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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『冷たい風が運ぶもの』編
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8 風邪のはじまり


 くしゅん、と誰かがくしゃみをした。


「風邪?」

「かも」


 顔をあげたアリアスはくしゃみをして鼻をすすっているマリーに、ポケットからハンカチをとりだして差し出す。


「これ使って」

「ありがと」

「マリー、あなた寝ているときに毛布蹴らないようにしたほうがいいんじゃないの?」

「それが原因かなぁ、昨日からなんかおかしいなぁと思っては……っくしょっ!」

「とりあえず、完全に風邪ね」


 騎士団の怪我人は今日もそれなりに出て、やって来る。

 そんな騎士団の医務室と呼ばれる建物の一室。治療を行う部屋ではなく、物置と化している部屋にて備品の確認をひとつひとつ行っているところだった。

 ひとつだけある窓の外を見れば時刻にしては暗め。

 とうとう灰色の雲一面の曇り空となってしばらく経つ。太陽が出ないので気温が上がることはなく暖かさも感じることができない。その代わりに冬の気配をかすかに感じるほど。


「仕方ないわ」


 きっちり並ぶいくつもの木製の茶色の棚、アリアスからは見えない位置からイレーナの声が聞こえる。棚ひとつに皆いるのではないので、イレーナは異なる棚にいるためだ。

 実はマリーも隣などにいるのではなく、棚ごしの向かい側にいる。ハンカチは隙間から腕を通して差し出した。

 ちょっとした物音以外は静かなもので、十分に会話は成立するのだ。


「風邪を引いてもおかしくない時期に入ってきてるもの」

「最近お城で咳や熱で医務室に来る人が増えてるみたい」

「騎士団では今のところ聞かないから、やっぱり鍛えていると病気にも強いのね」

「あたしも風邪なんて子どもの頃に引いたっきりだったのに!」

「子どものときは引いていたのね」

「い、一回くらいだもん!」


 何度か埃が原因ではなさそうなくしゃみをしているマリーだけでなく、風邪の気配が漂ってきていた。イレーナの言った通り騎士団だけを見ていればその気配は全くないので分からないが、城で働く人々で咳だったり喉の痛みだったりで悩んで医務室を訪れる人が増えてきているそうだ。


 それにしても悔しそうなマリーである。

 通常からして元気な彼女で、風邪を引くなんて想像できない元気さだから本人としても風邪らしいことには不服なのか。でも、早く治りそうではある。


「学園で風邪が流行ったときも引かなかったもんね、マリーは」

「そう!」

「そういえば、そうだったわね。それに意外と甲斐がいしかったわ」

「だってあたし長女だから、慣れてるもん」

「そうなの? それは初耳。思い込んでて聞かなかったのかしら……」

「どういう意味!」

「落ち着きないから、末っ子かしら」

「ちょっと!」

「まぁまぁ二人とも、マリーは風邪が悪化するかもしれないよ」


 イレーナは手を動かしてそうだが、マリーの手は止まっていそうだった。

 空っぽの透明の瓶を数えてチェックするアリアスはもう慣れた調子のやり取りに適度に間に入っておく。

 聞いていて楽しいものだが、あまり声が大きすぎるとさすがに仕事中なので隣の部屋にいる先輩に注意されるかもしれなかった。本当に気をつけなくてはいけない仕事中でなければ、お喋りしていても許してくれるけれど、注意されるときはされる。


「っくしゅっ」

「マリー、大丈夫? ひどくなってない?」


 ずずと鼻をすする音がさっきよりも大きくなっている。ちょうど棚の端まで来ていたので一応ひょこ、と棚を回ってアリアスが向こう側を覗いてみると、


「大丈夫大丈夫明日には治るから!」

「毛布を蹴らなければ、ね」

「イレーナがいじわる言う!」


 イレーナがいる方の棚に向かってマリーが言うので、あれだけ元気ならば大丈夫かと思う。

 その様子に微笑んで、棚を通りすぎて次の棚へ行くとイレーナが口許に弧を描きながら棚から箱を取り出して中を見ているところのようだった。


「あら、アリアスあっちは終わったの?」

「うん。持とうか?」

「平気。……それより暗いわ」

「そう? ……本当だ」

「ろうそくどこかしら」

「えぇと確かこっちにあったと思、あ、あった」


 言われてみると紙に目を凝らしていたかもしれない。部屋の中は曇り空ということで太陽は出ていないわけで、自然の光はまるで取り込まれていなかった。

 それでもこれほどに暗くなっていたとは、作業に取りかかりはじめたときには支障があるとは感じられなかった。

 アリアスが近くにあるろうそくを探せば窓際に。

 窓の外も思ったより暗くなっていた。

 一階の景色なので木の細い幹が近くに見えるが他には何もない、遠くに建物の壁が見えるくらい。その景色に線が入り、消える。

 何かがぽつぽつと落ちてきていることに気がついた。


「雨だ」

「え? あら本当」


 雪ではなく、雨だった。

 曇りだから暗いにしては……と思ったら雨が降るほどに雲は厚くなっていたよう。

 それほど降っているわけではなく、ぽつり、ぽつりときっとほとんど気がつかないほどに降っている。

 珍しい、と思う。アリアスは手を止めて窓の外を空を見ていると、側にきたイレーナも同じことを思ったらしい。


「嫌ね。でもきっとすぐに止むわ、この季節だもの」


 冷たそうな雨だ。

 くしゅん、と一際大きなくしゃみが部屋に響いた。


 今日一日で彼女の症状が重くなってきそうだと思えるのはアリアスだけだろうか。





 その後結局マリーは顔が赤くなってきていたので、休んだ方がいいのではと先輩に許可をとって宿舎に帰ることになった。


「マリー、大人しく寝るかしら」

「横になったら眠っちゃうんじゃないかな、あの様子だと。明日には治ってるといいんだけど……」


 アリアスとイレーナは備品確認し終えた紙を渡したあとで遅めのお昼休みを与えられて廊下を歩いていた。のだが、


「あ、いた!」

「マリー? 戻ったはずじゃ……」


 さっき見送ったはずの人物が目の前に現れてアリアスは歩みよると、マリーはマリーで駆け寄ってきた。

 よほど走ってきたのか息が弾んでいて、体調不良とは思えない、顔が赤いのも興奮気味だからと思える口調で言う。


「今、すごいことになってるよ!」

「すごいことって? 」

「すごいことはすごいこと! ……とにかく来てみて!」

「ちょっ、マリー!?」


 いつも通りの力の強さで引っ張られると外に連れ出された。弱い雨が数粒だけ別々よタイミングで顔に当たることを感じる。


「どこ行くの!?」

「騎士団!」


 騎士団?



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