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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
3/10

 照りつける太陽の日が地面を焼き、陽炎かげろうただよう中に奴らはいた。

 揺らめく空気の中を悠然ゆうぜんと歩く、二階建ての建物を見下ろす程の巨大な影の怪物。


「……」


 影に口はない、しかしその両目に爛々(らんらん)と輝く赤い光は人間を求めてせわしなくうごめいていた。


「……チェェェェェェェェェエエエエエエエエエエッ!!!」


 その影の上空、太陽に一つの黒点が生まれ、


「ストォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 黒点はやがて赤く煌めく巨大な鎧と化し、その両手に握られた大剣が怪物を襲う。


「……ッ!!??!?」


 片刃の大剣、刃先に向かってやや反り気味の赤い刀身が、影を頭から股にかけて真っ二つに切り裂いた。


「ふ、ふ、ふふふふふふふふ……」


 切り裂かれた怪物は霧散し、残った巨人は勝利のときを上げるように剣を掲げる。

 赤き鎧の巨人。

 切り裂かれた影よりは小柄だが、人と比べるまでもなく巨大な鎧。頭の天辺てっぺんから足の爪先まで全身を重厚な装甲で覆ったその鎧は、胴回りの割に広い肩幅を持つ故に逆三角形となった上体をどっしりとした下半身で支える、筋骨隆々な武人の様相をしており、中心に横に細いスリットの開けられた円柱の兜には、右端に後ろに向かって鋭く伸びる特徴的な角が備え付けられていた。


「はぁぁぁぁぁぁあああっはっは! さすがは俺のファルゼン! ニビルなど恐るるに足らずっ!!」


 掲げた剣を肩に担ぎ、赤き鎧の主は声高らかに勝利を宣言する。

 しかしその声は無骨な鎧には違和感としか言いようのない明るい青年の声であった。


「ちょっとセ●●様? 調子に乗りすぎじゃありませんか?」

「そうだよ~、そんなんだとニビルに囲まれて壊されちゃうよ?」

「だいたい自分だけ角付きとかずるくない? アタシのにも付けてよ~」


 その声に呼ばれたかのように、次々と白や青い鎧達が赤い鎧に集まってゆく。

 そのどれもが赤い鎧と同様に無骨な姿に似合わぬ可愛らしい少女の声をしているのだが、怪物の練り歩く町中にその違和感を指摘するものはいない。


「ああ? ミ●●! 調子に乗って何が悪い! あの胸糞悪い化物をぶっ倒す為に俺がどれだけ苦労してこいつを作ったと思ってんだよ! 今くらい調子に乗らせろっての!! それと●●ト、こいつの装甲にどれだけオリハルコン注ぎ込んだと思ってんだよ、ニビル如き壊されてたまるか!……っと最後に●テ●! 角はエースパイロットにのみ許された装備である、軽々しく自分も付けたいなどと言うでないわぁ!!」

「何それ意味わかんないんですけど! セ●●バッカじゃないの!?」

「こらこら●●●様に馬鹿なんていっちゃダメでしょ●●●ちゃん?」


 目を閉じれば少年少女の痴話喧嘩でしかないのだが、巨大な鎧から繰り広げられるそれはなかなかにシュールな光景を生み出していた。


「それにしても●●●様、この結界陣はすごいですね、ファルゼンで飛んだり跳ねたりしてもまるでびくともしませんし」


 そんな痴話喧嘩に止め●べく健気に話題を逸らす白色の鎧は、言いながら地面を足で小突く。仕草こそ少女の愛らしい動きなのだが、やっているのは重厚感溢れる巨大な鎧である。明ら●にえぐられてもおかしくない地面だが、小突く端から浮●び上がつ光の波紋に妨害され地面は小石一つ動かない。


「っはっはっは! 褒めろ褒めろ! ……まぁ暴れるたんびに補修し●ちゃ金がいくらあっても足りんしな」


 よくよくみれば鎧達の集●る街道は、先程まで影の怪物と戦って●たとは思えぬ●ど変わらぬ姿を維持して●る。


「まぁいずれはこの王都中に●の結界陣を配置する●もりだ!」

「是非お手伝●させてく●さいね!」

「おう! こき使ってや●から覚悟しろ!」

「もう、●●●は優しすぎ……ちょっと●●●南の方であいつらがでたっ●よ?」

「っふっふっふ、●くぞ野郎ども!!」

「野郎はアンタだ●でしょ!?」


 信頼しあう鎧達●●●の現場に●●●●●●向かって駆●●●●●●●●●●●●●●●●●●て●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●は●●●●●●●●●●。



 * * * * *


 掛け布団を捲り上げ、起き上がったゼノスの眼前に影の怪物や巨人の姿はない。

 あるのは自分に充てがわれた、ベッドと机で部屋のほとんどが埋まってしまう自室の風景のみだった。


「……」


 目覚ましも無しにそろそろ日が昇ろうと言うこの時間に目が覚めたのは日頃の訓練の賜物なのか、窓から見える白み始めた空を見つめながらゼノスは自問する。

 さっきの夢は何だったのか、と。

 エリスにアンスライム三号寮へ案内され、簡単な説明を受けてゼノスの自室となる二階奥の部屋へ通されるや否や、耐え難い睡魔に襲われ、気がつけば奇妙な夢の果てに朝を迎えていた。

 影の怪物ニビルの出現によって結界陣の発動した町に、颯爽さっそうと現れたファルゼンなる巨大な鎧が次々とニビルを打倒してゆく。

 昼間エリスから魔法陣の話を聞いていたからなのか、しかしあまりに鮮明過ぎる夢をゼノスはただの夢と許容出来ずにいた。


「……ただ疲れているから? いや、そもそも……」


 疲れ過ぎている。

 その地で過ごす事がすでに訓練と言われる程厳しい環境で、職業軍人として五年アシベリで暮らしてきた自分が、環境の違いや長距離移動と言う点を加味しても、部屋に着くなり倒れてしまう程疲労するものなのだろうか?

 ゼノスは自問は続く。


「……何か、妙だ」


 妙と言えば、元よりこの出向自体が、左遷先が王都など聞いたこともない。

 確かに軍属から役人への転向と言う点は軍人としては屈辱であろうが、閑職ならばわざわざ王都でなくとも地方に山とあるのだ。

 ではなぜ王都か? 可能性があるとすれば、


「俺が転落する様を間近で見たい、とかか?」


 貴族らしい趣味だ、とゼノスはため息混じりに呟くとベッドから降りペンダントライトの明かりを灯すと、部屋に入ってそのままになっていたトランクとバッグを開け、荷解きを開始する。

 用心はすべきだが、考えても仕方がない。

 まずは目先の問題を解決すべくゼノスは動く、と、


「……」


 まずは持ってきた服を整理しようと部屋に備え付けられたクローゼットを開けると、扉の裏に取り付けられていた姿見に自身の姿を見た。

 よほど寝苦しかったのか、汗によって髪は額にシャツは体に張り付いており、見て意識してしまったが故に乾いた汗の匂いがゼノスの鼻孔をつつく。


「シャワーでも浴びるか」


 昼間、エリスの説明によると、一階が食堂や談話室、シャワー室などの共用スペース、二階が個人の部屋となっている。

 役所の仕事には夜勤もあり、シャワー室は一日中使用可能となっており、ゼノスはこれ幸いとさっそく着替えを持って部屋を出た。

 暗い廊下を静かに歩き、折り返された階段を降りてシャワー室へと向かう。階段を降りてすぐ左が談話室、左奥へ行けば玄関となり、すぐ右が食堂となっている。シャワー室は右、食堂の更に奥に配置されていた。


「先客か……」


 再び暗い中を歩くことになると思いきや、先に見える脱衣所のからの光廊下はわずかに明るい。

 こんな時間に自分以外にもシャワーを浴びる奴がいるのだな、と呑気に廊下を進み、脱衣所に入った所でゼノスの体がピタリと止まる。


「……猛烈に嫌な予感がする」


 ゼノスは思い出したのだ、昼間のエリスの発言を、


『えっと、じゃぁ私はこれから仕事に戻るので、また夜に!』


 また夜に?


『あ、はい、あ~、その、私もびっくりしたんですけど……」


 そう、このアンスライム三号寮は事もあろうに男女共用の寮なのだ。


 ありえないだろう普通!!? 

 ゼノスは御年二十三歳、あっちもそっちも現役バリバリの立派な青年男子である。

 そんな若い男と、若き乙女が広いとは言え一つ屋根の下。男だらけ駐屯地生活を送っていたゼノスにはほとほと精神衛生的に問題のある、本当に国の施設なのかと耳を疑う事実である。

 しかも悪い事に寮に到着したのは昼間、エリス以外に寮にいる人間はおらず部屋に着くなり寝てしまったゼノスには他に何人この寮に住む人間がいるのか、男女比がいくばかりなのか、そもそも本当に男女共用なのか、全く情報が無いのだ。

 戦地で情報が無いなど死活問題である。

 ゼノスは無意識的に無い情報を探そうと脱衣所を見回す。

 静かな脱衣所に響く水音。

 シャワーヘッドから放たれたお湯が、使用者の体をつたいタイルの上へ、最後に落ちた水が排水口へと流れる、そんな一連の水音。

 ゼノスの動悸が緊張によって激しくなってゆく。

 果たしてそれは男なのか女なのか?

 脱衣所のカゴを見ればそれは明らかなのだが、そんな爆弾を処理する勇気などいかに北方で鍛えられたゼノスとはいえ持ちあわせていない。


「……撤退、即時撤退」


 であれば、残された選択は撤退、その二文字に尽きる。

 方針が決まれば行動は早い。

 ゼノスはすぐさま回れ右をして脱衣所の扉を開く。

 談話室に待機して事の真相を探ればよい、そもそも男が入っているのか女が入っているのかわかりやすく脱衣所に印なり札なりすればいいものを。

 悪態を尽きそうになる口を必死に抑え、ゼノスは脱衣所を出て一目散に談話室へと向かう。


「――――ひゃぁっ!?」


 そこでゼノスの誤算が生じた。


「――――おおっ!?」


 談話室へ向かう途中、あまりに後方へ意識を回しすぎていたが故に、前方不注意となっており階段を降りてきた人間とまともにぶつかってしまったのだ。


「す、すまな……いィ!?」


 謝罪するゼノスの声が凍る。


「…………」


 ゼノスがぶつかってしまったのは、エリスと同い年か、少し下のようにも見える少女だった。

 腰までかかった長く艶のある黒髪、やや垂れ目気味でおっとりとした印象を受ける大きな目に青い瞳、鮮やかないちご色のぽってりとした唇。

 しかしゼノスの視線はそんな少女の容姿ではなく、体の方に向いていた。

 ワンピース型の寝間着を着た少女、一枚布が故にボディラインがややあらわとなったその体には暴力的な二つの丘が備わっていた。

 倒れているにもかかわらず潰れることなくそびえ立つ局地的山脈。

 その山脈に根を下ろす筋肉質な大木、もといゼノスの腕。

 ようはぶつかった拍子に少女に覆いかぶさるように倒れたゼノスの手が少女の胸に着地しただけなのだが、


「――――ッ!?」


 端から見れば、男が女を押し倒し、胸を鷲掴わしづかみしている図に他ならなかった。


「ちょ!? いや!? すまない!! 決してそう言う訳では!!」

「な、なんで、お、おお、男の……ッ」


 ゼノスはすぐさま少女から離れ、両手を上げる事で自分が期外を加える気がない事を訴えるが、少女にしてみれば自分を押し倒した男は恐怖の対象でしかなくそんな行為はまるで効果がない。


「―――――……あぁっ」


 そしてパニックが頂点に達した少女の意識は呆気無く刈り取られた。


「え、ちょ、君? 大丈夫……じゃないな、ったくどうすればいいんだよ」


 廊下に倒れる少女の体を揺さぶるゼノスだが、少女の目が覚める気配は一向に無い。まずは少女の誤解を一刻も早く解きたい、しかし自分が原因で気を失った少女に我を通す鬼畜な所業ができようはずもなく、ゼノスは廊下に眠る少女を前におろおろと狼狽ろうばいする他なかった。

 このまま放っておく訳にも行かず、しかし少女の部屋など知るよしもなく、かと言って自分の部屋に連れて行くなど言語道断。


「……とりあえず談話室に連れていくか」


 思い悩んだ末に、ゼノスは談話室のソファを思い出す。少女の肢体に手が触れるのが忍びないゼノスだったが、この緊急事態にはそうも言ってられない。意を決して少女の体を抱きかかえようとゼノスが腕を広げた、その時、


「うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 雄叫びと言うにはあまりに可愛らしい声が暗い廊下に響いた。


「え? ぶふぁあ!?」


 驚き振り向くゼノスの目に雄叫びの主が写った瞬間、落雷もかくやと言う衝撃が頭上から脊椎へと一気に駆け抜けていく。


「この変質者ぁあ……って、エ!? エッカートさん!?」


 ゼノスの目に写った雄叫びの主、バスタオル一枚で折れたモップの柄を持つエリスは変質者と思われた者の名を呼ぶも、その声は彼には届かない。


「……ベ……イカー…さん」


 気を失った少女の隣にゼノスの体が沈みゆく。


「ちょ、嘘!? え、なんで!? エッカートさぁぁぁあああん!?」


 こうしてゼノス・エッカート王都到着二日目は、焦るエリスの悲痛な叫びと廊下を転がるモップの片割れの乾いた音が響く、夜明け間近のアンスライム三号寮の薄暗い廊下でスタートを切ったのだった。

さっそくのブクマに感謝感激です!!


ブクマはココロのガソリンですm(_ _)m


これからもがんばります!!


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