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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
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4 呼び出し

武術大会に入るまで、出来るだけ更新多目でいきたいと思っています。






 師に呼び出された。

 アリアスはここのところ師の部屋には行っておらず、そうすると師とはそれ以外の場所で会うこともないのでめっきり顔を合わせていない。

 だからと言って呼び出されるのは正式な魔法師となってからは初めてで、二年以上前までしていた鈴の鳴る一種の魔法具の腕輪もない。呼び出しは人づてにされた。


 遅めの昼休みに入って師の部屋へ向かうと、ノックに返事は無し。慣れたもので勝手に扉を開けると、呼んだ本人はソファーで寝ているものだから、アリアスはため息をついて久しぶりにも慣れた動作で師を起こした。

 目を開き身を起こすことを待つ途中、身の回りで尽きない話題を思い出し、返事は予想済みで聞いてみた。


「師匠は『武術大会』は見に行くんですか?」

「武術大会……。見に行くと思うか」


 思わない。

 返ってきた答えは暗に行くはずがないというもの。

 武術大会では最高位の魔法師は特別に席が用意されており、そこで観戦出来るようになっているはず。しかしこの師は武術大会のように、悪く言えば騒がしく人が多すぎる場は好まない。

 過去にはルーウェンが出ると聞いて、アリアスからは言い出さなかったけれど、ジオが連れて行ってくれたことはある。そのときにもアリアスが満ちる空気に触発されて高揚している傍ら……寝ていた気もする。これは記憶違いだったろうか。


「もしかして、お城を出たりします?」


 城を出るまでしなくともあれはそこまでの強制ではない、出場するわけではないから強制出席させられるほどのものではないと以前に聞いた記憶があるのだが。

 そんな師の私見はさておき、完全に起き上がった師は「よく分かったな」と座った状態でアリアスを見上げた。


「城と、ついでに王都を出る」

「ついでって……」

「城を出ても王都はどこもかしこも煩いからな」


 静かな場所を求めるのなら、ここは静かだ。

 けれど師が言いたいのはそうではないのだろう。ここ、という限定された場所は静かでも不用意に外に出れば人は多くいる。それに城の中にいれば周りは石、庭は人の手で作られた一部のみ、街に出ても見事さは引いても緑の量としては同じようなもの。

 師は、城を出て王都を出ると必ずと言っていいほど栄えた街には行かず、どこを歩いても人も疎らなのどかな地に行く。意外と自然を好む師なのだ。

 ……そういえば、実は魔族の師がいた『あちら』は植物が絶えた光景だと言うから、その反動だったりするのか。


「師匠って、『あちら』にはなかった自然が好きなんですか?」


 思いついで尋ねると、師は考えるように首を傾け、アリアスを見ているようで通して何かを見ている目になった。


「そうかもしれないな。とりあえず、お前に言ったからには今日には出る」

「え、もうですか?」


 問いには立ち上がりながら、アリアスの聞いた通りそうでもどうでもいい感じに流し答えられたが、その次に続けられた事項に驚き、今度はアリアスが立った師を見上げる。

 そういえば師がアリアスの知らない内にどこかに行っていなければ、ついて行かずに送り出すのは戦のときを除けば初めてかもしれない。学園に編入するまで、師が王都を出るとなるとアリアスがついて行くことは前提だった。

 アリアスが魔法師になって変わったことはこれまでも師の近くからは離れていたりと様々あった。これも変わるのだと新たな気がつきに不思議な感覚を抱く。兄弟子がそうであったように、師から旅立っていくとはこういうことなのかもしれない、と。

 いやでも、とアリアスは違う可能性にも思い至る。直接呼び出して言ったということは……。


「お前を呼んだのはそれを伝えるためだ。連れて行くために呼んだわけではないから安心しろ」

「そうなんですか?」

「黙って出ていけば怒るかもしれんだろう。それは後で面倒だ」

「……単なる外出なら怒りません」


 確かに、もしも何か用があって部屋を開けてもずっといない日が続けばどうしたのかと思う可能性はあるけれど。

 それこそ師の発言で心当たりのある、戦のときに黙って行かれそうで怒りに似た感情を抱いたのは、戦だったからだ。単純に外出するだけなら、そうはならない。

 癇癪を起こした子どものように言われては、それなりに前のことを掘り返してきた師に多少なりとも反論せずにはいられなかった。


「でも師匠最近、王都を出てませんでしたよね」


 学園にいた間のことは知らないが、アリアスの知る限りでは半年は物見遊山のような遠出はしていない、と思う。以前は催事時期問わず、王都を出ていたこともあるのに。

 ここ数ヶ月は催事はなくその他のことが色々あったとはいえ、とうとう外に出るのさえ億劫になってしまったのかと内心首を傾げていた頃の今回の発言。やっぱり師はこうだと納得してしまうのは、長年積み重ねられてきたことが用意だから仕方ない。


「気分と、必要になれば出るだけだからな」


 今回は『気分と必要』が催事――武術大会により頭を出してきたというのか。その気分と必要とやらはほぼ気分に左右されているのではと催事避け癖を知っているだけに感じていると、唐突にぽんと頭を手を置かれた。


「?」


 頭に手を置かれること自体は稀にあるが、それだけではなく横髪を後ろに避けるようにして頭を撫でられ、じっと見られる。


「……何ですか?」


 さすがに疑問に思うと、ほぼ同時に手が離れて髪がさらりと元に戻る。


「いや、随分と髪が伸びたな。気のせいか」

「いえ気のせいではないとして、随分と前からなんですけど」


 それは気がつかなかった、今気がついて違和感を覚えた、というようにされてはアリアスは何だかなという気分だ。

 それまで伸ばしたとしても肩までで、これだけ伸ばしたのは学園にいたときの周りの女の子の影響で初めてだからそんな反応になったのかもしれない。

 中々そんな触れられ方をされることは珍しくて、師の手が通った位置を何気なく手で触れると、小さな耳飾りの金属の冷たさが微かに指の先に伝わるばかりだった。

 それにしても、そんな期待を師にしてなかったとはいえ今指摘されると、気がつくのが遅いと言わざるを得ない。

 その話題も「そうか」と流し気味にされたので、何とも言えない気分が増す。


「それと」


 それと、とは何に付け加えて『それと』なのだろうか。十年以上この師とは会話をしているが、前後の会話繋ぐ言葉がいまいちそれまでの話題と繋がっていないことがある。

 師の頭の中では繋がっているらしく、立ち上がって、また動いて何かしながらではなく見下ろされる。


「一応聞くが、腹に違和感はあるか」


 腹に違和感が示すところは。


「……ないです。……もう治ってるんですよ?」

「一応と言っただろう」


 示すところは、ある人につけられた今は痕さえない傷のこと。そう受け取ったことは正しくて、会話が繋がる。

 それにしては、『過保護』だ。

 経過観察までして、時も経っている。傷も完全にないのに、今さら痛むことはないだろうに。

 師は思うところの読めない表情で聞いただけだとまた流す。


「ま、それに限らず俺が留守にする間何かあればルーに言え。連絡の手段を渡してある」

「分かりました」

「何か異変を感じれば、すぐにだ」

「はい」


 何かしながらではなく目を合わせてしっかりと念を押すというやり方にアリアスが違和感を持つが先か、ジオはようやく視線をどこかにやった。


「話はそれだけだ」

「――師匠、」


 アリアスの前から歩きはじめていたジオが顔だけ振り返る。何か質問かといつも通りに振り向いた姿に、思わず呼びかけたアリアスは。


「……師匠、行くのはいいんですけど、シャツをしまってから上着も着て行ってください。絶対にそのまま行かないでくださいね」


 今のままのだらしない格好で行くのだけは止めてくださいと言った。

 春の暖かさは訪れていない中、寝ていた師の姿は春にでもなれば自然な服装の軽さの白いシャツに黒いズボンのみ。それだけでなく無頓着に寝ていた結果、酷くなった格好。

 そのままで行きそうで、行かれては自分のことではないのに堪ったものではない。


「……覚えていればな」

「あ、上着こんなところに」


 今日中に出るのであれば上着を探して今のうちに押し付けておいてやろうとすれば、上着は無造作に執務机の上に置かれていた。

 上着を取り上げた机の上を見て、アリアスは慣れと無意識の諦めで抵抗なく送り出そうとしていた状態から我に返ったと言っても良い。


「……あの、聞くの忘れてましたけどどれくらいの期間で帰ってくる予定ですか」

「分からん」

「一日二日程度ですよね」

「それはないな」


 そうだろう。武術大会はもう少し先だ。師が武術大会により今日王都を出るというのなら、不在期間は簡単に一日二日では済まない計算になる。


「思ったんですけど、その間仕事は……?」


 アリアスがゆっくりと師の方を見ると、視線どころか顔も合わず、ジオは明後日の方向を向いていた。

 すっとぼけようとしているのなら、そうはさせられない。


「師匠?」

「……それは片付けてから行く」


 本当だろうか。それさえも怪しかった。




 *




 ずっと見張っていることは出来ない以上、用件は済んだことでアリアスは師の部屋を後にし城の廊下を歩く。


 ――たぶん、師たちはアリアスが心の奥では問いたいと思いながらも問えない事を知っている。

 サイラスの現状。

 この敷地内にはいるとしてもどこにいるかさえ分からない現在、まるで彼がまた旅にでも出てしまってから長く時間が経ったときと同じように、サイラスの話は深く底に沈んでしまっている。

 でも、アリアスは何かが明らかになって知らされるまで待つと決めたから。一番に情報が入ってくる立場の彼らを困らせないように誰にも聞かない。


 しかし腹の傷とは決して良い記憶ではないことを掘り返してきた。それも治してもらって、怪我があったことも事実ではないかのように一筋の痕もないのに。

 師の行動はどことなく変だと部屋を出てきてから思う。過保護なのか、気にしすぎなのか。出してこられた話上、遡ってよく思い出し考えてみるとサイラスの件があってからだろうか――


「アリアスではないか?」


 思考に耽りかけていたとき、名前を呼ばれて足が止まる。誰がと周りを見渡すと、声の主と思わしき人物が、銀髪が光を跳ね返し輝かせて手を上げていた。







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