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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
5/10

 朝こそまだまだ冬の名残の残るアルトゥリアだが、日中は汗がにじむ程の太陽が王都の人々を照りつける。

 寒暖差の激しいのもまた春の特徴だが、そよ吹く風は冷たく夏に比べれば存分に過ごしやすい。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 しかし、アルトゥリア中央公園の中を走る遊歩道、その両脇を沿う側溝のみぞさらいを行うゼノスにはいささか風量が足りていなかった。

 蓋の空いた側溝に足を突っ込み、支給されたツナギと長靴はすでに泥にまみれ、平スコップから土のうへと延々泥を入れる作業を続けるゼノスの額には大粒の汗が光っており、道の真中で影もないその場所ではほてる体が冷める気配は一向にない。


「あ、ゼノスさーん! 差し入れです!」

「ああ、エリスさん、ありがとうございます」


 そんな汗だく泥だらけのゼノスのもとに、同じくツナギ服のエリスが水筒を持って現れる。


「麦茶です!」

「……これが王都名物の」


 差し出された水筒の蓋を開け、冷たい茶色の水をあおるゼノス。


「麦の香りが……不思議な味わいですね」


 含むと麦の香りが口いっぱいに広がり、茶と言う名前の割に苦味の少ないこの麦茶は、乾いた喉をするすると流れ潤してゆく。


「っふっふっふ、初代国王監修の王都名物麦茶は、王都周辺でしか作ってない麦茶専用の麦畑から取れる世にも珍しい水出しのお茶なんですよ!」


 一般的にお湯でしか作れないお茶だが、初代国王の行ったと言われる品種改良によって生まれたこの麦茶は、水で作ることが出来るため冷やす手間を必要としない。故に氷室など、お湯を冷やす手段を持たない庶民でも手軽に冷えたお茶が飲めるとして、二百年以上も王都の民に愛飲されている。

 欠点としては品種改良された麦が王都周辺、またはその気候に似た地域でしか育たないため広く伝わりづらい商品になってしまったのだが、そこが逆に王都のみで作れると商品価値を上げる結果にも繋がっていた。


「アシベリでは冷たい飲み物は避けていたので、なかなか新鮮です」

「あ、ですよね。麦茶には体の体温を下げる効果もあるので、北国ではおすすめできませんしね」

「お茶の効能まで知ってるなんて、エリスさんは博識なんですね」

「もう、ゼノスさんたら! 知的な魅力溢れるなんて恥ずかしいっ!」

「……あ、差し入れありがとうございました」


 そこまで言ってないんだが、と喉まで出かかった言葉を麦茶で流し込み、ゼノスは貰った水筒を身悶みもだえるエリスへと渡して中断していたみぞさらいを再開する。


「それにしてもゼノスさんって、結構几帳面なんですねぇ」


 そんな若干引き気味のゼノスの様子など気が付きもしないエリスは、ふとゼノスの後方を眺め、呟くように言った。


「そうですか?」

「だって土のうをこんなきっちり並べるだなんて」


 ゼノスはエリスの視線の先、側溝に沿って一定間隔に並べた土のうを見て、ああ、と相槌を打つ。


「これは別に几帳面ってわけじゃなくてですね。作業は同じ様にしたほうが疲れないっていうか、回収する方も近かったり遠かったりするより同じ感覚の方が疲れないでしょ?」

「あぁ、確かにそうですね。これは軍の訓練か何かで?」

「いや、どっちかというと生活の知恵ってところですね」


 言いながらいっぱいになった土のうの口を締め、ゼノスは新しい土のうを近くにある一輪車から取り出す。


「だいたい一メートル間隔ですねぇ……あ、博識ついでに、メートル法は初代国王様が制定されたって知ってます?」

「ええ、まぁ砲兵に限らず距離を測る時はお世話になりますからね」


 メートル法、初代国王によって制定された新しい統一単位。

 それまで地域ごとに、酷い所は村の中でもバラバラの単位を使っていたとされる昔に、初代国王の発案によって一メートルと言う長さの単位が作られ、それを元に十分の一をセンチ、千倍をキロと言う言葉で、十センチ四方の立方体に収められる水を一リットル、それを一キログラムと様々な単位が生まれた。

 これによって、設計で必要とする建築業は言うまでもなく、商業においては取引による食い違いが、税においては正しい納税額が、軍事、医療とあらゆる分野での基礎を構築する要の法令に、このメートル法は初代国王の偉大な業績の中で最も身近で最も偉大な政策の一つとして数えられている。


「実はそのメートル法の基軸となった神器『マキジャク』が国立博物館に保存されてるんですよ!」

「それは是非一度見てみたいですねぇ」

「でしょ!? あ、せっかく行くなら決戦兵器陸上戦艦『ヤマト』十分の一レプリカなんて必見ですよ! 最古にして最新、二百年立ってなお解明されぬ眠れる要塞! 是非是非みてみてください!」

「は、はい」


 盛り上がるエリスに若干引き気味のゼノスは、それほどまでに興奮する初代の偉業に少しばかり畏怖を感じた。

 決して初代一人で築き上げた国ではない、しかし、作物、法律、兵器、どの分野においても画期的な発見・発案には初代が深く関わっており、国王無しでは成し得なかった事例があまりにも多すぎる。末恐ろしのは、初代の時代に作られた遺物が未だ現役で二百年経ったこの国で使われ、改良をすることが出来ないほどに完成されている事だ。

 都市に張られた結界陣は人々の命を守り、品種改良された麦茶は飽きることなく人々の生活に根付き、メートル法は今や商業や建築業には無くてはならない単位制度となっている。

 エリスが鼻息荒く語った陸上戦艦など、あまりの威力に百年前に封印され、再び国益のために蘇らせようと軍部が躍起になって復活に取り組むも、十年経った今でさえ動かすことすら叶わぬオーパーツと化している。

 初代国王が崩御し二百余年たった今も、ブルドスタインはその恩恵にあやかり続けている。果たしてそれがいい事なのか悪い事なのかはゼノスには判断のつかない問題だが、一つだけ言えること、それは、


「……エリスさんって実は建国記とか好きだったりします?」


 エリスが熱烈な初代愛好家であるという事だ。


「うぇ!? ど、どうしてそれを、いや、その、好きですけど」


 ゼノスの言う建国記とはブルドスタイン建国記の略称であり、それはその名の通りブルドスタイン王国の史伝を元に作られた大河小説なのだが、初代国王の並々ならぬ功績のためその内容はほぼ英雄譚えいゆうたんと言って相違ない。故に大河小説でありながら子供に、特に男の子に絶大な人気があり、年頃の男児には聖書扱いとも言われる建国記。そんな建国記好きと、図星をつかれたのがよほど恥ずかしかったのか、エリスの顔が熟れたリンゴの様に赤く染まる。 


「いや、別に馬鹿にしたつもりはないんですよ? 昔の職場の部下が建国記好きで、よく話していたもので、もしかしたらっと思ってですね」

「あは、あははは、いや、その変、ですよね。女なのに建国記とか」

「そんな、変なんてことなんて……すいません、余計な事を聞きました」

「いやいやいや、ゼノスさんがそんなに気を使う必要ないですよ! 子供の頃ちょっとからかわれた事があって、少し敏感になり過ぎてただけなんで」


 赤い顔に一瞬陰りを見せるエリスに、ゼノスは自分の配慮のなさに顔をしかめた。

 少し考えれば差別と偏見に多感な子供達が、一般的に男の子の趣味と言える英雄譚えいゆうたんに手を出したエリスにどのような扱いをしたかなどすぐ考えられるものだ。

 にも関わらず、なんの考えもなしにその話題をふったゼノスはデリカシーの欠けた発言であったと言わざるをえない。


「そ、その、自分の子供の頃なんか逆で、周りが建国記に夢中になてる時に料理ばっかしてたから周囲から『おんなおとこ』なんてからかわれてですね」


 失点を返す為に、すかさずフォローを入れるゼノス。


「曲がりなりにも貴族家の三男坊なのに、厨房に立つもんだから、姉からもレシピ本なんか渡される始末でして」


 もちろん、子供の頃に料理をしていたという点に嘘はない。しかし本当の所は母を早くに亡くし、料理をするメイドも雇えぬ貧乏貴族であったエッカート家で当時料理をしていたゼノスの姉が、友達と外遊びしたさに無理やり料理をゼノスに仕込んだというのが実情である。あげくマズければ姉に殴られ、周囲からは揶揄やゆされる理不尽な日々の中で、周囲の主婦や料理人に『姉さまを手伝いたくて』と健気な嘘をついて身につけた料理の腕は、聞くも涙語るも涙の悲況の技なのだ。


「……ゼノスさん、料理できるんですか?」

「ええまぁ、おかげでアシベリでは重宝がられました」

「じゃ、じゃぁ今度寮で作ってみてくださいよ! 私ゼノスさんの料理食べてみたいです!!」


 もちろん美味しい料理の裏に隠れた悲劇など知るよしもないエリスは、喜々としてゼノスの話題に乗っかった。


「ええ、いいですよ。じゃぁ今度休日にでも食品を買いに行かないといけませんね」


 悲しいのは自分だけでいい。

 なんとか話題を逸らす事に成功し、やり切った男の笑顔に後悔はない。


「……え、そ、それって……デ、デデッ、デートのお誘い!?」


 故にか、顔を背け先程とは違う理由で赤面するエリスの変化にも、自分が知らず知らずの内に更なる深みにはまりつつある事実にも気がつくはずがない、業深き男、ゼノス。


「……ったく、仕事中にナンパたぁ。北の男は硬派で通ってるんじゃなかったのかねぇ」

「フフフフフフ、フライアさん!?」

「?」


 そんな一部桃色の空気をかもしだしていた二人の間に、すでに着ていたツナギの上半身部分を腰に巻き付け、タンクトップ姿となったフライアが現れる。


「ま、おおかたこの初代バカが一人で盛り上がってんだろうけどさ」

「え、何ですか初代バカって!? フライアさんヒドい!」

「酷いのはお前の頭の中だバカ。いいからルルナのとこ行って土のうの回収手伝ってこい」

「……はぁーい」


 けなされた事にやや頬を膨らませながらも素直にそう応じるエリスは、フライアの言う通りにルルナのいる中央公園北入口へと走ってゆく。


「どうだい? 北の大地から飛ばされて泥まみれになった気分は?」


 走るエリスからゼノスへと、視線をずらして問うフライアの顔に、つい数時間前と同じ底意地悪い笑みが張り付いていた。

 この女はどうしてこうも自分につっかっかってくるのだろう、口には出さず自問するゼノスは不快な表情などお首にも出さずに赤い隻眼を見つめ返す。


「そうですね、まぁ雪かきがみぞさらいに変わっただけなので、なんとも……改善課はいつもこのような仕事を?」

「ウチは都民の雑用係みたいなもんさ、相談があれば何でもするのが改善課だ。ま、今回の仕事はホント言うと土木課が業者に依頼するのが筋なんだけど、建設ラッシュでどこも手一杯だったみたいでね。たまたま暇してたアタシ等に白羽の矢が刺さったのさ」


 言いながら腰に取り付けていた水筒の蓋をあけ、フライアはゼノスの極めて冷静な返答につまらなそうに鼻を鳴らして、その中の麦茶をあおる。


「都民の雑用、か」

「なんだい? 今の自分の境遇が不満かい?」


 よほど弱みを握りたいのか、フライアは弱気とも取れるゼノスの発言に食いつく。


「いえいえ、中隊長殿の奴隷から解放されただけマシになったなと思っただけです」

「けっ、飄々(ひょうひょう)と受け流しやがって、見た目の割に小賢しい奴だよ」

「北の男は度胸も愛嬌も持ち合わせなきゃいけねぇって、教わりましてね」

「何が愛嬌だい、憎たらしい」


 赤い瞳に睨みをきかせ、フライアは小さな布袋をゼノスへと投げつける。


「今日は外作業だから昼飯代が出たんだ。ここからまっすぐ出て裏路地の先に弁当屋があるから、アタシ等の分もまとめて買ってきな」


 ゼノスが布袋の中身を確認すると、中には千エン紙幣が二枚。三人の昼食代にはお釣りの出る金額に自腹を切る必要がなさそうだとゼノスは胸をなでおろす。


「了解しましたフライアさん、不肖ゼノス、糧秣の補給任務の途に就きます」


 ゼノスはそう言ってニコリと笑うと、持っていた平スコップを置いて公園の出口へと小走りで向かう。


「……野郎、なめやがって」


 フライアにしてみれば、望まぬ出向をさせられ年端もいかぬ自分に顎で使われ、屈辱を感じているであろうにも関わらず、笑顔で、まるで意にも返さず応対するゼノスが小憎たらしくてたまらなかった。


「っへ、ま、その余裕顔も今限りだけどよ」


 そのフライアの怒りの表情に、僅かながら愉悦の表情が顔を覗かせる。


「……せいぜい死なないようにがんばりなぁ」


 言いながら、フライアはゆっくりとゼノスの後を追う。

 そろそろ正午にさしかかろうと言う時間にも関わらず、聖都には珍しい、光差し込まぬ薄暗い裏路地へと。

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