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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
6/10

 聖都アルトゥリアは背後に世界最高峰ユエリパホ山を含むタスラ山脈を、東に山脈から伸びる大陸を縦に分断する様に伸びたリグラテス大河を主な流入河川とするオルグランド湖を有するゲルフェ平原に存在している。

 元はオルグラント湖に隣接する村から建国のスタートを切った初代ブルドスタイン王が、王都を平原に移した事から始まり、今や城を中心に円状に拡大を続ける外周六十キロはあろうかという巨大な都と化した。

 その城、聖都の中心に鎮座するアルトゥリア王城は、城の周囲三キロを深い堀に囲まれ、大門である南門から見れば完全なシンメトリーで構成された、光の都の主に相応しい白を主体とした美しい王城である。

 そのアルトゥリア王城の役割は三つの塔で分かれている。

 議事堂を始め国王執務室や各閣議室、大臣、閣僚、他上級役人等のオフィスの入った『王国の盾』と呼ばれる、統治を司る東棟。

 国内軍事の中枢である作戦司令室や参謀室の他、情報部、兵器開発部、人事部など各部局が集まった『王国の矛』俗に中央司令部とも呼ばれる、武力を司る西棟。

 そしてその中央に国王の住居や国賓の応接室などを有する中央棟、宮殿がある。

 国王の住居ということもあり、前者の二つの棟に比べればやや小ぶりな建物ではあるが、中央にそびえ立つ摩天楼、全国土を見渡す意味合いを込めて作られた直径四十メートル高さ九十二メートルの円塔は、世界でも飛び抜けて高い建物であり、王国のシンボルとなっている。


「……第一から第六カタパルト展開!!」


 そのシンボルが、ちらちらと月夜に輝く雪が舞う中、しわがれた男の号令と共に……揺れた。


「カタパルト展開、空間偽装魔法異常なし。ファルゼン全機リフトへの搭乗を確認、上昇許可願います」

「許可する」


 まるで蕾が花弁を広げるように、円塔が六つに開いてゆく。白い表面とは裏腹に、稼働する鉄骨によって徐々に開く六つの円塔の内側には、各々に黒々とした二本のレールが配置され、そのレールを先端に向かって両脇に三箇所づつ設置された赤い回転灯が照らし出している。


「結界陣によるルート調整は?」

「あともう少しです!」

「坊主共はもう上がって来てるんだぞ! 急げ!」


 ドーム状のガラスに包まれた円形部屋は、塔の先端が開かれるに連れて徐々にその全貌を明らかにしてゆく。

 部屋の中心に背を向け、円形の部屋を囲む様に床に固定された椅子に座る軍服を身に纏った幾人もの男女。彼等彼女等の前には、数十もの計器やハンドル、集音器が配置され、忙しなく動く計器を読み取り情報を共有し、正確に機器を操るその後ろ、部屋の中心にその仕事振りを見渡すように座る一人の老人がいた。


「第一から第六カタパルト、固定を確認!」


 空に向かってやや斜め上に開かれた花弁、鉄骨が折りたたまれることでガラスドームの更に下で固定され回転灯が赤から緑へと光を変える。さながらそれは王都に根ざした一輪の花であった。


「ファルゼン、リフトよりカタパルトへ」


 ドームのすぐ下、開かれた六つの円塔に隣接する壁が開き鎧の巨人達が現れる。

 巨人たちは慣れた様子でレールの上に固定されている足型に足の裏を乗せてゆく。右足を前に、左足を後ろに、体は左を向いているが頭は前方を、六人の巨人は皆一様に腰を落とし重心を左足へと集め前傾姿勢を取った。


「ファルゼン全機脚部固定完了」

「カタパルト圧力上昇、七十、八十、九十」

「ルート調整準備終わりました! ルゴル値安定しています!」

「第一から第六カタパルト脚部固定完了、進路……クリア」

「発進準備完了、いつでもいけます」


 飛び交う報告に耳を傾け、完了の言葉と共に老人は立ち上がる。


「……と言うわけだ、行けるか? 坊主?」

『俺一応●●何だよ? いい加減坊主はなくない?』


 誰にともなく話しかける老人に応えるのは、計器の端々に備え付けられたスピーカーから発せられる青年の声であった。


「坊主は坊主だ、だいたいなんで俺がこっちなんだよ、ヤマトに乗せろヤマトに」

『総予算だとこっちのが上なんだけど? 不服?』

「漢は金で動くんじゃねぇ、浪漫で動くんだ」

『はいはい、ま、ちゃちゃっと片付けてくるから、発射許可出しちゃって」


 不服ここに極めりと言った様子の老人に対して、その不満など意にも返さず自身の希望を催促する青年の声は明るい。


「チッ、墜落すりゃいんだよテメェわよ」

『おいおい、不敬罪で捕まっちゃうよ?』

「牢獄ってんならもう間に合ってんだよ、ったく……安全装置解除! ブースター点火!!」

「安全装置解除! ブースター点火!」


 老人の声に続く男の声を合図に、巨人の足元から光が溢れる。

 直視すれば確実に目を眩ませる激しい光、その直後に轟音が鳴り響くも鎧は微動だにしない。

 老人が次の言葉を発するまでは。


「ファルゼン全機、発進!!」


 凄まじい発射音に震える窓を前に、誰一人としてレールを走るファルゼンの体を目視出来た者はいない。しかしレールを伝い、虚空で儚い花弁を散らす火花は間違いなくその巨体を空へと押しやった事を意味していた。


「ファルゼン全機、無事発進を確認、まもなく南方三機結界陣と接触します!」


 円塔を中心に、六方向に放たれたファルゼンの軌跡が光の大輪を咲かせる。光の軌跡を生んでいるのは、ファルゼンの両足に張り付くその体の二倍はあろうかという楕円状の平たく長い光のプレート。


「●●●、●●●●、及び●●機、結界陣と接触。反発結界の展開を確認! ルート補正します!!」


 南方向へと射出された三体のファルゼンは、大きく弧を描くように宙を舞い、北へ向かう三体の後を追ってゆく。

 冬の夜空を悠然と進むファルゼン達。

 北へ射出さ●たファルゼンを先頭に、編隊を組む巨人達の足元で輝く光のプレートによって生み出された波紋が、まるで箒星の様に闇を彩る。


「さぁて、退屈なニビル狩り●始まりだぁ……北部の結界陣から敵●割り出せ」

「敵影、一、二、三……計六体、全●五メー●ル級です」

『ちょっと! ●●! でか●じゃない!? 大丈夫●の!?』

『●●●、びびってんの? 俺の●ァルゼンを信じ●さい!』

「……ったく、痴話喧嘩なら余所で●れってんだ」


 スピ●カーに●って丸聞こ●の青年●少女の会話に老人は深々と●め息を吐く。


「●●●●で●●●●の●●●●●●●●テ●●●●●●●●●」 


 老●●●●●●●●●●●●●●●●●た●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●くの●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●。


 * * * * *


 ゴミ袋に埋もれた体を起こし、ゼノスはすぐさま立ち上がり状況の確認を行う。

 両手を握って、開く、攻撃を受け止めた前腕は痛みはあれど激痛はなく、他に目立った外傷も見当たらない。

 腕が引きちぎられる可能性を思えば奇跡的とも言える軽傷、と手早く自身の身体状況を位置づける。

 であれば目下の問題は、とゼノスは自分の立つその場より十メートル程先に存在する、黒い皮膚を蠢かせ焦点のわからぬ血のように赤い目をこちらへと向ける化物を見据える。

 自分をゴミ捨て場へとぶっ飛ばした化物の立ち位置が、意識を失うその前と全く変わってはいない事から、ゼノスは自分が気絶していたのがほんの僅かな時間であった事を悟った。


「はぁ、個人的には目が覚めたら、全部終わってましたぁってのが……理想だったんだがなぁ」


 フライアから金を受け取り、公園を出て道路を横断し、彼女の言葉通りに裏路地へと入っていったゼノス。飲食店や庁舎の隙間で出来た暗い路地には、裏口の横にゴミ袋の塊や薄い鉄製の業務用のゴミ箱が所々においてあり、まさしく裏路地と言った様相をていしていた。思いの外長い裏路地を小走りで進むゼノスは、その時に足元に感じる違和感に気が付く。

 裏路地の道路は表のレンガ造りとは違う、石造りで出来た道である。歩けばコツコツと音が立つのが必然であり、石と言う硬い素材が故に足を伝う衝撃も土がむき出しの地面に比べれば反発も強い。しかし、先程まで確かに感じた音や反発が消え、不審に思い下を見れば、そこにはあったのは自分の足裏が石畳に触れるたびに浮き出る光の波紋。

 昨日の夢に見た、あの光の波紋。

 あの夢が本当であれば、それは街の結界陣が発動した証拠であり、結界陣の発動はそこが危険な場所である事の現れであった。

 まさかと、すぐさま周囲の様子を伺おうとゼノスが見回した先に、それ・・はいた。

 ニビル。

 人並の大きさのそのニビルは、直立しているにもかかわらず地に届こうと言う長い腕を、ゼノスがふり向いた時にはすでに彼へと振るっている最中であった。

 とっさに自身の両腕で体を守りつつ前へと踏み込み、ニビルの鋭い指ではなくギリギリ手首の当たりで攻撃を受けたゼノス。しかしそれで切り裂かれる事は避けられても、尋常では無い腕力で吹き飛ばされる事は防げず、幸か不幸かゴミ袋の山にぶっ飛ばされたゼノスは比較的短い時間で意識を取り戻したのだった。


「……愉快な夢を見てる場合じゃないなさそうだ」


 夢の続きとも言うべきか、神鉄の巨人ファルゼンを操る青年を主軸とした夢。あの荘厳なアルトゥリア王城がファルゼンの発射場と化すのはなかなか興味深い展開ではあったが、とゼノスはそこで夢への考察を打ち切り目の前の化物へと意識を切り替える。


「…………」


 動かず、じっとこちらを見つめるニビル。動かないならば、とゼノスはゆっくりゴミ袋の山の隣に配置された廃材置き場から一本の鉄パイプを握り取る。

 ニビル相手では素手と対して変わらぬ装備だがないよりはマシであろう。

 そう思いながらゼノスが鉄パイプを両手に握ったその時、ニビルが動く。

 長い両腕を引きずる様に、前傾姿勢でゼノスに向かって走るニビルは、そのまま突進するかと思いきやゼノスへ接触する直前にその左肩を地面へと沈ませ、大きく右腕を振り上げゼノスを押し潰す様に上がりきった右手を振り下ろす。

 十メートルと言う距離をわずか一歩でつめるという、人為らざる動きを目で追いこそすれ体はついて行かず、ゼノスの体はニビルの右腕によって物言わぬ肉の塊と化した……かに見えた。


「……ふぅ」


 確かにニビルの右腕は地面へと振り下ろされ、石畳に結界陣の波紋を生み出していた。しかしそれはゼノスの体のすぐ右側、本来狙いから少しそれた位置であった。

 なぜ狙いが逸れたのか、それはゼノスの持つ鉄パイプにある。

 ニビルの右腕が振り下ろされる直前、ゼノスは持っていた鉄パイプを上へと掲げた。鉄パイプの両端を握り、左手を上、右手を肩の辺りまで下げ、一文字ではなく斜め右下へと。これによって鉄パイプへと振り下ろされたニビルの右手は、斜めになった鉄パイプの上を滑り、ゼノスの体に触れることなく地面へと振り下ろされたのだ。

 打ち込んだ感触があったにもかかわらず、未だ倒れる事なく目の前に立つ獲物を不思議そうに見るニビル。ゼノスはその隙に鉄パイプの端を持っていた右手を滑らせ、両手でしっかりと鉄パイプを握り直す。間髪をいれず斜め右下を向いている鉄パイプの先を、左手を軸に半回転させ左上へ、上段の構えを取りつつニビルの右脇に鉄パイプを叩き込む。


「……?」


 しかし機関銃の砲撃を受けてもびくともしないニビルの皮膚に、人如きの攻撃は何の効果も与えてはいない。

 ゼノスはすぐさま左へと抜け、ニビルの背後へとまわる。


「さぁて、わかっちゃいたがどうすりゃいいんだか……」


 ニビルの攻撃は至って単調である。腕を薙ぐか、振り下ろすか、はたまた突進するのか。故にいかに早くとも、ゼノスの動態視力を持ってすればある程度の攻撃予測は可能であり、その攻撃を先程の様に受け流す事も可能である、が、


「避けるにしたって……あと何度もってくれるか」


 それは、鉄パイプが尋常ではないニビルの攻撃力を無限に耐える事が可能であれば、の話である。

 鉄パイプの耐久性だけの話ではない。ニビルの攻撃を受けるにあたってゼノスの身体への負担は凄まじく、それに加え攻撃を受ける際にも一工夫が必要となる。ただ斜めに構えるのではなく、鉄パイプの破損と自身への衝撃を極力抑える為に、ニビルの攻撃が鉄パイプに当たる瞬間に僅かに鉄パイプを下げ攻撃を逸らす方向へとずらしているのだ。

 鉄パイプの耐久性、自身の体力、集中力。

 そのどれが欠けても、ゼノスはニビルに押し潰される運命となる。


「……ッ!!」


 ニビルの次なる一手、左腕による横薙ぎをゼノスは左上へと逸すも、今度は呆けることなく右腕の横薙ぎへと二手目を続けざまに放つニビル。構え直す暇のないゼノスはそれを受け流す事なく、体を地面へと沈ませ避ける。

 紙一重、すぐ上を吹き抜ける死の風がゼノスの短い髪を揺らす。

 こんなん続けられるか!!

 心の中で悪態を付きながら、振りぬいた事で隙の出来た右脇に鉄パイプを叩き込みつつ再びニビルの背後を取るゼノスだが、当然ニビルにダメージはない。


「ま、ただの打撃じゃきかんわな」


 通常、ニビルには突く、切る、叩くと言った物理的な攻撃は通用しない。故に軍部のニビル討伐方としては、銃による弾幕でニビルの動きを止め、魔力を通わせた剣や槍で止めをさすのが通例となる。

 魔法さえ使えれば、わざわざ危険を犯して近接攻撃をする必要が無いのだが、魔法は一子相伝の秘術、ブルドスタインにおいても使える人間は数える程しかいないのだ。

 しかし代案である、魔力を通す、というのがなかなかどうして難しい案件であった。

 第一に魔力を持つ人間は多いが操れる人間は極端に少なく、第二に魔力を通すには専用の武器と多くの時間を必要とするのである。

 ゼノスは第一の条件である、魔力を操る、という点はクリアしている。魔法こそ師のいないゼノスには使用する事ができない攻撃手段だったが、かわりに魔法具や魔導機関を扱う事が出来る彼は、ニビル討伐を任された際には後方で指示を出すだけでなく、幾度も先頭に立ってニビルを狩る事もしばしばあった。

 問題は第二の条件である。

 鉄パイプ、という武器は読んで字の如く、鉄で出来たパイプの事であり、その素材は銀、ミスリル、魔石と言った魔の通ずる素材を使用していない。さらに目の前のニビルと一対一のゼノスには、魔力を込めるだけの時間を捻出する事が非常に困難であった。


「……っと!?」


 振り向き様に左腕を振り下ろすニビルの攻撃を、横へと避けるゼノス。離れすぎればあの埒外なスピードで近づかれ、近づき過ぎて捕まれば一巻の終わり。絶えずニビルの死角へと移動を続ける事で、なんとかニビルと一対一という、自殺行為とも言うべき暴挙を続けているゼノスの疲労の色は濃い。

 そもそも人間大のニビルなど、ゼノスはアシベリでの討伐任務でも一度しか遭遇した事が無いのだ。それがまさか王都へ出向そうそう、任務でも無いのに遭遇するとはなんと運の無い事か。

 ゼノスは自分の運の無さを呪う。


「っと、おあ!?」


 しかしそんな苦境にありながら、ゼノスに焦る様子は見受けられない。


「よっ、っと、ほっ!」


 何故であるかと問われれば、目の前のニビルを倒す必要がゼノスには無いからだ。

 ゼノスはニビルの討伐をしにこの王都に訪れたのではない。ここ王都には自分よりもこの化物を狩るに相応しい者がいる。

 それを理解しているゼノスの取るべき行動は、ニビルを倒す事でも逃げてニビルをわざわざ人通りの多い場所に連れて行く事でもなく、いかにこの裏路地からニビルを逃さず時間を稼ぐか、なのだ。


「ったく、はやく来いよトライアンフさんよ!」


 百万都市の平和を古来より守ってきた特戦部隊、トライアンフ。あの夢の通り、巨大な鎧でもってニビルを討伐するのかは定かではないが、もし先程みた夢が本当ならば、彼等はあの城で結界陣を通してこちらの状況を認識しているはずなのだ。


「俺もヤキが回ったもんだ、よ!」


 時に受け流し、時に回避し、ゼノスは着実にニビルと時を過ごしていく。


「……ッ!? キャァァァァァァァァァァァアアアア!?」


 しかし均衡と言う物は、得てして不意に破られる物であった。


「クソッ、いつかはこうなるんじゃないかとは思ってたけどよ!!」



 人通りの少ない裏路地、人通りの少ないとは人が通らないと言う意味ではないのだ。

 誰かに言われてそこを通る者も入れば、いつものショートカットと気軽に使う者もいる。

 ニビルとゼノスのいる位置から、そう遠くない曲がり角で、悲痛の叫びを上げる空色のワンピース着た少女は運の無いゼノス寄りの人間と言えよう。


「叫ぶな! 戻ってこの化け物が街中に出た事を知らせてくれ!!」


 少女の声の方へと頭を向けるニビルに、ゼノスは叫びながら鉄パイプをその黒い頭に叩きつける。

 ダメージこそ無いが、急所をたたきつけられたニビルはゼノスへの方へと振り向き、邪魔なハエでも振り払う様に右腕を振る。

 少女から自分へ、無事意識を向け直す事が出来たゼノスは胸を撫で下ろすが、肝心の少女の様子がおかしい。

 戻る様に指示したはずの少女は、動くどころかその場にへたり込み、ニビルを凝視し体を震わせているのだ。

 まぁ、腰抜かすなってのが無理だろうけどよ

 何もこんな時に、と我が身の不幸を呪いながら、ゼノスは先程よりも積極的にニビルに攻撃を加える。

 理由はもちろん少女から自分へと意識を向けるためだが、それも限界を迎えようとしている。


「ったく、こっち向けよコラァアアアアア!!」


 理由は不明だがニビルは動くゼノスではなく、動けぬ少女へと標的をかえつつあったのだ。

 必死に頭や体に鉄パイプを殴り付けるゼノスだったが、やがてその攻撃に反応する事もなくニビルは怯える少女を見つめていた。


「俺を無視するなんざ、いい度胸してんじゃねぇかぁあ!!」


 頼みの綱のトライアンフはいつまで経っても来る気配は無く、ニビルに至っては挑発するゼノスなどまるで路傍の石の様に振り向きすらしない。

 このままでは、標的を少女へと移したニビルによって最悪の事態が引き起こされるのは明白であった。


「ッチ、出し惜しみしてる場合じゃないか」


 少女の前に立ちニビルの攻撃を逸らせ続ける事は、保護もまるで付いてないむき出しの鉄パイプでニビルの相手をし続けた事で手の皮が剥け、血の滲み始めた頼りない得物を見るに不可能であり、かと言って囮になることすら叶わぬ今、ゼノスの取るべく行動は限られていた。


「……これでも無視し続けられるか? 化物が」


 意を決したゼノスは、そう言ってツナギ服の胸ポケットに手を忍ばせ一枚の紙を取り出したのだった。

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