38 賭け
平日ですが、今週末のラストスパートの前に一話挟んでおきます。
都合上、後半ルーウェンとゼロの視点が入り交じっています。
「力を補完するやり方を考えた」
此度の会議、久方ぶりに会議に現れたジオがいつも気まぐれに口を挟むときのように話をはじめた。
「そもそもなぜ命を尽くさなければならないかと単純に考えると、力が足りないからだ。そう考えるとやはり最も確実で妥当なやり方なのだろう」
人間がするにしては、という声が挟まれた気がする。
「それが確実な方法である以上、継いでやることも間違ってはいない。むしろ正しいと言える。だが、その前に昔とその時々の条件を照らし合わせてやってもいいだろう」
「と、言うと?」
「例えば、今回取られようとしている方法が本当に古来から行われているものであるとする。馬鹿正直に忠実に、相応しい者に任せ、封じをしていたとする」
若干の刺が入った。
「だが少なくとも百年前と比べても、現在には変わっているところがあるはずだということを思い出してもいいはずだ。――今回挙げるとするならば、魔法具の技術」
魔法具は年々進歩している。
元々魔法具という道具はなかった。魔法石は自然物なので昔々からあったろうが、初めは魔法力の保管としてしか使われていなかったとされる。
魔法具は、限りある魔法力の中でより様々のことをしようとした人間の技術。
「そこで、力を補うために封じ自体に魔法具を仕組みとして組み込む方法を考えた」
続けてジオは手元に現物はない上で、若干説明するのが面倒そうにどのようなものかという、魔法具の詳しい仕組みを説明しはじめる。
事実として案が存在すると証明するかのように語られた魔法具の仕組みであったが、その説明は、聞くだけで実物が想像も出来ないほど難解な作りをしていると思わせるものであった。
まさに複雑怪奇。今まで聞いたこともない、本当にそんな魔法具が実在するのかと言いたくなるもの。
実につらつらと魔法具の具体的な仕組みを述べていたジオは、説明を終えるとさっさと話の続きに戻る。
「魔法具は補うためのものであり、ルーには基盤を作ってもらうためにそこそこ魔法を使ってもらう。『そこそこ』がどれくらいかは分からん、ルーが始めれば分かるだろう。そして頃合いを見てルー自身の魔法を打ち切り、魔法具が働きを補完する。ここまで出来れば完成だ。
あとは頻繁に魔法力を提供してやれば、途切れることなく封じは続く。どうせいつまでもつきまとう問題だ、後に伝え続けるにもいい方法だろう。それから後に補助をさせる、城に張ってある結界の魔法具を強力にしてやり、数も適切に戻す」
「……しかし……それは確実なやり方なのですか」
「いいや、全く。少しでもタイミングがずれ、もしくは魔法具の働きが十分でない場合またはルーの魔法を打ち切ることが不可能である場合、所謂失敗だな」
あっさりとジオは「失敗」の二文字を並べた。
ジオがここに来て提案した方法は、失敗の可能性が十分にある方法。確実性が欠けることに、表情を厳しくさせる者が複数。
それを見てとり、背もたれに完全に背をもたれさせているジオは視線を巡らせる。
「俺は元よりこんな性分は持ち合わせていないわけだが今回ばかりは仕方ない――これは賭けだ」
失敗の可能性があることに渋面になった周りの思考の間違いを正すように、述べる。
「今挙げた方法の流れが滞り失敗した場合、境目はどうなるのかという保険はある。俺が一時的に塞いでおけばいいだろう。だがその場合も他の失敗の場合も、結局は当初の通りルーの命まで吸いとられる元来の成功の保証された方法に戻るまで。完全な成功を期待するべきはそちらであり、俺が考えた方法は言わば、その流れに抗ってみる方法・試みに過ぎない。やらなくてもそのまま事が終わるだけだが、やってみることにそこまでの損はない」
失敗の可能性があることで守りの姿勢を取り、元来の方法で一人の命を見送るよりも、失敗の可能性があれど失敗したときの不慮の事態は防がれる手段がある道をやってみるか。
やるが賢いか、愚かはどちらか。
「他に異論があるなら言え」
いつもの面倒そうな様子が削がれたようなジオの「本気」を疑い、非を唱える者はいなかった。
「これを肯定と捉え、残りの準備を考えた上で実行は最短で三日後。――これもそれまで結界が持てばだが」
聞く者によっては冷淡にも聞こえる言葉を発し続け、最後にも付け加えた師に、円卓に座する者の中で一人、ルーウェンは無理にではなく自然に笑みが溢れた。
この上ない師を持ったものだ。
*
会議を終えたジオはルーウェンと、ゼロを召集した。
「お前は、竜の魔法力を引き出せるか」
開口一番、ジオが話の矛先を向けたのはゼロ。
ゼロは虚を突かれ、咄嗟に答えることが出来なかった。これまで暗に知られている風に言葉を交わすことはあっても、ここまで『竜』と直接的に示されたことはなかったのだ。
「お前が竜の魂を持つのであれば、竜としてのそれ相応の力の大きさも持っているかと思ったが」
「……その通りです」
そこまで見破られているとは思っておらず、ゼロは内心舌を巻く。
「師匠、なぜわざわざゼロの魔法力を?」
「城を囲む結界には今まで通り普通の結界魔法を使う予定だが、境目の結界に関してはこれから続けて境目を封じることのできる魔法を使わなければならない。つまり、人間で言うところの王族の特有の結界魔法となるわけだが……今から必要な分を集めるには少々時間がかかる」
そこで、とジオの目がゼロを見る。
「俺も塞げるには塞げるとして俺が提供すれば一度で済むが、いくら魔族の性が引っ込んでいるとはいえ、俺は地下で結界に弾かれたわけだからな。あまり勧められん。その点竜の魔法力であれば一時的な代行にはもってこいだ。使えるものなら使えと言うだろう」
「最後の言い方が反抗したくなるんですけど、まあ出来ますし、やります」
「ゼロ」
「当たり前だろ。魔法力提供するだけだぜ? お前が命差し出すことと比べると明らかに躊躇する案件じゃねえよ」
それに使うこともなく無駄にしている魔法力だと、ゼロは躊躇う理由が一切ないと言い、ジオに向き直る。
「そこはいいんですが、一つ疑問が」
「何だ」
「どれほどの魔法力を補うのかは知りませんけど、一つの魔法具に複数の魔法石となると……」
「地下で使用する魔法石は一つだ」
「一つ? そんな量で補えるんですか」
ジオが頷く。
「誤解がないように言うが、これまでで仮に俺が作った魔法具の仕組みを制作出来ていたとしても、そのままでは実用にまでは至らなかっただろう」
「……なぜですか」
「補完しようと考えて作ったはずが、普通の魔法石に収められる量でもまだ足りないから思っていた働きをしない。失敗作同然の屑に成り果てていたはずだ」
でしょうね、とゼロは言う。
魔法石一つに込められる力でいいのなら、今から最短の期間である三日以内に必要な魔法を受け継ぐ人材から集めることは容易い。わざわざゼロにさせる必要がない。
「……普通の?」
普通の魔法石。とジオが言い表したことにゼロは遅れて引っかかる。
「使うのはこれだ」
どういうことかと問う前に、ゼロに向かってぽいと何かが放られた。
ゼロが反射的に受け取ったのは、小さな袋。片手で握っても隠れる小ささ。おまけに袋いっぱいに何かが入っているようでもなさそうで、ぽこりと一ヶ所だけが盛り上がっている。
ゼロは訝しげになりながらも、袋を閉じる紐を引っ張り袋の口を開け、ひっくり返してみる。
「これは」
袋から出てきたもなのは、澄んだ石だった。真珠程度の大きさの、何にも染まらぬ透明な丸い石。
ジオは「使うのはこれだ」と放った。つまりはこれが使用するただ一つの魔法石ということ。
魔法石として疑いようのない大きさをしていれば、そう認識した。
その大きさは、質の良く、最も魔法力を溜められるものと比べると言うまでもなく小さい。何分の一……というものになるか。さらに小振りで辛うじて魔法石と呼べる石よりも小さいときた。
普通であれば、話の流れとはいえこれを受け取った者はこの石が何の関係がというような反応か、冗談だろうというなどという反応をするだろう。
だが、ゼロは違った。
彼はその石が魔法石と言われ、確かにそうだと納得できる。『それ』を知っているから。
――人間が入手し使用している魔法石とは比較にならないほど巨大な魔法が込められる、この世に存在するものの中で極上の質を有する魔法石
「……前から思ってましたけど、竜とどんな関係があるんですか」
無意識に眼帯に触れていたゼロが手のひらの上にある『石』を出したジオを見据えたが、ジオは――有り体に言うと――無視をした。
「それを魔法具に使う。疑問は消えただろう」
「……まあ今のところは何だっていいですけど」
ゼロは追及を放棄した。
「師匠、それを使うのは、」
「どうせ消耗品だ、代えはある。お前が死ぬよりはいいだろう」
消耗品という言い方にゼロは口を挟みたくなったが、状況を考えて止めた。
「後は魔法具を完全に完成させ、設置を俺がやる……と言いたいところだが、言った通り俺は結界に弾かれてどうも必要な距離まで近づけん。ルー、お前がついでにやれ」
言われたルーウェンは難しい顔をした。
設置とは魔法具を単に地面に置けば良いのではない。魔法石を嵌め込み一種の魔法具となった剣や、一時的にその場で使用する台座つきの魔法具とは事情が異なる。
城に結界を張るために魔法具が設置される時には、魔法石と威力を発揮させる道具を結びつけるときに使用される『繋ぐ』――これと同じ高等技術が要求される。魔法具を作る際の核とも呼べる技術。
『繋ぐ』技術は魔法具作りを専門とする職人にしか基本的には知られてさえいない。
その場合と同じだと考えるならば、問題の魔法具は目にしていないが、複雑な点は必須。
「お前ならやれるだろう。俺は魔法具作りと一緒に教えたはずだからな」
確かにルーウェンは過去に、師が魔法具作りをしているところを目撃してから教えを乞い、その過程で教えてもらっていた。
「……ジオ様って本当に師匠やってたんだな……」
傍ら、ゼロは結構失礼なことを言った。
会議をサボっている面と、強大な力を持つ魔族ということくらいしか知らず、本当に『師匠』らしいことをしているところが想像出来ていなかったのだ。
ともあれ、
「やります。懸かっているのも俺の命ですから」
自分次第だとルーウェンは深く頷いた。
「まずは俺が魔法具を完成させないことには始まらないから完成させに行くとして、今話しておくのも、というより後に話すことはないからこれくらいだな」
質問がなければ解散とでも言いそうな流れになる。
ルーウェンもゼロも今のところ質問はないもので、黙っていると、ジオが口を開く。「では終わりだな」とでも言うのかと思いきや……
「アリアスにはどうする。終わってから言うか、お前が会う気なら前もって言っておくか」
ジオに突然アリアスの名前を出され、ルーウェンは迷う。
平静に会える気がすれば会おうとは思っていた。辛そうな顔を見ることに躊躇いを覚える反面、会わずにという選択肢はルーウェンにとって酷な道であった。最後には会っておきたいと思うものだろう。
しかし師は可能性を見せてくれた。成功すれば気を置かずに会える。
「このままやります」
「おいルー……」
「後で許してもらうことにする。そのために、やる」
ルーウェンに迷いはなかった。
そのために、必ず。
――アリアスが知らない内に、事は急展開を迎えようとしていた。良い方向へ転ぶか悪い方向へ転ぶのか、それは誰も知らない内




