15 近しい人
話が終わったところでそういえば、と何がきっかけだったか本来ならば仕事をしている時間だとアリアスが思い出したのは早かったか遅かったか。
とにかく、その次にはどのような状況で連れ出されたか思い出して血の気が引き、大丈夫かと戻るのが少し怖い。
その気配を感じ取ったのか魔法で飛ばしてやると言う師の提案――というより待たずに魔法を使いそうだった――を即座に断り「師匠こそ仕事してください。あの机の上見えてますよね」とついでに指摘しておいた。
執務机の上には処理待ちらしき書類が積み重なっている。お願いなので高く積み上がっている方が終えた方だと言って欲しい。
まさにそれを聞く方がある意味怖かったので聞かなかった。紫の目は机の方も見なかった。逸らすどころか見ることもしないのか。
それよりも早く戻らねばならない、とアリアスがここはどこだ城だと思い出し出口を見る。と、ここで兄弟子が思わぬことを言い出した。師匠に送ってもらったらどうだ? と。
城での、というか魔法の無駄な使用は原則禁止である。基本事項である。
兄弟子がそんなことを言うとは思わずアリアスは間抜けた声を出してしまい、いやいやいやと首を振りかけた――「もう面倒だから送る。どうせ俺が連れてきた」送り返された。
「きゃあ!」
「――わ」
言わずもがな、後者がアリアスの悲鳴らしくない悲鳴。両者とも驚きが原因の声ではある。
「アリアス!」
「すみませんこれには理由が――」
「どこ行ってたのよ!」
「それが…………あれ、イレーナだ」
「そうよ」
アリアスはいまいち状況が読めずに、どこに飛ばされたのか読めずに間一髪ぶつかることはなく目の前に忽然と現れることになったと思われる人を見た。
イレーナ。
次に周囲を。騎士団の医務室のある建物の入り口だった。師はここに飛ばしてくれたのか。奇跡的にも目撃者は一人だけ。
「急に消えて驚いたんだから!」
「ご、ごめん」
周りを確認し終える前にイレーナに肩を掴まれて謝るしかない。アリアスもそのときは驚いていた、がイレーナほどではないだろうとは思われる。
「びっくりして、どうしようと思って、とりあえずいないから……」
友人はアリアスが突然消えてまた突然現れたことでか珍しく少し取り乱している様子で、アリアスは「落ち着いて」と言う反面連れて行き方に問題のありすぎた師にそのことについて文句を言ってこなかったと後悔した。後悔してもこの状態は変わらないが。
「とにかく、すぐに先輩には言いに行ったの」
「ありがとう……先輩はなんて?」
「特徴を聞くと大丈夫だって」
聞くところによるとはじめは訝しげにしていたらしい。それはそうだ、魔法の光とともに姿が消えたという証言で空間移動の魔法だとすれば高度な魔法で使える魔法師はそれなりの使い手だ。限られる。
そこで特徴を聞いてみれば黒い髪。そこで一致するただ一人の魔法師がいたということ。
ジオの容姿を知り、最高位の魔法師だと知り、彼が連れ去っていったアリアスの師であると知っている先輩魔法師であったのかもしれない。
軽く魔法を使うことは広くは知られていないのでそれが知られてしまうことは良くないことではあるが、それより妙な誤解を生まなくて良かった。
城では考えにくい誘拐、とか。それもアリアスがされる謂れはないのだけれど。
「良かった……」
実に運が良かった。
「イレーナ、あの人が……」
「先輩から聞いたわ。お師匠さまなんでしょう?」
イレーナの不安を払拭させるためか言われたようで、全て聞いたようだ。
魔法の力が強大すぎて身体の年齢を重ねるスピードが遅いのだとか黒い髪も大きな力のせいなのではないかと言われているとか、本当は違うのだけれど本人が否定していない噂。人ではないと言うわけにもいかないアリアスも全く何も説明する必要がなくなって肩の荷が降りる。
「それにしても魔法で連れて行くなんて」
「うん、ちょっとえぇと、用事があったみたいで……」
うまく言い訳が出ずにひどいことになった。
「そ、それよりイレーナどこか行くところだったんじゃないの?」
「え? ――そうだったわ、薬草を取りに行くところ。今大量に薬作りをしているところなのよ、ある分では足りないみたいで。治療団が持っていく分らしいわ」
治療団。
その語句を聞いてアリアスははっとした。
「イレーナ」
「何かしら」
「私、行こうと思う」
外へ行こうとしていたイレーナが壁にかけてある自由に使っていい傘を取って、動きを止めた。振り向く。
アリアスも一緒に行こうと傘を手にして、続ける。
「治療団に申し出ようと思う」
外から聞こえる雨の音がしばし流れた。
「……朝礼のあと、考えていたことはそれなのね」
「うん」
雨の音。イレーナが息を吸ったことが窺えた。
「わたし、行く可能性が自分にないと分かってほっとした部分があったの。でも、これまでは自分が行かないときって周りも行く必要がまだなかったじゃない?」
これまで。学園で学び、その役目がなかったとき。流行り病が広まり、治療団を作ることになってもまだ生徒だった。周りも自分も行く必要がなかった。
「安心をしきれないのよね、今は。関わっている人たちが行くのよ。あの人が、あの人もって。身近な人たちが行くことって違う怖さがあるわ」
生徒の頃は知っている顔は生徒だ。けれど今は知っている顔が魔法師だ。
「アリアスは行くのね」
「うん」
アリアスの顔に「思い詰めた」表情はないはずだ。何ら変わらない様子で頷いているはずだ。
でも。
「イレーナ……」
イレーナの顔が歪んだので、肩に触れる。
「帰って来るわよね」
「帰って来るよ」
アリアスはイレーナに微笑んだ。
昼休憩の間に、まずは誰に伝えるべきかと朝礼で前にいることをよく見る魔法師の一人を探し出し治療団への志願について伝えると、その旨は治療団編成の責任者にまで迅速に伝わった。
そののち、アリアスは竜に関わる仕事にも携わっているのでエリーゼにもその旨を伝えに行った。ほぼ事後承諾になったことを謝るも、「しっかりやってきなさい」と言われた。
その日からすぐに準備に追われることになり、イレーナの推測通りに数日後編成された治療団は城を王都を発つ日を迎えた。
アリアスは南部へと旅立った。
今日もう一度明日と明後日で分かれるかは未定ですが、明日以降に二回更新します。




