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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
8/10

 暗い、という言葉は光が先に見えるからこそ言える表現である。

 上下左右、何も見えず聞こえもしない、自分の存在さえも希薄になった世界。

 あの死闘から数分後、動けぬ少女を背負いなんとか最寄りの飲食店へと転がり込み、驚く店員に少女を任せニビルの事を伝えた後、ゼノスがやって来たのはそんな黒の世界であった。

 視覚どころか触覚さえあやふやな感覚に、常人であれば恐怖におののき、場合によっては狂気に囚われても不思議ではないこの世界で、ゼノスは不思議と慌てる事はなかった。

 なぜならばゼノスはここ最近この不思議な感覚を味わっているからだ。

 神鉄の鎧が活躍する、あの世界。

 ここは夢の中だと、ゼノスの経験が囁く。

「勘違いしている所申し訳ありませんが、ここは正確には夢の中ではございません」

 突如、幼い、しかし凛としたどこか気品漂う少女の声がゼノスの頭の中に響いてくる。

「ここはエッカート様の意識の中、でございます」

 腰までかかった長いふわりとした宝石の様に煌めく銀髪の上には、紺色のつばのない小さな楕円の帽子が乗っており、見つめれば吸い込まれそうな程に澄んだ二つの金の瞳は、人形の様に整った顔つきをさらに美しく引き立たせる。幼い体に合わせたワンピース、中央区役所の女子職員と同じ紺の制服と幼いながらにほのかな色香を身に纏った、まさしく美少女とい言って相違ないその少女は、感情なく微笑みながらゼノスにそう語りかけた。

『……どこから出てきたんだ? この子供は』

 無い足場の上に立ち、黒の世界にただ一つ光もないのに色付く不可思議な少女の登場にゼノスは首を傾げる。

「申し遅れました。私、王都アルトゥリアの防衛一切を取り仕切る王都防衛機構アテーナー。そのアテーナーとエッカート様の仲を取り持つ、自立思考型インターフェース、魔導式AIのアイと申します。どうぞランチのセットメニューに追加するコーヒーの様に『あいちゃん』とお気軽にお声掛けくださいませ」

 両手でスカートの裾を軽くつまみ少し持ち上げつつ、右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げ、少女、アイは一礼すると共に先程と同じく感情無の無い笑みを浮かべた。

『……アイチャンさん』

「エッカート様はベタでいらしゃいますね。ちゃん、は敬称でございます。私に何か申し付ける際は『アイ』もしくは日帰りで楽しむ小旅行の様に『あいちゃん』とお気軽にお声かけ下さいませ」

『…………アイちゃん?』

「はい、なんでございましょう、エッカート様」

 下手な大人よりも大人な、見た目十歳程度の美少女アイの発する猛烈な違和感と戦いつつ、ゼノスは続ける。

『その、名前以外の全てがさっぱりなんだが』

「へたに取り乱す事も、思考を止めるでもなく、努めて現状を理解しようと私めに働きかけるその姿勢。エッカート様、好感度アップ、でございます」

『……こうかんど? 何の話を』

「順を追って説明致しますエッカート様、どうぞご安心くださいませ」

 困惑するゼノスを差し置いて、アイは再び一礼すると両手を広げその小さな手の平を上に向けた。 

 すると空中へと差し出された手の平からは幾つものカードが生み出され、そのカードは半円を描く様にアイを囲んでゆく。

「まず、この空間は先程申し上げました通り、エッカート様の意識の中、でございます」

『意識の……』

「はい、ただいまエッカート様はこの王都に到着する以前より開始しておりましたアテーナーユーズマニュアルのダウンロードが終了し、インストール状態にあります。この黒一色の世界は脳への負担を軽減するため五感をシャットアウトしたための副作用、とご理解くださいませ」

『……はい?』

 説明にならないアイの説明にますます混乱するゼノスに、アイはですよね、と微笑みながら一枚のカードをゼノスへと差し向ける。

 空中を滑る様に移動し、ゼノスの目の前で止まるカードの絵柄はアルトゥリア中央駅。つい先日降り立ったその場所に見覚えの有るゼノスはすぐさまその精巧な絵柄が駅である事に気がつくが、驚くことにそのカードに描かれた絵はひとりでに動き出したのだった。

 駅を抜け出、レンガ道を走り、空へと羽ばたく。

 まるで鳥の目線の様に、ついには王城を中心に円を描く王都アルトゥリアの全貌を映し出す。

「ここアルトゥリアの人口は現在三百二十七万七千五十六名。この世界においてこれほどの人口を誇る都はございません」

 美しき光の都アルトゥリア、その名に違わぬ街並みがアイの言葉共に黒く染まる。

「しかし光あるところに影あり、人口の増加は二ビリアンの脅威に晒される事となります」

 黒に染まったカードには、先程まで死闘を演じたあの化物が映しだされていた。

『……ニビル』

「そうですね。その名称は一般的に広がった俗称、正式には二ビリアンと申します」

『ニビ……リアン』

 人間の数に比例し、その脅威度が上がってゆくとされるニビル。

「過去のデータには、百万の民草を抱えた都市が一晩で壊滅したと言う例もございます」

 故に各国はあらゆる都市の人口を、人口に比例して強大になるニビルにギリギリ対抗しうる数、十万前後に抑え都市を分散している。

「この二ビリアン、どうして人口の多い場所に多発し、なおかつその個体の脅威度が上がるのか? それは人間の持つ負の感情、恨み、妬み、嫉み、欲望、絶望、憎悪に恐怖。人の持つありとあらゆる負の感情を苗床に、二ビリアンが生まれるからでございます。我々はこの人間の持つ負の感情をニビル、と呼んでおります」

『なるほど、ニビルからうまれるから二ビリアン、か。しかしそんな説は初めて聞いたな』

「ええ、大多数の人間には二ビリアンがどうして生まれるのかが問題ではなく、二ビリアンからいかに安全を勝ち得るのかが重要なポイントとなりますので、知られていなくて当然、知っていたとてどうする事もできない事実でございます」

 アイの言うとおり、この話が真実だろうと嘘であろうと、人の世のあり方は変わらない。

 なぜなら負の感情を持たぬ人間など存在しないからだ。

 よって人々はニビル、二ビリアンの脅威から身を守るため非効率とわかっていながら人口の制限と都市の分散化を行う他ない。

「しかし、あらゆる事象には相反する事象が存在するのが世の常。天には地が、夢には現が、光あるところに影はあり、影あるところに光あり……この国、ブルドスタインには脅威に対抗する手段がございます」

『……それは、神鉄の巨人の事か?』

Exactlyイグザクトリー、でございます」

『…………いぐざ? あ~いや、いい、話を続けてくれ』

 もはや疑問符も浮かべ尽くしたと言った様子のゼノスは、頭を振って自主的に返答の辞退をアイに申し出る。

「はい、神鉄の巨人、無傷の盾、聖王都の守護者……歩く宝物庫なんて異名もございますが、本来の名は対二ビリアン特殊甲冑ファルゼンと申します。以降ファルゼンと省略させていただきますが、このファルゼンの戦闘能力、エッカート様はすでにご存知でございますね?」

 昨日の夢、青年の操るファルゼンは、人間大の大きさでアレだけの苦戦を強いられたニビル、そのニビルの三倍はあろうかという大きさの怪物達をなぎ倒していった。

「愛情、友情、勇気、信頼、感謝、喜び、慈しみ、あの力はファルゼンの有するルゴル、ニビルと相反する正の感情から生まれる力を借りております」

 正の感情。

『……まさか、アレがそんな青臭い物で動いてるとは』

 いい大人であればある程に言葉にするのもはばかられる、しかし決してないがしろには出来ない感情。「青臭いとはゼノス様、私から見れば部下の為に公爵家の次男坊を殴りつけたゼノス様も相当に青臭い方の様に思えますが?」

『…………』

 痛い所をついてくる夢だ、と、ゼノスは感覚の薄い顔の表皮が苦い笑みを浮かべるのを感じる。

 二ヶ月前、アシベリ駐屯地に四大貴族に名高いトスタニリオ公爵家の次男坊が防衛指揮訓練のため来訪した。

 軍部に強い影響力を持つトスタニリオ公爵家とはいえ、その力を持つのは当主のみ。なんとかその力の一端でも手に入れようと、環境の厳しいアシベリで指揮訓練を行なったという実績で箔をつけるためと、見え透いた理由で無理やりやって来た次男坊、もうじき三十路になろうと言うその男はアシベリの兵士達の予想通り、いや予想以上のろくでなしであった。

 寒い寒いと文句を言うだけならまだしも、暖炉と燃料を独占するわ、飯に文句を付けるわ、道行く兵士に嫌味を言うわ、とにかく散々な次男坊は事もあろうに食堂で給仕をしている村娘に手を上げたのだ。

 寒さの厳しいアシベリで食堂は癒やしの空間であり、そこで働く給仕、それも男所帯に花咲く一輪の花とも言えるその村娘はアシベリの兵士達には神聖視すらされていた。

 その村娘に手を上げる暴挙だけでも問題なのだが、間の悪い事にその現場に居合わせた第二十七小隊、ゼノスの小隊には彼女の身内がいたのだ。

 妹に手を上げた次男坊に、我も忘れて殴りかかるゼノスの部下。

 結果、ゼノスは部下を殴りつけ、部下の代わりに次男坊を病院送りにしたのだった。

『……まったく、今思えばどうしてあんなことしたんだか』

「部下の命を守り、ついでにアシベリ兵のリンチからアホウの命も守ったゼノス様に落ち度はないかと」

『落ち度ありまくりだろ? 何も病院送りにしなくたって、いくらでも方法があったと思うよ? ……ただ俺も腹が煮えくり返った、それだけの話さ』

 バカをしでかそうとした部下を叱ったつもりが、結局自分が一番バカだったのだと自己嫌悪に項垂れるゼノス。

「……好感度アップ、でございます」

 そんな意気消沈まっただ中のゼノスには、当然アイの無機質な笑顔に起こった微妙な変化を捉えることなど出来ない。

「さて、話がそれました。時間もないので軌道を戻させていただきます」

 もちろんその事を気取らせるつもりのないアイはしれっと次のカードをゼノスへと飛ばす。

「先程も申しました通り、正の感情、ルゴスによってファルゼンは二ビリアンと渡り合って、いえ、正確には駆除をしているとお考えください」

 カードに映される無骨な鎧、ファルゼンの様相にゼノスはアイが『渡り合う』という言葉から『駆除』と言い換えたその意味を理解する。

 夢にみたあの巨大な鎧達は、反撃など意にも介さず次々とニビルを灰塵かいじんしていった。

 あれは『戦う』なんて対等な関係ではない、羽虫を蹴散らす言葉通りの『駆除』そのものであった。

『つまりルゴスはファルゼンを動かすための燃料なんだな?』

「一部正解、でございます。ルゴルはファルゼンの燃料であり、武器であり、防具であり、移動手段でございます」

『随分使い勝手がいいんだな、ルゴスってやつは』

「ルゴスが、と言うよりは、ルゴスをその様に扱えるファルゼン、ひいてはアテーナーが、と言うべきかもしれません」

『それだ、さっきからちょくちょく出てるそのアテーナーってのはなんなんだ?』

 ゼノスの質問に待ってましたと言わんばかりの笑みをこぼすアイは、もう一枚、カードをゼノスへと飛ばす。

 飛ばされたカードはまたもゼノスの目の前に止まる。

 その絵柄に、ゼノスは見覚えがあった。

『これは、結界陣の』

「はい、アテーナー守りの要、結界陣。その魔法陣でございます」

 続いて、と、アイは再びカードをゼノスへ飛ばす。

 今度の絵柄はニビルとの戦闘中に夢にみた、王城の先端に作られた発射台。

 アイは両手をまるで指揮者の様に振るって宙を舞うカードを操り、ゼノスの前に並べてゆく。

 ファルゼン、結界陣、発射台、王都の全景に、巨大な汽車の様な物など、実に様々なカードがゼノスの前で整列する。

「これらはニビリアンを始め、他国の侵攻、犯罪、間者、災害、王都に危機をもたらすあらゆる事象から王都に住まう人民を守るための道具。その総称が王都防衛機構アテーナーでございます」

 身の回りのカードを全て配り終わり、そう言って敬々しく礼をするアイのもたらす情報に、ゼノスは戦慄する。

 ここ二百年、初代国王ソノザキ・ブルドスタイン・セージがブルドスタイン王国を建国して以来、この国は世界一の大国である事を維持し続けている。

 途中に内乱や分裂はあったものの、首都を中心とした主要都市の様相は変わらず、二位以下から群を抜いて、この国は世界の頂点であり続けている。

 それは何故か?

 それは数である。

 数は力なり。

 一人で、森を切り開き、水を引き、土を耕して、畑を管理し、作物を収穫して得た成果などたかが知れている。

 一人より十人で、十人より百人で、百人より千人で、農作物に限らず生産力を上げるには数を増やす事が最も手っ取り早い方法と言えるだろう。

 しかし、この世界ではその方法だけではいずれ壁にぶち当たる。

 影の化物ニビル。

 国が力を付けるため集った人々の命を刈り取る人類共通の敵。

 この化物を人が抑えられる限界は一つの都市に付き人口十万が限界とされているが、ブルドスタイン王国は違う。

 人口三百万。

 単純に三十倍。

 各国がブルドスタインに対抗するには一人で三十人分の仕事をこなさなければならない。

 故にどの国の王もあの国に追いつくのは不可能だと悟り、その秘密を知りたいと渇望する。

『……アイちゃん』

「はい、なんなりとお申し付けくださいませ、エッカート様」

 ゼノスの目の前に並ぶカードは、各国の王がその全てを賭けてでも手に入れたい秘密その物なのだ。

『俺は、俺のこの馬鹿げた夢は俺にいったい何をさせるつもりなんだ?』

 知らなくても良い事実を知ってしまった者の選択肢はそう多くない。

『知りたくもない事を知った俺はいったいこの先どうなるんだ?』

 従属か、死か。

「申し訳ありません、エッカート様。私は王都防衛機構アテーナーとエッカート様の仲を取り持つ、自立思考型インターフェース、魔導式AIのアイ。エッカート様の行く末を予見する占い師ではございません」

 しかし目の前の少女はそのどちらも告げるでも無く、その無機質な微笑みからはどのような意図があるのかさえ、ゼノスには読み取ることは出来なかった。

「……ですが、一つだけ、お答え出来る事がございます」

 アイの言葉と共に、黒の世界は白み始め、ゼノスは意識が薄れると共に体の感覚が蘇りつつある事を感じる。

「私、アイは、ゼノス・エッカート様の入隊を心より歓迎いたします」

 理解出来ない空間、得体のしれない少女、知るべきではない秘密。

 多くの不安と恐怖に凍てつくゼノスの体は、黒から白へ、光に埋め尽くされ消えゆく少女の言葉に、ほんのりとした暖かみを感じたのであった。

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