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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
9/10

 夜の帳が下りてなお、王都アルトゥリアはその異名に違わぬ光を灯し続けている。

 日が落ちてからが本番とも言える歓楽街や繁華街はもちろんの事、住宅街や公園に至るまで、看板灯、街灯、窓から溢れる照明、様々な光が暗いゲルフェ平原に光の島を作りだしている。

「ちょっとまって――――ッ!?」

「――――きゃァッ!?」

 その光の一端、アンスライム三号寮の一室で、ゼノスは消えゆくアイを逃すまいと手を伸ばすと、その先には長い金髪を後ろに束ねた別の少女、エリスがいた。

「…………」

「…………」

 ベットで寝ていたゼノスを脇から覗き込んでいたのだろう。突如起き上がったゼノスに反応しきれず硬直するエリス。あわや二人の頭と頭がまともに衝突してしまうその直前、ゼノスはなんとか頭の軌道を逸らし回避に成功するが、勢いまでは殺せず、エリスを抱きとめる事でようやく二人の体は静止する。

「あ、あの」

「すまない、決して他意があったわけではないんだ」

 事情を知らない者が見れば、まるで恋人同士の熱い抱擁にも見える二人。

「……ったく、エリスもエリスだけど、隊長さんも隊長さんだよ」

 双方赤面しながらおずおずと体を離す現場を目の当たりにして、部屋の扉横の壁に寄りかかり一部始終を不本意ながら観察していたフライアは嘆息する。

「だってまさかいきなり起き上がるなんて!?」

「アイと話してたんだ、これぐらい予想できるだろ? はぁ、しかもまんざらでもない顔しちゃってまぁ」

 やれやれと右手で後頭部を掻くフライアは、げんなりと言うその言葉にエリスは激しく狼狽した。

「だだだだだだ誰がまんざらでもないとか!? だいたいなんでフライアさんがここにいるんですか!?」

「ア、アタシの事は別にいいだろ?」

 ただでさえ赤くなっていた顔は更に茹で上がり、耳まで真っ赤になったエリスの思わぬ反撃に、フライアは後頭部を掻いていた右手の動きが止まる。

「よくないですよ! 私はアイちゃんにゼノスさんを起こすよう言われてここに来たんですよ!? なんの用もなく男の人の部屋に入るなんて……まさか!?」

「まさか!? じゃないよ!! アンタほんとろくでもない思考回路してるね!? そんなんだからこの前の出撃で口上なんざ垂れて減俸になるんだよ!!」

「そ、それとこれとは話が違うじゃないですか!! 今はフライアさんがどうしてここにいるのかって話で!!」

「だからそれはいいだろって!!」

「……すまない、二人共、自分はそもそもどうして二人がここにいるのかがわからないんだが」

 女三人よれば姦しいという言葉はあれど、エリスとフライア、二人で十分に騒がしいこの状況に終止符を打つべく、部屋の主であるゼノスは恐る恐る発言する。

「わ、私はさっきもいいましたけど、アイちゃんにゼノスさんを起こすように言われて」

「……アタシも似たようなもんさ」

「嘘です! それは嘘をついてる時の顔です!」

「アンタなんでこんな時に限って強気なのさ!?」

「わかった! 二人がどうしてここにいるのかそれはこの際目をつむろう!! それよりもう一つ尋ねたい事があるんだがっ!!」

 このままではらちが明かないと、ゼノスは二人の言葉を遮り、二つ目の質問へと移行した。

「……その、どうして二人共そんな格好を?」

 その格好。

 黒を基調とし両脇から踵にかけて、エリスはピンク、フライアは紫色、それぞれ五センチ幅程のラインのある他、体の中心線に一本伸びた着脱用のチャックがある以外一切の装飾らしい装飾の見当たらない、まるで体に張り付くように仕立てられた首下から手の先、足の先まで上下一体となった服。

 そこそこ生地が厚いが故に体のラインはそこまで強調されていないも、部屋が暗ければ裸にも見えかねない、服と呼ぶのもおこがましいその格好に行き場を失ったゼノスの視線は自然と上へと向いてゆく。

「え!? きゃッ!?」

「……はぁ、何が『きゃッ』だよ今更」

 ゼノスの指摘に短い悲鳴を上げ、己が体を抱きしめるエリスは軍用の濃い緑色のジャケットを羽織って入る分まだいいのだが、服がきついのかチャックを胸辺りまで開き、堂々と膨よかな胸元を露出するフライアは寝起きのゼノスには少々刺激が強すぎた。

「これはその、っていうかわからないんですか!? アイちゃんとお話ししてたんですよね!?」

「アイちゃん? それは夢の? 何を言って」

 いるんだ、と続けようとしたゼノスは不意に思い出す。

「……LAA…強化…礼装?」

 ファルゼンを操るにあたって必要となる大気中に分布するルゴスを引き寄せる力、ルゴス加集積能力(Lgoth Attract Ability)。略称LAAの力を最大限まで引き出し、かつファルゼンの擬似神経と搭乗者の体性神経系との親和性を高める事のできる服。

 聞いたこともない名詞を、知るはずのない知識を、エリスが、フライアが着ている今見たばかりの服の名前を、ゼノスは思い出したのだ。

「ゼ、ゼノスさん?」

「いや、すまない、俺は……知ってた、のか?」

 途方も無い違和感に襲われ呆けるゼノスの様子を、体を抱いていた手を解きエリスは心配そうに見つめる。

「アイが言ってたろ? ダウンだか、インだかってよ」

 対して、相変わらず不機嫌そうなフライアは壁によりかかりそう言い放つ。

「ダウンロードとインストール、ですよフライアさん!」

 補足説明するエリスに、んなこまけぇ事はいいんだよ、と邪険にあしらいフライアは続ける。

「なんでも、頭の中に直接ファルゼンの操縦法やら、この施設の使用法なんかを叩き込むって事らしい。便利だろ?」

 王都防衛機構アテーナーの全てを短期間で理解させる為に、王都のいたるところに刻まれた結界陣を通じて直接『アテーナーユーズマニュアル』、つまりアテーナーの取扱説明書を対象となる人間の脳に流しこむ事をダウンロードと。

 その情報を体になじませる事をインストールと。

 ゼノスの場合、王都ではなくアシベリからアルトゥリアへ向かう汽車の内部に刻まれた結界陣を通じたという違いはあれど、そのような工程を経て今のこの奇妙な記憶が存在している事を、ゼノスの頭はその流し込まれた情報をもとに自然と結論づけて行く。

「……はは、便利と言うには少し乱暴過ぎるかな」

「っは、乱暴だろうがなんだろうが、便利なもんは便利だろ? 御託並べてねぇで認めろっての」

「もう! 乱暴なのはフライアさんですよ! 誰だってこんなわけわかんない状況になったら混乱しますって!」

 語気の荒いフライアにエリスは頬を膨らませ抗議の言葉をかけ、またフライアに邪険に扱われる光景。

 目の前で繰り広げられるそんな光景を眺めるゼノスは、あの黒の世界で、アイが最後に言った言葉を思い出していた。

『私、アイは、ゼノス・エッカート様の入隊を心より歓迎いたします』

 入隊、隊と名の付く組織の一員となる事。

 ではこの場合の入隊とはなにか?

 ファルゼン、王都防衛機構アテーナー、ルゴス、そしてニビル。

 様々な情報を与えられたゼノスの脳は、ある一つの結論を導き出していた。

「って、フライアさんと喧嘩してる場合じゃないんですよ!!」

 そんな折に、我に返ったエリスはフライアに背を向け、部屋に備え付けられた小さな机へと向かう。

 机には丁寧に折りたたまれた、赤のラインの入ったLAA強化礼装が一つ。エリスはそれを手に取り、慌てた様子でベッドにいるゼノスへと手渡した。

「えっと、これに着替えて地下格納庫へ急いでください!! そこで課長が、司令が待ってます!!」

 渡されたLAA強化礼装を見つめ短く頷くゼノスは、その答えを探すためベッドを降りるのだった。


* * * * *


 アルトゥリア王城地下、王族と限られた一部の人間のみしか立ち入ることの出来ないとされる聖域にそれは鎮座していた。

 背丈の割に太い手足、見事な逆三角形の胴体の上に乗るは盛り上がった肩と同じ高さの小さな頭。

 夢で見た時よりも二回りは大きい、質実剛健という言葉をそのまま姿形にした、宝石や貴金属とは異なるまるで甲虫の様な艶のある輝きを放つ、赤、青、黄、緑、桃、紫、六色六体の巨大な騎士甲冑。

「兵装準備どうなってる!?」

「あ、あと少しで」

「馬鹿野郎!! んな答え俺は求めてねぇんだよ!! パイロットはもう到着してんだぞ!!」

 忙しなく動く作業員達に囲まれ地下格納庫にて整然とならぶ、転倒防止のために拘束具で手足を堅く固定された対ニビル特殊甲冑ファルゼンは無言で新たな搭乗者を迎え入れた。

「……これが、ファルゼン」

 LAA強化礼装に着替え、アンスライム三号寮談話室から続く隠し部屋よりアルトゥリア王城地下へと伸びる斜行エレベーターに乗り、エリスとフライアと共にやって来た地下格納庫。

「よう、体の調子はどうだ? 新人」

 居並ぶファルゼンに圧倒されたゼノスの横から、昼間の制服とはまったく様相の異なるエッダを後ろに従えた、同じく異なる制服を身に纏ったハロルドが声をかけた。

「ハロルド、司令、ですか」

「おうよ、馬子にも衣装ってな。中々似合うだろ?」

 軍帽の位置を整え、両手を広げて飾緒の下がった国王直属である近衛兵を意味する青い軍服を、ヘラヘラと笑いながら見せびらかすハロルドが、ゼノスにはあのよれよれの制服を着ていたあのハロルドと同一人物とは思えなかった。

「どうだい? 他国のお偉いさんがハゲ散らかしてまで欲しがってる我が国の機密中の機密がずらぁっとならぶ風景は?」

「……そうですね、休日に王都の観光でもと思っていた身の上としては、とんだ観光スポットに迷い込んでしまったとしかいいようがありません」

 そう言って苦々しく笑みを浮かべるゼノスに、ハロルドはその背をバシバシと強く叩き快闊に笑う。

「なに爺みてぇな事いってんだおめぇはよ! 後ろのエリスなんざ、初めてここに来た時ぁはしゃぎまわって整備班ヴァルゴのとっつぁんに怒鳴られて大変だったんだぜ?」

「ちょ!? 司令!! なんでそんな事ここでいっちゃうんですか!!」

 思わぬ形で過去の過ちを暴露されたエリスは顔を真っ赤にして抗議するが、ハロルドは聞く耳など持たずゼノスと肩を組み話を続ける。

「ま、そんな大層な服着せられてんだ。だいたい察しは付いてんだろ? ほんとに偶然迷い込んだってんなら残念だが不慮の事故にあってもらう事にもなろうが、お前さんは選ばれてここに立ってんだ。そう苦

い顔しなさんな」

 不慮の事故、という不吉極まりない単語に先程からチクチクと痛むゼノスの胃はますますその勢いを増してゆく。

「ゼノス・エッカート」

 しかしいつのまにか組んでいた肩から離れ居直る、ヘラヘラとしていた先程までの『課長』の仮面を捨て、新たに『司令』の仮面を取り付けたハロルドの口から発せられる鋭い声に、ゼノスは胃の痛みも忘れて背筋を伸ばす。

「現時刻をもって貴殿に王国直轄対ニビル戦特殊部隊トライアンフ実動班アリエス班長の任を命ずる」

「ハッ!」

 目覚めた時からの予感を決定づけるハロルドの言葉。

 ゼノスは告げられた辞令に右腕を上げ肩から肘までを地面と並行に、手の先を右のこめかみにキチリと当て手の平を相手に向ける陸軍式の敬礼で応える。

「なお、本部隊は機密部隊のため書面による辞令は存在しない、口頭のみの辞令となる。代わりと言ってはなんだが、その証しをこれより貴殿に授与する」

 続けながらハロルドは後ろのエッダを一瞥する。するとハロルドの視線を受けたエッダは懐からC字型の黒い輪っか、ともするとカチューシャにも見えるそれを取り出しゼノスの首に取り付ける。

「これは」

 と疑問符を浮かべようとするゼノスの脳裏に再び先程と同じく、思い出す、あの感覚が呼び覚まされる。

 アテーナー移動通信複合端末。

 体内の魔力をエネルギーに、周囲の結界陣を通してアテーナーに自身の位置情報やバイタルサインの送信、端末同士の通信や自立思考型インターフェース『アイ』との交信など様々な機能を持ち、常時発動している偽装魔法によって皮膚の一部の様に他人には見る事の出来ない道具。

 まるで辞書の内容を無理やり頭に詰め込まれるような感覚にめまいを覚えるゼノスに、再び疑問符が湧いた。

「……アイ?」

『はい、いかが致しましたか? エッカート様』

 頭の中に響く聞き覚えのある少女の声に、ゼノスは身じろぐ。

「な!? ど、どこに!?」

『はい、私自立思考型インターフェース、魔導式AIアイはエッカート様がアテーナー移動通信複合端末を身につけられることによって、エッカート様の意識内に干渉すること無く、いついかなる時でもおそばにお使えすることができます』

 淡々と返答するアイに、優雅にお辞儀する姿まで錯覚するゼノスだったが、その姿はこの格納庫のどこにも見当たらない。

「なんだ? アイと話してるのか? ったく、まだ情報に実感が追いついてねぇみてぇだなぁ。大丈夫なのか? これから実戦だぞ?」

 傍目からは一人芝居にしか見えないゼノスの奇行に呆れるハロルドの台詞に、右往左往していたゼノスの体がピタリと止まる。

「実戦、ですか?」

「おう、敵さんはもう上でお待ちかねだぞ?」

 ハロルドの何食わぬ言動に、ゼノスの額はじっくりと湿り気を帯びてゆく。

「ちょっと待ってください、俺は今日初めて、ってかさっきサラッと流しましたけど聞き間違いでなければ班長って……まさか現場指揮は」

「お前が執るんだよ、班長」

『ファイト、でございます』

 そこ意地悪いハロルドの笑顔と、感情もへったくれもないアイの励ましを受け、ゼノスは忘れかけていたはずの胃の痛みがジクジクとうずいていた。

ここまでがストックですm(_ _)m


これからは一週間をめどに投稿しますm(_ _)m


……し、しますさせますがんばりますorz



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