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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
7/10

 空の果てが紅く燃え、地の影に幾つもの明かりが灯り始める頃。

 王都アルトゥリア中央区本庁舎一階、定時を迎え殆どの職員が帰途に就き、人の居なくなった薄暗い都民課に、唯一明かりの灯る場所があった。


「エッダ、新人の容体は?」


 都民課課長室。

 多くの書類が散漫としているこの部屋で、その主であるハロルドはクッションのよく利いた安楽椅子の背もたれに体重を預け、両肘を肘置きに、両手を胸の前で組みこの上なくリラックスした様子で部下であるエッダにそう尋ねる。


「主な容体としては両上腕打撲、右肩関節の亜脱臼、両掌に重度の擦傷の三点となっています」

「で、今どこにいんの?」

治療班ジェミニによる処置を終えて、今はアンスライム三号寮の自室にて就寝しているとの事です」

「まぁそうだろねぇ、結構な泥仕合だったからねぇ」


 エッダからの報告を受け、くつくつと思い出し笑いをするハロルドは、その視線を部屋の右奥にいるエッダから正面へと移す。


「……で、実際現場の目から見てどうっだったの? アイツの初仕事っぷりは?」


 正面、白い湯気立つマグカップの乗った机を挟んで、赤い隻眼の少女、部下の部下であるフライアにハロルドは楽しそうに詰問する。


「……チッ」


 ニヤニヤと笑う上司から顔を背け、不機嫌そうに舌打ちをするフライアに返答は無い。そのすぐ後ろでは、部下のあまりの態度にエッダは深々とため息を吐いていた。


「まぁそう怒るなよ、お前さんの率直な意見を聞きたいんだ。アレの働きぶりを直で見たんだからよ」


 しかし、そんなフライアの態度を咎めること無く、笑みを崩さぬハロルドは問い続ける。


「それとも、あれかい? もっかい見てみるかい? なにせ一瞬だったからなぁ」


 言いながらハロルドは机の右側に配置された、直径五十センチ程の、木の土台以外はドーム状のガラスで中身が透けて見える白い砂の入った半球に右手をかざす。

 すると深さおよそ三センチの白い砂は、右手がかざされた事でひとりでに動き出した。

 さらさらと流動する砂はやがて三つの小さな山を作り、その山は徐々に色彩を帯びた人型へと変貌してゆく。

 三つの人型はハロルドから向かって右から、緑色のツナギ服を着て鉄パイプを持つゼノス、蠢く黒い皮膚を纏う腕の長いニビル、そして空色のワンピースを着てへたり込む少女へと形作られた。

 精巧な人形の様にも見えるそれは、ハロルドがかざしていた右手を左へと僅かに振ったのを合図に動き出す。

 およそ五時間前の再現、ゼノスの攻撃を無視し少女へと向かって行くニビル、半球の中では正午の裏路地が時を刻んでいた。


「……ここからだな」


 ハロルドが呟いたその直後、着実に少女との距離を縮めてゆくニビルの背後で、ゼノスが攻撃の手を止め左手を右の胸ポケットへと突っ込んだ。

 突っ込んだポケットから取り出したのは幾枚かの紙切れ。ゼノスはその紙切れの内一枚をニビルの右肩辺りに叩きつける。

 するとどうだろう、半球の中のニビルはまるで何かに押し潰されるかの様にその場に倒れ伏し、ゼノスはその隙に少女を背にニビルの正面へと回り込んだ。

 少女を背にしニビルの前に立ち塞がるゼノス、少しはマシに、しかし良いとはお世辞にも言えない立ち位置の中、明らかに動きが取れず地をもがくニビルが、なおもゼノスへと右手を伸ばし始める。

 ゼノスはすかさずその右手に鉄パイプを叩き込むが、岩をも軽く切り裂くニビルの指を前に、鉄パイプはあっけなく両断されてしまう。

 どうしてゼノスは動けぬニビルを前に少女を連れて逃げぬのか、疑問を禁じ得ぬ程の絶体絶命の中、ゼノスは事もあろうに両断された鉄パイプでニビルに相対するのだった。

 右足は前に、左足を後ろにやや半身の体勢。廃材の山から引き抜いた時に比べれば、いくらか自分の血で赤く染まった鉄パイプの端を左手に持ち、向かい合わさるように右手を添え、両断され鋭くなった鉄パイプの端を下に向ける様に自身の正面で左手を上に掲げる。

 先程まで、鉄パイプを剣に見立てて立ちまわっていた時とは打って変わった異質な構え。

 剣を両手に握るであれば、左手を下に握る場合は右手の小指が握る左手に乗るように、右手を下にすればその逆になる様に握るのが通例である。

 振るった剣の切っ先に力を集めるため、一方向に両手を向ける。

 ゼノスの構えは、そんな剣の基本を真っ向から否定する、両手を内に向ける奇妙な構え。

 さらには敵に向けるべき鉄パイプの先は地面に向いており、誰が見ても正気を失ったとしか思えぬ行動だが、地を這うニビルを見据えるゼノスの両目に迷いはなかった。

 深く息を吸い、少しづつ吐き続ける。長い呼吸を繰り返し、ゼノスはただひたすらに時を待つ。


「……始まるぞッ!」


 歓喜、ハロルドの小さな叫びと共に、半球の中で地面へと伏していたニビルがゆっくりと立ち上がる。

 無意味な攻撃を繰り返す弱者と、地面で震え動けぬ弱者。

 同じ弱者ならば動けぬ方がやりやすいと、ゼノスを無視していたニビルの目にもはや少女は映ってはいない。自分を一時とは言え地へと拘束した得体のしれぬゼノスは、もはやただの弱者とは言えなかった。

 決して自分を脅かす強者ではない、しかし自分を煩わせる厄介な弱者、目障りな虫だ。

 目障りな虫はどうするべきか?

 ニビルは目の前の虫を押しつぶすべく、振り上げた右手を叩き込む。

 長い右手から繰り出される垂直下への攻撃は、崖下へと向かって落ちる岩そのもの。

 まともに受ければ間違いなくゼノスは肉塊へと変わり果てる、そんな一撃を、ゼノスは鉄パイプを持つ両手を残し前に出していた右足を引き、紙一重の位置でニビルの攻撃の軌道から自身の体を外れさせ、その場に残った左手から少し飛び出た鉄パイプの端で受け止める。

 否、人の力ごときでそれを受け止められるはずがなかった。

 ニビルの右手によって、ゼノスの両手ごと鉄パイプは地面に向かって落ちる。

 今まで力の方向を逸らす事でかわしていた攻撃を、真っ向から受けたのだ。当然の帰結である。

 落ちる、落ちる、落ちていく……はずだった。


「っかぁ! すげぇなこりゃ何度見てもよぉ!」


 結果として、地面に突き刺さるはずの鉄パイプは、ニビルの後頭部に深く深く捻り込まれていた。


「さってと、時戻し時戻しっと」


 ハロルドは半球に掲げていた右手を右へと振る。

 すると半球の中で繰り広げられていた死闘は逆巻さかまき、ニビルの一撃がゼノスの左手に直撃した、その時に戻る。

 ニビルの一撃を受け、下へと押し込まれる鉄パイプ。

 下へ下へと向かって行く鉄パイプだが、やがてそれに変化が起きた。

 上に掲げられた鉄パイプがゼノスの腰辺りまで来たその時、下に向かっていた鉄パイプの軌道が変わったのだ。

 下を向いていたはずの両断され鋭くなった鉄パイプの先は、まるで円を描く様に、下から斜めに、斜めから横に、やがて上へと進む方向を変えていく。

 何故か?

 その原因はまさしくゼノスの取った、あの構えであった。

 掲げた鉄パイプはゼノスの両肩を支点に、まるで振り子の様に伸びきった両腕に支えられ地面に落ちること無く軌道を上へと変更させたのだ。

 加えて、鉄パイプの軌道が変わる直前、引いていた右足を左足を軸に後ろへと回し体を捻らせ、更に右足を地面へと踏み出し体重移動、軸の交換と体の位置の微調節を行う。

 この時、ニビルは振り切った右手を地面へと打ち込み前傾姿勢となり、ゼノスはそんなニビルに背を向く格好に、鉄パイプを持った両腕は丁度頭の上へと位置してる。

 あとは前のめりになったことでがら空きになったニビルの後頭部目掛けて、ゼノスは鉄パイプに円を描かせ続けるのみ。

 新たに軸となった右足を中心に体を再度捻らせ、体がそのまま飛んで行かぬよう踏み込んだ左足に全体重を乗せる。

 円を描く鉄パイプは上から下へ、右足を踏み出すことで更に加速され……着弾した。


「全くもって末恐ろしい。おい、エッダ、ただの鉄パイプで訓練用擬似二ビリアンの装甲貫けるのか?」


 二度死闘を見た事で、あるいは見せつけた事で満足したのか、ハロルドは半球から手を離し、エッダに尋ねる。


「……ただの鉄パイプには不可能です」


 ニビルの後頭部に、ゼノスが深々と切れて短くなった鉄パイプを突き立てているその状態で固定化された半球内部を見つめ、エッダは歯切れ悪く応えた。


「ただの鉄パイプ、ねぇ、いやに含みのある言い方じゃねぇか」


 そんなエッダの様子を目ざとく捕らえ、ハロルドはにやにやを笑いながら問い返す。

「今回、ゼノス・エッカートは保持していた簡易魔法陣を使用し、訓練用擬似二ビリアンを拘束中に鉄パイプに魔力を通わせ、さらに足りない腕力をその後の戦闘において、訓練用擬似二ビリアンの攻撃で補いその後頭部に突き立てました。これだけの条件が揃えば、鉄パイプで装甲を貫くことも不可能ではありません」

「おいおいエッダ、俺ぁ確か鉄は魔力通りにくいって話を聞い事があるんだがなぁ」

調査班ライブラはその件について、鉄パイプの素材である鉄と、鉄分を含む己の血を繋ぎに、鉄パイプに魔力を通したのではないか、という見解を示しています」

「ったく、何から何まで前代未聞だ。まるで英雄譚のようじゃねぇか、なぁフライア?」


 事前に書類によって知らされた事実を、全てを聞かせた上でハロルドはフライアへとふる。


「で、もっかい見た感想は?」


 何故そんな回りくどい真似をするのか、なぜハロルドはこうもフライアに突っかかるのか、それを理解しているフライアの表情は固い。


「……」

「後悔してるのか? ああ?」


 対して変わらず上機嫌なハロルドは軽い調子でフライアに問い続ける。


「丸腰で行かせただろ? ま、お陰であの妙技を見る事が出来たわけだが、代わりにアイツは全治二週間……まぁ治療班ジェニミが関与すればそこ二、三日で完治だろうけどよ、そうじゃないわな?」

「――――ッ!!」


 問われるフライアの口元から古い歯車が軋む様な断続的な摩擦音が、ハロルドの声以外は時を刻む秒針の音のみが支配する、静寂に包まれた課長室に微かに響いた。


「ニビル目の前にして、アイツは一目散に逃げるとでも思ってたんだろ? 逃げて追い詰められたところでも助けてやろうとか思ってたんだろ? アイツはウチには相応しくねぇって、思ってたんだろ?」


 問い続けるハロルドの口調は軽く、フライアへと届く音は重い。


「もう俺からどうこう言われてる歳でもねぇだろうに……ま、今回の件は大目に見てやるから、お前はお前の成すべきことを成せ。俺からは以上だ、帰ってよし」


 まるで何事もなかったかのような態度のハロルドだが、一礼した後ハロルドに背を向けあらん限りの力で課長室の扉を閉め、出て行ったフライアの心中は計り知れない程の怒りに満ちていた。


「あ~あ~もう、可愛いんだから。見た? アイツ目にいっぱい涙貯めて拳ブルブル震わせちゃってもう」

「……司令、申し開きもございません」


 その様子を間近で見ておきながらほころんだ笑顔で呟くハロルドに、エッダはその場で深く頭を下げる。


「この度の不始末は私の監督不行き届きが原因であり、フライアには」

「いいからいいから。俺は新人の能力を把握出来て満足、フライアは今回の件で深く反省しただろうし、新人への見方も変わるだろうし、終わり良ければ全て良し。それでいいじゃない?」


 それをなだめるハロルドだが、エッダの頭は一向にあがる気配はない。


「しかし司令、それでは他の者に示しが」

「俺がいいっつってんだからいいんだよ。だいたい無理くりあの新人ねじ込んできた上が悪ぃんだよったく。ウチのかわいい隊員を不安にさせやがってあの野郎」


 先程までの笑顔から一転、言いながら怒りに眉をくの字に曲げるハロルドの視線は上へと向く。


「ゼノス・エッカートの採用に関して、マクガイア局長に落ち度はありません。やはり私の部下への説得不足が」

「バカいってんじゃねぇよ。その辺のケアも含めて上の仕事なんだよ、わかる? つまり今回のフライアの暴走は俺の責任なの……ま、俺的には今回の荒療治、悪くはないと思ってるけどな?」

「荒療治?」


 ようやく頭を上げたエッダは、ハロルドの言う『荒療治』と言う言葉に対する疑問府を浮かべる。


「あれ? エッダちゃんともあろう方がまだわかんないの?」

「……ま、まさか司令、全て」

「そう、フライアが暴走するなんてわかりきったことじゃない? だからお前さんには、今回の新人潰しの間には適当に仕事増やして身動き取れないようにしてたんじゃないの」


 ハロルドの身も蓋もない言いように、エッダの肩から力が抜け、その表情はなんとも疲れきった顔になっていた。


「っはっはっは、お前がそんな顔するなんて久々だなぁ」

「し、司令! どうしてそう貴方は」


 怒るエッダにハロルドはまぁまぁと両手を前に彼女を宥め、また深々と安楽椅子の背もたれに体重を預ける。


「ま、ゼノス青年にはこれくらいの危機、軽々乗り越えてもらわにゃならんでしょ?」


 そして両手を腹の上で軽く組み、老人は笑う。


「なんせ、彼の乗る機体は……王国最強のファルゼンなんだからよ」


 いつかの時に思いを馳せ、夢にその身を委ねるが如く、ハロルドの言葉はエッダを抜け、寮で眠るゼノスへと投げかけられたのだった。

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