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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
4/10

 軍事、経済、文化、どれをとっても他の追随を許さないブルドスタイン王国にも唯一劣る物がある。

 それは歴史、である。

 約二百五十年前に初代国王であるソノザキ・ブルドスタイン・セージによって建国されたブルドスタイン王国。小さな村から始まったこの国は、降って湧いたような軍事技術で武装し、革新的な農法によって食料を確保し、すさまじい幸運によって乱世の世を瞬く間に治めていった。

 まさに無から有を生むが如く国をなしたが故に、ブルドスタインの歴史は他の国に比べればまだまだ浅い部類に入る。

 王都アルトゥリア中央区役所本庁舎。

 何度も増改築を繰り返したとは言え、ブルドスタイン王国建国当初から存在しているこの建物は、歴史の浅いこの国の中で最も古い建物と言える。


「本日より、アルトゥリア中央区役所都民課に配属となりましたゼノス・エッカートです。右も左もわからない若輩者ですが、粉骨砕身の覚悟で頑張りますので、どうぞご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」


 その庁舎の一室で、ゼノスは軍服にかわる新しい制服に身を包み、午後十時に行われる朝礼の最後に同じ王都民課の職員達の前で挨拶をしていた。

 紺色の生地をベースに、肩と襟、そしてボタンのある中央を縦にライン状の白い生地が縫い合わせられ、遠くから見ればT字型にも見える上着と同色のパンツ。

 女性のものであれば、ほぼ同じデザインで上着がそのままワンピース状になっていたり男性と同じくパンツルックであったりと部署によって別れるが、皆その右肩に一振りの剣を四つの盾が取り囲む形で配置された丸い紋章、国章のを取り付けたいずれも役人らしいシックな装いとなっている。


「……あれって、なんなのかな?」

「……さぁ? なんでも覗き? したとか?」

「……えー、新しく来た人ヤバくない?」


 しかし、朝礼で挨拶をする職員|(主に女性職員)の視線は、ゼノスの装いではなく、包帯の巻かれた頭に注がれていた。


「……す、すいませんエッカート少尉」

「……うう」


 若干名ゼノスに視線をあわせられない者もいたが、そんなざわつく朝礼に喝を入れるが如く、とても拍手とは思えぬ石を割った様な乾いた音が数度、職員の鼓膜を震わせる。


「静粛にッ!」


 聞く者の身を強制的に引き締めるアルト声を響かせた、長い銀髪を髪留めでキッチリとまとめ上げた妙齢の麗人れいじん、エッダ・オルゲンはその切れ長い碧眼をゼノスの隣りにいる見事に膨れたビール腹を擦る中年男性へと向けた。


「ハロルド課長、どうぞ」

「おう、すまんな」


 長年着ているのであろう、ところどころに皺の入った制服を身にまとう中年、ハロルド・オルレインはエッダとは対象的な、優しそうにも頼りなさそうにも見れる垂れた目を擦り、白髪混じりの黒い短髪を掻きながら一歩前へと出る。


「まぁ聞いての通り、新人だ。いろいろと曰く付きみたいだが、軍人上がりで体力だけはありそうだから、ま、そう色眼鏡で見ずに適当に使ってやってくれ」


 そう張りのない声で言うハロルドは、じゃぁ解散ね、と続けるや否や課長室へと姿を消した。

 典型的なやる気の無い上司といった行動に呆気にとられるゼノスだが、すでに慣れっこの職員たちは散り散りに自分たちの机へと戻ってゆく。

 所属部署以外に何一つ伝えられていないゼノスは、これからどうしたのもかと都民課を見回す。

 レンガ造、五階建ての庁舎は三階より上の部屋数が減ってゆく仕様になっており、浅い山なりの形をしている。ゼノスのいる都民課はその庁舎の一階に位置していた。

 婚姻・離婚届、戸籍に住民票など各種証明書の発行を行うこの部署は、開庁と同時に幾人もの都民が書類を求めてやってくる、都民との距離が比較的近い部署と言える。

 ゼノスもアシベリに赴任した際、似たような部署を住民票の移動のために利用した事がある。しかしさすがは王都というべきか、アシベリはワンフロアで幾つもの部署を兼ねていたのに比べ、この中央区役所はワンフロアのほぼ全てのスペースが都民課が占めていた。

 この広い部署のいったいどこに自分の机があるのか? そもそも自分の机が存在しているのか?

 途方に暮れるゼノスの前に、先程の朝礼でざわつく職員を黙らせたエッダが現れた。


「ゼノス」

「はッ!」


 名前を呼ばれ思わず敬礼するゼノス。エッダはそんなゼノスに、そんな事はしなくてよろしい、と言わんばかりの冷たい視線を送り、ゼノスを苦笑させた。


「貴様の持ち場はこっちだ、ついてこい」


 エッダはそう言うとあごをしゃくって、苦笑いさするゼノスを先導する。


「はい」


 再び敬礼しそうになる手を抑え、ゼノスはエッダの背中を追った。

 都民係、戸籍係、管理係、天井に吊るされたフリップが通り過ぎるがエッダの進行は止まらない。


「……ここだ」


 ようやく止まったと思えばすでに壁際、最奥の天井に吊るされたフリップには『改善係』と書かれていた。簡単な立板で句切られたその部屋は、受付カウンターを入るとすでに三人の女子職員によってすでに三つが埋められた向かい合わせの四つの机、それを見渡せるように配置された机が奥にもう一つ。部屋の端々に放置されたと思われる積み上げられた書類や何に使うのかよくわからない機械が置かれた、どこか寂れた空気の漂う職場。


「改善係、ですか?」

「そうだ、業務は主に都民の生活水準の向上と住環境の改善だ」


 生活水準の向上と住環境の改善、あまりに広義な内容に戸惑うゼノスだが、エッダはお構いなしに話を進める。


「エリス、ルルナ、フライア」


 改善係の受付カウンター越しに名前を呼ばれた職員が立ち上がる。


「はいっ!」

「は、はい……」

「……はいよ」


 立ち上がったのは三人の女子職員。

 元気の良い返事をしたのが昨日ゼノスを迎えに来たエリス。

 エリスとほぼ同時に消え入りそうな声で返事をしたのが今朝ゼノスが気絶させた、今は長い黒髪を二本のおさげでまとめている少女。

 そして最後にやや遅れて面倒そうに返事をするのは紺の上着のボタンを全て外し、ラフなスタイルと言えば聞こえがいいが、くだんの少女に負けじ劣らぬ豊かな胸部が上着の下に来ている白シャツによって強調される非常に目のやり場に困る格好のゼノスとそう背丈の変わらぬ少女だった。

 艶のある赤毛は頭の後ろは短く前は顎まで伸ばし切りそろえたボブカット、鷹の様に鋭く炎の様に赤い右目に逆三角形の黒無地の眼帯に隠された左目、服の上からみても程よく鍛えられていると見て取れる肢体。


「……」


 どこか落ち着きのない二人とは対照的に大人びた印章を与える彼女の、やや挑戦的で品定めするかの様な視線にゼノスは自分と同じ軍属の匂いを感じる。


「朝礼でも言ったが、新入りだ」

「ゼノス・エッカートです。よろしくお願いします」


 そう言って軽く頭を下げるゼノスにエッダがその右手をゼノスへと向け、その行動に待ったをかけた。


「ゼノス、ここでのルールを一つ言い忘れていた」

「はい」


 下げた頭を上げ、居直るゼノスはエッダの方を向く。


「貴様確か実家は男爵の家柄だったな」

「はい、田舎の木っ端貴族の三男ではありますが」

「貴様はこの都民課を活用するにあたり、公爵家の者が受付にいたらどう思う?」


 貴族の階級は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵の順に階級が分かれており、特に子爵より上の階級ともなれば広大な領地を治める盟主であったり王族ゆらいの者であったりと、雲の上のような存在である。田舎の木っ端貴族、それも長男の予備にもなれぬ三男のゼノスすれば、王族に近しい公爵家などお目にかかれる機会などまったくない。


「……警戒いたします」

「まぁそのとおりだろうな、貴様は事情が事情であるからな」


 そもそも公爵家の嫡男を殴ってここにやってきたゼノスにしてみれば、貴族などかかわりになりたくない人種ではあるが。


「ここ、都民課は多くの人間が利用する。男、女、子供に老人、そこには平民と貴族も加わる」


 言いながら、エッダは先ほど立ち上がった三人の女子職員の真ん中にいる少女、ゼノスが気絶させた例の少女に右手を差し出すように向ける。


「この少女の名はルルナ・ロスメルタ、王国の南部のほぼ全土を治めるロスメルタ伯爵家の次女だが。貴様はその名を知って、平民がまともに印鑑証明を頼めると思うか?」


 ロスメルタ、ゼノスは少女、ルルナの姓を聞き、表情こそ変わらないがヒヤリとした冷たい汗が一筋、確かに背中を伝うのを感じた。

 伯爵は序列で言えば三番目にあたるが、王国の建国初期から存在するロスメルタ家は北部と同じく隣国の猛攻や海賊の来襲から南部の平和を保ち続け、王国の食料庫とも言われるほどに潤沢な食料の生産と供給を担っている。故に一貴族でありながらその影響力はすさまじく、王族家に近しい公爵・侯爵家の人間と言えどそうおいそれと命令できる相手ではないのだ。

 俺は、そんないいとこのお嬢さんを押し倒しちまったのか……

 一度ならず二度までも、大物貴族相手に不祥事を起こしたゼノスの心中は穏やかではなかった。


「……あ、あの、今朝の事は、その、だ、大丈夫ですから」


 唯一の救いは、その被害者と言えるロスメルタ家の次女が申し訳なさそうにゼノスをフォローしてくれている事だろう。


「まぁ、そういう事だ。私が貴様を名で呼ぶように、この都民課にいる限り全ての職員が姓を呼ぶ事、名乗る事はない。都民のための都民課が、都民を萎縮いしゅくさせては本末転倒だからな」

「……はい」


 ゼノスはルルナへと向けていた気まずい視線を直し、再び頭を下げる。


「本日より改善課に配属となりました、ゼノスです。よろしくお願いします」

「と、いう事だ。これからは見習い職員として、フライア、貴様に教育を一任する。いち早く戦力となるようこき使ってくれ」

「……りょーかいです、課長補佐殿」


 眼帯の女、フライアのやる気のない返事にエッダは顔をしかめ、衣服の乱れを整えるように、と一言注意し背を向けた。


「えーっと、エッカ、じゃなかった、ゼノスさん……」


 残された一人と三人の中で、最初に発言したエリスはゼノスの手をとり、


「……今朝は本当にすいませんでした、あ、頭は大丈夫ですか?」


 懺悔のようにその手を掲げ上目遣いに謝罪する。狙ってやってるのか、それとも素なのか、怯える小動物のようなエリスにゼノスはたじろぐ。


「いや、謝罪するのはむしろこっちのほうですベイカー…エリスさん」

「そ、そんな事ありませんよ!? 頭を叩きつけたのは私のせいなんですから……えっと、じゃ、そのっ、同僚としてこれからよろしくお願いしますねっ!」

「は、はい」


 そうかと思えば握った手を力強く縦に振るエリスに、ゼノスは予想外に強い力にやや引きつった笑顔で応え、もう一人の当事者ルルナへと向き直る。


「ルルナ、さん。今朝は、その……」

「い、いや、そ、その朝のことは……うっ」


 そのまま改めてルルナに謝罪しようと頭を下げるゼノスだが、当の彼女はまだまだ記憶に新しい事故の記憶が彼女の意識を遠のかせ、たたらを踏ませる結果となった。


「だ、大丈夫ですかルルナさん!」

「……うん、エリスちゃん、ありがとう」


 慌ててルルナを支えるエリス、今朝の事もあり手を出せないゼノスは悪夢の再来に一瞬狼狽ろうばいするも無事のルルナにほっと一息付く。


「よ、よろしくお願いします。ゼ…ゼノスさん」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 支えられたエリスの影に隠れ、消え入りそうな声でそう言うルルナに、ゼノスは硬い笑顔で対応せざるを得ない。


「で、アタシが最後になるのかな? 隊長さん?」

「隊長?」


 そんな少女二人に翻弄ほんろうされるゼノスに声をかけるフライア。ゼノスはその『隊長』と言う呼称に疑問符を浮かべる。


「ちょ、フライアさん!?」

「なんだいエリス? もともとは小隊長さんだったんだろ? だったら隊長さんでいいじゃないか」

「そ、そうですけど」


 焦るエリスを他所に、フライアは鋭い瞳をゼノスへと向けた。


「あの永久氷土から貴族殴って飛ばされてきたって聞いてたから、どんな野郎が来るのかと思えば、まさかこんな優男がやって来るとはねぇ」

「フ、フライアさん!?」

「エリスさん、いいんだ。その言葉に嘘はないから」


 今朝の件だけではなく、ゼノスがアシベリでやった事のあらましが、すでにこの都民課に、ひょっとすると中央役場全体にも噂程度に広まっている事がフライアの発言によって見受けられる。


「ふぅん、否定はしないわけだ」

「ええ、自分はここにチヤホヤされに来たわけではないですから。いかな評判も甘んじて受け入れます」


 挑発が不発に終わり、ゼノスの真摯な対応を見せつけらたフライアはどこか面白くなさそうに鼻を鳴らすと、自分の机の上にある布袋をゼノスへと投げつけた。


「それじゃさっそく仕事と行こうじゃないか」


 投げつけられた布袋を確認すると、その中には緑色のツナギ服が一着。


「それに着替えたら正面入口に集合。ここの受付は隣の管理の奴らに任せるから、アタシ等も行くよ」

「はい! わかりました!」

「……はい」


 指示を出すフライアに従い、エリスとルルナも移動を開始する。


「そうそう、あんたの殊勝な態度がいつまで保てるか、楽しみだよ。隊長さん」


 フライアは去り際にそう言い残して底意地悪い笑みを浮かべ、二人に続いて改善課を出て行った。


「さ、て、がんばるか」


 まず間違いなく前途多難が待ち受ける初仕事。

 ゼノスは一人、気合を入れ直すのであった。

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