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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『王家の秘密と逃亡者』編
118/246

2 夢見



 サイラスはここのところ長く会っていないが風邪にはかからなかったのだろうか。と思っていたから会ったのかもしれない。

 サイラスが寒空の下で見慣れた姿で――見慣れるのもどうかと思うが――寝転がっていた。


「サイラス様、こんなに寒いのによくそんな薄着で外で寝られますね」


 それもこんなに堂々と。アリアスはため息混じりに声をかけずにはいられなかった。


「……アリアスか。言うほど寒くないがなぁ」


 理解できないことに快晴なのにわざわざ影にいるサイラスは自らの足の方からやって来たアリアスに頭を少しだけ上げ、そんなことを言って唇がすっと弧を描いた。

 アリアスが近づいていくと頭が元のとおりに彼自身の腕の上に戻っていった。

 南部に行っていた期間があるとはいえ、その前からと戻ってきてからも見ない見ないと思えば、雨が降っていたから外にいなかっただけで止むと出てくるとは。


「お昼寝ですか?」

「よく分かったな」

「分かったも何も……」


 サイラスのすぐ側に尻はつけずにしゃがんだアリアスは言葉を途切れさせた。

 影に覆われていてこうして同じ影の下で近くに来るまで分からなかった。サイラスの目の下が影が落ちているだけではなく……


「くまできてますよ」


 驚いたアリアスは思わず指摘する。

 疲労? 寝不足? それらの象徴のような肌の色ではなく暗く染まった目の下のくまにアリアスはとっさに考える。

 まじまじと見るサイラスは対照的に「くま? あぁ……」と関心なさそうな声を出した。


「心当たりでもあるんですか?」


 心当たりありそうにも聞こえた声にアリアスは訊ねる。するとサイラスは目を閉じてやはりあったらしい心当たりを明かす。


「夢見が悪くてな」

「……寝すぎてるんじゃないんですか?」

「酷いな」


 予想外の心当たりに「寝すぎているのでは」と言ったアリアスだったが、内心ではサイラスを見れば見るほどにその様子に心配が生じていた。

 サイラスにいつもの覇気がない。笑ったものの快活さもなりを潜めているような……。何よりくまとはあまりに彼に不似合いではないか。

 それに夢見とは。


「夢を見るんですか」

「まぁな」

「どんな夢を?」

「そうだなぁ……」


 目を閉じたままのサイラスは見た目はリラックスして寝転んでいる体勢そのもので考える声を発してから一旦口を閉じて、わずかに間をあける。


「荒れ地みたいな、鮮やかな色がまるでない暗い場所の夢」


 そんな夢だという。

 夢見が悪いとはまさに悪夢の類いを見ているということなのか。

 アリアスは心の中でますます驚いて、思うことがあって膝に回していた手を動かす。


「なんだ?」


 切られた様子のない髪を軽く避けて額に手をあてるというアリアスの突然の行動に、サイラスが目を開いた。


「熱が出ていないかと思いまして。……違いますよ? 単純に体調が悪いから引き起こされているかもしれないじゃないですか、サイラス様がらしくないことを仰っているからとかそういうのではありませんから!」

「そんなに慌てることはないだろう。逆に怪しくて傷つくぞ」


 サイラスが普段の様子で夢見が悪くてくまができるまでに至るととるよりも体調が悪いのではないかとアリアスは思ったのだ。でも言い方が悪かったのではないかと即座に否定したものの余計に悪くなって、言いようがなくなっているとサイラスは笑った。

 けれど、最後にごく浅く息を吐いた。


「オレだって柄じゃないことは重々分かっているんだがなぁ」


 息を吐くことと同じように。


「どうにもならないんだ」


 目を閉じて小さくぼやく。


「体調は別に悪くない。寝不足でちょっとばかしきはじめてるくらいか」


 それはアリアスが思ったことと反対に寝不足で体調が悪くなりはじめているこということでは。

 熱はない。顔色は影になっているからよく分からない。ではここでも分かるくまは影から出るとより濃いということになるのだろうか。

 目を閉じてしまったことによりアリアスが手のひらで確認し直した顔は特別熱を持っているわけではなさそう。


「光景がちょっと変わっても大きくは変わらない。光が射さない場所……こんなところで寝てるから見るっていうのかねぇ……」


 と言いながら言い続けていた声は聞こえなくなっていった。


「サイラス様?」


 それに気がついたアリアスは呼びかけてみる、が返事はなし。瞼も動かない。

 眠ってしまったようだ。


 よほど寝不足なのだろう。アリアスは眠っているところを邪魔してしまっていたのだろうか。

 でも彼はこうして寝ても、さっき言ってきた『悪い夢』を見ているのだろうか。

 サイラスのこんな姿を見るのは初めてだった。彼が今回帰ってくる前に会ったのは随分前のこととはいえ、だからこそアリアスにとっては心配を抱くには十分な姿だった。



 ***





 アリアスがサイラスに会ったのは現在から遡ること十年ほど前。頻繁に会っていたのは一年くらいで、それからサイラスが城の外に度々出始め期間が長くなってきたことにより会うこと自体が減ってくるのだが、会うのはほとんど外でだった。


 小さな少女(アリアス)がスカートで隠れた膝に手をついて上から覗き込んだのは、中庭の芝生の上に堂々と寝そべっている一人の男。


「サイラスさま、サイラスさま」

「……ん? おぉアリアスか」


 アリアスが何度か呼び掛けると男――サイラスの瞼が上がりはしばみ色が現れた。瞳は少女を捉えて、寝起きの目を何度か瞬く。

 起きたサイラスの元に本格的にしゃがみこんだアリアスは起きても身を起こすつもりはなさそうな彼に疑問をなげかける。


「サイラスさまはここでなにをしているんですか?」

「オレか?」

「お仕事はいいんですか?」

「仕事とは難しい言葉を知っているな」

「それくらいしっています」


 城では動きはじめた人々の行き交いとすれ違ってきただけに、アリアスにとってはサイラスも「大人」だから「仕事」をする時間ではないのだろうかと何の気なしに尋ねたのだ。

 そうするとサイラスはこんなことを言う。


「オレは休憩中だからな」

「ほんとうですか?」

「疑うのか? 悲しいなぁ。それよりおまえはそんな手に余るほど大きすぎる本を持ってどこに行くつもりだ?」

「図書館にいきます」

「なんでまた」

「べんきょうです」

「勉強?」

「はい、教えてもらいにいきます」

「ルーウェンに教えてもらえばいいんじゃないのか?」

「ルーさまとは午後に約束しています」

「そういえばそのルーウェンは今何をしているんだ」

「騎士団にいきました」

「あいつ将来は騎士団に入るつもりなのかぁ。兄弟子は騎士団まっしぐら、妹弟子はこれだもんな。おまえらきっちりし過ぎだぞ」


 師は師で日々減ることなく増えていく紙の束が埋もれそうなほど多くて忙しそうだったのでそっと出てきた。聞かれた兄弟子のことを伝えるとサイラスが声も眼差しも呆れたそれになり、アリアスは呆れられた意味が分からず首を捻る。アリアスの様子が手に取るように分かったふうなサイラスはぷらぷらと手を振り、


「勉強しに行くんだろう? 行け行け。オレだって公認の休憩中なだけだからな、ちゃんとやることはやってるから気にするな」


 ごろんと背を向けた。

 アリアスは芝生の草片がついた背中をきょとんと見ていたが素直に立ち上がった。サイラスは休憩中のようだ。それはそれで邪魔をしてはいけない。

 アリアスは「じゃあ私が教えてあげよう」と言ってくれたいつもアリアスに本のおすすめをしてくれたりする優しい図書館のおじいさんのところに行くのだ。

 とその場を離れることにするアリアスだが、去る前に体感的に寒くなりはじめていると思ったことあって声をかけたのだ、と思い出して最後にサイラスの背に声をかける。


「わかりました。寒いのでかぜを引かないように気をつけてください」

「引かない引かない」

「それからべネットさまをさっきみたので、会ったらサイラスさまがここにいたとおしえておきますね。探していたみたいなので、場所をしらないのだとおもいます」

「よーしアリアス、お兄さんと昼寝しようじゃないか」

「え?」


 さっきまで身を起こす気配が微塵もなかったサイラスがいきなり上半身を起こし、そう言ってアリアスに手招きしはじめたではないか。

 昼寝。

 アリアスは目を真ん丸にして、けれど言われたことに引っ掛かりを覚えたもので空を見上げると光だけが地上を明るく照らしていて、アリアスからは太陽は真上どころか姿も見えないのだ。

 再確認したかった大まかな時間帯を確認し終えたアリアスはサイラスを見て首を傾げる。


「でも、まだ朝ですよ?」

「そうだよ朝だよ。じゃあ朝寝とでも言えば満足か、ったく中身に可愛げが足りないなぁおまえは。いいからここ来い」

「え、でも」

「とりあえず来い」


 アリアスは止まらない手招きと視線を無視するわけにはいかず、ひとまず近づき直すことにした。……ら、腕を引かれてこけそうになったところを難なく受け止められる。


「わ」

「無意識に告げ口されてたまるか」

「あの、サイラスさま、わたしは図書館にいきたいんですけど……」

「子どもの仕事は起きて遊んで寝ることだろう」

「あ、やめてください」


 撫でているつもりなのだろうが、髪を容赦なくぐしゃぐしゃにされる。


「いいからオレと昼寝だ昼寝」


 アリアスがあっという間にぐしゃぐしゃにされた頭を抱えながら強引にどこか雑に言ったサイラスを見上げると、彼はニッと笑った。




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