だ……」「変わらない懐かしい王子だ」という呟きが周りから生まれた。


「フレデリック王子だものね」


 結局、こう納得されるのがフレデリックという王子だ。




 *





 仕事が終わってから城の師の部屋に行くと、部屋には誰もいなかった。塔に行ってもいないだろう。「今日には出る」と言っていた日に本当に城も王都も出ていった。

 机の上は、そのまま。

 アリアスは師の部屋を出て、宿舎に戻りはじめる。


「アリアス」


 その途中、兄弟子と会った。


「ルー様」

「師匠の部屋に行っていたのか?」

「はい。師匠、出掛けてしまいました」

「うん」


 アリアスがジオの部屋に行ったとはいえ、まだ師がいるかもしれないとは思っていなかった。確認の意味合いが強い。

 本当に行ったのだな、と。それも一日二日では帰って来ないらしい。


「アリアスは、長めの外出に師匠についていかないのは初めてだな」

「はい」


 魔法で行き帰りが一瞬であれば師は時折していたことを知っている。人混みを好まないわりに、気まぐれに城下に本を買いに行ったりしていたのだ。


「その内帰って来るよ」

「そうですよね」


 ルーウェンは、アリアスが寂しがっていると思っているのだろうか安心させるように言われた。

 その内とは、師の『その内』は些か普通の感覚とはずれているので分からないことが気になりはした。一年後、とかはないと信じたい。

 アリアスはその考えを首を振って振り払った。その内、ふとした拍子に帰ってくるだろう。


「そういえば今日、訓練場に来ていただろう」

「気がついていたんですか?」

「アリアスが見ていればなー。一緒に同年齢くらいの子たちがいたことを思うに、フレデリック王子がいらっしゃってたからかな」


 そこまで気がついていたのか。


「はい。フレデリック王子が変わらずお元気そうなので、皆で安心していました」


 安心と言うと、アリアスたちが安心するのはおかしい気はするが、事実であった。

 そっか、と笑うルーウェンは近くで見ても自然そのもので、アリアスが気にすることはおかしいのだと改めて感じた。


「ルー様」

「うん?」

「ルー様も、武術大会に出るんですよね」

「そうだな」


 今日見た青の騎士団の訓練風景も力が入っていた。ルーウェンも、団体戦で青の騎士団の指揮に当たる。それは例年通り。

 だから普段なら怪我をしないでほしいとは思えど、余計な不安は感じない。

 しかし今年だけはアリアスは一点だけ心配な点があった。


「身体はもう、大丈夫なんですか……?」


 地下の結界魔法を直した後、ルーウェンはしばらくベッドの上から離れることが不可能となっていた。それからあまり動けなかったことが嘘のように回復していき、騎士団にも完全に復帰し、どこにも異常は見られないけれど……。

 アリアスが抑えめの声で言うと、ルーウェンは直後はきょとんとし、言われたことを理解した後に元のように笑った。少し、苦笑混じり。


「大丈夫だよ。訓練の方が激しいときもあるくらいだから」


 アリアスに手を伸ばし、安心させるように優しく頭を撫でた。


「俺が師匠にアリアスのことを頼まれたはずなんだけどなー」







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