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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『冷たい風が運ぶもの』編
103/246

10 互いの秘密


 率直に言うと一瞬耳を疑った状況だった。それは、


「ルーウェン団長と知り合いなの?」


 というひとつの問いによるものだった。


「え?」


 アリアスは前置きや流れからというものなく、向けられた質問の内容をすぐに理解することができなかった。

 問いかけを発したのは昼食のためについている木製のテーブル、アリアスの向いの席に座っているイレーナ。

 ルーウェン。その名前がイレーナの口自体から出るのは初めてではない。ルーウェンが騎士団の団長だから話題によってはよく出ることにもなる。

 しかし、このようなことでは。


「ルーウェン団長と話していたでしょう? それも……何だか親しげに見えたから」


 アリアスはルーウェンの妹弟子だ。ということは、とこちらから連想するとジオの弟子だ。

 先輩魔法師の中にはそのどちらも知っている人はもちろんいる。アリアスが城にいたこともあって、すれ違うこともあったし一部の人とは手伝いを通じてよく顔を合わせることになっていたのだ。

 治療専門魔法師の中でも一番の顔見知りはクレアになるが、その他にも良くしてもらった人たちがいる。もちろんその人たちは今も現役で、アリアスの大先輩に当たる状態になっている。


 しかしながら、学園ではアリアスは城にいたというだけで詳細は語らなかったし、学友たちは魔法師のうち誰かを師に持っているのだろうという予想を口にしてもいたが、それだけで深く知ろうとはしなかった。

 学園を卒業し、城に勤務することになってもあまり変わらなかった。

 事実を知る人たちがいるといっても別にわざわざアリアスがジオの弟子でルーウェンの妹弟子であると言う機会も必要もないわけであり、そもそもそうであるということは彼らにとってはもう当たり前の事実として定着していたのだろう。


「あー、えぇと」


 結果、アリアスはアリアスで忘れかけてもいた。

 ので、どうして知っているはずのないイレーナがそれに繋がるような問いをしたのか、されることも予想していなかったもので聞き間違えかと思ったのだ。


 しかし本日午後のこと。

 マリーに「すごいこと」になっていると連れていかれた騎士団の訓練場にて、激しく剣を交わすゼロとサイラスの姿があった。人垣に紛れて二人を見ていたところで――呼ばれたらしいルーウェンが現れて、短いながら会話をした。

 あのときはそんなことすっかり頭から抜け落ちていて、先にある光景でいっぱいでルーウェンと話していた。


 そのときイレーナがどこにいたか。少なくとも人垣の中に入るときはイレーナはアリアスの後ろにいた。

 マリーも近くにいたのだけれど、彼女は他の多くの人たちのように見入っていて気がついた様子はまるでなかった。の、だが変わらず近くにいたのだろうイレーナは違う。


「マリーがいたからすぐには聞かなかったけれど」


 ちなみにそのマリーは今度こそ宿舎の自分の部屋で休んでいることだろう。

 じっと見てくるイレーナを前にだからこんな質問がと思い当たったことを思い出したアリアスは考える。どう言ったものか、と。

 しばらく考え込んで、結果こう切り出す。


「私に兄弟子がいるっていうこと覚えてる?」

「ええ。――え? ルーウェン団長が兄弟子さんなの?」


 話の流れが流れなのだけれど、一言目での察しが早くて話が早くて助かる。

 アリアスが頷くとイレーナが目を丸くして「うそ」と独り言のように呟いたのち、にわかに立ち上がって身を乗り出してきた。


「い、イレーナ?」

「本当に? だって団長様よ? あのルーウェン団長」


 器用に簡単な昼食ののっているトレイを避けてはいるが、珍しい行動。ずいと近づいた顔にアリアスは意識せず若干上半身を後ろに傾けてしまう。


「ほ、本当」

「でしょうね。嘘つく意味ないもの」

「うん」


 勢いに押されて何度も頷くと、そこで短いわりに激流のごとき勢いあった質問は止まった。


「ルーウェン団長が……そう、でもそれで納得。どうりで親しげよね」


 すっと近づいていた顔が離れていき、アリアスは内心ほっとするはめになった。


「……あら、待って」

「はい」


 動きを止めた待ったがかけられて、力を抜きかけた背筋を伸ばしての敬語になった。


「ルーウェン団長というと……公爵家の家督を放棄する形で国一の魔法師に師事なさったっていう話よね」

「う、うん」


 そんなふうに知られているのか。

 イレーナが「そうよね」と呟く。何かに引っかかっている、思い出せそうな、という感じの表情になっている。


「アリアスの兄弟子さんは、ルーウェン団長」

「うん」

「そのルーウェン団長は確か……国一の……」

「……」

「…………アリアスの師匠ってまさか……最高位の方?」


 呟きが重なるにつれてどこぞを向いていたイレーナだったが、思考の先にたどり着いた過程の見えた新たな問いと再びアリアスに定められる顔。

 ルーウェンの話題が来たということはそれにも差し掛かることは予測できていた。


「ごめん、今まで内緒にしてて」


 直接の肯定の代わりに、肯定と謝罪を一緒にした。

 すると、そんなアリアスを見てどう思ったのか目を何度か瞬いたイレーナがすうっと身を引いて、元の通りに向かいの椅子におさまる。


「何で謝るのよ」

「うん……前聞かれたときは、誤魔化してたような気がするから」


 と言うと、イレーナは首を横に振る。


「いいわ。分かるから、そういうの。自分以外のもので判断されてしまったり、自分以外のものを背負ってしまうかもしれないっていう気がするのよ」


 アリアスが驚く番だった。さっきまで思っていたことが暴かれた気分。


 今回問われた事実。隠すつもりはなかったと言うのは嘘になる。

 ジオやルーウェンは魔法師として高い地位にあるのだ。その弟子、妹弟子と言うのは勇気がいることで、アリアスは彼らと比べてしまえば実力は低いものなので考えることはたくさんあった。から、知っている人は知っている人で、あとは流れに身を任せる……を心持ちの建前にしてはいるが、実際はバレないようにとの思考が強かったと思う。


「……うん。たぶん、私は自分が落胆されるのも、それで師匠たち自身に……傷が入ることはないと思うけど顔に泥を塗るのが嫌なんだと思う」


 恐くもあるのだ。

 学園に居続けることを決めたのは魔法師となることを明確に決めたからで、そのために正確に必要な知識をすべてものにしようと思った。同時に魔法師となることを決めたのなら師や兄弟子に恥じぬ魔法師になろうと思った。

 でもいざ魔法師となり明らかになるかもしれない時になると、本当に大丈夫だろうかと思ったのだ。自分でいいのかと。本当に恥じない魔法師か。そうはなれていないのではないか。

 ゼロとの関係のことも、同じだ。

 そんな気持ちが今の状況を作っている。


「あのね、アリアス」


 自分の気持ちを改めて知り、手を見つめるばかりになったアリアスにイレーナがそっと声をかけた。すっかりいつも通りに落ち着いた調子の声に、アリアスは視線と一緒に下げていた顔を上げる。

 前にはイレーナが真剣な顔つきでいた。その声を潜めて言う。


「わたし、レルルカ様の姪なの」

「……え」


 アリアスはまた言われたことをすぐに理解できない声を出すことになった。それも、今まで考えていたことを掻き消してしまうほどの内容であるということだけは間をあけて理解して、


「えぇ!?」


 ガタリと立ち上がって、我に返って座る。

 しかし驚きは冷めず、とんでもない発言をしたかのように思えるイレーナを凝視する。

 レルルカの、姪?

 レルルカとは言わずと知れた最高位の魔法師の女性。特に治療系の魔法が随一として知られる方。いつでも綺麗な笑顔を崩さず、隙のない華やかな装いをしている。

 アリアスも会い、話したことのあるその姿が頭に浮かぶ。


「秘密よ、秘密」


 未だに出す言葉が見つからない、というアリアスが視線を送るしかないイレーナが暗に肯定する言葉とともに「静かに」といった仕草をする。

 レルルカと比べるなら彼女の二つに結われている栗色の髪は同じ、目の色は少しイレーナの方が濃いめ。仮にどちらも色味が合致していたとしても取り立てて珍しい色の組み合わせではないから……。


「本、当に?」


 完全にさっきと立場が逆転しているのだが、そんなことに構っていられずさきほどのイレーナと同じ言葉を溢してしまう。頷かれ、イレーナは微笑んで立ち上がりはせずに上半身を前に出して小さく手招きするのでアリアスも真似して、テーブルの中央で顔を寄せ合う。


「わたしの母の妹に当たる方なの。わたしの母がお嫁に行ったわけだから名字は違うのだけれど」


 イレーナはバートン伯爵家の三女だ。レルルカは本名レルルカ=クレール、あの立ち振舞いで聞くと驚くのだが実は有力貴族出身ではない。


「だからね、わたしはアリアスのその気持ちが分かる気がするの。

 もしもわたしがレルルカ様の姪だと周りが知ったら、わたしはこれまでとは別の見方をされるのではないかしら? レルルカ様は最高位の魔法師だわ。わたしの魔法の腕に注目されて、でもどのような評価をされてもその先に見ているのはレルルカ様になるのではないかしら? それに評価がもしも低くみられたら? レルルカ様に迷惑はかからないかしら? まぁそうは言ってもおば様自身の評価に傷はつくとは思えないけれどね」


 微笑みに少しの自嘲を混ぜたイレーナがあまりに似たことを考えていたから、


「そっか」


 アリアスはそれだけ相づちをうった。

 イレーナが最初の驚きようから考えるとなぜ急に身を引き落ち着いたのか、分かったから。


「そうなの」


 そうして二人はどちらからともなく離れて、椅子に戻った。

 今互いに明らかになったことを無言のうちに互いに内緒にすることにして。


「ちょっと待って」

「なに?」


 一段落ついたところでゆっくり昼食を摂ろうと一旦置いていたパンを手にとりちぎったところで、イレーナが待ったをかけた。

 彼女も彼女でスープを飲むために手にしたスプーンをなぜかすぐに置いてしまった。こちらを見る。


「アリアスの兄弟子さんって、あの兄弟子さんよね」

「どの兄弟子なのか分からないけど一人しかいないからそうだと思う」

「頻度のわりに手紙が分厚すぎる兄弟子さん」


 小さくちぎったのにも関わらず、口に入れたパンが喉に詰まりそうになった。


「手紙の量すごい兄弟子さん。そうよ忘れてたわ、というよりもとっさに結びつけられなかったわ」


 そうだろうとは思っていた。

 すっきりした様子のイレーナに差し出されたコップをありがたく受け取り口に運ぶアリアスは、学園時代の兄弟子からの分厚い手紙とイレーナの反応を思い出して遠い目をした。

 魔法師騎士団の団長をしているとは想像していなかっただろうな、と。



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