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特戦部隊トライアンフ 王都防衛雑記録  作者: 竹中姫路
第一章 北方から来た男
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 光の都アルトゥリア、その平和を築いているのは何か?

 多くの都民はこの問にたいしこう答えるだろう。

 それは神鉄の巨人だ。

 それは特戦部隊トライアンフだ。

 それは偉大なる国王陛下だ。

 どの答えも決して間違ったものではない。事実、人口の多いこの都市に出没するニビリアンに迅速に対処し、その脅威を排除しているのはファルゼンであり、トライアンフだからだ。

 しかし、一部、極限られた一部の人間は声を揃えてこう答える。

 それは結界陣である、と。

 街の至る所に刻印される結界式魔法陣、結界陣。

 ニビリアンの発生に伴い自動的に結界を展開させるこの魔法陣は、人とニビリアンを区別し逃げる人々を結界内へと、襲うニビルを拒み結界の外へと、選択式結界と言う高度な結界を張る事で、ファルゼンやトライアンフと言った存在より遥かに直接的にその命を守っていると言える。

 しかしこの結界陣を推す人間達の真意はその部分ではない。

 通常、ニビリアンが発生した時にのみ発動すると思われている結界陣だが、この結界陣は常時展開されているのだ。

 常時展開される結界はニビリアン発生時の何倍も薄い、見る事はおろか魔力に敏感な魔法使いですら感知の難しい結界を都市の隅々まで張り巡らせ、その結界内のニビル値、二ビリアンが発生する際に急激に上昇するその値を感知し王都防衛機構アテーナーへとその情報を送っている。

 結界陣へと送られた情報をもとに、アテーナーは二ビリアンの発生を事前に予測し、トライアンフが出撃しているのだ。

 その他にも、この常時発動型の結界陣は発生した二ビリアンの位置、数、大きさを正確に感知しアテーナー移動通信複合端末を介してトライアンフの隊員にその情報を直接脳内へと送り共有する事を可能にしたりなど、実に様々な面でトライアンフを支えている。

 ファルゼンを攻めの要とすれば、結界陣は守りの要であり、組織を最大限に支援する無くてはならない存在なのだ。

 その結界陣が急激なニビル値の上昇を確認したのが、多くの人々が仕事を終え帰途へと就く夕暮れ時。

 アルトゥリア中央区、夕飯の買い物に賑わうトルスト広場に各所に刻まれた結界陣が甲高い警戒音をかき鳴らす。王都に住まう者でその意味を知らぬ者などいない。警戒音に促されるがまま、都民は慣れた様子で次々に周囲の建物や警戒区外へと避難を開始する。

 もしこの世界に二ビリアンが存在しなければ、月に数度とはいえ突然鳴り響く避難警報に促され、全ての仕事や用事を中断せざるを得ないこの拘束時間は煩わしいことこの上ない事であろう。しかし突然現れる二ビリアンになすすべもなく殺される恐怖を思えば、この警報が存在する光の都アルトゥリアは人々が安全に暮らす都市として破格の存在であることは言うまでもないだろう。


「――っ!? 実動班アリエスはまだ来ないのか!?」


 そんな、最早恒例行事と化した避難が滞り無く完了し僅か数十分の後、すっかり日も暮れ人一人いないトルスト広場は化物の巣窟に成り果てていた。


「か、係長!? 結界もちますよね!? 大丈夫ですよね!?」


 広場の中央で、偵察班キャンサー所属囮係デコイの男女二人の乗る移動式結界陣を搭載したオートモービル、見た目どこにでもある幌付き三輪貨物軽車両の周囲には数えるのも嫌になるほどの二ビリアンに取り囲まれていた。


「だ、大丈夫に決まってる……」


 係長と呼ばれた男の言う通りオートモービルに取り付けられた結界陣は周囲の建物と同様、二メートルや三メートル級の二ビリアン如きでは束になっても傷一つ付けられない強固な結界を敷いている。


「……だろう」


 しかしこの男にはどうしてもそれが絶対である確信が持てなかった。


「……そこは断言してくださいよぉ」


 オートモービルに張り付くように敷かれた結界を破らんと殺到する二ビリアン。フロントガラスを隔てた向こう側で、その牙を、爪を、五体の全てをフル稼働して襲いかかる二ビリアンの見える光景はそれはそれで居心地の良い光景とは言えなかったが、男の判断を鈍らせる原因はその一団の後方にいた。


「…………」


 群れる二ビリアンの隙間から見え隠れする黒い塔。

 オートモービルの少し先、広場を取り囲む二階建ての建物を見下ろすように暗い空へと伸びる黒い塔は道の端を照らす街灯程度では全くのその高さが伺えないが、その指標と成る物は存在した。

 塔の天辺と思しき部分には、二つの赤い光が灯っているのだ。


「く、来るぞ!?」


 突如、その赤い光が僅かに揺れ、次の瞬間にはぐにゃりと弓なりに反りだした塔からは腕が生え、生えた腕の先から二メートル級の二ビリアンと同等程度の巨大な拳がオートーモービルの運転席目掛けて振り下ろされたのだった。


「ひぃい!?」

「ひゃああ!?」


 群れる二ビリアン数体を押しつぶしたその拳は、結界の張られたオートモービルを僅かに揺らす程度の戦果しか得られなかったのだが、あの数の二ビリアンの攻撃を微動だにせず受け続けていたオートモービルが僅かでも揺れた事実に二人は戦慄する。


「な、なんなんですかあの二ビリアンは!?」


 動く黒い塔、十メートルはあろう巨大なニビリアンに女性隊員は悲痛な叫びを上げる。


「なんだもなにもない! あれはニビリアン! ただのニビリアン!!」

「それってただの現実逃避じゃないですか!!」


 パニック寸前の二人の言動に合わせて、周囲を取り囲むニビルリアンの活動は活発となり、苛烈さを増す攻撃に二人の精神は風前の灯火と化していた。

 恐怖は負の感情(ニビル)を代表とする感情であり、ニビリアンは負の感情(ニビル)を欲する怪物である。はからずも存分にそれを撒き散らす二人はまさに囮係(デコイ)の本分を全うしているのだ。


「ま、また!?」

「――っ!?」


 そこに来て十メートル級のニビリアンが再びオートモービルに向かって拳を振り上げ始めたお陰で、二人の精神は限界を迎えつつあった。

 実のところを言えば、結界陣により構成されたこの結界は、魔力ではなくファルゼンと同じくルゴル、そしてニビルすらもエネルギーとして取り込み強固な結界を敷いてる。

 つまり強力なニビリアンが発生するような状況では、結界もまた強固になる仕様になっており、多少揺れる事はあれど壊される可能性は限りなくゼロに近いと言えるのだが、


「――ッ!?!?」

「――ッ!?!?」


 当然その事を教えれば囮係(デコイ)としての有用性を損なうとして、情報を制限されている二人は今日も今日とて精神的に死に目合わされているのである。


『……遅れてすまない』


 そんな失神寸前の二人の通信端末に、待ちに待った男の声が届く。


三号機ガウェイン! 四号機トリスタン! 周りの小型を頼む!』


 男、ゼノスの短い言葉と共にオートモービルの両脇に群がっていた二ビリアンが、爆散、または焼き尽くされる。


「ま、前に巨大な二ビリアンが!!」


 しかし囮係デコイの男が言う通り、目下の問題は目の前の不確定要素、十メートル級の巨大二ビリアンであり、その振り上げられている拳であった。


「このままじゃまた攻撃が!? ひぃ!?」


 迫り来る巨大な黒の塊は振り下ろすと言うより、墜ちると言ったほうが正確なのかもしれない。

 ゆっくりとした振り上げに比べて凄まじい勢いで墜ちる拳は、結界内で聞こえるはずのない轟音を恐怖に塗れた男の耳へと運ぶ。


「ひぃいいいい……い?」


 最早これまで、そう覚悟した男の意に反して結界はピクリとも動かなかった。


『……まったく、とんだ初陣だ』


 男の眼前の光景。

 フロントガラスをうめつくすのは赤い巨大な騎士甲冑。

 周りを見渡せば拳を振り下ろした巨大な二ビリアンは振り下ろしていた右腕を切り落とされ仰向けに倒れていたのだった。


『これより掃討を開始する!』

 

* * * * *


 やはり、これは過剰戦力だ。

 赤いファルゼン、作戦コード『一号機アーサー』に乗るゼノスはその力を振るいながらそう結論づけた。

 かつて北部でゼノスが相手をしていたニビリアンは最大でも小柄な人間程度の大きさで、それでも一個分隊、十人前後の人数をもってようやく安全に討伐できる怪物であった。

 その怪物を、それも当時の何倍もの大きさと数を前にして、ゼノス他トライアンフの面々が操るファルゼンはまるで雑草でも刈り取るかの様にニビリアンを屠ってゆく。

 囮係デコイのオートモービルを中心に右翼では、前衛に双剣で次々とニビリアンを切り裂いてゆくエリス操る桃色の六号機ベティヴィエールと、後衛でエリスに守られながらも広範囲に火炎魔法を繰り出すルルナ操る黄色の四号機トリスタンが。

 左翼は巨大なファルゼンのさらに二倍はあろうという一見棍棒にも見える長物を、突き、払い、近接戦を行うかと思えば、少し離れたニビリアンをその得物の先から放つ光弾で爆散するフライア操る紫色の三号機ガウェインが。

 まさしく一騎当千の活躍を見せる彼女達が、群がるニビリアンを掃討するのにそう長い時間をかける事はなかった。

 ニビリアンは大きさに比例して強く、硬い。

 もしもこの規模のニビリアンの群れが北部を襲ったとして、アシベリに駐在する第三師団はいかほど戦えるものだろうか?

 ゼノスにはそのもしもに立ち会い生き延びる自信すらない。

 まさしく悪夢とも言える状況をいとも容易く振り払うファルゼンが、計四機も投入される事を過剰戦力と言わずしてなんと言おうか。


『……っへ、まだそんなデカブツに手こずってんのか? 自分で引き受けといて恥ずかしくねぇのかよ、隊長さん?』

『ちょっとフラ……三号機ガウェイン一号機アーサーは初陣で、しかもあんな大型相手取ってるんですからそんな言い方しなくたっていいじゃないですかぁ……』


 目の前の光景に圧倒されるゼノスの耳に、苛立つフライアと弱々しいエリスの声が聞こえてくる。


「……いや、三号機ガウェインの言う通りだ。どうも集中力を欠いていた。申し訳ないが手伝ってもらえないだろうか?」


 しかし、そうは言いながらもしっかり囮として巨大ニビリアンを惹きつけていたゼノスに、フライアは『……嫌味かよ』と毒づく。


『りょ、了解です! で、そのどうしたらいいですか? 斬りまくります?』


 そんなフライアの言葉に聞こえないふりを決め込むエリスは、疑問符を浮かべながらも巨大ニビリアンの後方で双剣を構え、いつでも飛び込めるよう六号機ベティヴィエールの重心を片足へと集める。


「いや、とりあえず三号機ガウェイン六号機ベティヴィエールはニビリアンの後方で待機、四号機トリスタンは俺の後ろでいつでも魔法が打てるよう準備しておいてくれ」

『了解しました!』

『は、はい!』


 目の前の巨大ニビリアンを斬りまくるというエリスの提案を取り下げ、ゼノスは三人に指示を出すが、


『待ってて敵が減るのかよぉおおおおおお!!』


 従順に指示に従うエリス、ルルナと対照的にフライアは雄叫びを挙げながら猛然と巨大ニビリアンへと突っ込んでゆく。


『め、命令違反ですよ三号機ガウェイン!!』

『っへ! ちんたらしてんのが悪ぃんだよッ!!』


 本来、その暴走を抑えるために軍隊はいかな命令にも絶対服従であり、違反者は銃殺刑をも辞さないはずなのだが、いともたやすくその常識を覆す目の前の光景にゼノスは思わず苦い笑み浮かべた。

 これも彼女達がファルゼンと言う規格外の代物を扱えるが故の特権なのか、それとも彼女自身が規格外であるのかは定かではないが、面を食らうゼノスをよそにフライアの乗る三号機ガウェインは巨大ニビリアン目がけて飛び上がり、その両の手に握られた得物を腹部へと叩きつける。


『もらったあぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!』


 無慈悲な一撃によじれる巨体、その直後巨体は盛大な爆炎に包まれる。


『っはっはっは! 悪いね、手柄、頂いちまっ』


 彼女、フライアの乗る三号機ガウェインが持つ得物。

 棍棒の様にも見えるそれは『ハンド・ボンバード』と呼ばれる代物である。

 柄の先に付けられた鉄の筒に火薬と弾を詰め、発射する。銃の原型とされやや古めかしい武器ではあるが、火薬と弾をルゴルで代用することで彼女の操るそれは遠近自在の万能武器へと変貌した。剣の様に切る事こそかなわぬが、絶対鉱物オリハルコンをふんだんに含むその一撃はまさしく神の一撃にほかならぬ威力を誇り、その先端から放出されるルゴルの光弾と爆炎は生半可なニビリアンでは塵も残さず消し飛ばしてしまう。


『……て?』


 そう、生半可なニビリアンであれば。


「……やはり、再生したか」


 呟くゼノスの先にはフライアから必死の一撃を受けながらも平然と立ち上がる巨大ニビリアンの姿があった。


『再生だと?』

「ああ、さっきから手足を切り飛ばしてはいるんだが、切った端からにょきにょきとまぁ飽きもせずに生えてきて困ってたんだ。三号機ガウェインもしくは四号機トリスタンの攻撃ならもしくは、と思ったんだが、少々考えが甘かったようだ」


 苛立ち交じりに問うフライアに、ゼノスは先ほどまで繰り返してい終わりのない戦いを振り返る。

 最初の一撃、巨大ニビリアンの腕を切り払ってから十数分。

 ゼノスの剣はその後も間違いなく巨体にダメージを与えてはいるものの、どの傷や欠損も二秒を待たずしてまるで無かったかの如く癒えてしまっているのだ。


『首です! こういう手合いは首を切り落とせば』

「すまないがそれも有効な手段とは言えないんだ六号機ベティヴィエール。なんせ切り落とした首から新しい体が生えてきたからね」

『そ、そんな』


 想像を絶する再生力に言葉を失うエリスだが、巨大ニビリアンは待ってはくれない。


三号機ガウェイン!」

『わかってるよ!』


 ただでさえ大きなファルゼンの頭ほどもある拳、その拳を三号機ガウェインへと振りかぶるニビリアンだがなんの工夫もない大ぶりの攻撃を受けるほどフライアも素人ではない。三号機ガウェインへと振り上げられた拳は結界で守られた大地へと叩きつけられ、光の波紋を生み出すその拳を支える腕に重いハンド・ボンバードの一撃を加えると、フライアはその反動でゼノス達のいる後方へと下がる。


「……さて、どうしたものか」


 本来であれば木の葉のようにニビリアンを蹴散らすその一撃も、このニビリアンには大きなダメージとはなりえない。

 折れようが爆ぜようが再生するそのニビリアンはまさに異形と言う他なかった。

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